「かすが…」
「別れを言いに来た」
 金髪の美女が質素な服を脱ぎ捨てる。
 表れたのは見事な体付きにぴったりと合った黒い衣装だ。
 星のような光を散らした不思議な姿に、少女は髪に隠されていない左目を見開く。
「あんた、一体」
「政宗殿付きの家庭教師として雇われた城内只一人の女――が、正体は他国のくの一だ」
「くの一?」
「ああ。この国のことを探っていたのだが…猿飛たちが来ただろう。無茶苦茶になるのは目に見えているからな。引き上げることにした」
 政宗はパッと立ち上がってかすがに近づいた。
「佐助を知ってるのか」
「ああ、うんざりするほどな。ある時は味方ある時は敵…まあ腐れ縁という奴だ」
 そう言って金髪の女忍びは、実に厭わしげな顔をした。



 慶次が衛士を引き連れて来た時には、地下工房は火の海だった。
(まさかアイツら…)
 炎の勢いに目を細めながら衛士たちを振り返る。
「とにかく火は消さなきゃならないな…お前ら!水を――!?」
 二つの影が炎の向こうから飛び出した。
「うわ!!!」
 慶次の体を突き倒しまっしぐらに階段めがけて駆けて行く。
 橙色と茶色の髪の尾。
 逆さに見えるそれを見送って、慶次は胸の中で感嘆の口笛を吹いた。
――生きて帰った者はいない、あの地下水路から。
「何をしているんだ慶次君!」
 二人を追ってきた白金の髪の男が、常に無く焦った表情で慶次を見下ろした。
「もう良い、君は火を消したまえ!!」
 一方、佐助と幸村の二人は立ちはだかる衛士たちをなぎ払い階段を駆け上る。
「出口…!」
 地下からの階段の果て、飛び出した場所は高い天井にステンドグラス、巨大な十字架。
「礼拝堂だ!」



 地下からの煙に政宗とかすがも窓に駆け寄った。
 見下ろす中庭の緑の上、あの二つの影は。
「佐助!」
「猿飛…真田もいるな」
 かすがはその動きを目で追った。
 幸村と佐助は城の主塔の階段を目指している。
「オートジャイロを奪う気か…!」
 階段を駆け上る赤と緑。
 城の兵たちが次々と襲ってくるのを赤が投げ飛ばし、緑が蹴り落とす。
 ガラス張りのエレベーター内からそれを忌々しく眺め、半兵衛は受話器を握り締めた。
『どうしたことだ、半兵衛!』
「叱責は後で受けるよ。彼らの狙いは政宗君だ、秀吉!急いで北の塔に!!」



 上り詰めた城の上部、石造りの床を踏みしめて幸村は二槍を構えた。
 佐助がひらりとオートジャイロに飛び乗る。
「武田軍を侮るな…!!!」
 国際警察でも警視庁でもなく、自分の信ずる名を口にする。
 半兵衛の影たちか、飛び掛ってくる城の者たちを燃える二槍が片端からなぎ払った。
「佐助ェ!まだか!?」
「出すよ旦那!掴って!!」
 プロペラが回り煙を引きはじめる。
 開かれたテラスから滑り出す機体に、幸村は槍を背負って飛び移った。
 赤い鉢巻と茶色い尾のような髪が風にはためいた。
 眼下に青い湖が広がる。
「さらばでござる〜!」
 小気味良い気分で言い捨てた幸村の頭の上から、しかし呑気な声が落ちてきた。
「ちょっと旦那ー、寄り道してイイ?」
 赤鉢巻ははたと上を見上げ、飛び続けるオートジャイロの腹をよじ登った。
 猿飛佐助の標的は、伯爵の花嫁。
「…!営利誘拐ならば協力せぬぞ!?」
 大真面目に叫ぶ幸村に、佐助はへらっと笑って見せた。
「お仕事抜きだってば」



 バタバタとプロペラが風をかき乱す音が部屋の中まで響いてくる。
 政宗は華奢な手で、格子の入ったガラス窓を叩いた。
(ここに、刀の一本もありゃァ――
 全てを取り上げられて自分のものは何もない。
 ふと目に入った木造りの椅子を、持ち上げて振りかざした。
「……ッ!!」
 力の限りに叩きつけるがが、窓はびくともせずに木屑が散るばかり。
 悔しげに眉をひそめた政宗の前を、スッとかすがの腕が遮る。
「下がれ」
 手榴弾のピンを歯で引き抜き、窓に放った。
 部屋の中に轟く爆音と黒煙。
 二人は身を潜めた柱の影から、爆破された窓辺に駆け寄る。
 しかし。
「防弾硝子か…!」
 窓硝子にはひび一つ入っていない。
 オートジャイロの赤い影が、煤で汚れた窓の向こうに近づいた。
 政宗はきゅっと唇を噛み締め、解いて、格子に指をかける。
「ここは開かねェんだ!構わず逃げ――!」
 橙頭は檻の向こう、笑って上を指差した。



 塔の下へと綱を下ろす佐助の後ろで、花嫁姿の少女は銃撃戦を繰り広げる二人の側に駆け寄った。
「sorry, …迷惑をかける。無事でいてくれよ――元親さんも」
 左目に眼帯をした男は、あんぐりと口を開けて政宗を見下ろした。
 白い洋装にあわせたのか華奢な作りの銀の眼帯を、白い顔の飾りのように右目に付けて、少女は長い睫に縁取られた左目を今度は元就に 向ける。
「この恩は忘れねえから」
 いつもは凍てつくほどに涼しい顔をした男が、その秀麗な顔にふっと笑みを浮かべた。
「急ぐが良い」
 政宗、と佐助の声が呼ぶ。
「今行く」
 そう言って彼女は冠と更紗を髪から下ろした。
 橙色の髪をした男が長い腕に少女を抱え、塔の下へと降りていく。
 それを見送って、元親は少女が残していった后妃の冠を自分の銀の髪にのせた。
「…『元親サン』だとよ」
 あの小生意気そうな娘がねえ。とにやける男の横で、元就はぽつりと呟く。
――可憐だ」
「ああ!?」
 素っ頓狂な声を上げる元親を、じろりと冷たく睨みつける。
「追っ手が来るぞ」
「あ…ああ。団体さんのお出ましってえわけだ」
 元親の長槍が敵兵を蹴散らし、元就の輪刀がその装甲を切り裂いた。
「今宵の輪刀覇幻は一味違うぞ…!」



 城を遠くに臨む緑の丘に、二人は立っていた。
「……行っちまうのか」
「ああ、うん。やっかいなお人が来たみたいだからね」
 苦笑して頬を掻く男に、少女は振り向いた。
「連れて行って、くれ」
 何を、と言おうとした声は、彼女の必死な色をした目に飲み込まされる。
「泥棒の仕事はわからねえけど、きっと覚える。何でもするから、だから…」
 か細く震える声が、please, と呟いた。
 その唇の動きも、恐らくは潤んだ瞳も見えないのは、花嫁が泥棒の胸に飛び込んだからで。
「政宗…、」
 額だけを彼の胸元に押し付けるその華奢な体を抱きしめようと、長い腕がそっと動き、耐えるように震えながら押しとどめられ――ぎ り、と食いしばられた歯は少女の左目の届かぬ場所で闘っている。
 やがて、佐助は瞑目してその手を少女の両肩に置いた。
「馬鹿言っちゃいけないよ」
 薄い肩を優しく、優しく引き離す。
「やーっとお日さまの下に出て来れたのに、また影に戻りたいのか?あんたの人生はこれから始まるんだ。俺みたいに、薄汚れちゃいけな いんだよ」
 言い聞かせるような柔らかい声に政宗が顔を上げた。
 目じりの赤く染まったその綺麗な顔に佐助は笑いかける。
「あっそうそう、困った事があったらいつでも呼んで?オニイサンは地球の裏側からだってすーぐ駆けつけるから!」
 切れ長の左目がじっと佐助を見上げ、それからふっと長い睫を伏せる。 
 幼さの残る唇が無防備に赤く佐助の目に映って、男は自分の唇を、――いとけない白い額に、寄せた。



「政宗様!」
 低い男の声と犬の鳴き声に政宗は振り返る。
「小十郎…成実!」
 駆けて来る黒い犬を抱きとめて、頬に傷のある男を懐かしげに見上げた。
「お前ら、無事だったんだな…!」
 その様子を見守りながら、橙色の髪をした男はそっと、そうっと後ずさる。
 それを目にした小十郎が軽く頭を下げ、少女がハッと振り返った時には、男は丘の下の道に――彼を迎えに来た車に向かって駆け込ん でいた。
「佐助っ、」
「じゃあねー!」
 運転席に飛び乗り車を発進させる。
 佐助に席を譲って助手席に移った元親が、少女に大きく手を振った。
「ったく、生意気そうだと思ってたら可愛いとこもあるじゃねえか、あのお姫さんよォ」
「だーからチカちゃんは見る目が無いんだって」
 あはは、と明るく笑う男の顔はいつもどおりで、だが元親がその前を見る目の寂寥の色に気づかない筈がなかった。
 揶揄するようににやりと口端を吊り上げる。
「…お前、残っても良かったんだぜ?」
「……、」
 と、風を浴びながら走る彼らの耳に、後ろから迫る単車のエンジン音が響いた。
「かすがちゃん!」
「なんだ、お前達も引き上げか?」
「ってかかすが、お前それ…」
 元親が右目を見開き、後部座席の元就もつまらなさ気に目を向ける。
 単車の後部にくくりつけられた、偽札の原版。
「戦利品だ」
「うっわあ、お友達になりたいねえ」
 軽い口調で口笛など吹いてみせる佐助の声は、それでもどこか上の空で。
 かすがはフッと笑ってゴーグルを下げた。



「佐助エェ!!」
「!真田…」
 叫びながら駆けて来た若い男に、政宗は驚いて振り返る。
「おのれ、佐助め…またまんまと盗んでいきおって」
 息を整えながら厳しい顔で呟く方に体を向け、少女は首を振った。
「待てよ、真田幸村……あいつは何も盗んじゃいねえ。俺を――自由にしてくれたんだ」
「いいえ。あやつは大変なものを盗んでいったのでござるよ」
「What?」
 幸村は、背筋を正し大真面目な顔で政宗を見つめる。
――政宗殿の、お心にござる」
 左目がすうっと見開かれ、晴れた青空のその透明な光に輝いた。
 Yes.
 呟く声は自分の内に秘めるように。
 幸村が少年のように笑った。
「それでは、某はこれにて!」
 勢いよく一礼して、茶色い犬の尻尾のような髪をなびかせ男は駆けて行く。
 それを見送る政宗の目は、いつしか幸村のパトカーが走る道の、さらにその先を――既に見えなくなった車の影を探して細まった。
「まったく、風のような連中でございましたな。政宗様」
「小十郎…」
 少女はふわりと笑顔を浮かべる。
「初めて会った気がしねえんだ。ずーっと前から知ってたんじゃねえかなって……だから。だから、きっと」
 また会える。
 呼んだ名前は風に攫われ、太陽の光に煌めいた。






   終











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