二人の車の横を駆け抜けていく真っ赤な車体。
 運転席には右目に眼帯をつけた花嫁衣裳の少女。ヴェールをはためかせ必死な顔でアクセルを踏み込むその後ろから、数人の男を積んだ車が迫って。
「!元親!乗って!」
「あ?ッおい!!」
 乗れと言った瞬間すでにエンジンがかけられ車は走り出している。
 銀髪の男は半ば勢いに引きずられながら中に転がり込み、にも拘らず右目を爛々と輝かせてフロントグラスへ身を乗り出した。
「どっちにつくんだ?」
「女の子っ」
「だろうな!」



 大破した車の赤い破片がバラバラと落ちていく。
 崖に生え出た枯れ木になんとかワイヤーをかけぶら下がった佐助は、一つ息を吐いて、腕の中の花嫁を覗き込んだ。
 日に茶色く透ける黒い髪。白い肌に落ちる長い睫の影――それは左側だけで、右目は古風な布作りの眼帯に覆われている。
 思わず、目を見開くほど可憐な作りの、その左目がゆっくりと開き。
 佐助を見上げて見開かれるのに、へらりと笑って見せた。
「…!No!放せ!」
 途端に白絹に覆われた腕が佐助の顔を押しのけ、じたばたと暴れだす。
「わー!わー!ちょっと待った!下見て、下ー!!」
 細腰を抱く片腕に力を込めて必死で叫べば、宙に浮いた足元に気づいてはたと抵抗がやむ。
「そう…良い子にしてて?」
 ホッと息をついて、佐助はベルト留めの仕掛けを開いた。



 木の枝にかかったワイヤーは二人をゆっくりと岸に下ろす。
 息を詰めながらもどこか穏やかな沈黙が――ミシミシと鳴る不穏な音に、引き裂かれた。
「あ…」
「え?」
 次の瞬間、言葉にならない悲鳴が上がった。
――――――!!!」
「〜!!!?」
 少女の髪がふわりと浮いた、と見えたときには佐助は腰から崖下に叩きつけられて。
 オマケとばかりに橙色の頭に降って来たのは、二人を支えていたはずの、枝。
 重力加速度のついた物体の脅威。
――…」
 言葉も無く、痩躯は、伸びた。
「………、」
 波の音がさざめく。
 青い湖の岸辺。
――仰向けに倒れ伏した緑ジャケットの上で、真っ白なドレスが動いた。
 むくりと顔を上げるのは、右目を布眼帯で覆った少女である。
 落ちる時はこの見知らぬ男を下敷きに、振ってくる枝は胡散臭い橙頭を傘に。
 結果から言えば、男のおかげで傷一つない。
「Hey, …お前…」
 そうっと呼びかける。
 死んだように返事の無い男の顔を、覗き込み、きゅっと唇を噛んで立ち上がった。
 白いすそを翻して湖に駆け寄る。
 絹地の手袋に覆われた両手を静かに青い水面にひたし、その冷たさにびくりと身を竦ませて。
 それでも躊躇わずに片方を脱ぎ捨て冷水を絞ると、男の下へ戻った。
「…生きてる…よな?」
 頭を細い指が包み揺らさぬように持ち上げる。
 自分を庇って汚れた頬に、ぺたりと濡れた白絹をあてて拭いていく。
「Hello…,聞こえねェか?」
 声にか顔を撫でる冷たさにか、男が呻いた。
 少女はホッと息を吐く。
 切れ長の目に宿る色が和らいだ。
「おい…目、覚ませ…」
 粗雑な言葉遣いとは裏腹に優しく額を拭く手が、ぴたりと止まった。
 湖の向こうから近づいてくる波音と、エンジン音。
 一瞬強ばった睫が――しとりと伏せられる。
「Sorry……」
 そっと男の頭を横たわらせて立ち上がり、駆け出していく。
 森へと向かう少女を追い汽船が森に向けて進路を変えた。
 少女が去った後の岸辺に、銀髪の男がロープを使って降りてくる。
 崖から削れ落ちる小石がぶつかり緑のジャケットは身じろいだ。
「ウ…」
 佐助はやっとの思いで目を開き、身を起こす。
「お前、ったく何てザマだよ」
 滑り落ちる濡れた絹地を無意識に掴んで。
 周りを見回し呆れ顔の元親をぼんやりと見上げると、口を開いた。
「あ〜……俺の花嫁は?」
 元親は無言で顎をしゃくる。
 獲物を捕らえた汽船は森を離れて去って行くところだった。
「…ックソ」
 まんまと奪われた(と言うべきかは定かでないが)花嫁を思って骨ばった指を握り締める。
 ふと、その手に残された白い絹の手袋の――内にある何かに、気づいた。
「しっかしあんな娘っこ一人に何なんだァ?アイツら……おい、佐助」
 呼ばれた当人は、手袋の中を広げて掌にあけて見ている。
「佐助?」
 コロリ、と落ちてきたもの。
「指輪じゃねぇか」
「ん〜、コレどっかで…?」
 青地に銀の、ドラゴンのレリーフが施されたそれに。
 佐助はひたりと目を細めた。



 赤く塗られたオートジャイロが城の天辺付近に降り、プロペラの回転を緩める。
 中から現れたのは厳しい面構えの巨躯である。
 城の中へと向かうその後ろに、対照的に細く白い影のような姿が、音も無く付き従った。
「…半兵衛よ。お前らしくもない不始末だ」
「すまない、秀吉。婚礼の衣装の仮縫いでね…男たちは席を外さざるを得なかったんだ」
 大男は眉を寄せた。
「ひ弱な小娘とは言え竜の家の血筋だ。侮るな」
「もちろんだとも」
――今は北の塔か」
「ああ。薬でよく眠っているよ」
 歩みを緩めない秀吉――伯爵の後ろを、付かず離れず同じ速度で進んでいく。
 半兵衛をチラリと見下ろして、秀吉は重々しく呟いた。
「逃亡を助けた二人組みは消すが良い。お前に任せる」



「お客さん、何熱心に見てるべか?」
 パスタを運んできた少女が目を瞬かせた。
「ああ、旅の途中で古い指輪を拾ってね?値打ちもんかな〜なんて」
 佐助が指でひょいと摘んでいるのは、青に銀の刻印の入った骨董品のような指輪。
「うわあ!素敵だべ〜、それ、政宗さまの紋章だべな?」
 途端に高い場所で結った髪が弾んでゆれ、大きな瞳が憧れに輝く。
「政宗…?」
「あれ?御存じでねえのが?この国の大公様の御息女、政宗姫…ほら、あの写真さ見てけろ!あれは小せえ頃のだが、昨日七年ぶりに修道 院から帰ってきたんだ。きっと綺麗におなりだべなあ…。」
「修道院?」
 聞き返すばかりの佐助に、青みがかった髪の少女は首を傾げる。
「お客さんたちは政宗さまと伯爵様の結婚式、見に来たんでねえべ?」
「ああ!そういうこと!ど〜りで観光客が多いと思った!」
 軽い声でのたまう佐助の目が、背後の紳士の姿に細められる。
「良い時に来たべなア。ゆっくりしてってけろ」
 少女は盆を持って笑顔を残し、働き者の踵をかえした。
 佐助の後ろで紳士が席を立つ。
「…探りを入れてきやがったな」
 橙色の髪の向かいで銀髪が呟き、パスタにフォークを突っ込んだ。
「伯爵の手のもんだねえ」
 佐助のフォークもグルグルと麺を巻き取る。
 大皿の食い物を取り合って小競り合う、いい歳の男が二人。
――お前、昼間の娘っこが大公のお姫さんだって知ってやがったな?」
 より多くのパスタを皿に乗せて、だが元親はじろりと不満げに佐助を睨んだ。
 睨まれた佐助は何処吹く風。
「あ〜ら、言わなかったっけ?」
 トマトの味を頬張って、にこにこと笑った。



「…誰だ!」
 大男の一瞥に、覗き見ていた女は一瞬息を呑んだ。
 が、彼女の代わりに姿を現したのは、薄紫の服を着た白金色の髪の男。
「一生の不覚だよ、秀吉。鼠を取り逃がした」
 忌々しげな色を仮面に隠した顔に浮かべる、その背に付いた紙切れに、秀吉は眉を顰めた。
「半兵衛よ、その背に付いたものは何だ」
「な…!?」
 細い背から慌ててそれを引き剥がす。
「『欲と力に魅入られた伯爵へ。花嫁はいただく。猿飛佐助』…秀吉、これは!」
――猿飛?)
 その部屋の様子を隠れて伺っていた金の髪の女は、こちらはこちらで眉を顰めた。
(やっかいな奴が、来た)



「御食事中、失礼いたす」
 カツカツと足音とともに、伯爵の朝餉の場には不釣合いな――赤鉢巻の青年が、姿を現した。
「国際警察の真田源二郎幸村にござる。猿飛佐助からの予告状が届いたとの通報があり、参上仕った」
 ジロリと秀吉が視線を向け、半兵衛が代わって口を開く。
「猿飛…?ああ、あの忍びの流れを汲むとかいうコソ泥のことかい?あんな者を追いかけているとは、インターポールも暇なものだね」
 しかし幸村は伯爵にだけ視線を定め、燃えるような色を目に浮かべた。
「伯爵殿、佐助を侮ってはなりませぬぞ。来ると予告したからには奴は必ず来るのでござりまする。御婚礼まであと五日。城内を某たちに警 備させていただきたい」
 秀吉はそこでやっと、体を幸村の方へと向けた。
「わが国にも警察はおる。衛士と呼んでいるが――指揮は我が友が取っている」
 幸村の後ろから、頭一つ分も丈高い、金色めいた陣羽織が現れる。
「慶次」
 歳は幸村と同じほどか、長い髪を高い場所で結った体格の良い青年である。
「その国際警察からの客人に城内を案内してやってくれ」
「ああ。分かった」
 淡々とした声色にチラリと目をやって、赤い若武者はもう一歩、踏み出した。
「伯爵殿。一つ伺いたい。――佐助は何故、姫君を狙っているのでござろうか」
「さて…」
 伯爵は答えず、執事がその横で失笑して見せる。
「それを調べるのも君達の仕事じゃないのかな」
 幸村は眉を寄せ、ぐっと歯を噛み締めた。
「…失礼つかまつった」
 国際警察の若者が踵を返せば、犬の尾に似た茶色い髪と赤い鉢巻がひるがえる。
 カツカツとよどみない足音で去っていく幸村と慶次を見送り、半兵衛は秀吉に囁いた。
「良いのかい?このまま彼を城内に置いていても」
「…構わん。国際警察にも我らの友人は多い。あれも程なく帰ることになるだろう」



 伯爵の食事の場を離れると、ふいに衛士長が振り向いた。
「さあて、まず外から行こうかね」
 その人懐こい笑顔に、幸村は面食らったように足を止めた。
「はあ…外、にござるか」
 しかし某は城内の、と言いかけた腕を掴み「良いから良いから」と中庭に連れ出す。
「正直さあ」
――城の中じゃ誰が耳そばだててるか分からないんだよ。
 潜められた声に、幸村も油断無く辺りを見回した。
「ほら、見てみな」
 慶次が髪から飾りの鳥の羽根を引き抜き庭に放る。
 バシュ!と僅かな音を立てて、羽は燃え落ちた。
「これは…」
「庭だけじゃない。城ん中も――レーダーとレーザーの巣だ」
 いけ好かない城だよ、と肩を竦める。
「ま、深く関わらない方が良いってことさ。猿飛とかいう奴も馬鹿だな…正攻法で敵う相手じゃない」
 幸村はムムムと眉を寄せる。
「佐助ほど『正攻法』の文字が似合わぬ奴はおらぬ」
 大真面目に請合えば、衛士長は「そうかい?」と軽くかわした。
「大公伊達家のお姫さんの事は知らないけど――色恋の話だってんなら嫌いじゃないけどなァ。伯爵の野望に関わってるってな噂だ。手 ェ出したら只じゃすまない」
 最後は声を低め、ふっと真顔になる。
「どうせその泥棒も早々に引き上げるか命を落とすかだと思うね。アンタも仕事はないと思うし、さっさと引き上げた方が良いよ」
――この城は、危険だ。
 言外にそう告げられる。
「慶次殿は、伯爵殿の友人でこの国の兵の長と聞き申したが?」
 首を傾げる幸村に、ニイと笑って見せ。
「……俺はワケありでね」
 低く、呟いた。



 伯爵の大きな手が、少女の細い顎をつかむ。
「ひ弱な竜が…もう男を引き込んだか」
 政宗の左目がぎらりと光って秀吉を睨み返した。
「Shit!汚え手を離しやがれ!!」



 暗い中で炎の灯りが近づいてくる。
 おや、と見れば、薄汚れた赤い姿が――こちらも自分以外の人影にハッと顔を上げた。
「!佐助エエエェ!!観念しろ!!!」
「あら〜、真田の旦那」
 呑気に笑う佐助の襟首をつかみ、がくがくと揺らす。
「出口は何処だ!何処から入ってきたああ!!」
 観念するも何も、お互い明日も見えない身である。佐助は苦笑した。
「俺も落とされたのよ、旦那」
「な、なんと…!」
「ず〜っと出口探してたの〜?」
「うるさい!」
 幸村は半泣きで叫び返した。











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