猿の佐助と河童ちゃんJ






「おめえら…小十郎の式か」
 青い光を周囲にバチバチと明滅させて、子どもはすうっと目を細めます。
 影たちは近づくことを畏れるかのように、その光から遠ざかっていました。
――御意。
――御意。
――我らは血を浴びし者なれば。
――御子の背の者も、血を浴びし者なれば。
「Ha, 近づけねえし近づくなってか?」
 赤い唇をくいと吊り上げて呟き、次いで笑みすら消して影を睨みます。
「去ね!この者はそこの人間が連れ帰る。手を出すことは罷りならぬぞ!」
――…命により。
 ゆらゆらと揺れて、影が一つ、また一つと消えていきました。
 雨が樹冠を穿つ音で辺りは包まれています。
「…佐助、佐助!」
 その絶え間ない音を赤い武人の声が切り裂きました。
 男は、息も消えかかった己の忍を必死に揺さぶって起こそうとしています。
「Hey, こら、真田幸村」
 子どもは呆れたようにまぶたを伏せて、男の名を呼びました。
「な、何でござりましょう!?」
「お前はそいつを殺す気か…。これ、飲ませてやんな」
 そう言ってコトリ、と地面に白い茶碗を置き、子どもは幸村と佐助から距離を置いて座ります。
「これは…?」
 どろりとした濃い緑の液体に、幸村の眉が訝しげに寄りました。
「薬だ。死なせたくなきゃさっさとそいつの喉に流し込め。…それともテメエが飲むか?」
 左の眉を上げて見せれば、どの脅し文句が効いたのか、幸村は慌てて忍の口に茶碗を当てます。
 ガツ、と恐らく佐助の歯に茶碗がぶつかった音。
 それから、咳き込むような息音が響き――子どもは、瞬きほどの間、表情を和らげました。

   *

 水神殿。

 …ああ。

 何故、某の名を知っておられたのでござるか。

 Ah-, そいつに聞いた。

 佐助が何と申しておりました。

 ……真っ赤で固めた戦装束、奮う二槍で上げた首級両手に余る、若い武人。

 ほう。

 戦に出れば三河の本多にも劣らない武者ぶりで、――でも、性格は無茶苦茶。

 …ほほう。

 戦馬鹿で武田信玄を馬鹿みたいに尊敬していて、奇声を上げて戦にでる。

 奇声でござるか。

 ああ。あとで聞いてみな。物まねが上手いぜ、そこの猿。

 そういたしましょう。

 ………。

 水神殿。

 …なんだ?

 貴殿は本当に、佐助を猿だと思っておいででござったか。

 …………そう、だったら良い、と。

 では。

 でも、ひょっとしたら本当に、とも思った。

 ………。

 俺が子どもじゃなくて、何も患った事も無くて――力さえあれば、ただの人間に触れるくらい、 どうってことないだろうがな。

 患った?

 何百年か前にな。あれも戦の時代だったから。

 佐助が忍ではなく――ただの人間であれば、問題はなかったのでござろうか。

 さあな。今の俺は穢れに弱すぎる。……弱すぎる。

 ………。

 ………。

 水神殿。

 なんだ?

 何故某をここに案内してくださった。

 ……お前が“真田幸村”だからだ。

 ………。

 ………。

 …分かりませぬ。

 そうかい。

 水神殿。

 なんだ。

 一月前にも佐助を助けた“河童”とは貴殿のことにござるか。

 ……No, そいつが猿じゃねえってんなら、河童なんざ知らねえな。

 そうでござるか。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。

 ………。




















「河童殿」

 ぎゅ、と。幸村は佐助の最後の傷に布を巻き終えました。
 子どもは伏せていた目をゆるりと武人に向けます。
 幸村は忍を背負い上げて、深々と頭を下げました。

「猿の佐助を助けていただき、真に感謝しているでござる」

 きゅ、と。唇を噛み締めて、離して。

「…礼を言う必要はねえよ。さっさと出て行け」

 顔を左に背けて、立ち上がり、くるりと背を向けてしまいます。
 幸村は顔を上げその背をじっと見つめました。
「それでは、失礼いたしまする」
 顔を見せないままヒラヒラと手を振る河童ちゃんの、頬の側で、青い光が揺らめいていました。












●●K