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猿の佐助と河童ちゃんB 翌朝、明け方には目を覚ましていた佐助の前に、河童ちゃんは川から上がって出てきました。 「Morning, 調子はどうだ?」 「おかげさまでー」 へらりと笑う佐助に「Good」と微笑んでつぶやくと、さっさと水干を身にまといます。 「あれ…?」 その肌に、最初に会った日には無かった痣を見つけ、佐助はひょいと手を伸ばして白絹をつかみました。 「おわ!?」 「あ、ここにも」 着かけていた着物を引きずり下ろして背中を辿ってみれば、青痣かなにか、あまり良い色でない斑紋が薄っすらと、 いくつか浮かび上がっています。 (よく見ると、鱗もちょーっと曇ってるような…) 「は、離せ!無礼者!!」 パン、と手が振り払われて、ハッとした顔になったのは佐助ではなく子どもの方でした。 「…河童ちゃん」 呼べば、ぎゅっと目を閉じて唇をかんでしまいます。 「……」 「あんたひょっとして、本当にどっかのお姫様なんじゃない「黙 れ」 河童ちゃんは綺麗にまなじりの切れ上がった目で佐助を睨みました。 そうするとまたビリッと空気に雷が走り、森全体の空気が無礼な猿を威嚇するようです。 「女じゃねえって最初に言ったろうがあ!」 「うそ!自分で脱ぐ時はさっさと着物脱げる子が何で今更肌隠すのさ!…って、それより」 大人気なく言い返してから、はたと右手を取ります。 「…どうしたの?調子悪いの?」 今度は振り払えずに、河童ちゃんは水干の襟元をつかんで押さえた左手の方だけにぐっと力を込めました。 「……これは、昔の病気の痕だ」 右目も、その時潰れた。 「そう…」 頷いて、佐助はその手を離します。 そして今度は左手を撫でて襟を放すように促すと、着物を整えて、くるくると帯を巻いてあげました。 「…ちゃんと治したんだから、えらかったね」 見た目よりも柔らかい髪に細く骨ばった指を絡ませて撫ぜれば、子どもは俯いてしまいます。 「……猿のくせに、帯の結び方など何処で覚えた」 「猿は人まね上手なの。何でも出来るの」 「…Ha,」 河童ちゃんはくるりと背を向けて、袖を少しだけ目元にあてていました。 (こういう誇り高さは何処から来るんだろうねえ) ただの妖だというのなら。 「 「ゲッ」 「ゲじゃねえよ。早く治したいんだろ?」 振り向いた時には河童ちゃんはもう人を食った笑みで、「大人しくしてろよ」とのたまいました。 * 薬を一息に飲み干せば、河童ちゃんはよしよしと猿の橙色の毛並みを撫でて、口直しの水をくれます。 その日は一日横になったまま、春の暖かな陽だまりの中、猿は奥州で聞いた他愛の無い噂話を聞かせて あげました。 河童ちゃんは何処の田吾作が牛に追われただの其処の桜が早咲きだったのという話にも、目を輝かせます。 猿が目を覚ましてから四日目には、越後の話。 五日目には、甲斐の国の、これも噂話で聞ける程度の話。 六日目には三河の、主に『最強の武人』の話。 七日目には甲斐の国の話に戻って、そこで佐助は『赤い若武者』の話をすることにしました。 武田軍の三大名物の一つと言っても過言ではない主のこと、話さないほうがむしろ不自然かと まあ、単純に自分の主が面白いためでもあるのですが。 「甲斐の国はねー、武田信玄様が治めてまして、その大将に仕えてるのが真田一族なんですよ」 「さなだ?」 「そー。で、噂によればこの真田の次男坊がもう無茶苦茶」 「へえ…」 「まだ若いんだけどね、戦に出れば昨日の本多にも劣らない武者ぶりで、真っ赤で固めた戦装束、奮う二槍で上げた 首級両手に余るってお人なの」 「…!」 この辺りで河童ちゃんの目がきらきらとし始めました。 本多忠勝の話はお気に召した様子です。 「そのくせどうしようもない戦馬鹿でお館様馬鹿で、あ。お館様ってのは信玄様ね?戦に出るときは『お館様ああ!!』 勝って帰る時も『お館さまアァァ!!!』」 幸村の真似をして叫んでみれば、河童ちゃんはきゃらきゃらと腹を抱えて笑いました。 「ア痛た…これ傷に響くわ」 「それで?他には?」 「うん。その真田の旦那がある日俺に言いました」 「話しかけられたのか!」 「そうなのよ。あれは俺様が上田城の柿の木に登って柿をシャクシャク頂いている時のことで、庭に下りてきた旦那は いきなり『猿よ、柿は美味いか』」 「美味かったのか?」 「美味しかった。だからね、『いいえ、ちっとも』って答えたよ」 「Ah?」 「『渋くて仕方ありませんから俺が全部食べて差し上げますよ』」 これは本当にあった話でした。実際は佐助は幸村が柿を食べ過ぎるのを心配して、『渋柿みたいね〜』と 答えたのです。 「食い意地の張った猿だな」 「まあね。…で、肝心の旦那がなんて言ったでしょう」 「真田の武人は渋いものも好んで食べるのか…?」 「いーえ。幸村様はお館様と戦の次に甘味屋の団子と饅頭が好きな方だよ」 「じゃあがっかりしたか」 「それがね、『渋柿!それは良い!お前が全部とって干して干し柿にしておけ!まかしたぞ!!』って」 河童ちゃんはその答えにまた声を上げて笑いました。 河童ちゃんが笑うと、川の水面もひと際キラキラと輝くようです。 「で?どうした、その柿」 「熟れてるの全部とって、手に持ってけない分はしょうがないから上田城のまかない所に置いて来たよ」 食べてもらえなきゃ、勿体無いじゃない、ねえ? 「そうだな、それが良い」 佐助と一緒に草の上に寝転がりながら、河童ちゃんはにこにこと微笑んでいます。 そういう笑顔は子どもらしくて、これはこれで好ましいものです。 「河童ちゃんは干し柿とか食べたことあるの?」 「あるぞ。下流の村の供え物だった」 「あら。罰が当たっちゃうよ」 すると河童ちゃんはきょとんとした顔で佐助を見て、すぐにまたにこっと微笑みました。 「…猿の毛並みは、橙色より柿に近いな」 それとも紅葉か。秋の色だ。 「そうかもね」 「秋になったら…」 ふと、河童ちゃんはまぶたを伏せました。 奥州では春の桜も散ったばかりの季節で、当然この猿がこのまま半年もここにいるはずがありません。 「そうだねえ、秋になったらまた来ようか」 けれど佐助は、あっさりそう言ってへラリと笑いました。 「…本当か?」 「う〜ん、俺も暇じゃないけどね。ちょっとくらい来れるんじゃないかなあ」 それは実際のところ実現できるか佐助にも分からない事でしたが、最初の約束よりずっと誠実な色を持った言葉です。 「Ha-n, じゃあ期待しねえで待っててやるよ」 「うん。そうして?」 とりあえず、もうしばらく御厄介になりますよ。 そう言って佐助は、寝転がったまま河童ちゃんの髪を軽く撫ぜるのでした。 |