――そしてまた、同じ夢を見る。



「白い閃光。廃墟の町。四散する体。生き残った人間を虱潰しに殺していく――機械軍。相変わらず、同じかね?」
 話しかける声に、女は答えない。
 ただ、左だけの視線を手元の本に落としている。
 右目には、白いガーゼの眼帯。茶色がかった短い髪の、前髪が右目を隠していた。
「…今日はご機嫌斜めと見える」
 無理もない、昨夜も随分とうなされていたようだ。
 その声に、彼女はちらりと扉を――扉の小窓からのぞき込む、スーツの男を見た。
 白い寝間着、白いベッド、白い病室。
 男の側で、研修医の名札をつけた青年がカルテをめくった。
「伊達政宗……統合失調、妄言、過度の凶暴性とのことですが、」
 とてもそうは見えない。
 研修医は静かに頁をめくる患者と、男を見比べた。
 黒と白の布地を使ったスーツの、『松永』とネームプレートにある医者は、くっと笑う。
「卿には彼女が、知的で――美しい女性に見えるかね?」
「はあ……あ、いやしかし、」
 返事に惑う研修医を後目に、「Dr.松永」と呼ぶハスキーボイスが響いた。
 松永と研修医は、小窓をのぞき込む。
 女が、猫のような切れ長の目に光を乗せて、婉然と笑った。
「左膝の調子はどうだい?」
 松永はフッと笑うと、女には答えず扉の前を離れる。
「松永先生、あの、左膝…とは?」
「ん?ああ、一ヶ月前の問診でね」
 ボールペンで刺されたのだよ、彼女に。
 青ざめる研修医と対照的に、松永はクツクツと楽しげに笑っている。



 伊達政宗が収監された施設から数十キロ離れた町。
 見回り中の巡査が、ブロック塀の奇妙な破損にパトカーを降りた。
 丸い穴――まるで一抱えもある球体が、その空間にある塀とコンクリートを消してしまったような。
 巡査は首をひねり、無線をとろうとパトカーに戻る。
 それを、阻むように。
――奇妙な男が立っていた。
 ぞろりと長い袴、袖のない着物、腕や肩の防具らしきもの。肩当てからは、棘が生えて。
 暑い夏の日差しの下。血色の悪い顔。長い白髪がゆらめき、その向こうに、笑った形の薄い唇がある。
 奇抜な格好である以上に、不審な男。
「そこで、何を――
 巡査は問いかけた。
 最後まで言うことはできなかった。
 ただ、最期の瞬間、なぜか。
 白髪の男の顔がぐにゃりと歪み、自分の顔に見えた気がした。



 武田道場、と力強く書かれた看板に、蝉の鳴き声が忙しなく落ちる。
「幸村が?」
 門下生のかけ声もすぐそこに、廊下の板に響いたのは低い声だ。
 頭を丸めた、だが僧侶にしては壮健すぎるほどの男が、稽古着のまま黒電話の受話器を握っている。
 電話の向こうの声は、身分を巡査であると告げ、警察署の名をあげた。
 しかし男は――武田信玄は、顎をつかみ不審げにうなる。
「捜索願は確かに出した。が、あれは先月のことよ。もう無事に帰ってきておる」
 電話の向こうの“巡査”は拘ることなく、勘違いであったと非礼を詫びた。
 信玄は受話器を置くと、「誰ぞ、幸村を呼べい!」と道場を震わせた。
 しかし、いつもなら呼ばれるまでもなく駆けてくる赤鉢巻きの小さな姿はない。
 代わりに門弟のひとりが、焦った顔で――毛筆の置き手紙を持ってきた。
 信玄は、深くため息をつく。
「…また伊達の小娘の元に向かいおったか」



 同じ頃、武田道場の最寄り駅から出る列車の中。
 赤い鉢巻きの茶色い毬栗頭と、黄色いフードをかぶった少年が、二人で電車に揺られていた。
(おゆるしくだされ、お館さま)
 それがし、どうしてもどうしても、政宗どのにお会いしたいのでござる。
 リュックサックを膝に抱え、思い詰めた顔で写真を見つめる、赤鉢巻きの少年。
 名を、真田源二郎幸村。
 その写真を――右目を隠し、凛々しくも短い髪で不敵に笑う女性と、今より幼い幸村の姿のぞき込み、もう一人の少年は破顔した。
「もうすぐ独眼竜に会えるな、幸村!」
 ワシも楽しみだ!
 と、幸村とは対照的な明るさで、足をぶらぶらと揺らす。
「しかしお前、まさかまた家出してきたのではあるまいな?」
 黄色いジャケットのフードを背におろして、くりくりした目で車内を見回す少年に対して、幸村はこっくりとうなずいた。
「して来もうした、家康どの。書きおきもきちんと」
 家康と呼ばれた少年は目をまん丸にする。
「信玄公に怒られるぞ?」
「ほかにてだてがないのでござる。みな、政宗どのをみまってはならぬとそればかり――
 見る間に大きな目に涙をためた幸村に、家康はしかたないな、と少しだけ大人びた苦笑を浮かべた。
 車掌が近づき、十歳の二人に「切符を」と声をかけた。
「君たち、ふたりだけか?」
 切符を見て、車掌は目じりの赤い幸村に目を向ける。
「ああ、ふたりで爺どのの家に行くんだ」
 答えたのは家康だ。
「お父さんお母さんは?」
「まだ仕事で、後から来る!」
 はきはきした返事に、車掌は「気をつけてな、坊主たち」と笑って切符を返した。
 扇風機が回る車内、田んぼをわたって窓から吹き抜ける風は温くも心地よい。
 季節は、小学生の夏休みだ。



 空調のきいた部屋。
 白いばかりの部屋に、格子窓から差し込む白い日差しだけが夏を主張する。
『あんた、…松永…』
 響いたのはハスキーな女の声だ。
『どこかで会ったかね?』
 医師の声に、『ふざけるな!』と女の怒声は苛烈さを増した。
『なんであんたがここにいる?織田の差し金か?』
『卿はなにか勘違いをしているようだ。私が織田コーポレーションで顧問をしていたのを知っているようだが、今は』
『yes,あんたは織田にいた。あの時、豊臣の研究所にいた…!覚えてるだろう、あのmonster――風魔のことを』
『…その、風魔についてまずは詳しく聞かせてもらおうか』
 カチ、とクリックして、画面の中と同じ顔の男が、パソコンの画面から――そこに映るよりいくばくか髪の伸びた、患者に視線を移す。
「どうかね?」
「…どう?」
 松永の問いかけに、患者は、伊達政宗は、ゆるりと目をあげた。
「一年前の記録だ。これにくらべると最近は、落ち着いてきているようだが」
 スーツの上から白衣をまとい、医者であることを主張する松永に、政宗はHa,と自嘲気味に笑ってみせる。
「あの頃は、どうかしてた」
「ふむ」
「夜な夜なnightmareにうなされて、realと区別がつかなくなってたんだ」
「自分でもそう思う、と?」
「でなきゃ織田コーポレーションに爆弾なんかしかけねぇよ」
 ああ、あの後あんたにもつかみかかったんだっけ?
 小首をかしげ、パソコン画面をちらりと見る仕草に、病的なところはない。
 松永はにこりと微笑んだ。
「卿がずいぶん回復しているようで、私も喜ばしい」
「だろう?doctor.この一月は特に調子がいいんだ」
 そう言うと、背筋を伸ばしてパイプ椅子に座っていた政宗は、身を乗り出した。
「…約束だよな」
「ふむ?」
「よくなったら、幸村に会わせてくれるんだろう?」
「ああ、確かに」
「どうしても、会わなきゃならねえんだ」
 懇願を含んだ響きに、医師は笑みを口元にうかべたまま、「何故かな?」と問い返す。
「なぜ、って…」
 政宗は絶句した。
 それは、分かっているだろう。そう言いたげな色を隠せない目に、松永はこれ見よがしにため息をつく。
 彼女が夢に見る未来の、人間を駆逐する機械軍。
 それと戦う人類のリーダーが、未来の彼女の息子――養子に出している、真田幸村という少年であることは、すでに聞き出していた。
「卿は、まだ件の妄想を捨て切れていないようだ」
「な、っ」
「まだしばらくは観察処置としよう。安静にしているといい。なに、このままよくなれば――
 政宗の手が、机の上に握り込まれたままワナワナと震える。
「…テメエ、…!」
 その拳がそのまま、医師の顔を打った。
 dammen it!と叫ぶ声。パソコンと資料が跳ね落ち、部屋の外でブザーが鳴り響く。
 その音が届いていないかのように、医者の襟首を締め上げる政宗の目は、カッと見開かれていた。
「あんたの目当ては分かってるんだ、松永久秀。風魔の情報とおれの口封じだろう」
「さて…なんのことかな」
「分からねえのか!織田を止めなきゃ、」
 みんな死ぬ。
 それまでの怒声と裏腹な果敢なさで、ぽつりと落ちるつぶやきを、松永は襟つかまれたまま悠然と聞いていた。
 伸ばしたままの髪が乱れ、化粧気もなく、狂信的なことを口にしてなお。
――うつくしい女、否、至高の名品か。
 バタバタと足音が重なり、ドアが開いた。
 患者は無抵抗に取り押さえられる。
「松永先生!お怪我は、」
「ああ、問題ない」
 その姿を見下ろして、襟を正しながら松永は、哀れむような笑みを作った。
「彼女に、鎮静剤を」



 政宗どのはご病気だったのだ。
 と、幸村はぽつりぽつりと話した。
 ガタンガタンと電車が揺れる。
「ずっと、未来のいくさのことばかり話しておられたのも、そのために各地をまわり、武器を集めておられたのも、ご病気ゆえなのだと、医者どのが言っておられた」
「医者かあ」
 家康はうんうんと、うなずく。
「それがしは、ずっと政宗どのとともにあったのに、それに気づいてさしあげられなかったのだ。だから、政宗どのは、びょうじょうが悪化したと――
「気をおとすな、幸村。お前のせいであるものか!」
「む」
 ずず、と鼻水をすすり、幸村はごしごしと目をこする。
「みな、そう言うのだ。お館さまも、真田の父上も、母上も、兄上も」
 お前のせいではない、しかたないことなのだ、と。
「しかし、しかし…!」
「うーむ、けれどな、幸村。その医者というのは、島津どのか?」
「違うでござる、こう、白黒の、けいさつ病院のこもんだとかいう」
 幸村の返答に、家康はすべすべした眉間にしわを刻み、難しい顔をして腕をくんだ。
「はたして、本当に病気なのか…」
 ワシも、独眼竜の話す、紅い髪のさつりくロボの存在を、信じているのだがなあ。



 武田道場に電話のベルが鳴り響いてから、半刻。
 パトカーが走り去った道から、3ブロック離れた場所に、不思議な球形の光が現れた。
 光は一瞬で消え、道と、塀に、えぐられた痕だけを残す。
――その、すり鉢上の穴から。
 紅い髪の、暗色のゴーグルの、影がすっと音もなく、立ち上がった。














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13/08/23
初出:memo(11/08/29〜(ついに突入)コタミネーター2(はいいけど))