――ずっと、過去は、変えられぬものと思っていた。少なくとも己の手では。



 もしも過去に手出ししなければ、この世界は変わるのかもしれない。けれど、それが幸村の消滅をもって悪転するのか好転するかは、不透明だ。
 コインの裏表のように運を天にまかせる行為。
――その道は選ばない。
『自分で決めろ』
 最善を、信じた道を選び、後悔するな。
 そう諭した隻眼を覚えている。
 ならば幸村の決断は一つだった。
――問題は、誰が行くか。
 これも考えるまでもない。ここにいるのはたったの三人だ。長曾我部元親は失えない。
――自分が馳せ参じることができれば、どんなにいいだろう。
 幸村は紅く塗られた長槍の柄を強く、強く、握りしめた。
「あれに入って、生きて出られる保証さえない。…それでも」
――あの方を。見殺しにはできない。
「じゃあ、俺様しかいないね」
 声が柔らかく響いた。
「行ってくれるか」
「行け、でいいんだよ」
 九年間、片時も離れることのなかった橙赤毛が軽く揺れる。
 幸村は喉を低く震わせた。
「…政宗殿を守ってくれ、佐助」
「了解」
 佐助は笑った。
 一刻の猶予さえ、残されていなかった。



「行くぞ!打ち崩す!ワシと真田に続けぇえ!!」
 紅と金色が煙の渦巻く中心にあった。
 人工知能の本拠。もっとも堅固なアースコンピュータの在処。
 家康の叫びに獣のような声が合唱で答える。
 歯車をむき出しに迫るロボットと操作体に操られる戦車。鉄の馬に跨り駆ける条件は互角。施設の壁に手をかける距離まで入れば、迂闊に電磁砲も使ってはこない。
――そのはずだ。
 響いた爆音に、家康はハッと顔を上げた。
 何かが建築の壁を突き破り、打ち上げられたかに見えた。
 その影は下降し、にび色に日光を反射する。
――軍勢のさなかに降りようとする、鋼鉄の体。
 一点を目指し突き進む仲間たちの動きが乱され淀むのを、家康は肌で感じていた。
 骨身の震えはそれ以上だ。
「みんな、ワシから離れろ!真田に寄れ!」
「徳川殿…!」
 真田が――信幸が叫びかけ、ハッと息を呑む。
 大槍を持った巨身は、家康の前から人が退くのを宙で待っていた。
 背には筒型のエンジン。
 頭部には雄鹿の角。
「忠勝!!」
 家康が声を張り上げる。
 鉄の巨躯は答えない。
 そこだけ人のような肌の見える、右目がわずかに細まった。
「忠勝!!」
 家康はもう一度叫んだ。その見上げる目は陽光を受けて輝いている。
「お前はワシと同じ人間だ!体の何処が鉄になろうと、人の魂持った、ワシの友だ!違うか!?」
 エンジンから青い炎が吹き出す。
 鉄の巨身が一瞬浮いて、重い音を立てて地に着いた。
 家康の前に膝を突き、雄鹿の角の頭を垂れる。
「よく戻った」
 家康は子どものように破顔すると、その肩に飛び乗った。
「行くぞ!この徳川家康、独眼竜と真田幸村の魂がともにある!!者ども、最強の武人、雄鹿の角に続け!!」



「奴に異変を悟られたら終わりだ。この装置はまだ切り離せない。だが事が終わったらコンピュータを破壊する前にこいつの制御システムを切り離してみる。…幸村」
 元親の問いに、幸村は佐助が消えた穴から目を逸らさぬままうなずいた。
「頼む」
「大丈夫か」
「問題ない」
――問題ない。
(なわけ、ねぇだろ)
 だが確かに、表面上計画に支障はなかった。
――ただ佐助がいなくなり、戻れるかどうかも分からない。それだけだ。
(畜生)
「接続完了。いつでも来やがれ!」
「流石。間一髪でござった」
 真田の声は落ち着いていた。
「家康殿の元に本多忠勝が戻ったそうだ。いよいよ本丸が破壊される」
 追うように、コンピュータが人工知能からの接続を知らせた。
――奴が来る。
 元親は左目を覆う眼帯を一瞬押さえ、つぶやいた。
「久しぶりじゃねえか…兄弟」
――もはや面影もない、人を潰す執念だけの知能。けれどその根幹を作ったのは。
「あの世で元就に叱られるんだな」
 木馬の中から兵士があふれ出す。



『政宗どの。…何故ずっと、教えてくださらなかったのでござる』
『母親らしいことはしてねぇからな』
『では父は、それがしの父は真田の父上なのですか?』
『…お前の父親は昌幸さんで、母親は真乃さんだ。それでいいじゃねぇか』
――政宗殿。何故教えてくださらなかったのですか。
 未来から来た男の名を。
 それを送り込むのが、他ならぬこの幸村であることを。
――それがしの、父の名を。














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11/08/26