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総攻撃が始まったのは夜明けと同時だった。 徳川の大編成の部隊がときの声を上げ人工知能の本体であるアースコンピュータを目指す。中には赤揃えの真田信幸が混ざっているはずだ。 幸村は兄の姿を思い浮かべた。 だが幸村は信幸とも、真田の父母とも血の繋がりはない。 『いいか、幸村』 例え神が定めた運命で、俺たちが今踏み出す足の左右さえ決められているとしても。もしもその判断に身を委ねたくなっても。 『必ず自分で選べ。選んで受け入れろ。Don't forget my words』 『はい、政宗どの。必ずや』 その言葉の意味も半ばしか理解できぬうちから、何度も何度も約束した。 素直にうなずく幸村に破顔する彼女こそが、自分の生みの親であると。幸村がそれを知ったのは十を過ぎた頃のことだった。 「時間でござるな」 「いっちょ派手にやるか」 「派手にじゃなくて、隠密にね」 幸村の言葉に答えたのは、鬣めいた銀髪と、橙赤毛。 徳川家康が大軍勢を率いる裏で、総大将の真田幸村と行動を共にするのはたったの二人だ。 お前は必ず指導者になるのだ、と、政宗は幸村に言った。 『しかし政宗どの、運命は決まってはおらぬのでござろう?』 『You got it!よく分かってるじゃねぇか』 彼女は牙に似た犬歯を見せて、無邪気に笑う。 『運命だからじゃない。Judgement dayにお前がそうなるべきだと俺が思うから、なると言うんだ。You see?』 『…わ、分かりもうした』 ジャッジメントデイ、と彼女は呼んだ。 彼女はその日が来ることを知っていた。 機械が反乱を起こす日。人間が歯車に噛み砕かれる、泥人形でしかなくなる日。 来る日を食い止めようと。その日の後も、一人でも多くすくい上げようと。 『なぜ政宗殿は、その日が来るとご存じなのでござるか?』 ある夜、彼女が銃器の手入れをする横で、幼い幸村は毛布にくるまってそう聞いた。 政宗は珍しく、少し迷うように沈黙して。 『…未来から、その殺戮機械が来たのさ』 静かにそう言った。 『なんと…!』 『それを追って来た男が、教えてくれた』 『未来人!』 『ああ』 そのころの幸村は政宗の言葉を露ほども疑わなかった。 『では、では…必ず、その恐ろしい日はやってくるのでござるな』 『NO,来させない』 『しかし、未来人は未来のことを知っていて、何でも言い当てられると、それがし本で読みましたぞ?』 『でも、まだ来てねえだろ』 『未来人どのにとっては、すでに来た後なのでは?それが来なかったら、その者はどうなるのでござろう?』 『幸村……お前は賢いな』 瞬きした彼女は 『もし、それであいつにとっての過去が変わるとしても、もっと悪いことになるかもしれなくても、それとも……無駄だとしても、俺たちが何もせず諦めていいことにはならない。 『…はい。幸村もともに戦いまする』 成長していく中で、幸村が一度たりともこの時の彼女の言葉を疑わなかったと、そう言えば嘘になる。 けれど、結局はすべてが彼女の言うとおりだったとすぐに分かった。 未来からの殺戮兵器を、幸村が目のあたりにしたはそのしばらく後。 そして数年たって (審判…裁きの それは、人の作ったものの凶行。 政宗の出会った未来の人間が、一体どこまでを彼女に話したか、幸村は知らない。 この戦いの結末は分からない。 ならば、勝敗の振り子を読めないというだけで、どうして諦めることができるだろう。 「お先」 決めていた通りに、佐助がゴーグルを着け下水に降りる。 合図を待って元親が梯子に足をかけた。 しんがりは幸村が守る。この戦の要は長曾我部元親の木騎13号だ。 (奴の本拠地は徳川が叩く。奴のコピーが残る六ヶ所のアースコンピュータにはすでに工作員が着いている) それぞれの部隊にも木騎13号が渡っていた。 しかし、幸村はわずかな不安要素に一瞬顔を曇らせた。 (未だかつて、人間を過去に跳ばせる技術など、聞いたこともない) となれば、政宗の言っていた『未来人』は、もっと先の 幸村は思考を追い払うように首を振った。 (例えそれが、決まった未来だとしても) 靴音が反響する中に、僅かな駆動音が混じる。 三人で息を潜めやり過ごす。こうした隠密行動を得意とする佐助などは、温度まで闇に溶け込むようである。 機械たちの親玉は、人間が作ったアースコンピュータに宿るAI。CPUを守る施設には人が使っていた名残で下水が通っているが、機械たちが監視できるのは広大な地下の迷路に比べればごく僅かな範囲である。 30分で、上の施設の中枢にたどり着く。 その昔人類の未来のために開発され、その人類に反旗を翻したAI。 青い色が目に浮かんだ。 (まるで似合わぬな) 通路の向こうを歩く金属音。幸村は獣が本能に従うように跳躍し、襲いかかってその頭部を抉った。 紅い柄の槍には刃こぼれもない。 施設の中を巡る監視機は20体強。残りは佐助が片づけたらしく、通路の先から手振りで合図があった。 「監視機は全て破壊。破壊信号は施設の本体にまず送られると…元親殿、問題ないか」 「おうよ!ここの警報は切れてる。奴さん、この施設が乗っ取られたとは夢にも思わねえぜ!」 叫び返しながら、元親はすでに手製の演算機を施設のコンピュータに接続しつつある。 かのAIが本拠地にしているアースコンピュータと、六ヶ所のコピー施設。 ここはそのどれでもない。 一見小さな工場だが、にも関わらずAIがコピーを残すに足る容量のCPUが設置され、幾重にも監視されている。 これだけの条件を満たす施設は他にないと、AIが反乱を起こす以前の資料から捜し当てたのは元親と家康だ。 六ヶ所のコピーが破壊され、本拠地も危うくなった時。 かつてない事態。半ば賭でもある。 (奴がここに繋がった時が勝負) カタカタとキーを打つ音。 全ては元親の手にかかっていた。 『コンピュータウィルス』 分かるよな?と元親に言われて、幸村は頷いた。人工知能が反乱を起こす前までに、パーソナルコンピュータであれば少しは触ったことがある。 コンピュータを壊すだけでは確実とは言えない。AI自体がウィルスに侵されれば、各地の機械軍すべてに感染する、と元親は説明した。 『プログラムの根本的な弱点をついたつもりだ。これを奴にぶち込めば、防御機能を麻痺させて中枢から破壊できる。もちろん逃げられたらおしまいだがな』 コピーが生き残れば、奴はウィルスの正体を暴いて抵抗するワクチンを作り、いつまでも生き延びるだろう。 『兵器の操作体からの報告や監視機の信号、奴が受け取らずにいられないファイルの形にして送り込む。敵は木馬の中にあり、だ』 『古典でござるな』 『まあ、古い手だが有効だぜ?』 信じろ、と元親は笑った。 『トロイの木馬元親スペシャルだ』 故に名を、木騎13号。 「っくそ!」 元親が床を叩いた。 「接続を弾かれた。何か新しいもんがある」 「防御機能ということでござるか」 「それは予想してきた 銀の髪をガシガシとかき回して、しゃがれ声は考えを整理しようと早口になる。 幸村は佐助の方に振り向いた。 「別棟の地下に熱反応があるね」 監視機能を確認していた佐助が報告した。 「俺たちが着く前から。この隣の表示はロボット兵だ」 あらら、と眉をしかめ口元だけで笑う。 「動いてやがる…二体、下で何かしてるな。どうする?旦那」 「行く。元親殿、接続は」 「ああ、こいつは繋いだままで大丈夫だ」 予備の演算機を抱えて元親が立ち上がった。 『源二郎か?』 「兄上。こちらは予定を半刻押しまする」 『範囲内だな。だが徳川軍は勢いに乗った。もう戻れまい。半刻以上は命取りだぞ、大将』 「家康殿を頼み申した」 人工知能が危機と判断しコピーが始まれば、コピー先のこの施設にロボットの兵が集まってくる。 走りながら通信を切る。 「元親殿。万一の時は」 「ああ、別棟からでも無理矢理繋いでやるよ」 「佐助」 「承知」 露払いとばかりに橙頭が先陣を駆ける。 それは計画の当初から懸念されていたことだった。 これだけの容量を持つCPUがありながら人工知能のコピーに使われていないのは、他の何かに使われているからではないか、と。 (ロボット兵は、二体) プラズマライフルや電磁大砲、武器を持たせたロボット一体の戦力は、かつて人類社会が有していた軍隊の一個大隊に匹敵するという。 幸村が率いるのは二人。 大将である幸村がここにいるのは、最小の人数で最大の戦力となるためだ。 通路の先に、別棟への扉が見えた。 「時間がないな」 「ロボット兵の方には速攻かけるよ。いい?」 「熱源に気をつけろ。何のエンジンか知らねえが 元親の声に頷いて、佐助が三枚刃を構えた。扉の蝶番に放つ。銀の羽は一瞬で鋼に半円の傷をつけ、佐助の右手に戻った。 橙の髪が烏色の背から浮いた、と見る間に扉は蹴破られる。 元親を追い越し幸村も続いて、 人間。 (…では、ない) 己を叱咤して、佐助に刃を向ける紅赤毛を槍で突いた。 赤毛の 赤い液体の流れる下に、金属の肉が露わになった。 まだ動こうとするその胸部の駆動体を砕く。 幸村が疑問を覚えるより早く、佐助が部屋の奥を指さした。 「旦那、もう一体が、」 戸惑いを隠せない表情。 「…あそこに消えた」 暗がりに丸い鏡のような何かが見える。 (…消えた?) 巨大な機械を背後にその円盤だけが光り、 (エネルギー体か?) 「近づくんじゃねえ!」 元親の酷く焦った声に、幸村は振り向いた。 元親はCPUの管理画面に目を走らせている。 「何、鬼の旦那、これは 佐助が元親を呼びながら、下がった幸村をかばうように腕を伸ばした。鳶色の目が機械を睨む。 「いや…はっきりとは分からねぇが…まさか…」 「元親殿、まさかでも構わぬ。あれは?」 銀の髪がわずかに揺れて、紫の眼帯に覆われた左目が幸村の方に向いた。 「名前は分からん。高次元転移装置としか訳せねぇ。とにかくあの穴に入ると 過去に行っちまう。 「は?」 声を上げたのは佐助だ。 「だから、過去だ!少なくとも奴らの計画ではな」 「タイムマシンってこと?計画って何」 「33年前の過去に行って、真田幸村を消すつもりだ」 「33年前って、旦那は」 佐助がはたと口を閉じた。 沈黙は一瞬。 「…過去に行けるなんて、まるでおとぎ話じゃない」 再び口を開いたのも佐助だ。 「少なくとも奴らは本気だ。どうやってこんなもんを作ったのかは知らねえが ロボット兵一体では幸村にかなわない。それ以上の破壊兵器は人間一人を消すには大ぶりすぎて逃げられる。多くの人間に守られてもいる。何度も何度も襲撃を繰り返し、失敗した。 「真田幸村が生まれる前に、その親を消す。その存在を根本から…ってわけだ。なあ、幸村」 元親は武者震いを隠しきれない様子で、口角をつり上げた。 「俺にはちいとばかし心当たりがあるぜ。未来からの刺客って奴」 お前、分かってるんだろう? 「…そうでござるな」 幸村はやっと口を開いた。 嵐のようだった心は、すでに決まっていた。 ≫前日譚03
11/08/26
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