季節は六月、梅雨の頃。

 その運命の朝、長曾我部元親は一人暮らしの部屋で布団をしまうため、畳んで抱えてふすまを開けた。
 押入れの上段にはくまのぬいぐるみサイズの、頭はオクラに似た何かがちょこんと正座していた。
 していたって何だと思われるかもしれないが、いたものはいたのだから仕方が無い。
 オクラが持ち上がって、人形のような顔が見えた。
「我はふとんの国からやってきたふとんの妖精モトナリだ。双子の弟を探している」
 見えたと思ったら喋りだした。
――布団がしまえねえ。
 元親は真先にそう思った。
 これは何だとかこいつは(喋っているという理由から人扱いしていいのなら)誰なのかと思う前に、そう思った。
「時に貴様の押入れは日輪の匂いがせぬな。ふとんは干してから中にしまうが良い」
 そしてその巨大なオクラを頭に乗せた、喋る人形もまた、自分の主張だけを滔々と述べた。
「今日、雨だぜ」
 元親は、とりあえずそう切り出した。
 何しろ外は夜半から小雨が降りしきっている。
「干せねえよ。むしろしまわねえと黴るだろ」
 人形のようなそいつはフフン、と小馬鹿にしたように笑った。
「ふとんをしまう?貴様は我を誰と心得る。今日からこの部屋の押入れは我が占拠したわ」
――どうしろと言うのだ。
 と元親はしかし、途方に暮れたわけではなかった。
 何事につけ大らかと定評のある――約一名、幼馴染枠の審査員からは「常識を留めるネジが飛んでいるあの銀髪眼帯獅子男」と評される男、長曾我部元親。
 銀髪と眼帯は事実で、生まれつき視力の弱い左目はいつも薬局のガーゼの下だ。こちらも生来の銀髪を、ライオンの鬣のように額からひるがえらせている。
 元親は獅子男の評価に恥じないたくましい腕に、布団を抱えたまま、喋る人形を覗き込んでしばし考えた。
 あるいは、考えようとしたが頭が働かないという状態がしばし続いた、と言うべきかも知れない。
 何しろ元親は未だ朝飯を食していないのだ。
 朝飯を食わねば学校に行けない。
 布団を手放さなければ朝飯を食えない。
 結論。
「とりあえず布団入れるから、退けや」
 元親はそう言った後、押入れの上段に敷布団を置いた。
 一応彼の弁護をするならば、言ってその生き物が退くだけの猶予を与えた後、布団を押入れに押し込んだのだ。
 むぎゅ。
「……ん?」
 で、あの生き物はどうしただろうかと見てみれば、布団の下に挟まれた人形の足が、二本。
「おいおい」
 何てとろい生き物だ、と布団を持ち上げた瞬間。
 目にも止まらぬ早業で、元親の頬が叩かれた。
「何をする!焼け焦げよ!」
 あっという間に布団の上に立ちはだかった人形の手には、どうみてもハタキ。
 どうやらそれで殴られたらしい。
「てい!てい!」
 なおも続く攻撃は案外に重く、三度目で元親は人形をつまみあげた。
「おいテメエ、調子に乗んな…グホォ!」
 元親の手を振り切った人形は、元親の顎に華麗な一撃を決めるとくるくるしゅたん!と布団の上に着地した。
 先ほど布団に潰されたのが嘘のような身軽さである。
 それもそのはず、よく見ればあの巨大なオクラを被っていない。
 多分あれは少年漫画で見るような「アイツ、あんな重いオクラを身に付けて今まで闘っていたのか…!」的なものであろうと元親はぐらぐらと揺れる頭で解釈した。
 そしてオクラは今多分、布団の下だ。
 大きな帽子だか兜だかを脱いだ人形は、細面の秀麗な、それこそ日本人形のような顔立ちに、茶色がかった黒髪を額の上で分けている。
――っつーか、何で。

 何でこいつ、元就に似てるんだ?




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