5A式はハンプティ・ダンプティにお辞儀する







 冷たい空気が甘かった。
 夜の中で、雪明かりにその人の白い顔が浮かび上がる。
 朱色の小さな杯が近づいて唇をほの紅く染めるかに見えた。
 細められた目がこちらを向く。
 杯を差し出す。
 その朱色の杯を支えた、白い手をとった。
 朱色は雪に落ちてサクリとかすかな音をたてる。
 唇に押し当てた細い指は、雪のようだった。

――…冷たい。

 つぶやけば、その人は喉で笑った。

――Indeed,お前もだ。

 いつのことだろう、思い出せない。確かに握った白い指。雪のような。
(いっそ、融けてしまえばいい)
 強く強く願ったのは、確かに自分だったのに。



 つまり全ては雪のせいだった。
――あるいは、“お正月”という言葉の魔力かもしれない。
 いやいやタワーにいたころ一度新年を迎えたことがあったが、こんなことにはならなかったはずだ。そのはずだ!
 とサスケは考えた。
 サスケが――BASARAタワー公式名称でいう甲斐原理統合5A式ヒューマノイドが、こうして体を持って一月を経験するのも、これで二度目である。
 去年の今頃はタワーの研究室にいて、彼の作り主であるマサムネ・T・ダテ博士と向かい合い、お雑煮という――焼き餅に香ばしい魚や口当たりのいい野菜がたっぷりの、お吸い物をすすっていたはずだ。あれは大層美味しかった。
 このヒューマノイドにとってダテ博士――政宗の作る料理は何もかもが“おいしい”のだが、ともあれ5A式のAIにお正月とは部屋で静かにつつましく。そういうものと認識されていた。
 それが、今年は。
「いいかい、幸村はたぶん守備から動かない。こっちも守るのは俺だ。体がでかくなきゃね。小太郎がどう動くか分からないけどとにかくサスケが――
 虎縞の手袋が、雪に回り込む矢印を描く。
「生垣の側から強襲して幟を倒すって寸法だ」
 雪の壁。雪の山に立つ幟。伊達研究所の庭に出現した戦場。
――なぜ今年はこんなことに、とその答えを求めるなら、やはりこの男のせいなのだろう。
「…そう上手くいく?」
 体がでかいって的もでかいってことだよねえ。
 人間で言えば十歳ほどの見た目につくられたサスケは、子どもらしくもなくじとりと目をふせて、マフラーに毛糸の帽子、完全防備の前田慶次を見上げた。
「とにかくやるしかないよ。俺も謙信と約束しちゃったしね」
 帽子からはみ出たこげ茶のポニーテイルを揺らして、にかっと楽しげに笑う。子どものような表情をしてみせるくせに、サスケのオレンジの髪から雪を払う、その手は政宗より大きい。
「けーじさんってそういうの多いよねー」
 否、好き好んでこの流れに持ってきているのだろう。そう感じるからサスケはますます呆れた目になる。
――呆れつつ、つき合ってあげるしかないか、と思わされてしまうから不思議だ。これが幾百の子どもを相手にする小児科医の業なのだろうか。
 あるいは自分自身の性格ゆえであるという可能性に、サスケは気づいていない。
「開戦まであと三十秒、…二十秒、…十、九、八、」
 慶次の腕時計を覗きこみながら深緑の手袋で、積み上げられた雪球をふたつつかむ。
「五、四、三、ニ、一、」
 ゼロの声を聞かずに駆け出した。
――旗を倒されれば負け。攻撃は雪球のみ、身体に当てられた者は退場。
 真田の声を頭にくりかえし、迷彩模様のブーツで白い雪を蹴る。
 赤い旗の陣地にたどりつき雪の壁のうしろに回りこんで、サスケは目を瞬かせた。
 紺の毛糸帽がかぶせられたスノーマンだけが立ちつくしている。
(隠れてるかな?)
 幟の支柱めがけて雪球をえいやと投げつけ、サスケはさっと壁のうしろに身を隠した。
 反撃はない。
――まさか。
「ちょ、幸村それあり!?」
 慶次の叫び声が聞こえた。
 サスケは飛びだして、赤い幟の間近から雪球を放った。
「Hey,boys」
 ハスキーヴォイスが白い戦場に響く。
 振り向けば、蒼い通信端末を片手に政宗がテラスに立っていた。
 艶やかな青が似合う、黒髪と、白い顔と、左だけさらした金の眼。ナイフのように鋭いその左目でもって、マサムネ・T・ダテ博士は研究所の庭を見回し――巨大な雪玉に押しつぶされた慶次と青い旗、無言でハイタッチ中の真田と小太郎、そして自分のうしろに倒れた赤い旗まで視線を走らせて、肩をすくめた。
「上杉教授はDr.ホウジョウに合流して躑躅ヶ崎Areaに向かったそうだ」
 だから、みんなそろって信玄公の屋敷に行きゃあいいとさ。



「And then?年始回りの順番決定Death matchはどっちの勝ちだ?」
 助手席でシートベルトをしめながら政宗は、運転席の慶次に――と言うより、ダテ研究所のAIに直結させた携帯端末に問いかけている。
 伊型人工知能SKK、通称『小十郎』は、けれど音声を発する様子がない。
――慶次さんがいるからだろうか、ヤクザ口調に似合わず人見知りだ。
 5A式は同じ人工知能のよしみで気安く考えた。
「コンマの差で慶次チームか」
 モニターに表示されたのだろう、かわりに政宗がそう口にしてクツクツ笑っている。
「ええ、そうだったのかい?」
 とんきょうな声を上げたのは慶次である。
「分かんなかったよ…幸村と小太郎のどでかい雪玉で前見えなくなったからさ」
「いつき殿から伝授された攻守一体の秘策、『ゆきだるまごーろごろ大作戦』にござる」
 きりりと勇ましい眉で真田が答えた。いつきというのはBASARAタワーの学舎に在籍する十ほどの少女で、十九の政宗の――おそらくさらに九歳年上のサナダ博士にとっても、後輩ということになる。
――さすがはサナダの旦那、どんな時でも全力だ。大人気ない。
 ディフェンスのための雪壁がごっそり無くなっていた跡を思い出し、サスケはうんうんと頷いた。
 政宗も感心したようにうなずいて、ふと首をかしげた。
「Ah……それは、雪合戦なのか?」
 『閃』と呼ばれるこの島にはBASARAタワーを中心に、いくつかの学術都市と緑地居住区が存在する。
 今サスケたちが向かうのは第六緑地居住区“甲”の躑躅ヶ崎エリアだ。ダテ研究所のある第三緑地居住区“奥”の青葉エリアから、車でともあれ最寄の高速チューブに乗ってしまおう――と、運転席の慶次と助手席の政宗が話している。
 サスケは後部座席で窓にぺたりと額をつけた。
 コートにマフラー、手袋と、着込んだはいいが車の中では随分熱い。透明な窓の向こうは白い雪景色なのに、シリカ樹脂の板はわずかにひやりとしただけだった。
「まさむねー、窓あけていい?」
 ふりむけば、幸村をはさんだ向こう側で小太郎も同じように窓にはりついている。暗色のゴーグルをコツンと当てて、微動だにしない様子。
「あ?…ああ。SkyTube入るまでな」
 政宗の掠れ声を合図に、窓際のスイッチをすべらせた。
 背後で小太郎の方の窓も開く気配がして、ゴウ、と隙間風が頭の上を通り過ぎる。
――雪が降りはじめたか?」
 茶色い髪に一瞬で雪埃をまとわりつかせた真田が、落ち着いた声でつぶやいた。
「あ。旦那、ごめん」
「……」
 真田の向こうでは小太郎が窓を閉めなおしている。サスケと同じ作り物の体の、それより機械部分の多い小太郎だ。紅赤毛の前髪がかかる目元は幅広のゴーグルで覆われて、言葉も発していないのに、真田の雪まみれの頭を見上げる少年の様子は――なんだかとっても申し訳なさそうに見える。
「む。気にするな。開けておけ」
「いや待てDr.サナダ。雪降ってんなら車の中がえらい事になる」
「っつーかさ、さっき寒い寒い言って小太郎にまでマフラーぐるぐるしてたの、サスケじゃないっけ?」
 慶次が軽い声で指摘するのに、サスケはあははと笑って窓を閉めた。
「耳も鼻もさっきまでキンキンだったんだけどねー」
 ドア閉めたら途端に暑くなったの。
 サスケの答えに政宗が「いつもより人数が多いからな」と答え、ミラーの中でわずかに眉をひそめる。
「エネルギー効率がいいのは悪かねぇが、高速法の車全気密基準はもーちっと…何とかなんねぇもんか」
 あの案件、出したの竹中だろ?
 と、慶次に向けられた言葉の、最後のひと言だけがサスケの耳を掠めた。
「竹中…ハンベさん?」
「Yes,Dr.タケナカ――半兵衛な」
 竹中半兵衛と言えばサスケもタワーで会ったことのある、妙にこぎれいな顔をした博士である。もちろん政宗だって美人だし毛利さんなんか整いすぎなくらいだ、とサスケは認識しているが――タケナカ博士はより中性的と言うか、異国の人形めいている。
 不健康なくらい白い顔をよけいに白く見せる白衣と、紫縁の眼鏡と、ウェーブのかかったプラチナブロンド。
『やあ、政宗くん』
 にっこり笑って政宗に声をかけ、ちらりとかたわらのサスケに目をやると。
――君、相変わらずお人形さんの研究を続けているのかい?』
 などといきなり斬りこんでみせた、見かけによらぬ猛者である。
――何がすごいって、出会い頭でこの政宗相手に喧嘩をふっかけるのだからすごい。
「あの人、何の博士なの?」
 ダテ博士の研究に口出しするほどだ、少なくとも医療関係か生体科学辺り――と想定していたその耳に、「都市計画」という言葉が届いて過ぎ去った。
「…は」
――Ah,それとも豊臣のPartnerなんだから」
「豊臣殿と言えば建築力学でござるな」
 真田の口ぞえにサスケはさらに目を白黒させて、記憶を辿った。
――BASARAタワーの有名どころについては、昔サナダの旦那が自分のAIにひと通りインプットしてくれたはず。
(……)
(うん、無理。膨大すぎてほとんど忘れた)
 そもそも興味のない情報は片端からゴミ箱行きになっているサスケのAIである。
 興味のある情報は、イコール伊達政宗に結びつけられた何かである。



 結局のところ、例の紫眼鏡にプラチナブロンドのハンベさんの研究のことはサスケにはよく分からなかった。
 と言うのも、ダテ博士とサナダ博士の論議が『そもそもBASARAタワーに登録されている連中の研究は、すべからくBASARA-eを基本とするはずだ』という話に飛び火して、小児科の前田先生がへえなるほどねーなどと相槌を打ちながら携帯を打ちながらチューブ内のオートドライブを打ち込み、サスケと小太郎はしりとりなどして遊んでいたためである。つまり竹中半兵衛の話題が長くは続かず、サスケが話を聞いていなかったためである。
 躑躅ヶ崎エリアで高速チューブを降りると、政宗が運転に代わって山に整備された道路を走り始めた。
「政宗?なんかコレ、速くないか?」
「Ah-Han?普通だろ」
「某も心なしか、普段のタクシーよりずいぶん速く感じるような」
「えー、そうでもないと思うけど。ねえ小太郎」
「……」
 小太郎は答える代わりに、ハンドル横のメーターを指差す。
「山岳推奨速度は軽く越えておりますな」
「おっと失礼、下り坂だからな」
「いや明らかに速いだろ!雪降ってんだし、気をつけてくれよ!?」
「あはは、まさむねったらうっかりさん」
「……」
 いつもの政宗の車であればドライバーにAIの“小十郎”をつないであるから、速度は厳しく制限されている。それでも常にギリギリまで速度を上げるのに慣れてしまったサスケなどは、そんなに速いかなあ?と首をかしげながら外の景色がびゅんびゅんと過ぎてゆくのを眺めていた。
 躑躅ヶ崎の山も、青葉エリアと同じように雪がちらついている。
 下りながら峰をひとつ越えればすぐにも、平屋造りの屋根が見えてきた。
――いつ見ても大きなお屋敷だ。上杉さんちとは別の意味で。
 年末に政宗と行った上杉教授の屋敷は三階建ての洋館で、この躑躅ヶ崎の屋敷は横に広い。
 屋根が葺かれた門をくぐり、ヒマラヤスギの大木から少し離れた位置にクルマが止められる。雪の積もった木の周りには、枝から落ちた雪で小山ができていた。
「よし、降りた降りた」
「はぁい」
「……」
 マフラー、手袋、帽子。クルマで脱いだものをつかんだまま外に飛び出すと、サスケはひんやりした空気に目を見開き――背後の真田が笑いをこらえる気配に、じとりとその目を伏せる。
「まさむね。まさむねー、」
「Ah?」
 運転席にまわって窓を叩く。
「サナダの旦那がまだ笑う」
 サスケから顔を背け口元を押さえている男を指差すが、政宗はそちらを見ようともせずベルトを外しにかかっていた。
「Dr.サナダの笑いのツボはよく分からねえな。気にするな」
「うう…」
 歯噛みして真田を睨む。
 この中で一番年上のはずの真田幸村は、その精悍な顔を真面目なものに戻し、ごほんと誤魔化すように咳をした。
 手元に当てた拳の内側で。
「……クッ……いや、よく似合っているぞ…」
――一瞬また笑ってからの言葉である。
 サスケはじとっと真田を睨み、すがるように政宗に視線を戻す。
「…このコート、間違ってないよね?」
 落ち着いた緑が濃淡の斑で深みを見せる色のインバネス・コート。普通のコートにケープを重ねたような作りをしている。そのケープの裾を指でつまんだ。
 雪合戦が終わって、いつものダウンジャケットからこちらに着替えた途端に――背後でサナダの旦那のふきだす声が聞こえたのだ。
「間違ってねえよ。ちょいと古風だが織りから一流品、とにかくClassicだな。Sizeもぴったりだぜ?」
 さすがProfessor、と政宗は送り主のウエスギ教授に賛辞を送る。
 そーね、ウエスギさんね、とサスケはむにゃむにゃと語尾を濁した。
――でもなんか、あの人、別世界のイメージなんだもん。
「大丈夫大丈夫、似合ってるって!」
 からからと笑って慶次はクルマ越しにサスケを見下ろす。こちらは上杉サンタのクリスマスプレゼントを運んできたトナカイだ。これで鹿射帽でもあれば立派な探偵ごっこだよ、などと褒めているのか微妙なことを言って、くるくるとマフラーを巻いている。
「…、こたろー、」
「……」
 温かければそれでいい。
 沈黙の中にただよう答えは質実剛健だ。
「そうだね…」
 紺色のダッフルコートにうなずきかえし、サスケは目をつぶった。
――別に、今日会うのはお館様や上杉さんだけのはずだから、サナダの旦那に笑われるくらい問題ないのだが。
 自分がダテ博士の研究成果、その広告塔であると勝手に自負している5A式としては、あまり変な格好はしたくないという思いがあった。
――特に、クルマの中で話題に上ったDr.タケナカなどには低く見られてたまるものか。
 ぎゅう、とつぶった目をあければ、クルマから降りた政宗がサスケを見下ろして立っている。
「Hey,サスケ。お前、俺がそれでいいっつってんのを疑うのか」
「え?あ、や、」
 ぱちぱちと瞬きするサスケに、政宗はニイと笑った。
「ちなみに、このCoatはどう見える?」
 白い肌に金の眼、茶色がかったチョコレートの黒髪を引き立てるように、本日のシックなロングコートは青がにじみ出る深い黒だ。はらはらと舞う雪も、彼の周りだけ銀色に光って見える。5A式の眼にはそう見える。
 サスケはてれっと笑った。
「王子様のようです!」
「Good,」
 じゃあとっとと行くぞ。寒い。
 白い息を吐くダテ博士にサスケは「はーい」と返事をして、小太郎と手をつなぐが早いか歩き出す。
「…王子様のようでござる」
「うるせえぞ幸村、あんたは武田のおっさんに会えるからってはしゃぎすぎだ」
 そんな声が後ろから届いた。



「かわいいのは分かるがあんまり笑ってやるな」
「かわいい…と言うか、小さいのに大人びた格好をされると、つい」
「“かわいい”禁止でサスケ褒めるのに困るの、政宗だけだよ」
 や、別にかわいくないわけではないけどさ?と慌てたように付け加える慶次は、どうやら政宗に睨まれたのだろう。
 朝には雪の掻きだされたと見える道に、白い綿がまた一枚かぶって、サスケと小太郎の小さな足跡がサクサクと残っていく。
「小太郎のとこと似てるよねー」
「……」
 見上げる瓦屋根のあたりも、雪の縁が丸くせり出していた。
 木材の質感を前面に押し出した平屋造りは、サスケの目にはあまり見慣れないものである。小太郎が老北条博士と暮らす家も形は似たような雰囲気だが、素材や内装は現代風だ。
「え?あれ本邸じゃないの?」
「……」
「ああ、そっかあ。タワーに近い方が便利だもんね。ねえこれインターホンどこだろ?」
 真田よりさきに押してやろうと門の周りを探す後ろから、ザクザクと雪踏む足音とともに、政宗の声が聞こえてくる。
「Ah,いま門の前まで……What?なんだこのnoize」
「なんだい?」
 サスケがインターホンを見つける前に政宗は携帯端末で知らせようとしていたらしい。だが、その声は怪訝そうだ。
「通信不良なんてめったにねえのに、…ってオイ」
 振り向けば政宗は携帯を手に、眼を丸くしていた。
 その横に慶次と、並んで――いるはずのサナダの旦那が、いない。
 目を離した門からズバン!と響いたのは引き戸が開く音だろう。あれ?と思う間さえなくサスケと小太郎の横を駆け抜けた風は茶色と。
――紅。
「ぅぉおおお館さまああああぁ!!」
「ゅぅきむるぁああああああああああ!!!」
 大玄関に目を戻せばすでに、タケダ博士の壮健な拳とサナダ博士の拳が、クロスカウンターで互いの頬にめりこんでいるところだ。
 ドゥン、と鈍い音が遅れて届き、真田の体が吹き飛ばされる。
 雪をクッションに紅い川が流れた――というのはグロい意味ではなくて、いつのまにか装着されていたサナダの旦那の紅鉢巻のことである。
「……!?……」
「あ、小太郎これ初めてだっけ。心配ないから。いつものことだから」
 へらへらと笑いながら説明する横を、跳ね起きた真田がまた横切っていった。
「お館様!新年!あけまして!おめでとうございまするううう!!」
「うむ!今年も!」
 その繰り出される拳を首の横でとらえ、信玄公は見事なバネで真田を雪山の方へと投げ飛ばす。
「己を磨くのだぞ!幸村!」
 BASARAタワーの第一線から身を引いて隠居生活を送っている――とは、とても見えない。
 つやつやと剃りあげた坊主頭のいかめしい眉、爛々と光る眼。渋紅の和服の袖に腕を組んで差し入れ、この寒いのに肩から羽織をかけるばかりだ。
「Hey,信玄公。A Happy new year」
「明けましておめでとう、元気そうだね!」
「おやかたさま、あけましておめでとうございまーす」
「……、」
 集まった若者たちに「うむ」と重々しく頷いてみせる。
「よくぞ参った。先に居間で待つがよい!」
「はーい」
「OK.邪魔するぜ」
 サスケののんきな返事を筆頭に、政宗たちも真田を残してぞろぞろと上りこんだ。
 武田研究所が師弟の挨拶は、まだまだこれからが本番なのだ。



「通信フリョーって、おやかたさまとサナダの旦那の熱気のせいで?」
「んなワケあるか」
 サスケの軽口をばっさりと切り捨てながら、政宗は首を傾げた。
「山ん中で今は雲もあるがな……不安定なところはBASARAタワーの通信衛星がカバーしてるはずだってのに」
「じゃあ衛星の調子が悪いんじゃないかい?」
「新年早々なにやってんだかねー」
 慶次は眉を寄せるがサスケはあはは、と気楽に笑っている。小太郎は広い廊下をきょときょとと見渡すばかりだ。
 通信不良そのものだけなら、よほどの緊急事態、その最前線にいる人間でもない限り被害というほどのものもない。
――ただ、BASARAタワーが今の規模になって以来、ほとんどないことだとも聞いている。
 電波塔の不具合か、衛星の不具合か、あるいは。
(まさか、なあ)
 携帯端末の蒼いカード、そのパネルに明滅する小十郎の――伊型人工知能SKKの接続を示す半月は、今は問題とするべき現象がないことを伝えていた。
「小太郎?」
 サスケの声に顔を上げると、小さな紅赤毛が数歩先で、ぴたりと立ち止まっている。
「……」
「あ、ほんとだ。誰かいるね」
 サスケも並んで立ち止まり、耳をそばだてるように手を当てた。
「上杉さんと北条さんと、この声は……」
 あー、知ってる人かも。とうなずくサスケのうしろで、慶次が同じように耳元に手を立てる。
「政宗、…分かる?」
 少し先に隙間を空けたふすまの辺りから、確かに人の声は聞こえてくるようだった。
――だが、誰の声かまでは。
「多分わかんねえ」
 5A式と風魔は聴覚や嗅覚が妙に鋭い。サスケに関しては体が完成する前から神経系のテストを繰り返していたために自然と訓練されたもの、とダテ博士は解釈している。小太郎は――謎だ。強いて言えば素体にしたドールの聴覚器と嗅覚器の性能が高かったのかもしれない。受け取った信号を処理する風魔型AIのその部位が活発であることも重要なのだろうが――
 ともあれ、人の手によって創られたこのふたりの少年には、野生の獣めいた一面がある。
 政宗の見下ろす橙の毛並みが、こくんと揺れた。
「うん、一応知ってる。タワーで会う人だよ」
 慶次さん先どうぞ。
 ……。
――そして、人見知りも激しい。
(野生の小動物か)
 トタトタとうしろに回った橙頭と紅赤毛の手をそれぞれつないで、政宗は大またに歩く慶次の後に続いた。こちらは人懐っこい大型犬の風情で、笑顔でふすまをひらく。
「明けましておめでとう!――あれっ」
「慶次!お前久しぶりだなァ」
 最初に返事をしたのは、確かに――よく知る声だった。
「あけましておめでとうございますっ」
「……」
 ぺこりとお辞儀をするふたりを部屋に入れて、政宗はニヤリと唇をつりあげる。
「Happy new year,Prof.ウエスギ、Dr.ホウジョウ、」
 雪の庭がガラス障子の向こうに広がる、温かな明るい座敷。
 その真ん中で微笑むのは教授、老博士、そして。
「Dr.トクガワ」
 小柄な若者が、照れたように、笑った。















5A式はハンプティ・ダンプティにお辞儀する≫二





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