「聞いてるぜ、機械工学の超新星さんよ」
「元親か。大げさなやつだ」
 立ち上がってもサスケより頭ひとつ高いかどうか、足の太い子犬を連想させる徳川家康は、政宗と同い年。六つになる年に共に学舎に登録されていた。
 博士の仲間入りをしたのは半年ほど前、去年の七月だ。十三歳で博士号をとったダテ博士と比べられがちだが、年齢だけで言えば決して遅い方ではない。
――とはいえ、学舎の段階では異例な長期間の実験を経て論文を書いたのも事実だ。
 そういう意味ではもっと早くにこちらに来れたはずだろう、と政宗も思っている。
 その工学科の新人が、心理学の教授と、人間科学の老博士とともに――
 麻雀卓と化したコタツを囲んでいる。
「いや、挨拶に来たら面子に入れと言われちまってなァ」
 政宗のニヤリとたわんだ目と、サスケのきょとんとした視線に、家康は額も出した短髪をわしわしとかいた。
「たけちよが、おりよく、ひとりぬけたところにきたので――ずいぶんひきとめてしまったようですね」
 並んだ四角の背は赤地の武田菱。腹には東南西北白撥中。
「今も武田のが中座してしまってのぉ、まあ真田の子倅と一緒にお主らがくると思っておったわ」
 座れ座れと手招きされて政宗は慶次と顔を見あわせる。
 肩をすくめたのは慶次のほうだ。
「構わないけど、勝手に進めちゃっていいのかい?」
「信玄公もそのつもりだろう。リーチかけてもうツモるだけだ」
 黒いマットの上を指差して慶次を見上げ、家康は政宗の方に困り顔を向ける。
「政宗もワシと代わってくれねぇか?まだ回らなきゃならんとこがあるんだ」
 幼げなその顔は、学舎のころから変わらない。
「Han?新年早々忙しいな」
 答えながら政宗は謙信の方に目をやった。
 緑のコートが紺のコートの手を引いてトタトタと近づいている。
 クリスマスプレゼント、ありがとうございました。
 ……。
 おまえたちがよいこにしていたあかしですよ。
「そうそう、これはおとしだまです」
 新春の雪もかなわぬような、ふわりと輝く笑みをその面に浮かべ、ウエスギ教授は。
――つややかな一万点棒をサスケと小太郎の手に乗せている。
「……なあ、謙信のやつ、酔ってないか?」
「酔ってなかったらそっちの方がワシは怖いぞ」
 慶次が声のトーンを落として問うのに家康は眉根を寄せてははっと笑った。
 老博士もよく見れば顔に赤みがさしているが、謙信はあくまで白い顔。
 しかしウエスギ教授の大酒は有名だ。昨日の元旦、否、大晦日から酒びたりと言われても政宗は疑う気もなかった。
――あのふたりなど匂いだけで酔いかねない。
「おいサスケ、小太郎、挨拶が済んだらこっちこい」
「そうじゃのぉ5A式もいるなら酒臭いここより、小太郎も隣で遊ぶ方がいいかもしれん」
「はーい」
「……」
「おお、青葉エリア新名物、お父さん博士ってやつか」
 楽しげな家康を政宗が睨むより早く、サスケがぱちぱちと瞬きをして進む方向を変えた。
「トクガワ博士、こんにちは」
「お?うん、おめぇも久しぶりだな、5A式!」
「お久しぶりです。そしてお父さんは違いますえーと……新妻でフバ!」
 政宗の手に挟まれたほっぺたの間で、ふがふがと唸り声が抗議する。
「あにするのまさむねえええ」
「お前は、隣で、遊んでろ」
「そう言や政宗、おめぇタワー出る前一時期結婚したとか噂になって」
「Shut up,家康お前も、Ah,次のGameで代わってやるから!」
 そうか、悪ィな。と屈託ない家康を政宗はじとりと睥睨した。
「お前が律儀なのは知ってるが、今年はずいぶんFoot workが軽いじゃねぇか」
「早め早めにな、今年は――みんなに迷惑かけるかもしれねぇ」
 手を離してやったのに、サスケは逃げもせず政宗と一緒にトクガワ博士を見ているようだ。
 政宗は、携帯端末の半月を思い出す。
――通信不良。
 電波塔や衛星の機械的不具合でないとすれば残るのは、中央処理システムでの不具合。大雑把に言ってしまえば、BASARAタワーの誇るメインコンピュータに問題が起こったという可能性が浮かび上がる。
――通信衛星がスターダストに破壊されたと言われる方がまだ現実的だ。
 だが、ダテ博士はその可能性をトクガワ博士の言う『迷惑』とつなぎ合わせた。
「家康」
「ああ」
――本多忠勝に何かあったのか」
「いいや」
 小柄な身でそこにどっしりと座ったまま、小さく首を振る。
「何もない。どうにもなってない。だから、どうにかしてやりてぇと思ってる」
 新年の抱負ってやつだ。
 そう言って家康は、にかっと笑った。



「さあ、そなたもおとそをおあがりなさい」
「Hey,謙信、そいつはお屠蘇じゃなくてワインだよな?」
「こうはくでめでたい、よきものですよ」
 赤ワインと白ワインを並べて笑みを絶やさぬウエスギ教授に、ダテ博士はやれやれと肩をすくめている。
 徳川家康が席を立ち、散々取っ組み合っていい汗をかいた風情の武田師弟と挨拶を交して去っていった後は――どうやらあのゲームはウエスギ教授が勝って終わったらしい。コタツからおせち料理の並ぶ方へ移動して、すっかり酒宴にきりかわっていた。
「慶次さんもう飲んじゃってるけど、今日おとまりなんだっけ」
「……」
 隣の部屋から覗き見つつ、サスケは首を傾げる。
 酒の匂いから逃れて、AI組のヒューマノイドとアンドロイドはトランプの札を混ぜていた。
 AI組、あるいは『子ども組』。とは言え十九歳で未成年になる政宗はここに含まれない。『閃』の法律で一定の条件下における成年予備軍に飲酒が認められているというのも事実だが、言わばあちらはドクター組の会合だ。
――サスケたちには理解しがたい会話が飛び交うのは目に見えている。
「またバサラエネルギーとかそういう話で盛り上がるんだろうねえ。あ、小太郎は分かる?まさむねはね、あんまり研究の話は詳しくしてくれないんだけど」
「……」
 毛足の長い絨毯の上、トランプを配りながら耳をすませれば、さっそく「本多忠勝」という名前が耳に飛び込んできた。
 本多忠勝。先刻BASARAタワーに向かうった徳川家康の、『どうにかしてやりてぇ』誰か。
「……」
「うん、その人のことは政宗に聞いた気がする。タワーのメインコンピュータを管理する技術者で、ずば抜けた能力を持ってて――政宗が生まれた年からずっと」
「……」
「ずっと、タワーの最深部から出たことがないって」
 ガラス障子の向こうでは、しんしんと雪が降り続いている。
 日暮れが近いのか、雲に覆われながらも明るかった空は少しずつ銀色を沈ませ始め、部屋の中の金色がより明るく辺りを満たしていた。
「タワーの公式記録にはない、多分、ナイショの話。聞いたことない?」
「……」
 小太郎が首を横に振る。紅赤毛に金色もチラチラと。
 そっか、とうなずいて、サスケはトランプを扇状に広げる。
――どうして?と問えば政宗は口を濁した。珍しく。
 そういう時、考えられる理由はいくつかあって――もちろん、タワーの極秘事項だということもそのひとつ。
――でも、きっと。
 自分には話したくない内容だったのだろう、というのがサスケの予想だ。
 同じ数で重なった札を、場に捨てる。クラブの2とスペードの2。
――あるいは、自分たちに。
「十九年前から、でしょう」
「……」
 ということは――小太郎の紅赤毛の下にある人工知能、風魔型AIの起こした事件より、さらに数年遡ることになる。
「うーん……なんだろなあ」
「……」
「あ、じゃあ、じゃんけんね」
「……」
 じゃんけんぽい、あいこでしょ。
 小太郎がサスケの手札をひく。重なった札を捨てる。
 政宗たちが四人で囲んでいたゲームは、ころころと小さな直方体の樹脂ストーンを使っていた。よく分からぬままウエスギ教授にもらった細い棒は、まだサスケと小太郎のポケットの中だ。
「へー、さっきのあれがマージャンなんだ?」
「……」
 引いてきた札を重ねて捨てる。ハートのQとスペードのQを照らす金色の光。
「あれだよね、四人いないとできないゲーム。それで、徳川さんの前に」
 竹千代が――つまり家康が、折りよく、ひとり抜けたところに来たので。と、上杉謙信は言っていた。
――誰か、もうひとりここにいたはずだ。
 誰が。
 そう首を傾げたのと、「シマヅ博士」という名が聞こえたのは同時だった。



「Ah,島津の爺さんが来てたのか」
 なるほど、と政宗は肩をすくめた。
 島津義弘。武田・上杉よりさらに遡って語られる名前だが、その技術は今もってBASARAタワーを支えている。政宗が最初に会ったときにはすでに白髪白髭、だが枯れ木めいたホウジョウ博士と違い、火山岩をも思わせる壮健な体つきと双眸の光を持っていた。酒に焼けた顔の豪快な笑みは、白衣を着なければ漁師か何かと間違われそうだ(もっとも、白衣を着なければ何と間違われるか分からないのは、シマヅ博士に限ったことではない)。
 今は歳を理由にタワーを離れ、故郷に近い学術市――“最南端”を拠点に研究を続けている。
 BASARAタワーやこの躑躅ヶ崎エリアまでエアクラフトなら一時間、とは言えそう気軽な距離ではない。年始の挨拶ばかりが理由ではないだろう。
「島津殿がわざわざこちらに、となれば――
 幸村が数の子をつまみながら、言葉を切って。
「本多殿の件にございましょうか」
 うむ、と杯を飲み干し、信玄がうなずく。微笑みながら謙信がその杯を満たしている。
 慶次だけが首を傾げた。
「島津のじっちゃんが?確かじっちゃんの研究って……」
「雷力とBASARA-eの相互換」
 論文のタイトルそのままにダテ博士が答えれば、小児科医は「そうそう」と膝を打った。
「俺は詳しくないけど、電気からBASARA-eを生成する、あれの大元だろ?でも、」
 生体エネルギーであると定義されるBASARA-eはそもそも、生物の体から生み出されるエネルギーだ。
 それを従来使われていた電気力から生み出すことに成功したのが、島津義弘である。
 電気から生成されたBASARA-eは研究者の実験に用いられる他、規模を増した今では、BASARAタワーや天空高速に代表される巨大建築、その構造を支える金属の強化などに広く活用されている。
――だが、医療の面では未だ限定的にしか活躍していない。
 長年『閃』の外をほっつき歩き医者になるために戻ってきた前田慶次だ。疎いのも無理からぬ話か、と政宗は立てたひざに頬杖をついた。
 医療現場で使われるBASARA-eは、主に患者本人や血縁者の細胞から増幅させる方法がとられている。それも最初の頃は、患者本人からのみと限られていた。
 人体に宿るBASARA-eは個人の固有のものであり、親兄弟ですら共有は難しい、という意識が当時は強かった。
 その中で現れたのがシマヅ博士の研究である。
 電力から生成されたBASARA-eは当初、人体で練成されたものではないまっさらなエネルギーとも言われ、誰にでも自由に供給できる可能性が期待された。
 だがこれがそのまま適合する者、適合しない者がいるとすぐに判明したのだ。
 BASARA-eは元より扱いの易しいエネルギーではない。
 むしろ電気由来のBASARA-eなど人体に利用できるはずもない、と期待していなかった研究者たちの方が、適合者がでたことに色めき立った。
 未だすべては解明できないBASARA-eだが、いくつかの属性に分類できるのではないか――と。
 今でも患者へのBASARA-eの使用は本人や血縁者からのものが多い。よほどの事情がない限り、それが確実だからだ。少なくとも遺伝子バンクから無作為に選ばれ培養された細胞のBASARA-eから同じ属性のものを探すよりは、早いスピードでの治療が見込まれる。
 だがここ数十年をかけて、その分類は徐々に進んでいた。
「つまり、まあ、BASARA-eにも血液型みたいなもんがあるじゃん。だから島津式のは――
 おおざっぱにまとめて、慶次は得たりとうなずいた。
「そういうことか」
「Yes,そういうことだ」
 本多忠勝には、電気由来のBASARA-eが適合する。
「家康が、本多忠勝を救いたいなら――シマヅ博士の助けはおいおい必要になる」
 ふうん、と納得したように慶次は餅を頬張った。
「どおりで、芋焼酎の瓶が転がってると思った」
「ウワバミに囲まれた北条の爺さんが哀れだな」
「聞こえとるぞ伊達のこわっぱ!」
 しゃがれた声が叫ぶ。
 呑み比べの様相を呈しはじめた信玄と謙信のわきで、ホウジョウ博士はすでに水が必要な状態だ。小太郎が心配するだろうか、と政宗は冷茶を差し出した。
 大人が全員酔いつぶれては残ったサスケたちが大変だ。広い屋敷だけに武田信玄の抱える弟子や世話人も多いが、だからと言って呑む気にもなれず政宗はジンジャーエールをあおっている。
「本多の……あれも、哀れよのう……」
 よれよれと赤い顔でつぶやくご老体に、政宗と慶次は顔を見合わせた。
「Hey爺さん、しっかりしろよ」
 つぶれるにゃ早いぜ?
 政宗がのぞきこんでも、ホウジョウ博士は手の中の湯飲みをぼんやりと眺めている。
「ワシはなぁ…ワシが最後に見たときはなぁ……」
「あー!こぼすこぼすっ」
 慶次がさえぎるようにして、ゆらゆらと揺れる枯れ木のような体を支えた。
 爺さんちょっと休みなよ、と座布団をかき集める慶次のそばで、幸村もじっとホウジョウ博士を見つめている。
「…あんたは?Dr.サナダ」
 本多忠勝を、見たことがあるか。



「それがしは、幼きころと、その後と、二度お会いいたしました」
 会った。と幸村は答えた。
 政宗は、見たことしかない。
――機械に覆われたあの姿。
『紹介するぞ、政宗』
 あれが忠勝だ!
 家康の一番古い記憶の中でも、すでに彼はそうだったという。
『かっこいいだろう?』
 タワーは未だに公表していない。だが、家康があまりにあっけらかんとしているから、政宗にとってもその姿は決して、悲劇的には映らなかった。
――それでも、隣の部屋にいるサスケたちの前でそれを口にしないのは。
 それが彼らの前の世代の――人工知能の、過渡期に起こったことだからだ。
 甲斐原理式AI以前のAI、旧式とされながらも未だその開発が続くコンピュータプログラムの人工知能には、政宗が頼る“小十郎”のような『伊型』の他に、『呂型』『波型』が存在する。
 この伊呂波の共通するところは、“実際の人間の脳の働きをトレースして覚えこませる”という点だ。
 伊と呂まではひとりの人間から。
 言わば、被験者のコピーを作るに等しい方法である。
――被験者は多く、そのAIの開発者自身。
 本多忠勝は違う。彼を被験者にしたのは家康の父で――かのトクガワ博士は忠勝の知能指数の高さをかったのだろう。
 伊型と呂型で異なるのは、呂型には甲斐原理式AIの応用で、BASARA-eによる同期装置が組み込まれていることである。
 装置に使われるのは無論、シマヅ博士の技術で生み出された電気由来の――彼の体、その脳にめぐる生体エネルギーと同じ属性のBASARA-eだった。
 本多忠勝。BASARAタワーのメインコンピュータを管理する屈指の技術者。
 十九年前、呂型AIにその頭脳をトレースさせ同期する作業の合間に発覚した、メインコンピュータの小さなバグを――彼は放ってはおけなかったのだという。
 自分の脳機能が呂型AIと、取り返しのつかない深度で混線してしまう危険性よりも。
 タワーの出産病棟で集中治療室に入っていた、とある母子の安全を優先したのだと。
――その時生まれた子どもは。
『すまんな。今は眠ってる時間帯だったみてぇだ』
 頭をかいて、家康は――まるで、休日の父親でも紹介するような顔で、そう言った。
「俺が行ったときは、Mr.ホンダはSleeping状態だった」
「さようでござるか」
 人工知能と融合したまま、タワーズコンピュータの管理を続けているのは、BASARAタワーの要請ではない。忠勝自身の意思なのだという。
 今では自身が眠っている間も、同期した呂型AIが働くまでに至っているそうだ。
「なあDr.サナダ」
 政宗の声に、幸村は口から杯を離す。
「やつは、本多忠勝は――
 その融合した人工知能は。サスケは。小太郎は。
「…夢を見ると思うか?」
「はい」
 あっさりと、サナダ博士はそう答えた。
「見るに違いない、と、それがしはそう思いまする」
――そうかい」
「政宗殿は初夢を?」
 微笑んで、あたりまえのように問いかける。
 政宗はその黒い眼から目をそらし、影も藍色がかった雪の庭の方を見た。
「さあ、どうだったかね。あんたは?」
「それがしはお館様と、さ――
 いつの間にか姿を消していた慶次が、ドタドタと毛布を抱えて戻ってくる。
「…酒を呑み交わす夢でござった」
「それ今と同じじゃん」
「だな」
 構うな構うな、とムニャムニャ手を振るホウジョウ博士にそれを広げかけて、目が合った政宗にたははと笑った。
「つい気になっちゃってさ。こういうの、小太郎の仕事なんだろうけど――あ、なあ、あいつらまだ隣?静か過ぎない?」
「隣にいるはずだな」
 トランプ持ってたから、遊んでるんじゃねえか。
 政宗が目をやる方に慶次は足を向ける。
「ふたりでババ抜きもないだろ、おーい」
 おや、と謙信が顔を上げた。
「おまちなさい、けいじ――
 穏やかな声が呼びかけるのに「けーじさん開けちゃだめっ」とサスケの声が重なる。
 きゃあっ!と響いた悲鳴は、政宗にとっても意外な声だった。
――あれは。
 少女の。アルトの。クリスマスに、ウエスギ教授の屋敷で聞いた。
「おい謙信、あんた」
 かすがを連れてきてたのか?
「おしょうがつですから」
 ほんのりと教授は微笑む。
 慶次が開いたふすまの向こう。
――金色の光が、チラチラと明滅していた。















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