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「小十郎さんはね」 洋菓子店を店先から覗く慶次の茶色の尻尾に、同じようにケーキの並びを眺めるサスケが話しかける。 「昔まさむねの世話をしてくれてた人の、名前をつけたんだって」 へえ、と慶次は視線を下に降ろした。 「そのせいか、だんだん小十郎に似てきたってまさむねは言うんだけどさあ」 「けど?」 口をつぐんだかと思えばむうと尖らせて、5A式はケーキの紅い苺を睨みつけている。 「頑固って言うか融通がきかないって言うか、その辺もその人譲りなの?とか聞きたくなっちゃうわけで…」 ぷふーっと吹き出してしまった。 「何、けーじさん」 「いやいや」 慶次が笑いを堪えきれないほど微笑ましく そんな政宗の言葉など知るはずもないサスケは、その訝しげに笑い顔を一瞥し肩をすくめる。 「あげく『政宗様に何食わせる気だこのくそ餓鬼』とかっ。おれさま変なものなんか作ったこともないのに!」 「そりゃあ、また、」 言いよどむ慶次を残してサスケは洋菓子店から大通りへ歩を戻す。 「でしょ?酷いでしょ!?」 「……」 慶次はうーむ、と肯定も否定もせず顎に手を当てた。 人工知能、と一口に言ってもそのレベルは未だまちまちだ。 中でも最高峰と言われる甲斐原理式AIの二体 慶次が旅をしていた頃に『閃』の外で見てきた旧式のAIは、一定以上の判断力を求める事さえ難しい様子だった。OSで動くドールはおろか、タワーで見られる最新のAIですら、そんな人間らしい受け答えが出来るのか怪しいほどだ。 「その…小十郎って言ったっけ?旧式のAIって聞いたけど」 そんなに流暢に喋るのかい? 問いかければサスケはオレンジ色の頭を揺らす。 「ん?んー、多分、政宗が色々組み込んでるしね」 柔らかそうな眉間にしわを寄せたまま、「何でそんなこと聞くの?」と振り返る。 「いや、なんて言うか」 それに大股で二、三歩、小さな背中に追いついて慶次はたははと笑った。 甲斐原理=武田理論が人工知能の分野の突破口になったと言われてはいるが 甲斐原理式AIはBASARA-eから成り立つ。 まずその大量のエネルギーをどこから供給するのかという点で、一人の技師が戯れに作れるものではない。 またBASARA-eそのものが少し齧ったくらいでは扱えない上に、武田信玄の打ち出した甲斐原理式AIの組成が難解なのだから 『あれをあつかうのは、ふらみんごのくびをぱたーにくりけっとをするようなものです』 昔、慶次がBASARA-eの基礎について学んでいた時、こう教えてくれたのは上杉教授だ。 フラミンゴの首をパターにクリケット。 頭の中で思い描いて、それが謙信の部屋にある本の挿絵と結びつく。 小さな女の子に脚を持たれたフラミンゴは、少女を馬鹿にするように勝手に首を立てていた。 『何か、えらく難しそうだね』 上杉教授はにっこりと微笑むと。 『ええ、とても』 と頷いたものだ。 そのフラミンゴに言う事を聞かせて複雑に組み立てたのが昔風魔AIを作った科学者でありサナダ博士であり、それをさらに育てているのがダテ博士と言うわけだ。 「何て言うか…俺の友達って凄い奴なんだなと思ってさ」 ダテ博士なら、旧式のAIに手を加えてそんな風に喋らせる事もできるのだろうと すると前を歩いていた少年が、くるんと振り向く。 「何言ってんの、今更」 その顔にはもうしわの一つも無くて、自慢の家族を褒められた子どもの満面の笑みだけ。 分かりやすい表情に思い出されるのは、鋭い目つきも和らげた困っているような呆れたような観念したような困惑顔だ。 『流石の俺も、何でサスケがああいうcharacterになったのかは解明できそうにねえ』 それはニュース映像の若き天才ではなくて、慶次の友達の、政宗の顔。 整った顔をしているのに右目は常に黒い革の眼帯で隠している上、残った左目の眼光があまりに鋭くて、慶次の知り合いの娘たちも近寄り難く思っているらしい。 大して愛想もよくないし、口も悪い。たまに笑ったかと思えば皮肉気に牙の覗く悪魔めいた表情に見える。 けれど慶次が知る政宗は見た目の取っ付き辛さと裏腹に、研究ばかで親ばかで、面白い男だ。 「その小十郎って 知り合って二年は経つが、政宗は自分の子どもの頃の話をしたがらない。 何かの事故があったのだとは叔父夫妻に聞いたが 「知らない」 静かな声に、はたと慶次は視線を下ろした。 子どもの顔からすうと表情が、消えている。 「でも、だって、」 その顔は、見る間にくしゃりと、痛いように歪んだ。 「小十郎って名前、AIの方に譲っちゃうくらいなんだから、多分」 「 おかしいだろ?と笑う顔の左目をふと伏せる。 「夜中に起こしてくれた時なんか、成長したと思ってやったんだけどな」 にこにこと聞いていた謙信がその左目の僅かな翳りに、静かに目を細め首を傾ける。 「あくむを、みるのですか?」 「No.」 政宗は首を振る。 あの事故の後、上杉教授に聞かれたのと同じ問いかけ、同じ答え。政宗は目を伏せ口元だけで笑んで首を振る。 「夢には 右目の裏には焼き付いて消えない、閃光と熱さとしか覚えられなかった痛みと。 (…母さん、父さん、小次郎、…) 夢を見るのだと言えば、誰もがあの事故の日のものと思って問いただそうとはしない。 政宗だって忘れた訳ではない (小十郎、…小十郎!) けれど夜見る夢は、それをそのまま甦らせるようなものではなかった。 「あいかわらず 病院の寝台で目を覚ました夜からか、怪我で意識を失っていた深い暗闇の中でのことか。 足繁く見舞いに訪れた14歳の幸村か、それとも。 『夢の中で、幸村みたいなやつが…紅い鉢巻きに紅いジャケットの……でも何か、もっと年上で、元就とか元親も白衣じゃなくて…』 それとも。 『教授もいた気がする。たぶんあれは、武田博士といっしょに』 『ほう、きょうみぶかいことです』 何を話しても柔らかく美しく微笑んでいる。 馬鹿にすることも、話し相手の想う事をこうと決め付けることもない。 白い顔の、夢見るように伏せた睫には光さえまとって見える。 それを、見上げて。 「悩んでるように、見えるかい?」 掠れた低い声が僅かに震えた。 「わたくしのめがくもっているのでなければ」 透明なアルトは、楽の音のように響いた。 「もとめているものがなんなのか、わからずまようこどもににてみえます」 貴方が今日来たその時から。 政宗も通っていた学舎の教授で、タワーに所属する臨床心理学者で、子ども達を診るカウンセラーだった。 入院棟の政宗の病室に定期的に訪れては、見舞いか治療か絵本を置いていったり 初めは読めないほどの専門書を持ってきた元就にも、学舎で知り合ったばかりだった家康にも、武田博士にも老北条氏にも。 あの頃からタワーで相手をしてくれる年上の先輩の中でも年が近い方で、毎日来てくれたと言えば幸村だが。 夢と割り切れていたならまだしも、自分さえ だからその光景を、触れた熱さや想いまで伝えたのは 「迷子か」 隠す必要もない。政宗は自嘲気味に笑った。 自分は未だ求めるものが何なのか、分からぬこどもなのだろう。 「求める答えが夢の中、じゃあな」 上杉教授がふわり、目を細める。 「ちゃのしたくをさせましょう」 好い茶菓子がありますよ、とまるで子どもを誘うように、笑みを重ねた。 夢の中、最初に見た光景は覚えていない。 (赤子として生まれ落ちた時に、最初に何を見たのか覚えていられない、そんな感覚だったな) 代わりに、目が覚めた時の事はよく覚えている。 『なんだ…夢の中か』 そう呟きすらしただろうか。 ……だってそうだろう、この俺がまだ子どもで、戦のない国で、刀も握らない、そんな。 (あの世界では戦が日常だった。血を流すことが、当たり前だった。それを指揮するのが……) バタバタと足音がした。 白い天井から左だけの目をそちらに向ける。 ……右目は病で。 見覚えのないドアが荒々しく開かれる。 『政宗殿!』 ……これは誰だ。 ……幸村。真田、幸村…… それから、幸村の後から何人か入ってきて 小十郎がついていてくれるタワーでの生活、奥の研究所から訪ねてくる父と母と、弟 ひゅっと息を呑んだ。実験棟の床に散乱した鉄片と、血が、それすら見なかった筈の右目の裏に。焼け焦げた臭いが 叫びかけた喉をとめたのは、誰かが手を握る感触。 『政宗、殿』 答えようとした口も握り返そうとした手も動かない。 顔や腕に何かの器具がまとわりついているのは分かるのに、体がバラバラにされたようにいうことを聞かない。 視線だけ動かして見れば、目の周りを赤くした少年が(幸村だ、まだ14の…)、笑おうとするような泣きそうな顔でいる。 そう思った。 (あいつ。名前の分からないあの男) それから、また、夢に、落ちた。 夢の中の自分はもっと大人の、青年で、タワーと違う、藺草で編んだ床の広い屋敷に住み、馬に乗り弓を使い、刀を 小十郎もいた。見たことのない茶色に水色の裏地のロングコート(ああ、陣羽織ってやつか)で、やっぱり自分の側にいつでも付き従って。 合戦に出れば幸村がいた。二本の槍に紅のジャケット(少し背が高く見えたな)、赤鉢巻だけは見慣れたその姿。 やはりと言うべきか一緒にいた武田信玄は、赤く染めあげた獣の毛皮をまとい、上杉謙信は(言ったよな、あんたもいるんだ)白い頭巾に白い陣羽織で馬を馳せていた。 政宗の刀は時折雷を纏った。 幸村の槍は炎を、上杉謙信の剣は氷の結晶を。 見知った顔ばかりが魔法のような技を使ったが(夢の中じゃそれが当たり前なのさ) それは頭に羽根飾りを刺した、金の花嵐のような男であったり (もう会えてるのかもしれねえ。そんな気が……たまに、な) あの男の声は、最初に目覚めたその時すでに思い出すことができた。 『…の旦那が、それであんたに渡してくれって…』 受け取った慣れない和紙の感触が、カサリと。 油皿に火を入れようと伸ばした手を掴む、皮と鉄に包まれた指の冷たさが 「しばらく離れなかった…」 呟いて、政宗は右手を軽く左手で握る。 「あんたにはとっくの昔に、もう話した気がするな」 「ええ、きかせてもらいました。ですが…むかしよりずっと…」 紅茶を含んでこくりと飲んだ、その唇が薫るように笑みをかたどる。 「あなたがそのものに、あいたがっているように、かんじますね」 カチカチと、歯車で時を刻む時計の音が密やかに響く。 温室とはうって変わって、絨毯の長い毛足に木目のテーブルの脚が沈む室内。 高い天井まで広がった窓の外、銀の雲と降りつもる雪の庭を挟んだ向こうに、金の光のちらつく植物園が見える。 「…そうだな」 政宗はそらしていた視線を、わずかに距離をとったもう一つのソファに向ける。 「Well,どうだろう…夢の中では会える。 「けれどたとえば、このせかいのけいじと、そのせかいのそのけいじは」 同じ魂をもった同じ人物だと貴方は考えているのでしょう? 僅かに首を傾げて問う。否、確信を持って言葉にしている。 政宗はキュとカップの曲面に指を鳴らした。 「いぜんは、うまれかわりとよんでいましたね」 「Ah-,だがそれは」 「ひかがくてきとかんがえているのですか」 「…あんたが慶次と旧知の仲だったくらいだ。 謙信はにこり、と笑う。 「では…ゆめのなか、あなたをよぶのはだれなのでしょう」 「そりゃあ、」 ふと右目に浮かんで息を呑ませたのは、政宗を見上げる鳶色の目とオレンジ色にふわふわ揺れる髪。 「さあ、どこかで見た誰かか」 (まさか) 触れた軌跡でかたどった顔は誰にも似ていない。髪の色さえ遺伝子バンクに保存された情報を二百年分たどって手に入れたのだ。 何処にもいるはずがない、けれど妄想にしてはリアルすぎるあの姿。 「ひていしたいのですか?」 唇が迷うように開いて、閉じた。 政宗の沈黙を謙信は静かに見つめている。 「……俺の直感はあいつが確かにどこかにいたと確信してる」 淡々と言って、ダテ博士はふと視線を落とした。 「迷って トン、と握りこぶしで叩いたのは胸の辺り。 「もしもこの世界に、あいつが存在する可能性があるとしたら…サスケは、」 言いよどむ政宗の左目が、大きな窓にさ迷った。 思い出したのは、昔の(否、ほんの一年と少し前の)精巧な人形に似た彼の問いかけ。 『マサムネ博士の、家族は?』 『 答える用意が無くて、それだけ言葉にした。 子どもはそれ以上何も訊かなかった。博士の言葉を鳶色の目に呑みこむように、ゆっくりと瞬いて、笑った。 『これからはずっと、おれが近くにいる』 「あなたのたいせつなこどもが 窓の外には音もなく降る、雪の影。 「あるいはそのおとこじしんであったとしても、あなたのたいせつなものにはちがないでしょう」 窓に映るのは、ゆったりと座る、麗人の姿。 そして切れ長の左目を見開いた、若い博士。 政宗は、浮かんだ考えを打ち消すように緩慢な所作で、上杉教授へと顔を向けた。 「誰とも共有し得ない脳内の世界。自然界の法則を無視した現象。これを実際にあった世界と呼べるか?科学の常識に照らし合わせりゃあ否定や検証の必要すら無い戯言だ」 教授がにこりと笑うのに何とも答えられず、静かに息を吐く。 「なのにあんたは、まるで肯定するみたいな口ぶりで 戸惑ったような左目が、その微笑の上にぴたりと止まった。 「ただのCounselingじゃねぇ…何か話がある。そういう事かい?」 訝しむ目の尖った視線は慣れない人間が見たら睨まれているとしか思わないだろう、とはダテ博士にも自覚が無い。 ただそれに、何とも敏い子を見るように上杉教授が目を細めるので、それこそ教え子に戻った気分で肩の力は抜けていった。 「これはわたくしの、かんとおもってくださってけっこう」 ただ、と前置きして、今度は謙信が窓の向こうに視線を向ける。 雪の向こうの金の光。 「もんだいは、あなたの」 マサムネ・T・ダテという人物の天賦の才の中にあるのだと、上杉教授は言った。 伊達政宗の天賦の才。 それもただの知能指数ではなく、BASARA-eに関する才能と言い換えられましょう。 この美しくも複雑で、癖のある性質に富んだ生体エネルギーが発見されて百数十年。幾多もの研究者がその解明に苦しみ、その解析からは幾つもの仮説が打ち立てられました。しかしそれはあくまでも数学的問題であり、宇宙の姿を求める新たなモデルを増やすに止まっています。 BASARA-eの明確な正体は未だ分かっていない、という事実は彼らへの謗りにはならないでしょう。 一方でBASARA-eをいかに技術として用いるか……そう考えた研究者の成果は目を見張るばかりです。 多くは医療、これは織田の係累の研究により臓器移植の壊疽を防ぐ手段としてBASARA-eを使うものと、神経系との互換のために使うものの二者が主立っていますね。特に後者の研究が目覚しいのはここ数年のこと。神経系との互換は、人工眼球や人の五指、二足歩行の統御の技術に用いられているわけですから…古参の北条氏だけでなく毛利博士や長曾我部博士の存在によるものでしょう。 二足歩行機構や近年の都市開発を支える作業分野でのBASARA-eの特性、金属の強化技術もまた大きな研究成果。 しかし何よりもBASARA-eの真の姿に迫ったのは、この生体エネルギーを人間の脳の形に いえ…そう考えていました。 マサムネ・T・ダテ博士が5A式を制作した中で、正式に自身の技術として特許をとったのはBASARA-eを半永久的に供給する心臓部、“Black-Box”だけだそうですね。 ですが5A式の製作過程を全て見ていけば、あなたが工夫を凝らし新たな技術を模索したのがそれこそ旋毛から爪先まで全てに及んでいるのはすぐに分かること。 事実上あなたはBASARA-eのあらゆる特性を、少なくとも一人の人間の身体で働くそれを、知り尽くしているのではないかと。 そうでなくて何故、あれだけのものが……。 「あのしょうねんのような、ひとりのにんげんが、うみだせたのか」 説明がつかないでしょう。 では何故、あなたにBASARA-eに対してそれだけの知識 そこで、あなたが夢に見た世界での現象です。 “知ってる人たちが何人も魔法のような技を使った” “風と氷。光と闇。炎と雷が渦巻いた” “それはまるで” 「“体に宿る不思議な力のようだった”」 上杉教授は静かに頷いた。 ダテ博士は昔自分が話した言葉を拾い集め、思案気に落としていた視線を上げた。 「つまりあんたは、その力がBASARA-eで 「ええ」 頷いてやれば謙信の教え子は、親指を唇に押し当て眉間に皺を寄せて考え込んでいる。 「なるほど言われてみりゃあ、そんな感覚が無いでもないが…」 昔から周りを怯えさせた切れ長の目の、意志の強すぎる瞳が光を浮かべた。 「俺には自分だけが格別、優れてるとは思えねぇがな。それこそあんたがさっき出した織田や、Dr.モウリなんかも」 呟くように言うダテ博士に、謙信はまた頷いてみせる。 謙遜するつもりでもなかろうが、実際はダテ博士のBASARA-eに対する順応度は群を抜いているというのがタワーの報告である。 しかし、謙信が問いたいのはその一点ではない。 「そう、あなたいがいにもばさらにすぐれたるものはいます」 書類の束を差し出せばダテ博士は怪訝そうに目を顰めたまま、黙って受け取った。 報告書には過去六十年の間にBASARAタワーに登録された事のある人物の名が並んでいる。 表に連なる数値。最後にはタワー統括機関の印。 ダテ博士の左目がその数値の要素に留まった。 「“閃”」 僅かに瞬く。 「…これがBASARAへの直感力ってことかい?」 「すうちの、たかいものをよんでごらんなさい」 静かに促すと、政宗の指は赤い線の引かれた名前を辿った。 「島津の爺さん…北条の爺さん…信玄公…上杉教授……Dr.オダに濃姫、前田の鴛夫婦に豊臣、タワーのお歴々だな」 その目がすいと上がる。 「だが移植手術で有名だった斉藤道三の数値は大して高くない」 「ええ」 「風魔AIの武田勝頼も、北条可奈姫もだ。研究者としちゃあ松永より石田やあんたのところの直江が高くて良さそうなもんだが めくった最後の二枚は、彼がたった今読み上げた人々の写真でうめられている。 左目がはっきりと瞬いて、謙信を見上げた。 (なんと、するどくたけだけしきまなこか) 幼い頃から切れ長のまなじりで、両目を賢げに愛らしく見開いていたのを謙信は覚えている。 今では恐ろしいほど鋭さばかりと言われているのも知っていた。 「God…まさか」 見透かす鋭さ。 「あなたが、ゆめにみたものたちのなかで」 BASARAを使いこなす者と何人が重なりますか? こくり、と動いたのは若者の白い喉元。 (おそらくは) 彼は、覚えている。 彼の幼い日に語った記録を、謙信が読み返し続けて覚えたよりもなお生々しく。 そこにある写真の人物達の姿が夢の中の“彼ら”と重なったのは、間違いないのだろう。 政宗の顔は僅かに蒼く陰ったように見えた。 「…本多の写真がねぇな」 「かのものは、いまだばさらのとうのごくひじこうだそうですね」 「奴をいれて二十八人」 ダテ博士は、クッと唇を吊り上げた。 「Hey,出来すぎだぜProfessor.」 全員だ。 と、ハスキーな声がぽつり、呟く。 「 「ええ、もちろん、からかってなどいません」 あなた以外の誰か一人で良い、あなたと同じ世界を見れたなら、夢の世界は証明され得るでしょう。 そして、それを見る者は。 「このものたちの 右目を覆う眼帯に指を押し当てながら、ダテ博士が低く唸る。 「この、二十八人……俺を抜いて二十七人、か」 「あなたのゆめでは、あとすこしくおおかったはずですよ」 指がその顔からゆっくりと下りる。 伊達政宗は、すでに顔色を取り戻していた。落ち着いた仕草で膝の上に指を組む。 目だけがギラリと光って謙信を射すくめた。 「あと、三人」 「いいえ」 謙信はそれを受け止めるように、彼の正面にすっと背筋を伸ばした。 風魔AIのアンドロイドと、甲斐原理統合5A式。 BASARA-eの子とも言うべき二人の“閃”の数値は測定してみるべきであろう。 「あと、ひとり」 窓の向こう、雪時雨を挟んだ温室で 「一人…」 ダテ博士が、繰り返すように呟いた。 金の光に、天使の輪を思い出した。 クリスマスシーズンのせいだろうか。 「あっ、まさむね」 小さな頭は後ろに立った政宗の方へ、パッと振り向いた。 「おかえりー」 声と共にリビングの明かりが灯る。 「I'm home」 政宗が玄関からこのリビングに来るまで僅かに数歩。だがこの子どもが気づいていなかったとは珍しい。 丸い光を揺るがせたモニターに目をやって、政宗はニヤリ、と意地悪げに笑った。 「また小十郎と喧嘩か?」 「そんなこと…」 そんなことが有るのか無いのか、唇を尖らせてサスケは踏み台から飛び降りる。 こちらも帰ったばかりらしく、深緑のマフラーもまだ外していない。 日暮れかけた部屋を僅かに寒々しく感じて、政宗もコートを脱がないまま手をさすった。 冬の冷気が遮断された屋敷の中、冷たい指先は簡単には熱を持たない。 その指を、小さな手が握った。 「…おつかれ?」 「ん」 サスケの手は、子どもの体温を連想させるようで、常に冷たい。 ダテ博士が代謝や酵素の活性指数を考えて何度手を加えても、この体の熱量は上がらなかった。 5A式の心臓部にあるBASARA-eの供給装置。“黒い箱”と名付けたそれが熱を食うのだから、心臓を直さなければどうにもならない問題だった。 (もっと違う、光を生み続けるような形を新しく作ることが出来るか…) 「まさむね」 呼ばれて、伏せていた目をはたと開いた。 「Ah,…茶でも淹れるか」 ボウと考え込んでいた自分に苦笑して、温めようとしてくれた手を逆にぐいぐいと揉んでやると、色は暖かげな橙頭がホッと笑う。 「おれがやる。まさむねは座ってなよ」 「ん?ああ、Thank,」 答えてその手を放すと、サスケはキッチンに踵を返した。 「…小十郎」 光の波立つモニターに呼びかける。 『はい』 「サスケの体を作った時に関わったDoctor連中、詳細までlistにしてくれ」 畏まりました政宗様、と低い声が答えるのにちらりと目をやった。 起動している事を示す光が丸から膨らんだ半月型に移り変わり、また満月に。その度に端の“S-K-K”の字が消えて戻る。 それを見るともなしに見つめていると、『政宗様』と呼びかけられた。 「何だ、小十郎」 『先ほどあの餓鬼 失礼、5A式が。と低い声が言い直す。 「サスケがどうした?」 『片倉小十郎は』 そこでAIは少し躊躇ったような間をおいた。 「お前が?」 政宗は肩を竦めて先を促す。 『……オムライスに似ていると』 そして、盛大に咳き込んだ。 咳き込む形で口元と腹を押さえたまま 「っ、…、…そうか…オムライスな…」 しゃがみこんで目尻を拭う上で、『リストアップ終了』と事務的な声。 八日月の形に止まったその光に「Desk topに頼む」と言い置いて、政宗はキッチンに足を向けた。 「Hey,こら、サスケ」 「え?何?なに?」 上機嫌な声に紅茶を茶さじで測っていた真剣な顔が、慌てたように上がる。 「今夜は卵料理だ」 ニンマリと笑ってそう言ってやると、サスケは一瞬口を閉じるのを忘れたような顔をして。 「っ小十郎さん!」 密告者の名を叫んだ。茶さじはポットに落ちた。 そのまま駆け出したのを政宗の腕が間一髪、捕まえる。 「おいおい、落ち着けって」 脇に抱えられた形のままサスケは「でも、だって」とむぐむぐ言った。 「別に呆れやしねぇよ、今更」 クックッと笑う政宗の三日月形の唇を見上げて、鳶色の目が恨めしげに半月になる。 食い意地のはった感想を聞かれたのがそんなに恥ずかしいだろうか。 「なあ、サスケ」 ふとその笑みを柔らかく落とした、囁くような政宗の声に、少年は開きかけた口を閉じた。 「明日、俺と一緒に春日山に行っちゃくれねえか?」 「…春日山って、上杉さんの?」 「Yes,」 頷けば、サスケは自分を捕まえる腕に縋りつくように、力を込める。 その橙頭を下から覗き込むように、政宗はしゃがんだ。 「もう一度、ヒューマノイドを作る じっと見つめられた鳶色が二つの満月に。 「AI…」 「ああ」 「甲斐原理式の」 「そうだ」 子どもの目が、すう、と似合わぬほど冷たく細まった。 「それは、BASARAタワーからの要請?」 先刻までの子どもの顔をどこかに押しやって、 政宗は首を振った。 「No.タワーは関係ねえ。上杉教授から個人的に、前から持ちかけられてたんだ」 すると、サスケの眉が怪訝そうに動いて一度に幼い表情に戻る。 「じゃあ、おれはまさむねのお手伝い?」 研究対象でも実験対象でもなくて 「そういうことだ」 頷いて、ふと政宗は目を細めた。 タワーの統括機関が5A式ヒューマノイドの再構築を要請していたことは、サスケには言っていないはずだった。 だがそんな事実は知らずとも、想像はつくのだろう。 甲斐原理統合5A式。マサムネ・T・ダテ博士の最高傑作。 作り物の彼は、何故だかそわそわと政宗の腕をもんだ。 「あの、でもおれ、明日の夜までに…」 「Ah,今朝小十郎と喧嘩してたあれか」 俺が何とかしてやるから安心しな。 そう請け負えば、5A式は一瞬嬉しそうに顔を輝かせて。 「どうしてまさむねが知ってるのっ」 とまた、叫んだ。 いつか、その名前を呼ぶことが出来るのかもしれない。 “ダテ博士の最高傑作”ではなくて、 「…で、何て名前?」 「What?」 一瞬跳ねた肩を抑えて、政宗はケトルを手に振り向いた。 「その上杉さんとこのAI。名前、まだ無いの?」 紅茶の缶の蓋を閉めながら、サスケは首をかしげている。 「ああ、あのAnge…あいつはな」 光を放つように微笑む麗人の姿が目に浮かんだ。 『まるで、はるのひざしのようではありませんか。わたくしの、うつくしき…』 「“かすが”だ」 『ああ、謙信様、かすがは幸せです…!』 「…かすが?」 サスケが小さく呟いた。 突然、政宗の右目の裏に、サスケと同じほどの年の頃の、金の髪をした少女が映った。 “彼女”の姿が見えた気がした。 そして かすが、と少年はもう一度、口にする。 「ねえ。まさむね」 政宗がポットに湯を注ぐのを、眉間に皺を寄せたまま見つめて。 「“春日山”のかすがちゃんって、 サスケは小さく橙頭を傾げてみせた。 5A式はブッシュ・ド・ノエルの天使にキスをする≫三 |