5A式はブッシュ・ド・ノエルの天使にキスをする







 闇に触れる。
 闇のような柔らかさがこの手を押し返す。
 闇そのものの冷たさで、そこに確かにいる影。
『…それで、なんて言ったと思う?あいつ』

――あいつ?誰のことだ。

『さあ、知らねえなあ』

 言葉を紡ぐ彼の唇。
 まるで別の誰かのように、遠い。

――これは誰の唇だ。

 答えを出す代わりに、闇の中で鳶色に光る、双眸がきゅうと細まった。
 細まって、近づいた。
 辺り一面が闇なのに、自分の視界を占めるのは冷たい鳶色。

――なあ、あんたは誰なんだ。

 鳶色の中に映った顔が、泣きそうに歪んでいる。
 ぎゅっと目をつぶって闇をつかんで彼はその闇の名を呼ぼうとした。
 呼ぼうとした喉が引き攣れた。

――呼ぶべき名前を自分は知らない。
――否。知っている筈だ。知らない筈が無い。こんなに近くにいてどうして。

 するりと身をかわして逃げてしまいそうな、闇の端を縋るようにつかんで。

――思い出せ。思い出さなければ。

「…、」

 喉を震わせた。

『どうしたの、竜の…』





――政宗、」
「あ、…」
 ビクン、と身を竦ませて目を覚ました。
――暗がりの中に光る鳶色がふたつ、自分を見つめている。
 鳶色は一瞬ぱちりと明滅して、まさむね、と彼を呼んだ。
「…さ、すけ?」
 問うまでもない。
 庭の夜灯の光が薄らと入り込んだ、蒼い部屋。
 ここは彼の部屋の彼の寝台で、その腕の中に納まっているのは同じ部屋に用意されたベッドを今夜も勝手に抜け出したらしい、いつもの抱き枕だ。
「こわい夢?」
 その小さな身体をそっと抱き寄せた。
――No,大丈夫だ」
「うそ」
 柔らかい細い指が政宗の目元を拭う。
 ぼろり。と、熱い大きな雫が落ちていった。
 腕の中、細い身体が猫のように伸び上がって、政宗の額に額をこつんと合わせる。
 鳶色が咎めるように、きらりと細まった。
「嘘じゃねえさ」
 その下の、頬の辺りの柔らかい輪郭を指でなぞる。
「…少し、もどかしいだけの夢だった」
 影は沈黙した。
 それから、政宗の頭を顎の下に押し付けるように、ゆるく抱きかかえたようだった。
「まだ三時だよ。もうちょっとゆっくり寝なきゃ」
 このところ忙しいから、と気遣っているのだろう。
――本当は、問いたいこともあるはずなのに。
 少年期の声を低く潜めて、暗がりに溶け込むように優しく囁く。
「おやすみ。良い夢を」
――まるで大人のように。
 一人の男のように。
――政宗、と呼ぶ声は、違う声のはずなのに。
 抱きしめた体は小さいはずだと分かっていても、暗がりの中、ひょっとしたらと思ってしまう。
『竜の旦那』
――そうとしか、あの声は呼ばないはずなのに。
「サスケ」
「んー?」
「…サスケ、」
 呼ぶべき名前があることに、ほうと肩の力が抜けた。
――ここにいるよ、政宗」
 そうして、政宗は今度こそ、夢の無い眠りに落ちていった。



――あるいは、あれこそが夢だったのかもしれない。
 と、翌朝目覚めたマサムネ・T・ダテ博士は、まなじりの吊り上った左目をしょぼしょぼとさせながらそう思った。
 大人っぽいサスケなんて夢か嘘かとしか考えられない。
 なぜならば。
「違うもん違うもん、小十郎さんのバカァ!」
 朝目覚めて真先にダテ博士の頬にキス一つ、跳ねるようにベッドを抜け出して朝食の仕度にかかった筈のサスケは――甲斐原理AI搭載のヒューマノイド5A式は、旧式のAIのモニターに向かって地団太を踏んでいる。
「Morning,小十郎、サスケは何やってんだ」
 俺の珈琲は?
 くふぁあ、と欠伸をして政宗がダイニングのドアにもたれかかると、サスケはオレンジの髪を揺らしてパッと振り向いた。
『入っております』
「おれがセットしたのっ」
 男の低い声に近い音声と少年の声に緩く頷いて、政宗はThanks.と呟いた。
 サスケがその背丈には少し高めのシンクにパタパタと寄って、保温庫から青いカップを取り出す。
 最後の一滴を落とした珈琲メーカーのポットを取って注ごうとする、危なっかしい手つきに背を向けて、政宗は牛乳を取りに玄関へ出た。
 真青な空と、氷の粒でも混ざっていそうな白い光。
 吐く息の白さと雪の積もった小道も見慣れたものだ。
 季節は十二月も末である。
 ぶるりと身を震わせて、政宗はポストからキンキンに冷えた壜を取りダイニングに引き返す。
 白いミルクを緑のカップに半分を注いだ。
「小十郎、加熱」
『かしこまりました政宗様』
 加熱するだけでかしこまる必要は無いのだが、何をどう学習したものか――多分付けた名前が悪かったのだろう。この人工知能は、たまに音声を発したかと思えばこうした受け答えをする。
 モニターには青白い、仄かに黄緑を含んだ光が、満月から半月まで縮み膨らみを繰り返している。
――人の声はプロットしたが、人の顔は映像にしたくなかったのだ。
 チン、と鈴のような音が小さく鳴ったのを合図に、緑のカップを加熱器から取り出した。
 パンは狐色に焼きあがって白い皿の上。茹で野菜と卵のサラダはボウルの中。
 バターとオレンジマーマレードを真ん中において、緑と青のカップを交換する。
「いただきまーすっ」
「Ah-…生き返る…」
 瑠璃色がかった青に口をつけて、ほうっとため息をつくと、「まさむね」と向かいでモスグリーンを手にした少年が口を尖らせた。
「イタダキマス」
 そうそう、と頷くサスケにもう一口珈琲を含む。
――まったく、口やかましいのが増えたものだ。
 しかしサスケがこうなる以前に三食管理してくれていた小十郎は、最近めっきり口数を少なくした。
 最近の“彼”の仕事はと言えばもっぱらダテ博士の実験や論文のサポートに運転補助、伊達研究所の警備システムの管理――まあこれだけでも十分すぎるほどの働きだが、一番肝心な仕事はと言えば、やはり。
「まさむね」
「ん?」
「コーヒー美味しい?」
「ああ」
 軽く頷けば、ムニムニと複雑そうに唇をかみ締める5A式。
 おれだって分量が分かればさ、などと呟いている。
 朝の珈琲だけは小十郎に任せるのが伊達屋敷の決まりだ。珈琲メーカーをセットするのがサスケであろうと政宗であろうと、豆の挽き方や湯量を調整するのは昔からいる“彼”の仕事である。
――そんな些細な事に、この自分の手が生み出したヒューマノイドは、ヤキモチを焼いたり拗ねたり我慢したりしているわけだ。
「サスケ」
「んー?」
「そのHot milkは美味いか?」
 政宗がセットして小十郎が温度を加減したホットミルク。
「…うん」
 良かったな、と笑ってみせる。
――まったく自分も大人になった。
 子どもが出来ると人間変わるもんだと自画自賛しつつ、ダテ博士はバターに手を伸ばす。
「で?小十郎と何の意見が食い違ったんだ」
 モスグリーンに口をつけた橙頭が、ぴたりと止まった。
 トンとカップをテーブルに置いて、5A式は半分目を伏せ照れたような拗ねたような、ダテ博士に言わせれば『人間でもしないようなFany face』でしばし沈黙し、そして。
「……ナイショ」
「ほう」
 どんな心理か是非とも問いただしたい気持ちを抑え、政宗はサクリとトーストを齧った。
「まさむねは今日は?」
 話をそらす気か、少年はオレンジママレードを手に小首を傾げた。
「予定通りなら夕方5時には帰る」
「そうじゃなくて、タワーに行くの?それとも、」
「ああ」
 なるほど、とダテ博士は口の端をにやり、吊り上げる。
「今日は謙信のとこだ」
 この一月というもの、ダテ博士はBASARAタワーでの毛利研究所でのボランティア以外に、第二緑地居住区の春日山エリアと第三緑地居住区の伊達研究所との間を忙しく往復している。
 春日山エリアと言えば風光明媚な山々が有名だが、タワーに集う博士達に言わせれば――臨床心理学で名を馳せた学者、上杉謙信の隠居先だ。
 一見そうは見えないが、若い頃はかの武田信玄と喧々諤々の議論を重ねたという伝説の、一癖も二癖もある難物である。
「今日も上杉さんのとこねえ…」
 政宗とは幼い頃から知り合いで、5A式には武田信玄の館に何度も通っていた中で、二、三度会わせている。
 二、三度しか会っていないにも関わらず、サスケの表情は何とも奇妙だ。
 こればかりは『ちっちゃいころのまさむね知ってるなんてずるいずるい』ではなくて、純粋に上杉氏への不可思議な感慨であろう。上杉謙信と何度か会った事のある人間は大概こういう顔をする。
 タワーのDr.モウリに言わせれば『あの眼球の主は我の専門外だ』であり、Dr.チョウソカベに言わせれば『ああ、いや…俺機械の事しかわかんねえから』であり、Dr.オダに言わせれば『是非もなし』である。
「ねえ、もう一月もずうっと、あの上杉さんと何の相談?」
 心底不思議そうにオレンジ色の頭が傾いだ。
 上杉謙信は5A式を作り上げる際にも関わっておらず、現在のダテ博士の手がける――主に、甲斐原理統合5A式ヒューマノイドと風魔型AIのアンドロイドに関する研究とも一見無関係である。
 もちろん、武田理論の提唱者と夜っぴて弁論を重ねた人間が、武田理論に則ったAIに何の見地もないわけはないのだが。
――それだけでは、ない。
 政宗はニイと笑ってみせた。
「内緒だな、まだ」
「えー」
「それともお前も来るか?」
 問えばぶんぶんと首を振られる。
「今日は慶次さんと約束があるんだ」
「慶次?」
 思わぬ返事に声が低くなった。
 十月末の馬鹿騒ぎ以来、タワーに行くたびにかの小児科医と会っているのは――何しろ必ず政宗も巻き込まれるので知ってはいたが。
「聞いてねえぞ」
「言わなかったっけ?一緒に街にお買い物に行くんだけど、まさむねが帰る前にタワーに戻っちゃうらしいから――
 慶次さんも忙しいしね。と訳知り顔でサラダを頬張るサスケに、政宗は左の金の目を僅かに細めた。
「何の買い物だ?」
 きょとんとする少年の頬には、ゆで卵の黄色い欠片。
 腕を伸ばして取ってやると、にんまりと猫のように笑う。
――ナイショ」
――また内緒、だ。
「Okey Dokey,車に気をつけろよ」
「うん」
「ちゃんと慶次の手でも握っててやれ」
「はーい」
 清々しい返事に一つ頷いて、政宗はそれ以上は問わなかった。
――この季節にサスケが慶次と企みごととなれば、答えは知れている。



「ほう、わたくしにはけんとうもつきませんね」
 白い雲が銀色に、垂れて落ちてきそうな空模様の下。
「あんたは俗世間から遠ざかりすぎなんだよ」
 世の中Christmas Seasonってやつだ。
 政宗の言葉に「おや」とばかりに瞼を柔く見開いて、その人は──男性とも女性とも分かり難い、青年のはずはないのだがその顔にはしわの一つも無い、ただすらりとそこに美しくたたずんだ、上杉謙信は微笑んだ。
 政宗を導くように歩む、年齢不詳の心理学者がBASARAタワーの現役から退いて数年。
 その称号は“博士”であり“医師”であり、そして。
「あんたにゃ季節も関係ないのかい?Professor.」
 未だ、政宗にとっては学舎の“上杉教授”である。
「ばさらのとうにいたころも、おぼえはありませんよ」
 柔らかげな黒髪は、政宗の茶色がかったそれより短く整えられているのに、別の生き物のように繊細に謙信の顔を彩っていた。
「そりゃ確かにそうだろうよ」
 ばさらの塔、BASARAタワーでクリスマスと言えば、一部の変わり者が御神木を飾り付けシャンパンとケーキをすすめてくる辺りでやっと思い出される、その程度の存在だ。
――そもそもあれこそが俗世間から隔離された場所ではないか。
「まつりはひとのさかせるはなと…けいじらしいことです」
 前田慶次とは既知の仲であるらしく、謙信は懐かしむように目を細めた。
 白い顔に白い、白衣ではない緩やかなラインの服を着て、緑の濃い中に立つ姿はそれこそ花に似て見える。
「慶次もよく来るのかい?」
「おさなきころは。…それに、このごろはまたしばしば」
 クリスマスどころか季節さえ忘れてしまいそうな光景と、気温。
「相変わらず見事な温室…っつーより、熱帯植物園だなこりゃ」
 はるか高みにあるガラスの天蓋を見上げて、政宗は感嘆の息を吐いた。
 吐息が白くなる事も無い。
 透明な板が張られた上には今にも雪の粒を落としそうな白銀の雲が広がっているのに、ここはコートも上着も要らない緑繁る空間だ。
 どこからか、鳥の声さえ聞こえてくる気がした。
 ききっ。
――否、これは本物の。
「夢吉?」
「おいでなさい、ゆめきち」
 木陰からぴょんっと小さな影が飛び出した。
 謙信の両手におさまった、明るい茶色の生き物。
「こいつは慶次の…」
「ともだち、だそうですね」
 小猿だ。
 それも、首には紅白のしめ縄に似た識別帯。
 飼い主に与えられた首輪と言うより、友達にもらった飾りといったところだろうと政宗は知っている。
――二年前、初めて会ったとき慶次の肩に乗っていた猿だ。
「ばさらのとうにつれていけないからと、ここであずかったのですよ」
「Ah,だから最近よく来るってわけだ」
 政宗が顔をほころばせて覗き込むと、小猿はさっと小さな花を取り出した。
 どこかに咲いているのだろう。白くて甘い香りがする。
「Thank you,慶次の真似かい?」
 きいー。
「りこうなこですよ」
 大切な機器には決して触れません。
 にこりと仄かに光るような笑みを浮かべる謙信から夢吉を受け取り、政宗は苦笑した。
「ったく…大した度胸だよ、あんたは」
 “あれ”をこんな場所に設置するとはな。
「あのこには、いずれそともみせてあげなければ」
 若い博士を誘うように、年齢不詳の心理学者は手を差し伸べる。
「さ、こちらです」
 会いに来たのでしょう?
「ああ」
 誘いにニイと笑む、ダテ博士の手の中で、小猿は首を傾げていた。



「え?慶次さん、上杉さんとこ通ってんの?」
 小首をかしげてサスケは隣の青年を見上げた。
 焦げ茶のポニーテールと、金色の糸が編み込まれたオフホワイトのマフラー。
 そのマフラーに顎を埋めて、サスケの年上の友人は微笑んだ。
──何を思い出したのだろう、微笑まし気な顔。
 あるいはそれが茶色い毛並みの小猿を思い出してのことだと分かったら、サスケは絶交状を叩きつけるかもしれないが。
 第三緑地居住区“奥”の青葉エリアでも、青空には雲が混じり始めている。
 けれどまだまだ午前の日は明るくさして、つもった雪が真白く、立ち並ぶ商店の飾り付けは深緑の上金銀に煌めいていた。
 街道の正面から吹き付ける風は肌に霜をさすようで、サスケもマフラーの深緑に口元を埋める。
「謙信のとこっつーか、謙信ちの植物園にね」
 友達がいるんだ。
 花屋の軒先を――そこでモミの木の枝先を整える女の子を眺めながら、慶次は答えた。
「植物園に友達?って言うか上杉さんって心理学者じゃなかったっけ?」
「そりゃもう、臨床心理学の権威さ」
 サスケの質問の後半にだけ答えて、オレンジ色のつむじを見下ろす。
「植物園は昔から古びてたから先祖来のもんかもな。謙信も春日山に引っ込んでからはプランツ・セラピー方面でも研究進めてるし、中々立派なとこだよ」
「じゃあけーじは、」
 と勢い込んで聞きかけて、サスケははむと唇を噛んだ。
「慶次さんは、まさむねが上杉さんと何の話で会ってるか知ってるんだ」
「慶次でいいって」
 サスケの創り主にして保護者であるダテ博士より一歳数ヶ月、一応は年上の若い男はそう笑って、ポニーテールを重たげに揺らす。
「残念ながら俺も知らないしなあ。政宗が来たって言うから何かと思ったのに、謙信は『ひみつですよ』の一点張り」
 元から知り合いみたいだから遊びに行ってるだけじゃないかい?
 軽い口調でそう言うのをしばし見上げていたサスケは、ふいに顔を背けて重くため息をついた。
「何にもないのに秘密にするまさむねじゃないもん」
 撫で下がった小さな肩と盛大な白い吐息に慶次は苦笑する。
「何だい何だい、落ち込むことでも無いだろ?研究途中の情報ならそうそう漏らすもんじゃないんだし」
 するとオレンジの頭がくりんっと上を向いて、唇を尖らせた。
「だって、最近週に一回は上杉さんとこ行ってて――春日山もそんなに近くないでしょ?疲れが溜まってるみたいで」
 心配なんだ。
 ぽつん、とつぶやいて目をそらす。
――夜の最中、政宗が何のためにうなされていたのか。
 それが上杉謙信の邸宅にある“何か”と関わりがあるのかは分からない。サスケを誘ったくらいだから、どうあっても秘密にしたいわけでもないのだろう。
――でも他に、何の要因も思い当たらない。
「ま、謙信がついてるんだから心配要らないだろな」
 それに、と声が降って来ると同時に、頭に手が乗ってくるりと前を向かされた。
「お前さえ元気なら大丈夫だろ、政宗は」
 サスケの鳶色の目に飛び込んできたのは、掻き分けられた白い雪にキラキラと飾り付けられた菓子屋に雑貨屋、大人も子どももどこか足取り軽く歩く姿。
 紅や青のリボンが――それでも何だかうすぼんやりと霞んだように見えるけれど。
『忙しくなっちまってごめんな、サスケ』
 と、政宗に頭を撫でられたのが十日前。
 最初は何のことかと思ったが、5A式の作り主以前にサスケの保護者を自任する政宗はどうやら、クリスマスを盛大に祝えないことを残念に思っているらしい。
 タワーにいたころはころっと忘れていたようなクリスマスやハロウィンを、政宗がああして伊達研究所に持ち込もうとするのは、全て自分のためだとサスケは分かっている。
 慶次いわく、『人間ってのは祭りがなくちゃ生きていけない』のだそうだ。
――だったら、政宗のためにクリスマスとやらを祝うのは、自分の仕事である。
「さー買い物だ。タワーのモールに無いもん掘り出すぞっ」
 政宗が疲れも忘れるようなクリスマスにしてやれよ!
 にかーっと歯を見せて笑う慶次に、何だか笑みが浮かんで、サスケはこっくりと頷いた。
 前田慶次という男はこういう時、根本的な解決ではなくひたすら前向きな対処を提案する。
――そんなところが、政宗にも眩しいのかもしれない。
「モミの木とリースは用意しただろ?」
「ん、ベッドの下に隠してある」
「クリスマスカードは」
「小太郎のとこで一緒に作って投函した」
「順調だな隊員。ケーキは明日として、オーナメントは?」
「まだ途中」
 フィルムシートでああいうの作ってるんだ。と、小さな指で差したのは店の軒先につり下げられたシリカ板の細工飾りだ。
――何枚作れば足りるだろう、政宗とサスケと二人だけの部屋で。
 折り紙と鋏とで格闘する日々である。
 淡い金色に光る星や顕微鏡で覗いた雪の結晶。
 雪は粉雪より、なんだか牡丹雪の固まりのように歪んだりもしているが。
「そういやさぁ」
 ふいに、慶次がほろりとつぶやいた。
「謙信の温室で、何か見たな」
「何か?」
「あ〜何か、金色できらきらの」
「それを人は日光と呼ぶよね」
 違うって、と茶色いポニーテールを振る。
「温湿管理の機器の辺りに、これくらいの――
 と、マフラーとお揃いの手編みであろう手袋の手を、サスケの背丈ほどにぴたり。
「シリカ樹脂かなんかの透明な筒があってさ」
 中に光が集まったみたいにキラキラしてた。
「植物関連の実験機かねえ」
 顎をつかんで首をひねる慶次を、サスケは何とアバウトな記憶かと、呆れたような目で見上げる。
「筒で保護してるんなら、蘭とか薔薇とかそういう花じゃない?」
「ま、確かに…」
 呟いて、慶次は真面目な顔つきになると、一つ頷いた。
「よし、そこの花屋で聞いてみよう」
 ポインセチアの赤白が並ぶ花屋には、妙齢の女性が一人。
 サスケはにっこりと笑った。
「また後でね」
――まったくどちらが引率か。
 『手でも繋いでやれ』と、思い出した政宗の言葉に小さく頷いて、サスケは慶次のコートの手首をつかんだ。
 花屋にはクリスマスのために用意された常緑の枝や鉢物、赤や白の花が目立つ。
 サスケのマスターが好む青い色はなりをひそめているようだった。
「植物園、ねえ…」
 サスケが一番恐れているのは、彼の創り主が甲斐原理式AIのために、彼のために憔悴しているのではないかということだ。
 けれど――そう言えば、上杉氏の元に出入りしている直江という植物学者だっただろうか、かつてないほど発色も鮮やかな新種の青薔薇の栽培に成功したと話題になったのは何年か前のこと。
――政宗はああいった研究に興味を持ったのかもしれない。
 慶次の見たものがダテ博士の目当てかは分からないが――
 金色のきらきらの光を放つ、上杉謙信の。
(どんな花だろ)
 青い空をよぎる日差しに、サスケは眩しげに目を細める。



――真昼の綺羅星だ。と、政宗は一つきりの目を細めた。
 冬の曇り空を背景に、淡い金色の輝きは温かくも冷たくも見える。植物園の端。微気象から警備まで管理する機器の乗用車ほどはあろうかという大きさ、鏡のような銀色の脇に。
 水晶より透明な――その筒が鎮座していた。
 筒の中にはチラチラと細かい光。
 あるいは金粉が風にのって舞うように、光の欠片だけが飛び交って周りの緑を照らしている。
 謙信の育てる花は、真正花であるかと言われれば――やはり星の集まりに見える。
 政宗が顔を寄せると、光はひゅっと身を引くように、反対の端に集まった。
「Hello,」
 ダテ博士は笑って、ハスキーボイスを優しくひそめる。
 声を識別する器官は隣の機器か周りの緑に隠れた場所にあるだろう。
 だが政宗は星の群を見つめて声をかける。
「調子はどうだ?Angel,」
 天使と呼ばれた光はゆらり、答えるように揺らめいて見せた。
 花びらでも金粉でも日差しでもない。
――虚空に舞い踊るのは、BASARAと呼ばれる生体エネルギーだ。
 風魔と呼ばれるAIや甲斐原理統合5A式の頭部に収められたそれと同じように、武田理論に基づいて構成された人工知能。
 世界で三番目の甲斐原理式AI。
 本体はBASARA-eの塊にも似た存在で、下部に納められている。
 この透明な筒の中を縦横無尽に泳ぐ光もその一部だ。
 一月前、謙信の執務室で初めて紹介された時から変わらず彼は酷く内気だ。
――あるいは、彼女は、と呼ぶのが正しいのかもしれない。
 緑が濃く繁る温室に、天使の光は春の日ざしそのものに見えるのだが。
「Ha,相変わらずShayだな」
 呟いた次の瞬間、降ってきたのは自分のものでも謙信のものでもない、柔らかな声だった。
『……慎み深いと言え』
「What?」
 声を上げたダテ博士の手から、驚いたのだろう、夢吉が逃げ出した。
 金の光は、ますます遠ざかるように筒の中に張り付く。
 その様子をダテ博士は、まなじりつり上がった左目でまじまじと眺め、スピーカーを探すように周囲に目を向け、最後に真後ろの白い花のような姿に目を向けた。
「おい謙信、」
 花に例えても何の違和感もない麗人は、口元に手をあててクスクスと笑っている。
「何時からだ?」
 ダテ博士の知る限りでは上杉教授のAIはまだまだ未発達なのか、スピーカーをとりつけても口をきくことは無かったはずだ。
「さくじつですね」
 あなたには自分から話すと言って聞かないのです。
 謙信はその光に照らされた顔に、愛し子への眼差しでそっと笑みを刷いた。
「さあ、あいさつしてごらんなさい」
 萎縮していた光が一瞬ふわり。広がる姿は、花が咲くようにも少女の髪が舞う姿にも似て見える。
――少女の、と思うのは先ほどの声の印象だろう。
 光は風を失ったようにふうと納まった形になって、しばし沈黙した。
『………ぉ』
 やがて勇気を奮い起こしたか、幼いような声が震えて。
『お久しぶり、です。マサムネ・T・ダテ博士』
 一言一言、明滅しながらはっきりとそう言った。
――彼女は、自分の声に少女のそれを選んだらしい。
「Oh…」
 ダテ博士は口笛を吹きかけた口を抑え、水晶の帳からわずかに身を引いた。
「失礼したな、Angel.一週間ぶりだ」
『その呼び方は――
 怒ったような声がわずかに揺れて、掠れる。
「嫌か?」
『…ああ』
 挨拶とはうって変わってぶっきらぼうな答えに政宗はククッと笑った。
『な、何がおかしい』
 堪えても堪えきれないとばかりに笑うダテ博士に近づいて、光は怒ったような声とは裏腹、不安げに揺れている。
『謙信様…』
 助けを求めるように揺れる光に、麗人は目元をわずかにたわませて。
「しんぱいはいりませんよ」
 博士は嬉しくて笑っているのですから。
 絹でくるむような声音で、そっとダテ博士の横に並ぶ。
「いかがです?」
「ああ…確かに、」
 嬉しくてkissの一つもしてやりたいよ。
 光がザザザと音がしそうな勢いで謙信の方に集まるのには苦笑して、政宗は後ろ髪を軽く払った。
「しかし謙信様、とはなあ」
――敬愛の対象としてもなかなか過剰ではないだろうか。
 考えたことが顔に出たのか謙信の眼差しは全てを見抜くのか。
「あなたのしょうねんとおなじですよ」
 アルトの声が笑いを含んでそう言った。
――小十郎は少年と言うイメージではないし、いやいやサスケは間違っても政宗様などとは言わないだろう。
 とは思うものの、何やらふと右目の裏に浮かんだサスケは満面の笑顔で、口にせずとも今にも『まさむね大好き』と言わんばかり。
――まあ、あまり人のことは言えないのかもしれない。
 政宗はムム、と口を閉ざした。
 謙信がくすり、と笑みを深くした。
『謙信様…あの少年とは…?』
 ふわり、と光が白い姿に寄り添う。
 謙信に話しかける声はどこか頼りなく、迷子の子どものようだ。
――自分の全て、と思う人が別の子どもを気にかけていれば、そんな気持ちにもなるだろう。
 政宗にも覚えのある感情で、サスケにいたっては子どもどころか大人や人工知能までムキになる始末だ。
 小太郎の時は意外にあっさりと受け入れたものだったが――
 今回はどうだろう。
 あの謙信の元で育った、光の子。
 未だ実体のない彼女は謙信の言葉に形の無い耳を傾け、アルトの美しい声が止んだ後まで聞き入っていたかと思うとひらり、端を翻して。
『甲斐原理統合5A式……あのヘラヘラした橙頭のヒューマノイドか』
――なかなか的確なコメントをした。
「Ah,Ange…」
 ダテ博士は一瞬口をつぐみ、
「あのな、サスケはそんな、あー」
 否定しようとして失敗した。
 口元に拳をあてて苦笑すると、光はばつが悪そうな声音で。
『…幸せそうな頭だと思っただけだ』
 フォローのつもりだったのか、ぶっきらぼうに言った。
 クスリ、と真珠を転がすように笑ったのは謙信だ。
「しあわせなのでしょう、しんから」
 心からなのか、芯からなのか、真からか。
 どれでもあってどれでもないのかもしれない。
 そう思わせる不思議な微笑で、謙信は透明な壁にそっと指を触れさせた。
 どこかで水音がした。魚も放たれた蓮の池の方だろうか。
 厚く繁った緑の上に射す光は、熱をもたらす照明とBASARA-eの放つ光。
 明るく暖かく、穏やかなこの場所に、風はない。
 ふと垣間見えたガラス壁の外は――静かに真白かった。
 音も無く風も無く冷たさも無く、画面の向こうの映像に似て、いつの間にか雪がちらつき始めている。
「なを」
 コトリ、と、大切なものを置くように。
「このこになまえをつけたのですよ」
 謙信の声が響いた。
「名前を?」
 聞き返せば、睫をそっと伏せて光を見つめている。
「あなたにならって」
「サスケのことかい」
『…サスケ、とまた言ったな』
 訝しげな声の色で光は揺らめいた。
『5A式にはそんな名前がついているのか?』
――そんな、の後にはっきり“変な”がつかないのが意外なほどの声音である。
 それが謙信にも伝わったのだろうか、ふわりと指先で透明な帳を撫でて。
「そのようにいうものではありませんよ」
 柔らかく諌める声に光がハッと窄まる。
「ま、そもそもが幸村の読み間違いが元だしな」
 しかもそのユキムラ・G・サナダ博士は未だにサスケを“5A式”としか呼ばないのだが。
「俺は気に入ってんだけど」
 苦笑気味に言えば、光はばつが悪そうにふわりと政宗の方へ寄ってきた。
『悪かった』
「気にするな」
 その光に上杉教授がどんな名をつけたのか、とダテ博士は左目を細める。
「けどな、サスケと呼ぶようになってから成長速度が上がったのではないか――ってサナダ博士も言ってたぜ?」
 言えば謙信はふふ、と笑った。
「かれだけではありません」
 貴方の大切な人の名を、つけたでしょう。
――言われて頭に描いたのは、今朝の騒ぎだ。
「ああ、あいつな」
 伊達の屋敷を守る二世代前の人工知能。
 その昔政宗の守役が置いていったもので、そのまま名前を受け継がせた。
「名前は選べよ謙信公」
 苦笑して肩をすくめる。
「呼んでるうちに、だんだん本人に似てくるからな」















5A式はブッシュ・ド・ノエルの天使にキスをする≫二





=閃国BASARA=top≪