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悪魔の姿をとった時は。 けれど少なくとも、魔法使いの格好でいた時は、カメラを構えた人は笑んでいただろう。 写真を見れば分かる。 あれは、政宗がまだ右目を失っていなかった年のものだ。 こたろー、と廊下の先で呼ぶ声が響く。 「何だろうな…PieにBombがしかけてあったとか…」 いやそれは無い、と自分で打ち消しながら、客間のドアを開けて覗いた。 「なあ政宗」 呼びかけられるのに目を向ければ、慶次がじっと見下ろしている。 「小太郎はものが食べられないって、」 「Yes」 問いに簡潔に頷き返せば、精悍なようで子どもの真直ぐさが垣間見える目の上、眉が寄った。 「どうした、難しい顔して」 「いや…前にさ、5A式の話を聞いた時と、違うなって思ったんだ」 今度は政宗の方が問うように、眉根をひそめる。 「ほらえーと、人間は頭と体とで考える。故に、」 故に人工頭脳とは、それだけでは人間の知能たり得ない。 「5A式の体は、そのために人間に近く作られているのでござる」 続きを引き取ったのはサナダ博士の声だった。 口で喋り物を食べ、息を吸って汗をかく、どこまでも人に近い感覚値をダテ博士は求めたのだ。 それだよそれ、と慶次は顔を明るくして頷く。 「小太郎も人工頭脳の型は同じなんだろ?そりゃ5A式みたいな体は作るの難しいんだろうけど、あれだって手足はドールとほとんど同じで機械を色々組み合わせてるって聞いたし」 政宗は、唇を引き結んだ。 「なのになんで、あいつの体は機械人形そのままなんだい?いつもの政宗なら頼まれなくても手入れそうなもんなのに」 その顎にかかった黒茶の髪を 何処の扉が開いたのだろう。十月末の、木々に溜められた蜜の甘さを含んだ空気が、ひんやりと頬の下を撫ぜていった。 「小太郎?…、何…」 廊下の一番奥のほうから、少年の声が風に運ばれてくる。 「庭の方のようでござるな」 三人で顔を見合わせて、とりあえずと庭に出た。 窓からもれる明かりと街灯の光の合間に、薄青い影が満ちていた。 日はすでに、沈んでいる。 「Hey,サスケ、 屋敷の奥側、寝室のガラス戸が開け放たれたのだろう、カーテンがはためいているその向こう。 橙色と紅と、赤毛の魔物の影が二つ。 政宗の作ったパンプキンパイを間にして、身を翻すようにくるり、円を描く姿が。 「まさむねっ」 吸血鬼の頭がこちらを向くと、狼少年の耳が持ち上がる。 ダテ博士が近づくのを見るや、パンプキンパイをサスケに預け、サッと前に出てきた。 「小太郎?」 政宗が歩み寄り何気ない調子で問うのに顔を向けて、狼少年はその後ろから歩いてくる幸村と慶次に気づいたようだった。 「……」 紅赤毛がきょときょとと動く。街灯の黄色味の強い光が、琥珀色になってその髪の上を滑る。 それを何か珍しいものでも見るような気持ちで眺めていた、政宗の手が、グイと引かれた。 「おい、」 狼に引っ張られるままに近づけば、パンプキンパイを両手に抱えたままの吸血鬼の困り顔。 「あのね、小太郎は」 小太郎は、サスケと政宗をかばう様に立ちはだかった。 「おーい、政宗?」 ゴーグル越しに見据えられた、慶次と幸村が、足を止める。 「風魔の、何があった?」 悪魔の蝙蝠羽をしょった男が戸惑ったように首傾げた。 小さな狼は両足で煉瓦の舗装と芝生を踏みしめ、獣の前足を広げている。 「……」 口をきかないのか、きけないのか、発声装置がその喉にあることは政宗も確認しているだけに、沈黙の意味は計り知れない。 けれど今、この子どもが自分たちを 「サナダの旦那、慶次、…パイ焼いてたときにね、」 言葉を切って、ちらりと政宗を見上げる鳶色の目。 「おれが言ったんだよね……えっと、その、」 まさむねのパンプキンパイ、よその子に持ってかれるなんて耐えられないーって。 『家の周りにトラップ仕掛けようかと思っちゃった』 政宗の脳裏に、昼間のサスケの明るい声が蘇る。 「…あれか」 どうやらサスケの切実な願いは、小太郎の中で重要な遂行目標となっていたらしい。 「なるほど、5A式の食い意地が原因にござるな」 幸村が得たりと頷いた。 ぐーきゅるるる。 食い意地では負けていない慶次の腹が、空気を読まずに大きく鳴った。 たははー、と笑ってマントの上から腹を押さえるインディアンの姿に、狼少年はじりりと芝生を踏みしめる。 唸れるものなら威嚇するように唸っていただろう。ふさふさの尻尾も膨らんだかもしれない。 確保対象、パンプキンパイ。 敵大将、前田慶次。 「…あのさ、小太郎、もう良いよ?」 おずおずとサスケが声をかけるが、ゴーグル越しの視線は慶次から離れない。 「よし!分かった!」 その拳がぽんと手を叩いた。 「5A式が良いって言ってくれる気持ちは有り難いけどさ、お前が独り占めしたいのは“政宗のパンプキンパイ”だろ」 「え…」 違うか?と問われてサスケは頷く。 「そりゃそうだけど、良いよ、慶次さんお客さんじゃない」 「いいや!もらったところで俺の腹はそのパンプキンパイ一切れじゃ収まらないねっ」 ちっちっち、とインディアンは指を振った。 「そこで、だ。解決方法は一つ」 その指をぴたりと立てる。 「小太郎と5A式で他所の家からお菓子をもらってくれば良いわけさ!」 俺はそれを食べるからっ。 「ええ?」 「……」 今夜はハロウィンなのだから。 にんまりと笑って、インディアンは政宗にウィンクなぞしてみせる。 「…良い考えだな」 「まさむね?」 政宗も笑って、サスケの手から型に入ったままのパイを取り上げた。 パンプキンパイの熱は程よく取れて、しとりとパイ皮もなじんだようだ。 「行って来いよ小太郎、このパイは誰にも食わさねえで置いといてやるから」 例え自分で食べるのではなくても、祭りは参加することに意義がある。 わしゃ、と紅赤毛をかき混ぜた。 「……」 小太郎は頷いたが、サスケは不安げに政宗を見上げる。 「でも、おれたちだけで外出て良いの?」 「すぐに追いかけるさ。戸締りしてから」 それに、と橙の頭に手を置いて。 「お前がちゃんと小太郎の手を握ってればな」 そう言えば、吸血鬼はきゅっと牙の尖る口元を引き結んだ。 「、分かった」 「……」 差し出された狼の前足を、白い手袋の手が握った。 何かずるっと抜け出されそう…などど呟くサスケに小太郎はパタパタと、『そんな事はしない』とばかりにもう片方の前足を振っている。 「いいか、Boys?車は規制されてるから大して走っちゃいねえだろうが道を渡るときは左右を確認。激突してくる子どもとか酔っ払いとかいるかもしれねえしな…明るい大通りを行けよ」 「はーい」 いってきます! 「……」 手を振るサスケと、びしっと敬礼する小太郎。 「よし!行ってきな!」 「すぐに追いかけるでござるよー」 慶次と幸村も手を振って、門の方へ駆けて行く二人を見送った。 庭から門、その向こうに続く一本道は見通しがきく。ぽつぽつと街灯が並ぶ真直ぐな小道の先に、街の灯りが小さく見えて、繋がった二つの影はだんだんと遠くなっていった。 「…慶次殿、手馴れてござるな」 急に静かになった庭に、幸村の声がぽつりと落ちる。 「いや、それほどでもあるかなーなんてっ」 そう言った慶次の声は明るく賑やかに響くが、さわさわと芝生の影を揺らす風に、浚われてすぐに消えて。 「何て言うかさ、」 続く声は少しトーンを落として、けれどよりくっきりと、政宗の耳に届いた。 「お兄ちゃんぶりたい年頃なんだろうな、あれ」 「…What?」 予想になかった言葉に、ぱちりと金の目を瞬かせる。 見上げる目に慶次は頬を掻いて、照れくさそうに笑った。 「俺が小さい頃さー、利があんな感じだったよ。すっげえくだらない理由でも両手広げて守ってくれて」 幸村も、むむむ、と口元を押さえて目を伏せた。 「なるほど、某にも兄がいるが…むしろ先ほどの5A式のようであった。いつも手を握ってくれたものだ…」 「俺には…」 昔、弟が、いた。 政宗はほろりと呟いた。 虫が鳴く庭で、風が急に冷たくなった。 「…やっぱり、礼を言っとくか」 キッチンへと向かいながら、政宗は慶次を見上げてニイと笑う。 「ありがとな、Doctor.前田」 ドクターと呼ばれたインディアンは、へ?と目を瞬かせた。 「俺なんかした?あ、衣装のことかい?」 政宗がクックッと笑う後ろで、幸村が微笑む。 「そうでござるな。しかしそれ以上に、小児科医ならではの推察眼を見せていただいた……というところでは?」 「Yeah,」 それでドクターか、と慶次も笑う。 快活な笑顔に政宗は目を細めた。 「小太郎が 先刻の何気ない、慶次の問いかけ。 ああ、と軽く医者は頷く。 「……、」 政宗は一瞬、唇の裏を噛んで、解いた。 地下へ降りる階段の前、足を止めて。 「小太郎はアンドロイドとして生まれたんじゃない」 灯りを落とされた暗がりの先には、彼の研究室がある。 「“風魔”を隔離するために、体を与えたんだ」 暗闇に、金色の一つ目を向ける。 「サスケもそうだったが、風馬のAIは大容量のCPUにつながれてた時期があってな」 すぐに足をまたキッチンに向けて、政宗は振り返りもせず話を続けた。 「あー…、」 覚束ない表情の慶次に、幸村が説明を加える。 「人工知能の動きを見るのに最初から体は用意できないのでござる。聞くとか見るとかいう感覚値の入力も、取り付けられた機械の腕を動かしたり、しゃべったり 「Ah-,つまり、コンピュータがあいつの体だったわけだ」 ははあ、と慶次が頷いた。 「風魔の開発に取り組んでたのは、風馬チームという名の研究グループで」 「甲斐の虎の息子と、北条の娘だろ?」 慶次がBASARAタワーに住むようになったのは、5A式の体が稼動する少し前の事だ。 生まれたときからタワーにいた政宗や幼いころから研究施設にいた幸村にしてみれば新参者だが、持ち前の顔の広さか様々な情報が集まるらしい。 「その風馬チームのCPUが…ウィルスにやられたんだろうな、やっぱり」 「一番可能性が高いのはそれでござろう」 ウィルスかバグか、何らかの要因で風馬チームの甲斐原理式AIは枷から放たれ、外部に腕を伸ばし 「タワーの機密に『閃』の管理情報 政宗はバスケットを棚から下ろし、トン、とダイニングテーブルに置いた。 「閲覧禁止って、おいおい」 どこまで話が大げさに、と目を向けても、サナダ博士さえ真面目な顔で頷いてみせる。 「Yes,本当だとすれば…国家機密クラスのもんもあっただろうさ」 「そんなこと出来るのかい?」 慶次は眉を寄せ目を天井にやって、怪訝そうな顔だ。 タワー末端の小児科医でも、それらがBASARAタワーの専門家チームが数ヶ月かけて組んだプログラムに幾重にも守られていると知っている。 「理屈としては可能。調査団のレポートはあくまで仮定に基づいた机上の空論で、……同じようにコンピュータに直結されていた5A式に同じことができたとは、とても思えぬが」 幸村は軽く頷いて見せた。 「第一、侵入されたと覚しき側にその痕跡があっただけで それがウィルスの暴走のためか、禁則事項を保有した他のコンピュータの防御機能に触れたためか、人の手によるものかは、突き止められていない。 ピュウ。と、政宗は口笛を吹いた。 「…流石にお前の方が事情に詳しい、か」 息子亡き後、原因はそればかりとは限らないにせよBASARAタワーとの契約を打ち切った武田信玄に最も近しかったのは、誰の目から見てもユキムラ・G・サナダ博士だ。 しかし幸村はゆるく首を振った。 「お館さまのご心中、その背景 信玄の近くにいればいかに幸村が信玄公以外に目を向けようとしなくても、様々な噂を耳に入れる者は多かっただろう。多すぎたことだろう。 しかし信玄本人の口から事の顛末を聞くことが出来る者がいるとすれば、幸村よりも先に 「風馬チームの作った甲斐原理式AIは凍結された。原因が解明される前に開発責任者が二人とも、いなくなったんでな」 「しかしそれでなくとも、原因は突き止められないだろうと思われていたのでござる」 風魔は、北条家で半永久的に眠りにつくはずだった。 「…なるほどね」 ハア、と慶次がため息をつく。 「それで……でも一度は、凍結されちまったんだろ?」 「Yes,それから何年も」 その目の前に、ジンジャーマンクッキーを一つ、差し出して。 「話が動いたのは、Dr.サナダの甲斐原理式AIを ダテ博士はそれを慶次の大きな手に落とした。 「あいつを見てな、北条のご老体が言い出したんだよ」 風魔を目覚めさせる方法がある。 コンピュータネットワークに直に接し得ない体への移植。 考えようによってはCPU以上のスペックを持ち、人の目で行動を監視できる入れ物へ。 電気信号でなく、外で動かせる手足を。 それこそ5A式のような有機体の体なら理想的だろうが、直ぐに用意できるものではない。 「ってのはさっき慶次が言った通りだ。だがドールならちょうど数も増え始めただろ?」 もう一つ、クッキーが慶次の手に落ちる。 巷に普及しつつある機械人形なら演算機を内蔵することになるとしても、管理のため無線接続の機能は搭載されていない。 「そうなの?」 食べることも躊躇われたのか、二人のジンジャーマンを手に慶次は首を傾げた。 「今のところはな。少なくとも小太郎のBodyになったやつはそうだ」 接続コードででもつながれない限り、風魔が他のコンピュータに直に介入することはできないのだ。 「上層部は風魔を起動するってだけでそりゃ渋ったが…ネットを完全に遮断した環境で移植を行うことと、事件当時の北条や武田に関係のない、俺が、移植作業と監視の全責任を負うことで話がついた」 「何より、いつ何の事故で目覚めるか分からぬ風魔をコンピュータに繋いでおくより、できれば隔離してしまいたいというのが本音でござろう」 慶次が息を吐く。 「だいたい分かったけど…だからって、風の魔物、かい」 学者ぞろいの『閃』でねえ、と呆れを含んだ声。 「勝頼殿が亡くなって、可奈姫殿が失踪された頃からであったな…そう呼ばれるようになったのは」 「信玄公の息子は、事故だって?」 「ああ。…だが、もっと悪い噂も聞いてるんじゃねえのかい?」 政宗の問いに、どう聞いているのか事情通の男は目をそらす。 「研究者としての生命は絶たれてたからな。あれがCPUの管理不備でも実験室での重大な事故でも、……マスターの命令だったんだとしても」 「命令って…」 慶次の背で髪が揺れた。 事故でなく操作した者がいるならば、犯罪の領域だ。 「そんな憶測もあったさ、当然」 「後者の可能性を疑って、関係者皆に 「北条の爺さんのとこにも」 いまだに名門、と言われていても、しばらくは半ば監視されていたようだと政宗も聞いている。 「結局目覚めた小太郎の中に、事件当時の記憶や記録は存在しなかった。つっても俺にも移植作業以外は許可されてなかったから、調査の連中が口頭試論しただけだが」 小太郎がしゃべらないのは幸いなのか、不幸なのか。 「残り二人の当事者がいないんだ。…真相は闇の中」 焼き菓子を詰めたバスケットの、蓋をパタンと閉じる。 「ただ決して、何一つとして、“風魔”のせいではない。と」 幸村が、わずかに微笑んだ。 「お館様はそう仰っておられました」 「北条の爺さんもな」 ドールに移植すれば小太郎を目覚めさせられると閃いた、あの時のご老体のはしゃぎ様を思い出して政宗は優しく苦笑する。 『ユーレカじゃ!伊達の小倅!!』 慶次はじっとジンジャーマンクッキーを見て、おもむろにパクリと口にした。 サク、と音が響く。 「んまい」 一つ、頷いて。 「 だったらそんなさ、昔話に辛い顔しなくたって良いじゃん。 「…別にしてねえよ」 政宗の左目が、ぎろりと慶次を睨み上げる。 「してたよ」 慶次はクッキーをくわえたまま、呆れたような半目で政宗を見下ろす。 「まあまあ、二人とも」 幸村がとりなす様に言うのに、視線を移して、政宗はふっとまぶたを伏せた。 「結局それで 「…そっか」 慶次はクッキーを飲みこんだ口元を引き結び、「ごめん」と頭を下げた。 「謝るこたねえだろ」 苦笑して、菓子の詰まったバスケットを押し付ける。 「出るぞ。あいつらが迷子になる前に」 「あ、それなら 慶次がバスケットを受け取って、顔を上げた。 「“風馬”と呼ばれるはずだったAIが“風魔”になったのは、正式な書き換えがあったからなんだそうだ」 歩きながら政宗が言うと、幸村は「初耳でござる」と瞬きし、慶次は吹く風にマントの前を合わせた。 「書き換えたのは、失踪する前の北条可奈姫」 「なんと…」 街灯がポツポツと並ぶ、林の中の小道はすっかり暗くなっている。 「俺も最近になって小太郎に聞いた。今くらいの季節だったそうだ」 正確には小太郎にではなく、小太郎に聞いたサスケに聞いたのだが。 「北条の爺さんに確かめようか、迷ってたんだが 「いや、でもそりゃあ、」 慶次が精悍な眉をひそめて、手の中のバスケットを抱えなおす。 「いきなり爺さんに聞いて、頭に血が上って 「そうだな」 それを聞いた時は政宗もどんな顔をすればいいのか分からなかったし、サスケも何とも言い難い、不安げな表情をしていた。 小太郎は折り紙でぴしりと美しい鶴を作り上げてから、やっと二人の視線に気づいて首を傾げたものだ。 多分、よく分かっていないのだろうと、その時の政宗は思った。 「その北条博士ってのは、そういう人だったのかい?」 「I don't know.…でもひょっとしたら、むしろ」 暗い道に、黄色の、橙色の、琥珀色の光が差す。 大通りが近い。 「Halloweenだ」 「へ?」 道の先に、行きかう影が見える。 それぞれに魔物や妖精や、何かに化けた衣装をまとって。 「Halloweenで子どもが魔物に身を窶すのは、死霊に攫われないようにするため。…なんだろ?」 「ほほう、そのような意味が」 サナダ博士の感心したような声に、政宗は親指で隣のインディアンを指した。 「こいつが情報源だ」 タワーで古い衣装を捜していたときに、四方山話の一つとして聞いたのだった。 「しかし、それでは…慶次殿の格好は意味がないのでは?」 魔物ではないただの民族衣装もどきに目をやり、政宗に目を向けて、幸村はコートの上から装着した悪魔の羽根をクイとひっぱる。 「某は大人なのだから取り替えるべきでござる」 政宗殿に譲りましょうぞ。 「いや、姿を変えれば何でも良いんだろ。それに俺もKidじゃねえよ」 「……」 沈黙と、黒い瞳と、黒い羽根。 「…そうでござったな」 「Hey,Dr.サナダ、今の間は何だ?」 ぷっと慶次が噴き出し笑う。 「…慶次」 幸村は確実に慶次も子どもの枠に入れただろう。成人しているとはいえ一番張り切った仮装である。 お前も怒れ!と睨みつける金の目に、慶次は目じりをぬぐって手を振った。 「悪い悪い、いやよく覚えてたな」 「さっき思い出した」 そっけなくそう言って、政宗は街の灯かりに目をはせる。 「だから、」 「…だから?」 その目で、空を見上げて。 「……Dr.北条が小太郎の名前を書き換えたのは、そう意味かも分からない、だろ?」 攫って行ってくれるなと、子どもの姿を魔物に見せる、母の姿が不意に浮かんだ。 「仮説。お前のおかげで思いついた」 Thanks,と呟けば目を見開いて政宗を見ていた慶次が、照れたように笑って頭を掻いた。鷹か鷲か、インディアンの羽根が落ちそうだ。 ちらりと見れば幸村は目を細めて、やはり政宗を見ている。 「確かに……なるほど、風の悪魔とは何を思ってつけたものかと思ってござったが」 その言葉に、何故か引っかかるものを覚えて。 (何だろう、でも) 風の魔物、と先刻慶次は言っていた気がする。 「……Devilはあんただろう?今は」 渇く喉でそう返せば、黒い黒い蝙蝠羽を背負って、幸村は優しく笑った。 「まったく、学者や研究者などと呼ばれる御人には存外、縁起を担ぎたがるものでござるよ」 お館さまも大安吉日などよく気にしておられますゆえ。 その微笑があまりに和やかで慰めるようで、政宗は頬を膨らましたくなるが 「政宗」 あれ、と慶次が指差す方。 道の向こうの、大通りの向かいの店の前に、橙頭にシルクハットの吸血鬼と紅赤毛に大きな耳を生やした狼男。 小さな手を繋いで、どこで貰ったか菓子の入った布の袋を掲げて、ブンブンと振っている。 あんな髪の色はこの辺りで滅多に見ない。 それでも今日は、道行く人も二人を仮装した子どもとしか見ないだろう。 「あ。また飴玉貰ってるよ」 「小太郎の方はボロボロ落としているようでごさるな」 「Ah…手つないだまま拾えるわけねえだろ…Hurry up!」 足を速めて、目指す先の色に、一瞬目をつよく閉じる。 違う、違う、違う。 (風の悪魔?) 遠い昔か、別の何処かか。 今とも此処とも、まるで関係のない闇夜の記憶が、右目の裏に回りだす。 血濡れたような紅色の髪を、夢に見たのはいつの日か。 記憶の欠片は切断されたフィルムのように、順列も覚束ない。 冷たいばかりのその声が、自分を呼ぶ秋風のような声の記憶の、前なのか、後なのか。 (俺もお前も、同じ穴の狢だろうに) 嘲るように答えたのは、夢の中の自分か、夢を見ていた自分か。 けれど闇の中で、確かにその気配が揺れた。 悪魔に、殺されかけたのだという男はそのまま沈黙して。 いつもは饒舌なその声が、聞こえないのが息苦しくて。 (御忠告痛み入る 闇に沈んだ中での問答。 見えるのは、冷たく光る鳶色ばかり。 「まさむね、かわいーっ」 「…ぁあ?」 思わずドスの効いた声で応じれば、きらきら輝く鳶色の目。 その目が何を見てそう言ったのか、問い詰めるまでもない。 「いいか?サスケ、背中に白い羽根つけたからって人間Angelにゃなれねえし、可愛くもならねえんだよ」 屋敷を出る前、慶次が荷物の中から白い翼を持ち出したのだ。 幸村の背には悪魔の羽根があるのだから、当然セットであるべきだとでもいうような顔で、天使の羽根は政宗が背負うことになった。 「まさむね、天使みたい!」 「お前、話聞いてたか?」 「聞いてないみたいだな」 「聞いてないのでござるな」 「……」 吸血鬼とは天使にうっとりするものだったろうか。 しかしそれを言い始めたら、狼がインディアンにキャンディを献上している姿もおかしいという事になる。 「……」 天使と悪魔にもとっておいてくれたらしい。チョコレートの包みを一つずつ差し出された。 「Thank you」 「頂戴いたす」 撫でた髪は、琥珀色の光を乗せた綺麗な紅色で。 決して血の赤には見えない。 AIを移植して起動させた日。開くまぶたすらないゴーグルの奥、センサーが僅かに光ったその時も。 サスケを呼んで会わせた時も、政宗はこの小さな紅赤毛を、夢の中の誰かと照らし合わせようとは思わなかった。 悪魔と呼ばれた男を眠りの中に見たのは、もう何年も昔、入院塔にいた頃で。 関わらない方が良い、と。 「まさむね、まさむね、おれのもあげるっ」 白い手袋に淡い空色の包みが乗せられて、しゃがんだ政宗の目の前に差し出される。 その幼い顔を、じっと見つめた。 (けど…本当は?) 「サスケ」 あの男は、何が言いたかったのか。 「お前、小太郎のこと 「んー?」 呑気な声で返事をする、黒で覆われた細い手足も闇にそぐわない。 「…好きか?」 サスケは政宗に差し出していた包みを、自分でペリペリと開きにかかっていた。 空色の包みの中から、鮮やかな夕焼け色が現れる。 「うん」 意外なほどあっさりと、キャンディの包みを開くより簡単に、サスケはそう言って顔を上げる。 「だってまさむね、小太郎のこと好きでしょ」 丸い玉を指でつまんで、政宗の唇に押し付けて。 「それに小太郎は…あんたの味方だもの」 思わず開いた歯の隙間から、それはコロリと舌の上に落ちてきた。ひんやりと冷たい。 口元を押さえた政宗に、サスケはへらり、と笑って見せる。 「まさむねったら、変なの」 「…そうだな」 こつんと額をサスケのおでこにぶつけて、政宗は淡く笑んだ。 口の中の玉の、目に焼きつくような鮮やかな色。 そのオレンジの味がするかどうかも、分からないほど。 闇の中で揺れた影が、本当は、何と言おうとしたのか。 ……いつだって、心を見せないのは御互い様だった…… 知ることはできないだろう。けれど。 (良いさ、何だって) 「…守ってやるよ。二人とも」 小さく小さく呟いた。声が届いたか届かなかったか、鳶色の目が間近で瞬く。 「……?」 不思議そうに近づいた狼を片腕で引き寄せて、吸血鬼をもう片腕にぎゅうぎゅうと抱きしめた。 (守りたいんだ…) それは夢の中の、誰かの幻のためではなくて。 あの日の自分を慰めるためでも、決して、ない。 ずっと後ろを歩く白い翼と黒い翼と、茶混じりの羽。 悪魔はカメラを構えて、鳥の羽を頭に飾ったインディアンはバスケットの中のクッキーを子ども達にたかられて。 サスケが振り返れば、軽く顎を引いてわずかに笑む、目つきの尖った天使の姿にこちらも満面の笑みになる。 「ねえ、小太郎」 「……」 カツカツと足の下、新しい靴が鳴った。 「小太郎はまさむねの味方だよね」 「……」 昔、あの天使が似た衣装を着た時もこうだったんだろうかと思うと、その足が浮くような心もちがする。 「北条さんより優先、とは言わないけどさ」 「……?」 「ん?んー、小太郎にはね、妬かないの。おれは」 けれど。 「だってほら、おれと小太郎は“兄弟みたいなもの”なんだし…」 タワー上層に煙る懸念は、サスケだって知っている。政宗がそれを二人に聞かせたがらないことも。 だからたとえ魔物であっても、ひょっとしたらココロの無い作り物であっても、少なくとも。 「おれたちで、ずっとそばにいて…政宗を守らなきゃね…」 こっくりと、嘘のつけない狼少年が頷いた。 ……けど、本当は…… (本当は…?) 「……、」 突然、グイ、と手を引かれた。 「?なに、小太郎」 「……」 どうやら狼は広場の巨大なジャック・オ・ランタンに興味津々なようだ。 磨かれたゴーグルが街の灯のせいか内なるもののせいか、キラキラと光っている。 「あ、うん、かぼちゃね…えーと…あ!まさむね、小太郎がカボチャ見たいってー!」 狼男の腕に引っ張られて。 ぐらり、地面が揺れた気がした。 ……本当は…… 血と死と闇と、災いに塗れた存在。 本当はあいつにだって、俺様にだって、こんな風にかまわない方がいいんだよ、と。 あの時、言わなきゃいけなかった。 なのに、自分の事をそんな風に言うから。 あんたは俺たちとは違うのに。 哀しそうな寂しそうな目をまぶたに隠して、口元に笑みを浮かべて。…そんな顔を見てしまったから。 ……言えなかった…… 会うなとも、もう会わないとも。 ……本当は、言わなきゃならなかった…… (本当に、) (ああ、何か、お腹の上が痛い) 「こたろー、ちょと待って…急に走るとお腹が痛いよーな気が…」 ぴたりと立ち止まった狼にぼん、とぶつかって、よろけたのは吸血鬼ばかり。 心配そうに覗き込む紅赤毛の頭の、ずれた獣耳に苦笑して。 「サスケ!小太郎そこでつかまえとけよー!」 タワーの小児科医の、通りを渡る大声に、やれやれと肩を落とした。 振り向けば、それでも真っ先に駆け寄ろうと足早に先頭を来るのは、右目を眼帯と前髪で隠した左目の眼光鋭い、優しい、大切な。 「……」 落ちたシルクハットを拾ってサスケに渡しながら、小太郎は僅かに唇を動かした。 「ううん、大丈夫。痛いかなと思ったけど多分気のせいだから」 だから、まさむねにはナイショね? こっくりと頷いて揺れる、紅色の髪に目を細める。 本当は、何か思い浮かんだ気がしたのだけれど。 あの人のそばにいるために。 5A式は思考に蓋をして、狼男の魔物の手を、強く握った。 了 |