風馬チーム以来唯一形になった甲斐原理式AI。それを組み込まれた5A式ヒューマノイドはダテ博士の傑作であるに止まらず、甲斐原理=武田理論の申し子と呼ばれるサナダ博士にとっても最高の研究成果と謳われている。
 幸村自身は目の前の研究に没頭する性質なので、そうした周りの評価をどのように思っているのかは窺い知れないが――
 その足元に置かれているのは政宗にも見慣れた機材ケースだ。
「記念事は欠かさず記録せよとお館さまの薦めでもありますゆえ」
 少なくともビデオカメラを持参しての観察に来るほどなのだから、彼にしてみれば5A式は『研究成果』ではなくまだまだ『研究対象』なのだろう。
――もしくは子どもの成長記録をカメラに残したい若い父親のごとくに見えるのだが。が。
「悪いがな、Dr.サナダ…ハロウィンの衣装が間に合わなくて今日は家の外に出る予定も無ェんだ」
 つまり普段と変わりの無い記録しか取れないのだ。
 と、第五緑地居住区からこの第三緑地居住区まで馳せ参じた研究者に言ってやれば、またきょとんとした表情を返される。
「しかし前田殿は」
「前田?利家か?…おいお前ら、ちょっと立たせろ」
 自分の膝の上で青い綾のやり取りをしている橙頭と紅頭に両手を置いて、ワシャワシャと撫でた。
「はーい」
「……」
 珈琲はすでに冷めていた。パンプキンパイも良い頃合に粗熱が取れているだろう。
 しかし幸村の口から出た名前が政宗を引き止めた。
「いや、慶次殿にござる」
「Han?慶次ィ?」
 彼とはさして接点の無かった筈の名前。
 眉を跳ね上げてズイ、と身を乗り出す政宗に、幸村は慌てて口にしていたジンジャーマンクッキーを口に詰めて飲み込んだ。
「ゴフッ、…ち、治療塔小児科の、前田慶次殿が」
「Ah,悪かった、ええと」
「はい旦那、水」
 タイミング良くカップが差し出される。
 中身を飲み干して幸村はふう…と落ち着きを取り戻した。
「うむ、すまぬな5A式」
「いえいえお礼は小太郎に言って」
 小太郎の前に置かれていたカップなのだった。
「有りがたく頂戴した」
「……」
「んで?慶次が何か言ってたのか?」
 ソファーに座りなおして政宗は小首をかしげる。
 確かに数日前タワーにある伊達名義の倉庫を探した際に、慶次にハロウィン祭の話はした。
 当時の写真を見せてこういう衣装を探しているのだと言えば、『へーえ可愛いねえ!誰このお嬢ちゃん。え?政宗?あーなるほどやっぱり政宗は昔っから美人さんだったんだなあ』などと何時ものようにhappyな軽口――としか政宗には聞こえない言葉を並べ立てながら、休暇の午後を返上して手伝ってくれたのだ。
 BASARAタワーの中で小児科は学舎の次にハロウィンに馴染みがあるらしく、昔タワーを離れてあちらこちらの祭りに飛び入り参加していた体験談も交えて、若い医師は色々と教えてくれた。
 結局見つかった衣装は汚れてほつれ、一つも使い物にならなかったが、快活に笑って『いやいや、諦めちゃそこで終わり!ってね。楽しい祭りになるよう俺も協力させてもらうよ』とも言ってくれていたのを覚えている。
『楽しいことは、参加することに意義があるのさ』
――ハロウィンの日に遊びにでも来るのだろうかと単純に考えていたが、今思うと、何やら不吉だ。
 不吉。
 一つの分野に対して論理的な考えを貫き通せる人間が実生活において迷信深い一面を持つことはままあるが、この場合ダテ博士の言う“不吉”は経験的予測からなる。
「何か申していた、と言うより…」
 幸村は脱いでソファーの背にかけていたコートのポケットに、順繰りに手を突っ込んでいった。
「斯様なものを作って投票を募っておりましたが、政宗殿の指示では?」
 おお、あったあった。
 それは白色が裏打ちされたフィルムシートだった。

“BASARAタワー所属・伊達研究所緊急アンケート
 〜甲斐原理統合5A式ヒューマノイド『サスケ』の情緒面テストのため、
 来たる10月31日ハロウィン祭の仮装案を募集。”

――何だコレは。

 明らかに何処かで見たようないつか小児科のカルテで見たような字の下に、数枚の写真が並んでいる。
 以下より選べといった所だろう。
 政宗の両脇から、橙と紅が覗き込んだ。

 一枚目。手足に口元も額も包帯でぐるぐるに巻かれた――おそらく透明人間のつもりなのだろう、包帯の間から覗く大きな目と後頭部の茶色い尾のような髪が無ければおよそ誰だか判別もつかないような、まだ五つにも満たないような幼子。
 二枚目。同じ茶色い髪にしっぽ、しかし腰にもふさふさの茶色い尾に加え、大きな獣耳と手足に獣の四肢を被り、そのまま森に駆けて行ってしまいそうな躍動感を写真の外にまで伝える少年狼男。
 三枚目。黒髪に先の折れた青いとんがり帽子を乗せて、少し長すぎるローブを引きずり――帽子のつばを右手で少し下ろして顔を隠そうとする、はにかんだ表情の小さな魔術師。
 四枚目。首元から細い腕も足先までも黒で覆い、背には蝙蝠羽と腰から揺れる尾も黒づくめ、メリノー種の羊に似た角は銀色。幼いようで人形めいた白い顔の右側は茶色がかった黒髪で隠され、左の瞳だけが金色に輝いている――まさに小悪魔。
 五枚目。同じ黒は黒でもこちらは燕尾服と小さな頭に合わせたシルクハットという正装に、闇色のマントを翼のごとくに纏っている。この小さな紳士が魔物だと言うことを現すのは吊り上げた口の端から覗く、細く尖った牙だけだ。金色の左目を細めた吸血鬼は、こちらを見て笑んでいる。
 以上の五枚にあわせて、小さなイラストが一枚。
 緑の三角帽子に羽を飾り、褪せたような緑の服にブーツを履いているそいつは、旧暦に北欧で生まれた児童文学の妖精だ。その名も『嗅ぎ煙草を吸う男』。

 どれもこれも、酷く見覚えがあった。



『5A式を祭りに参加させるのはまた何かのテストかい?』
『あ?ああ…そりゃ情緒系の反応値に判断速度、対話能力の測定とかはな』
 サスケが政宗や幸村以外の人間と接する機会は少ないのだから、データとしては貴重には違いない。
 しかしその辺りは後で解析すれば良い事であって、政宗としては単にサスケに祭りを味あわせてやりたいだけだったりする。
『タワーにいた頃はな、部屋から連れ出すにもtest名目で申請しておかないと――上が煩かったんで、そういう事にしてただけだ』
『へえ…そうだったのか』
 初耳だ、と瞬きする男は、そうしたタワーでの事情に疎い。
 二年前に師試を受けるまではせいぜい叔父夫婦の元に遊びに来る程度だったと言う。
「でも上層部が細かいのは利やまつ姉ちゃんにも聞いてたからね。どうしたら良いかな〜と思ってたら、役務課の娘が研究所名とか書いとくと良いって教えてくれたわけさ」
 男のポニーテイルに飾られた陽気な羽根がゆらゆら揺れるのに、恐ろしく尖った金色の視線が射落とさんばかりに突き刺さった。
「それでお前は勝手に伊達研究所を騙ったのか?Ah-n?」
 脚を組んでどっかりとソファに座る政宗の前に正座させられ、明らかに叱られている体勢の前田慶次であったが、まるで悪びれた様子も無く頷いて見せる。
「こういうのはこっそりやって吃驚させなきゃ意味が無いからね!」
 政宗は眉間のしわに指の背を当てた。
――前田夫妻の苦労が偲ばれる。
 フリンジつきマントなぞ纏ったインディアンの仮装をして、滑らかなフローリングの床に正座する男の後ろには、臙脂のセーターというごく日常的な格好の幸村がぴしりと立っている。
 見張り、と言うよりこちらも怒られる側の顔だ。
「申し訳ござらぬ。某も政宗殿に確認をとるべきでござった」
 明らかに幸村の幼少時代である二枚の――透明人間と狼男の写真は、彼が提供したものらしい。
「幸村のとこにも古い仮装の衣装があるって聞いたからさ。あるものを作り直す方が早いだろうと思ったし頼みやすいから、その辺で投票してもらったわけだ」
 六枚目はまあ洒落だったんだけど。
 と、最後は独り言のように言ってペイントを施された鼻を掻く。
「Wait,つまりお前はこれで票を募って、人気があったあの衣装を直してもらったわけだ」
「まあね」
「Dr.まつに?」
 すると慶次は「違う違う!」と手を振った。
「医療塔の事務の娘たち中心に、そういうのが上手い娘が有志でやってくれたんだよ」
 人気だねえ5A式!
 人気があるのがサスケなのか慶次なのかは知らないが、と――第一候補としてまず自分に人気があるとは思っていないダテ博士は考えた。
 『娘たち』と言うからには複数で縫ったのだろう。
――先刻目にしたあの一着だけを?
 政宗は胡乱気な顔で、金色の一つ目を慶次の持ってきた荷物に向けた。
 明らかに、多い。
――まあそれは追々問い詰めていくとして。
 政宗は自分と幸村の幼少時代の写真が乗った、そのフィルムを見た。
「…集計はWebnetじゃなくてPaperでとったんだな?」
 確認すると、鷹の羽がくくり付けられた頭がこくりと頷く。
「ネット上に流すのはやばいだろと思って」
 自覚はあるらしい。
 政宗はこの浮かれインディアンに何と言ってやったものかと考え親指で唇を押さえた。
 勝手な真似しやがってと思う反面、確かに、正直、ありがたいという気持ちが――
「肖像権C項で訴えるよホント」
 不機嫌な声とともにリビングのドアが開いた。
 オレンジの髪に大きな獣耳、茶色の毛並みを持った上は袖なしタートル、下は短いズボンで同じ毛色の尾が生えている。
 橙頭のオオカミ少年がそこにいた。
「おっ、」
「なんと」
「……Wow,」
――誰か、カメラ持ってこい。
 三人の心が一つになった瞬間、小太郎の手の中で小さな写真機がフラッシュを焚いた。
「Hey小太郎、撮るなら俺らじゃなくてサスケをだな」
「……」
「ありがと、小太郎」
 笑顔でハイタッチしているところを見ると、どうやら大人三人の間抜け面を写すための策謀であったらしい。
「そうそう、某は機材を用意していたのでござった」
 我に返ったサナダ博士も動き出す。
「俺も撮るから政宗と一緒に並んでくれよ」
 どこからともなくカメラを取り出したインディアンに、紅毛に笑顔を向けていた5A式はうって変わって冷ややかな目を向けた。
――嫌だって言ったら?」
「え」
 5A式の大事なマスターの幼少時の姿をBASARAタワーにばら撒いた犯人は、愛嬌のある顔を強張らせてそのマスターに助けを求めた。
 焦った視線に政宗は肩をすくめて見せるしかない。
「そこを何とか!」
「Ah〜…サスケ?」
 呼びかける。と、狼少年はむうと唇を尖らせた。
「…まさむねのちっちゃい頃の写真なんて、はじめて見た」
(まだ言ってやがる)
 前田慶次作のアンケート用紙を見た反応からして、自分の名前よりそちらに釘付けだったサスケである。
 それでなくても政宗は自分の写真を撮らせるのを好まず、この昔の写真もやっと掘り出してきたのだ。サスケが見たことがあるはずもない。
 唯一のそれを、衣装を探したついでにくれと言われて慶次にやったのだったと言えば、ずるいずるいと地団太を踏んでいた。よく着る気になったものだ。
「頼むよ、縫ってくれた娘たちに申し訳がたたない」
 慶次の顔は狼少年に向いた。
 抵抗も無く着て見せたのだから仮装が嫌ということも無いだろう。写真をタワーの女性達にばら撒かれるのを嫌がるサスケでもない。何しろ創り主とともに顔貌は知れ渡っている。
 5A式の身体のサイズなど背丈から身幅から、親指の長さにいたるまで報告書を検索すれば分かってしまうのだ。今着ている衣装がぴったりなのがいい証拠であろう。
――つまり単に、拗ねているのだ。サスケは。
 と、考えたマスターは甘かった。
「写真がないと困る?」
「困る」
 頷くインディアンの頭ので、作り物の羽が無心に揺れた。
 ニイと笑う狼少年の口元に、作り物の牙が覗いた。
「じゃあ政宗の写真の原本はおれにちょうだい。あとアンケート用紙全部回収してきて処分して」
 一枚でも残したらただじゃおかないからね。
 毛むくじゃらの手袋に覆われていて分かりづらいが、腕を伸ばしぴんと人差し指を立てたようだった。
――どこでそんな交渉事を覚えてきたのだ。
――いやいやその前に、どうしてそんなに写真にこだわるのだ。
 政宗としては聞きたいことは山積みであったが、話のまとまった二人は手を打ち合わせてすっかり笑顔だ。
「よし、分かった!任せておきな」
「頼んだからね」
 インディアンと狼の結託した瞬間であった。
「じゃあ残りの二着も着てくれるかい?」
「しょうがないなぁ、慶次サンの顔も立ててあげないと」
「だからお前はどこでそういうこと覚えて…What?」
――残りの二着?
「5A式よ、某の家を探せば政宗殿の幼少の写真が出てくるに違いないぞ」
 幸村がカメラを手にサスケを手招きした。
 首を傾げる政宗に共感しているのは、同じように首を傾げる小太郎だけのようである。



 狼男、八票。
 嗅ぎ煙草の男に八票。
 さらにもう一種、同じく八票勝ち得た衣装があるらしい。
「いやー票が見事に割れちゃってね」
 つまりはそういう事であった。
「Ah…統計取るのに被験者が少なかったみたいなもんか」
「だからって素直に三着とも作らなくても良いのにねー」
 だからって素直に二着目を着た者の言うことではない。
 サスケが褪せた深緑のオーバーコートに袖を通すと、小太郎が背中の釦を下から順に留めてくれる。
 普段は額を見せて後ろにほわほわと流れている髪を政宗が櫛で梳いて下ろし、帽子を被れば完成だ。
「慶次。ハーモニカ」
「え」
「え、じゃねぇよハーモニカが無くてどうするんだ!」
 真剣な顔でのたまうダテ博士に、「まさむねは完ぺき主義だから」と橙色の髪をしたスナフキンがのほほんと笑った。
「某はかぎ煙草が要るかと存ずるが」
 こちらも真面目そのものな様子でサナダ博士が言い、どこからか本を持ってきた小太郎がこっくりと頷く。
「みんな案外ノリノリだな」
 他人事のように笑って慶次はカメラを構え、ふとそのレンズを橙赤毛から紅赤毛に向けた。
「えーと…小太郎っていったっけ?そっちの」
「……」
 無言で頷く少年に近づき、しげしげと眺める若者もまた少年らしい好奇心いっぱいの目元をしている。
 飛び級という早道と放浪という回り道を混ぜて現在二十一歳。研修医にしても少々若い感のある慶次だけに、仮装などした日には大きい子どもに見えてくるようで、政宗は口元の笑みを手で隠した。
「聞いたよ。北条の爺さんの秘蔵っ子だろ」
「……」
 小太郎がこれには首を傾げて本を閉じる。
 『秘蔵っ子』の意味をつかみかねたようだ。
 秘蔵されていたには違いないが、子、とつけるだけでずいぶん意味合いが変わってくるものである。
「やっぱりちょっと5A式に似てるなあ」
 わしゃわしゃと紅赤毛を撫ぜる慶次の手つきは流石に小児科で慣れていると見えた。
「似てるか?」
 今度は首をかしげたのは政宗だ。
 確かに年恰好や背丈はまるで同じだが、赤毛の髪もほわほわした橙と少しぱさついた紅色で、何より小太郎の方は顔の半分近くをゴーグルで覆っているのでそうそう似ては見えない。
 何より小太郎は大人しく、サスケはどうにもじっとしていられない性質のようだ。
 今だって小太郎はされるがままに慶次に撫でられていて、サスケはと言えばカメラの調子が悪いと弄っている幸村のそばに駆け寄りああでもないこうでもないと口出ししている。
 いやだって、と慶次はそのよく動く緑の帽子に目をやりながら。
「去年見たときはあんなじゃなかっただろ?」
「あんなって何だ」
「あんなって何!」
 政宗の問いにかぶせてサスケが振り向いた。
 首もとのスカーフと緑の帽子の羽が揺れる。
 軽やかな所作とくるくると変わる表情。確かに一年前にはなかったものかもしれない、と政宗も目を細める。
 目覚めてしばらくの5A式は、CPUに入力されたものでない情報を処理する方に忙しかったのだろう。常に鳶色の両目を見開いて、何気ない風景や人の動きをひたすら眺めていた頃もあった。
 タワーの食堂でたまたま慶次に会ったときも、挨拶くらいは口にしただろうか――思い出してみれば、オレンジジュースを両手で包んでいた姿が、水のカップを前にちょこんと座っていた小太郎の姿とやけに重なる。
「Ah…まあ、こんなに活発ではなかったな」
 写真の一枚や二枚で大騒ぎされる事になろうとは、あの時の自分は思ってもみなかっただろう。
 頷いていると、サスケがタタ、とおろしたてのブーツで小太郎に駆け寄った。
「小太郎はおれに似てるはずだよ、兄弟みたいなもんだって武田の大将が言ってたし」
「……」
 何故か自慢げに肩など叩いている。
 作られた順番から言えばサスケが小太郎に似るはずなのだが、こればかりは育成過程がまるで違うので何とも言えないところである。
「ほほう、お館様が!」
 こちらは何故か武田信玄の話になるとひたすら熱い、Dr.サナダの声だ。
「ああ、甲斐原理式だっけ?人工知能が、えーと…」
 そしてこの方面には門外漢である慶次は、人差し指をこめかみに当てて難しい顔をしている。
「よく分かんないけど、AIのことじゃなくて『体を作ったのが伊達の小僧だからのう』って」
 ねー。とサスケが覗き込めば、小太郎がこくこくと頷いた。
 ヒューマノイドと呼ばれ有機体で多く構成された5A式の体と、アンドロイドと呼ばれる機械に偏った小太郎の体。
――その体の差異よりも、人工知能の差異の方が大きいと武田信玄は考えているのだろうか。
 チラリと目をやれば幸村も同じ事を考えていたらい。軽く顎を引いて頷いてみせる。

 ぐーきゅるる。
 置いてけぼりをくらっていた慶次の方から、腹のなる音が響いた。



 構造としては大きな差は無いはずだ。
 珈琲のための湯を沸かしながら、政宗は指の背を口元に当てた。
――しかし作られた目的が、同じようで大きく違う。
 古風な銀のポットに珈琲用の漏斗を乗せる。
 風馬チームの作ったAIと真田幸村が作ったAI。
 幸村が作り政宗と共に育てる過程で目指しているのは、5A式が如何に人間に近づくかという一点である。
 一方風馬の、少なくとも武田勝頼が目指したのは、『人間の知能を越える人工知能』だったようだ。
 濾紙を収め、店で挽いてもらった珈琲豆の袋を開ければ、のどが鳴るような芳ばしい匂いがたった。
 武田理論によれば、BASARA-eで構成される人工知能には無限の可能性がある。
 政宗が読み解いたところではその無限とは、人が――生き物が本来持つ無限の可能性と等しいものだろうと思われた。風馬チームの解釈もそこまでは同じだったであろう。
――問題はそれを何処まで人為的に引き出すか、ということだ。
 湯が沸くまでに、とパンプキンパイの横に用意したナイフを手に取る。
――何処まで引き出してしまったか、だ。
「…?」
 視線を感じて振り返ると、紅赤毛に大きな茶色の耳をした狼少年が、椅子の陰からじっと政宗の方を見ていた。
「Oh…!小太郎、似合うじゃねぇか!」
 先ほどサスケが着ていた衣装である。
「……」
 膝まである毛むくじゃらのブーツが、歩くとぺたりぺたりと僅かに音を立てた。
 肉きゅうでもついているのだろうかと政宗は興味津々、ナイフを置いて小太郎のそばに膝をつく。
「Ha-n,サスケの仕業か?」
 小太郎は頷きかけて、後頭部の髪を握ろうとするように掻いて見せた。
 あの高く結い上げた髪を示したいのだろう、どうやら慶次も共犯だ。
 バタバタと足音が近づく。
「「トリック・オア・トリートォ!!」」
 大柄なインディアンと一緒に現れたのは小さなヴァンパイアだった。
 黒の燕尾服に黒のマント、シルクハットは手に持ったままで、オールバックと言うよりはただ後ろに流しただけという風情のオレンジの髪。額と言うよりおでこ呼びたい辺りが、どうにも幼い。
 政宗は顔をほころばせた。
「似合う?似合う?」
 にこにこしながらサスケが両手を広げる。
 マントに牙もつけているが、無邪気すぎて吸血鬼と言うより手品師と言った格好だ。
「そうだな…」
 衣装の形は昔政宗が着た物に近いようである。
 襟が跳ねているのを直し、棒タイを結びなおしてやって政宗は微笑んだ。
――格好いいんじゃねぇの?」
 間近の笑顔に、サスケはとろける様に笑った。
「……」
 それをじっと見ていた小太郎が、おもむろに両手を広げてみせる。
「お前もCoolだぞ、Little wolf guy.」
 政宗はククッと笑いながら狼の耳がついた赤毛をなぜた。
「政宗ー、」
 と、頭上から声が降ってきて、顔を上げればインディアンが両手を広げていた。
「……。Pumpkin pieな、自分で切れ」
「つれないなあ、何も無し?」
 大人しくナイフを受け取りながら、大仰な仕草にポニーテイルがわさわさ揺れる。
――今更何を言えと言うのだ。
「サナダの旦那はね、まさむねの方が似合ってたって言うんだけど」
 ぽす、とシルクハットをかぶる吸血鬼の後ろに、血よりも深みのある臙脂色が立った。
「凄みがあったと言ったのでござるよ」
 確か七つの時でござったかな、あの写真は。
 懐かしむように目を細める幸村の、しかしその背にある影を認めて政宗は左目を瞬かせる。
「Wow,」
 どこから出てきたものか、サナダ博士は真黒な蝙蝠の羽根をしょっていたのだ。
 視線に気づいて、知的な目をした悪魔は背の翼をつまんで見せ。
「慶次殿の荷物の中にありましてな」
 それからにこりと微笑んだ。
「とりっく・おあ・とりーと」
「…この中じゃあんたが一番年長だろ」
 呆れたように言いつつも、政宗はこみ上げる笑いを収めきれずにコホンと咳払いをしてみせる。
「仕方がねぇな、今パイ切るから――
 言葉が止まった。
 振り返った先に、ナイフを持ったインディアンの腕に狼がぶら下がっていると言う、奇妙な光景が繰り広げられていた。
「Hey,どうした慶次」
「それはこの坊主に聞いてくんない?」
 ちょっと重いです。
 と言いながらそこは体格の良い子ども慣れした小児科医のことで、狼少年の毛むくじゃらのブーツは見事に床から離れている。
「小太郎、危ねぇぞ」
 落ちるくらいでは怪我も破損も無いだろうが、頭上のナイフが気がかりだ。
「……」
 ぶらん、と慶次の腕につかまったまま、小太郎はふるふると頭を振った。
「……」
「……」
「……」
――通訳」
「え」
 唯一小太郎の沈黙を読めるサスケも目を丸くしていたのだから、言うだけ無駄かとも考えつつも、政宗はやっぱり橙色に目を向けた。
「えーとね…、」
 目つきが堅気のそれではないというのが定評のダテ博士の目に、それでも頼られるものを感じたのか、少年吸血鬼はパタパタとスリッパで狼少年に近づいた。
「小太郎、慶次サンと遊びたいの?」
「……」
 首が横に振られる。
「自分で切りたいの?」
「……」
 大きな茶色の耳の下、赤毛がぱさぱさと揺れる。
 橙毛は作り物の牙で唇を噛んだ。
「パイ独り占めにしたいんじゃないの?俺もよく利ととり合ってるよ、まつ姉ちゃんのアップルパイ」
「現在形でござるな」
 利家とまつ、とは慶次の叔父夫婦の名前で、共に5A式の開発で政宗が助力を願った医学界の実力者だ。
 細君のまつ殿は医師でなく生体化学の博士であり、政宗にパイの作り方を教えた料理の先生でもある。
「目に浮かぶよお前んちのは…」
 けど、小太郎はもの食えねぇんだ。
 政宗の言葉に慶次が「へえ」と意外そうに瞬きし、サスケが「あ」とつぶやいた。
「カボチャの顔切られちゃうのが嫌なのかな?」
 食べないのだから、単にパイ皮でつくられたカボチャ顔を壊されるのが嫌なのだろうという考えらしい。
「Hum,…けどあれは俺が作った奴だし」
「興味津々で見てたよ、小太郎」
 打ち粉をふった台の上に伸ばして広げて、ナイフで形を切り取るのを――確かに橙と紅が並んで覗き込んでいたが。
「ま、とりあえず下ろすからさ。気をつけろよ」
 ぶらさがる少年にニイと笑って声をかけ、上げたままの腕をゆっくり下げた。
「んでナイフはここと」
 テーブルの端に銀のナイフをひょいと置く。
「……」
 赤毛の狼少年は、インディアンを見上げて、吸血鬼を見て、パンプキンパイに目を移した――ような雰囲気で顔を動かした。
 そして皆に見守られる中、カボチャのパイを両手につかむが早いか、キッチンの外へと駆けていってしまった。
 ぺたたたたたた……。
 かちゃん。
 どこかの扉の閉まる音がした。
「ちょ、待って小太郎!」
 慌てて追いかけたのは通訳係だ。
「風のような速さでござったな」
「Ah,yeah…」
 観察者の立場を決め込んでいた幸村が言葉をかけるのに、政宗は呆気にとられたまま目を向けなかった。
 小太郎は口を利かない。考えていることを顔から読み取るのも難しい。
――けれど、予測できないような行動をとることは。
(無い、でもねぇか)
 くるりと身を翻したサスケの足元で、黒いマントの裂けたようなすそが翻ったのを目に思い出す。
 禍々しい物のはずの魔物の衣装の、軽やかな動きに、政宗は左目を細めた。















5A式はパンプキンパイの魔物とダンスする≫後





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