5A式はオレンジママレードの夢を見る







 闇の中で顔に触れた。
 指先で鼻筋をなぞった。
 そっとそっと、ただその形を確かめるように。
 目で見るよりも整った眉毛の線は――ああ、いつもなら困ったようにへなりと曲げられているから そう思うだけなのだと気づく。
 手のひら全体を滑らせた。
 髪の下の頭蓋の丸みと首の裏のなだらかさ。
 それが手の中ですいと動いて。

――竜の旦那、竜の……政宗。

 薄い唇の形を覚えたのは、指でなくて自分の、唇。



――むね、まさむね、…マサムネ博士ー、」
 ぱっちりと開かれた左目の瞳が真円を描いて、朝の光に金色に透き通った。
 金の鏡に映る赤味がかった橙色を確認するように、その目はゆっくりと瞬きをする。
「Ah…サスケ…」
 白い枕に橙に似た赤毛を散らして、政宗を見ている鳶色の瞳。
「起きたーまさむね」
 にこお、と何がそんなに嬉しいのか、笑み崩れたサスケのオレンジ色の髪を政宗の手が撫ぜる。
 髪の下の丸みは夢の中より(そう、あれは、夢だ)、小さい。
 何しろサスケは少年だ。
 実際に少年という言葉を適用してしまって良いかはさておき、政宗の言語感覚ではBoyである。
 一年足らずで二十歳になろうという青年が抱きかかえれば、腕に余りすぎるほどの細身。
(…What?)
 うつらうつらと再び閉じかけられていた目蓋を、こじ開ける。
「サスケ…お前なんでここにいる」
 ベッドの中で大人しく、と言うよりどう見ても大喜びで抱き枕にされていた少年が、「え」と呟き寝起きの青年の 不機嫌そうな顔を見つめた。
「昨日から幸む、Dr.サナダの所で検査だろ。帰りは明日じゃねえのか」
 ちなみにこの青年、居住区の屋敷を一歩出れば若き天才として知らぬ者はいないマサムネ・T・ダテ博士は、同時に メンチの切れ味の良さでも有名だ。
 恐ろしく整った造形の白い顔に片方しか見せないその凄みある左目、睨めば道行くキャブがリムジンだろうが一発で止まり、 ヒートオーバーで停止したCPUも一発で動き出す…という都市伝説は噂でしかないが噂にはなっているという事実がその脅威を 教えてくれる。
 しかし世の中には恐いもの知らずという存在もあって、それは例えば。
「うん。でも二日目の検査はAM10:00からだし、まさむねが気になって帰って来ちゃった」
「……」
 例えばそれは、『怒られた経験の無い子ども』とかだったりするかもしれない。
 しかし子どもと言う言葉を使ってしまって良いものか、ここでも政宗は疑問を感じる。
 『人の子か』と問われればNo,『人間の少年か』という問いにもNo.
 その姿は確かにホモサピエンスの十歳児だが、サスケは人間ではない。
 ドール、ロボット、アンドロイド――どう呼ぶにせよそれは、作り物の身体。
「…上田Areaまで三時間かかるんだが」
「まさむねが早く起きてくれたら良かったのにー」
 カチ、と壁の時計がアナログな音を立てて、六時半を示す。
――嗚呼、もしもコイツの頭の中身がDr.サナダが十年かけて組み立てたプログラムじゃなくて。
 コイツの脚がDr.チカベの二足歩行機構の最高作品でもなくて。
 その鳶色の眼球がDr.モウリの作――片目で政宗の年俸の70%くらいの値がかかる――でもなくて。
 呼吸器は前田夫妻の、消化器は織田家の助けを受けたものでもなく。
 五指の仕組みが北条一族の特許技術にさらに苦心を重ねたものでもなく。
 そうしてそれらを組み上げてその姿形の全てを造形したのがこの手でなければ。
(絶対ェ殴る、このクソ餓鬼)
 身を起こして右手で顔を押さえ政宗はため息を吐いた。
 指の隙間からチラリと見れば、ダテ博士の最高傑作と謳われる甲斐原理統合5A式ヒューマノイド“サスケ”が、ニコニコと 無邪気そのものの笑顔で彼を見上げている。
 その表情も接合部の分からない四肢も喋る内容も、コレを人間ではないと聞いて誰が信じるだろう。
「とりあえず朝ご飯食べよ朝ご飯!珈琲とベーグルと目玉焼きにカリカリベーコン焼くからね。サラダ冷やしてあるんだ」
「…Orange marmalade切らしてたな」
「買ってきましたとも」
 褒めてくれと言わんばかりのサスケの顔は、フリスビーを取ってきた犬というより鼠を狩ってきた猫に近い。
(っつーかそれはひょっとしなくても幸村に買わせたんじゃないのか)
 頭が痛い、と政宗が再び左目を指で覆う。と。
「あ、そうだ」
 ポン、と小さな手を叩く音がして、視界を塞いだ青年の首に細い、細い腕が巻きついて。
「おはよーまさむね」
 ちゅっ。
 頬に薄い唇の感触がした。
 これが自分と同い年くらいの青年型ドールのすることなら、やっぱり頬を引きちぎる勢いでつねるくらいの事はするだろうと 考えながら、顔を上げる。
 けれど目の前の小さな顔はこの指が何度もなぞって魂を吹き込むように作ったもので、その滑らかな頬や額に傷の一つでも 付けば半狂乱で修理するのは自分自身なのだと嫌に成る程分かっている。
 甘やかし過ぎだ。と胸の内で呟きながら、小さな額に唇を寄せた。
「…morning,サスケ」
 確かに、いろんな意味で最高に傑作な話ではあった。



 二人が住むのは学術都市群を乗せた島、『閃』の郊外である。
 居住区の緑を抜けて高速チューブに入れば、透明な壁の外見えるものは空の青ばかり。
 遠くに巨大な楼閣が浮かび上がるようにあって、けれどその白さが空の入道雲のように見えるから、なるほど天空高速と呼ばれるだけは あると政宗は常々思う。
 サスケは右側の助手席に居る――黒い革の眼帯で覆われた政宗の右目は、六つの折に事故で失われて以来、義眼さえ入れられていない。
 少年はいつでも右側を見ると言い張る。特に運転中は視覚機能をCPUでカバーしているのだが、どうにもそれが気に入らないらしい。政宗 が『小十郎』などと名前までつけている旧式のAIが入ったもので、まあ要するに焼きもちを焼いているのだった。
 その見張り役は助手席のシートで膝に藤編のバスケットを乗せて、細い脚をブラブラと揺らしている。
 視線が向くのは遠くの白。
 『閃』の中心にある塔は、BASARAタワーと呼ばれる。
 青の中にそびえて立つ姿は天守の楼閣にも見える。
「…まさむねはあそこで育ったんだよね」
「You too,サスケ。それから『政宗博士』だ」
「あとサナダの旦那」
「Dr.サナダ」
「良いじゃないまさむねだって長曾我部さんのことDr.チカベ呼ばわりなんだし」
「俺は良いんだよ」
「横暴!」
 ぷーっとほっぺたを膨らませてサスケが振り向いた。
 むくれ顔はしかし、政宗が運転をオートにするのを目にした瞬間ぱあっと明るく染まる。
「あ。ご飯にしよ」
「Yeah,」
 朝食になるはずだったベーグルをサンドイッチにして詰めてきたバスケット。大きなそれを抱える姿は可愛いと言えば可愛いが。
(何でコイツこんなに食い意地がはってるんだ)
 サスケの内臓器官は食物を消化して熱量に変えることは出来るが、動力源はあくまでも別にある。
 “BASARA”と後に名付けられる生体エネルギーが発見されたのは西暦の終わり。
 BASARA-eの研究によって生体科学は勿論熱力学・医療等の分野は格段に進歩し、神経統合機能の研究成果から人工知能や単純作業に向け たロボット、人を模した精巧なカラクリ人形も産出されたが――
 統合暦159年現在。
 ここまで人に近いヒューマノイドは『閃』BASARAタワー所属、伊達政宗の5A式たった一体しか存在しないだろう。
(人に近いっつーか、近すぎだ。通り越してやがる)
 予想以上と言うか期待以上と言うか。
 珈琲も熱いうちにつめたんだよ!と得意げにポットを見せる橙髪の少年は、検査までの行程をドライブと勘違いしているとしか思えない 。
 そもそもChildってこういうものだったか?まだ十九のダテ博士は頭を抱えたくなった。
 サスケの人工知能は確かに甲斐原理=武田理論の申し子、ユキムラ・G・サナダ博士のプログラミングによるものである。しかし言わば、 その種を貰ってきて水を注ぎ若木にまで育てたのは政宗なのだ。
 いやいやSeedの時点で柿は柿でしかない。やっぱり幸村のせいかもしれない。と、一人政宗は考えた。
 ちなみにサナダ博士はこちらも若き天才と称されているが、政宗より八つほど年上である。
 それを幸村幸村としばしば呼び捨てにしているのだから彼もサスケのことはあまり言えない筈なのだが。
「なーに考えてるの」
 突如、ズイッと鳶色が近づいた。
「Ah?」
 透明なその色は、政宗が同じBASARAタワー所属の医師、毛利元就に散々注文をつけて出してもらった色である。
 Dr.モウリが『ヒューマノイドに挑戦するなど馬鹿げた戯言よ!これで貴様の底も知れると言うものだ。せいぜい時間を無駄にするが良い 』などとこき下ろしながら――その弁舌の合間に政宗は希望の鳶色についてまくし立て資料を置いて部屋に帰ったのだが、一月後にはきっ ちり素晴らしい色合いの両目を作ってくれたのには感動したものだ。
 ツンデレってヤツなんだなと。
 それはさておき、見事な出来映えの鳶色を見ているとついつい何でも許したくなってしまう政宗は、その色が不機嫌さを示すように僅か に陰っているのに向き直った。
 考えている事といえばこの四年間、ほぼ一つな訳で。
「まあ、主にお前の事だな」
 と答えるのはあながち嘘ではない。
 ツンデレのツンの字も政宗に対してはおよそ存在しない少年ヒューマノイドは、とたんに向日葵のような笑顔になった。
 それを政宗がまた可愛いもんだと思うから、5A式のAIは増長するのである。人工知能に『増長』という文字があるならば。
 政宗とサスケがBASARAタワーの中に住んでいた頃、冗談であるいは揶揄や一抹の懸念を込めて、「お前達は恋人同士か」と言われる事が ままあった。
――『恋人』ってなんですか?マスター。
 などと情報を求めていた頃のサスケはそれは可愛かったと政宗は思う。
――ああ、この前役務課で籍入れてきたから。
 などという切り返しが出来るほど成長したサスケは、それはそれで製作者としては嬉しい限りだった。政宗もあとで説教はしたのだ。何 しろ役務課に問い合わせが殺到してきつく注意を受けたのは政宗だったので。
 しかしこの二人、でなければ一人と一体がタワーを出て緑地居住区に移り住んでからの、恋人同士というより新婚さんかと問いただしたくなるよ うな会話の全貌は。
 幸いなるかな、たった一人しか知らない事だった。



「政宗殿ォォオ!!」
 そのたった一人と言うのが、先刻から再三名前の出ている真田源二郎幸村、BASARAタワー所属名でいうユキムラ・G・サナダ博士という、 この。
「申し訳ござらん、5A式が…!」
 この時代錯誤な喋り方の男なのである。
 ぼうぼうにはねた茶色い髪の後ろだけを伸ばして赤い紐でくくっている、しっぽの様なそれがよれよれの白衣の背で跳ねた。
 真っ赤なシャツなど好む割には今一つ身なりに気を使う習慣がないらしい。
 瑠璃紺青の細身のジーンズに黒いハイネックをピタリと着こなすダテ博士とは、何から何まで対照的だ。
 政宗が送ったファックスのフィルムシートを握り締めているところを見ると、事態は分かっているのだろう。それでも責任を感じている 様子が好ましい。
「STOP,気にすんな真田幸村。サスケの阿呆がしたことだ。こいつちょっと精密検査してやってくれや」
 なので政宗も苦笑して、玄関口でワタワタしているサナダ博士に橙頭の少年を引き渡そうと押し出した。
 こちらはこちらで政宗が選んだ迷彩緑のパーカーにハーフパンツ、靴紐に乱れも無いサスケは、悪びれずにニコニコと笑っている。
「おはよーサナダの旦那」
「おお5A式!無事で何よりだ!俺が寝ている間に検査室を抜け出すとは流石…いやいや、何か問題が起こったのか?橙ジャムが無くなって いたから攫われたゆえでは無いとは思ったがな」
 家屋に賊など侵入しても一撃で蹴散らせそうな奇麗な筋肉を持った、政宗よりさらに頭一つ高い体躯をかがめて、小さな頭を覗きこむ。
 精悍な顔つきを心配事のために痛々しく歪めた表情は、まだ若いが良き父になるであろうと想像させるに足る真摯さを持っていた。
 その正に子どもとも言うべき5A式は、困ったように眉を寄せたまま笑顔を作り。
「ごめんねサナダの旦那。どうしてもまさむねと朝ご飯が食べたくてタクシーで帰っちゃった」
 しごく正直に、事実を吐露した。
「朝餉だけにござるか」
「うーん、もちろん寝顔も極上なんだけどね」
 サナダ博士は「うむ」と一つうなずいた。
「今日も正常に機能しているな。何よりだぞ5A式」
「Hey Doctor,頼むから異常を認識してくれ」
 天才というのはかくも専門外の常識に疎いものか。
 ダテ博士はじとりと左目を伏せて、サスケの頭を撫でているDr.サナダのボサボサ髪を睥睨した。
 政宗がサスケを連れてBASARAタワーを出ると同時に、幸村も第五緑地居住区“信”の上田エリアに居を移した。しかし高名な学者として 『閃』に招かれた祖父の代から真田家の人間は“信”に屋敷を持っているはずで、そこに帰るというならともかく――それとは別にこうし て小さな研究所まがいの家に一人で住むのは何のためなのか。
 もちろん今は引退した――タワーの所属を離れただけで、実際に研究から手を引いているのかは分からないが―― 武田理論提唱者、武田信玄公の住む第六緑地居住区“甲”に繋がる高速チューブが上田エリアから走っているから、それだけを理由としても悪くは無い。
 それで生活できているのかは端から見る政宗の目にも心配だが。
「アンタ…ちゃんと食ってんのか?」
 チラリと覗き込んだ玄関の奥は、二ヶ月前に目にしたほどには荒れていない。
 ハウスキーパーでも雇ったか。
 問いかけに顔を上げたサナダ博士は、おお!と顔を綻ばせた。
「あれは昨日5A式が片付けてくれ申した。夕餉に朝餉の握り飯と味噌汁も用意してくれましたぞ!」
「ったりまえでしょーっ。料理はそれほどじゃないけどもう家事全般こなせるんだから。今度はまさむねのために肉じゃがに挑戦するよ俺 は」
「うむ。精が出るな!」
 だから、異常を認識しろと言うのに。



「どっこも異常ないじゃんか。いや、相変わらずだねぇ!」
 幸村よりさらに大きな体躯を折って腹を抱えてまで笑うと、ポニーテールと呼ぶには豪快に結われた髪が重そうに揺れた。
 医師と言われれば疑いに目を剥かれるが、小児専門と言われれば納得される好青年は、名を前田慶次と言う。
 サスケの呼吸器を作る際に助力を受けた前田利家・まつ夫妻の甥にあたる男で、二十歳を超えたばかりだからタワーの中では政宗と年 が近い方だ。
 一面の青空を透かすガラスの壁に背を向けて、並んでスツールに腰掛けている。
「Extraordinary《異常》だろ」
 その様子をじろりと睨み上げ、政宗は珈琲に口をつけた。
「異常な成長速度、か」
 隣で慶次も珈琲をすする。
 とは言え政宗のカップは持参した水筒のサスケがつめてくれた珈琲で、慶次はレストスペースに備え付けられた珈琲メーカーのそれをフ ィルムカップで飲んでいるのだが。
 サスケを幸村に預けた後、政宗はBASARAタワーに足を運んでいた。
 5A式の体を作る際に手を貸してくれた――もしくは協力を『ぶん取った』とでも言うべき学士各位には完成後、散々実験を手伝わされた りレポートの処理を手伝わされたりしたものだ。
 呼吸器科の医師である前田利家と、生体科学の博士であるまつの二人は、必要以上の手伝いは求めず返って政宗がお節介を焼きたくなる ほどだった。ただし、『医師資格試験を控えた甥が行方不明なのだ。連絡をとってくれないか』と頼まれた後に待っていたのは破格の労働 だったが。
 しかし両目合わせてダテ博士のタワー契約年俸の140%もの金額(正規)を請求したモウリ医師はと言えば。
『支払いが済むまで利子代わりに無料奉仕せよ』
 との要求をつき付けた。
 計算ではあと丸一年は週に一回毛利元就の研究所に通う事になっている。
 疲れたような顔で珈琲を飲む政宗の、私服に羽織った白衣の肩を見下ろして、慶次はふーん、と呟いた。
「でもま、あんまり痩せてないみたいで安心したよ」
「Han?」
 左目で見上げると、まだ伸び盛りに見える男前がニイッと歯を見せて笑っている。
「政宗ってタワーで生まれたんだろ?ここから出て暮らした事ない筈だって聞いてたからさ、ちゃんと食ってるか皆心配してたんだぜ?」
 奇しくも幸村に言ったのと同じ言葉を返されてしまった。
「Ah,前田利家とDr.マツだな。今度顔出すか」
「俺も、心配してた」
 覗き込む男が目を細めるのに、政宗は苦笑する。
「Thank you so mutch.それが分かったら叔父さん夫婦に心配かけるなよ」
「うっ…や、だーから今はタワーから出てないって!」
 長い腕を振って焦った様子を見せる辺りが怪しい。が、政宗は追求せずに珈琲の水面に目を落とした。
「飯はなァ…前は定時に小十郎が教えてくれてたんだが、今は三度三度にサスケが食べよう食べよう煩くってな」
「5A式が?」
 政宗は身をよじって外に目を向ける。遠く細い線にしか見えない高速チューブの向こう、上田エリアのある方角。
 午後三時を示す音が、どこかでポーンと響いた。
――幸村の所でおやつまで覚えてきたらどうしよう。
 遠くを見つめる金色の一つ目に、隣で男がため息をつく。
「…何だよ」
「いやさあ、十九の身空でこんな好い男が、子ども型のドールみたいなAIにかまけてるかと思うと…もったいないねえ」
 やれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せる男に、そう言えばこういうヤツだったなと政宗はその目の迫力を彩る睫を伏せた。
「もっとこう、恋とか、恋とか、恋とか!ないのかい?」
 予想通りの言葉にHan,と鼻で笑って口の端を吊り上げる。
 猫を思わせる八重歯がのぞいて、ダテ博士の顔は誘うような意地悪さに染まった。
「アンタが人妻か幼女にしか会えない職場に着いたのがAmazingだな」
 しかしそれで簡単に凹む相手でもない。
「いやあ患者さんには手出せないし、看護師さんも七割女の子だしなあ。大体――
 別に女の子に限らなくても、良いだろうしさ?
 含むような言葉に、政宗はスウと左目を細めた。
 冷え冷えとした怒気が流れて、「あれ」と慶次は戸惑ったように笑った。
「悪い、今のは別にアンタをからかうつもりじゃ」
「Don't be care.どうせ悪気はねえんだろ」

 二年前、初めて慶次に会ったとき。
 フラフラと放浪を続けようとする男が話した夢。
『探したいんだよ。俺だけの大切な誰か』
 真摯な目で、焦れるような熱っぽさで、今にも飛んで行ってしまいそうな強さで。
 引き込まれるように――あの時、政宗は何と口にしただろうか。

 探して見つかるなら、自分だって探したろうに。

『誰をだい?女の子?』
『男』
『男ォ?』
『…夢に』


 夢に現れる。
 繰り返し、繰り返し、政宗を“竜の旦那”とそう呼ぶ、柔らかい声。


『閃にいないなら出て行くのも良いだろうが、この島内で人が集まるのはBASARAタワーじゃねぇか。遭遇する確率はあそこが一番高いだろ ?』
 だからと言って、政宗がその男をBASARAタワーで待っているわけでは、無かったけれど。
「…タワーの部屋に戻る気は無いのかい?政宗」
「No,I don't live in here」
「こっちのことは連れ戻したくせに」
「俺はまだきっちりタワーに所属してるし呼び出しにも応じてるし、所在も明確なんだよ」
 You see?とビシリ、カップを持った手の人差し指を立てて見せる。
「はいはい、分かったよ」
 両手を上げて笑う男前は、政宗の調子が戻ったことにホッとした様子でもあった。
「じゃあ俺は元就んトコ行くからな。お前もさっさと戻れよ、前田慶次センセ?」
 言うが早いか政宗は水筒の蓋を閉め、スツールから腰を離す。
「了解」
「Good boy,」
 イイコだ。とニイと笑う年下の青年に、慶次はオイオイ、と肩をすくめた。
「俺はアンタのサスケと同列ってわけか」
「悪いがサスケはアンタの百倍可愛い」
「そりゃあ…参りました」
 眩しいものを見るように、また目を細める。
 それにクスリと笑って踵を返す政宗の青い脚に、白衣が翻った。















5A式はオレンジママレードの夢を見る≫後





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