「政宗ェエ!良いところに来た!」
 ぶんぶんと手を振るこれまた体躯の立派な銀髪に、呼ばれた政宗は思わず回れ右をした。
「オイこら逃げんなよ、元就が!」
 その名前を出されては無視するわけにもいかない。
「Oh,Dr.チカベ…久しぶりだな。いや気づかなかったぜ」
「嘘つけこのガキ!!今見なかったことにしただろ!!」
 わんわんと回廊に響く声で叫ぶ銀髪の左目は、半透明の紫の眼帯で覆われている。
 紛うことなく二足歩行機体の権威、人型ドールの汎用化を可能にした才覚溢れる技術者、サスケの両脚の歩く、走る、飛び跳ねる、脚の 長い政宗を追いかける等の自在な動きを生み出した、長曾我部元親なのであった。
「見なかった事にしたから気づいてない事にもなるんだよ。…元就がなんだって?」
 ゆえに政宗のハスキーボイスにも、言葉以上の温かみが篭められている。と思っていただきたい。
「そうだ元就!手ェ貸してくれ、ファイルが崩れちまって…!」
 聞きたくねェ。
 と思う間もなく、手首を掴まれ引き寄せられて、開かれたままの毛利研究所がドアの内側を目にする羽目になった。
 燦燦と室内を照らす太陽光。キラキラと輝く床一面のフィルムの書類。
 部屋の一角に出来たその書類の山すそから伸びる、白衣の腕。
「…Wow,」
「ワオじゃねー!!掘り返すぞ!!」
 スルスルとすべるフィルムを掻き分けると、黒い髪と白い顔が現れる。
「引くぞ、せーの!!」
「……うっ…!」
 腕を掴んで引っ張り出せば政宗とそう体格の変わらない細さの、白衣姿がうめいて身を起こした。
「Hello, Dr.Sunday!大丈夫かい?」
「…我とした事が…」
 白衣の下にはキッチリとスーツを着こなした細面が、その涼しげな目元を指で覆う。
 そしてふと顔を上げると。
「我の研究室に眼帯が二人もいるとは何事だ見苦しい。左目はオペ室に入るが良い。そしてそこの右目は帰れ」
 ビシビシとそれぞれを指差して低い声で指示を出した。
 左目と呼ばれた右眼帯の政宗は、肩をすくめて見せる。
「Dr.モウリ…俺ァこの右目に義眼は入れねェよ。何度言わせる気だ」
「っつーか『帰れ』はねえよな『帰れ』は。俺ちょっとだけお前の命の恩人気分だったんだぜ…」
 右目と呼ばれた左眼帯の元親は、肩を落としてがっくりと首を垂れた。
 外からは紫のシートに見える眼帯が、こちらは生まれつき弱い左目を光から守り視力を補助している。
「貴様の左目なぞ何時でもえぐり出して治してくれるわ。が、伊達の…貴様の右目はもう三年もバイオケースの中で眠っているのだぞ」
「親に貰ったもんだしなァ…大体お前の手術代は法外だろ」
「俺は頼んでねェよDr.モウリ。それにお前の義眼の代金は法外だ」
 口々に言う片目の博士二人に、涼やかな切れ長の両目がさらに冷たく細められた。
 毛利元就は眼科の専門医であり、このBASARAタワーが義眼技師の第一人者でもある。
 その彼にしてみれば不具合のある目をそのままにしている二人は――特に、もう眼球すら存在しない右の洞をそのままにしている政宗に は、耐えられないものがあるようだった。
「両目で日輪を拝まぬとは不届きな」
 あるいは只の丸いものフェチなのだろうと政宗は理解している。
 元就はその怜悧な印象を与える直な睫を伏せて立ちあがり、さほど汚れてもいないであろう白衣を手ではたいた。
「…今日の仕事は書類整理からだ。そこの銀毛、シートを拾え」
「俺は帰って良いんじゃないのかよ」
「論文を執筆者名日付順、資料を部位種名別――
「実験結果を種類日付順、並べた後scanしてCPUに保存、Filmsheetはfiling.んでまず、『珈琲を淹れろ』だろ?Doctor」
 政宗が言葉を引き継ぐと元就はチラリと視線を滑らせ、「分かっているなら疾く動け」と低く呟く。
「了解」
 ニイと笑って散乱するフィルムの中、政宗は踵を返した。



「で、Dr.チカベ。アンタ何しに来たんだ?」
「すげえ今更だなオイ」
 珈琲を三人分用意して戻ってくれば、いまだ元親はフィルムシートを拾って積み上げる作業に追われていた。
 元就は涼しい顔をして人工水晶体のサンプルをつついている。
 手伝おうという気配は微塵も見られない。
 シートの山ができるのはCPU画面を好まず印刷された文字を読みたがる元就のためなのだが、崩れたのは元親のせいなのだろうか。
「ああ、これは俺がドア開けたらちょうど風が通って、ドサドサーッてな」
 多分それは無防備に窓を開けていた元就にも責任の一端があるだろうという事実を政宗は口にしなかった。
 どうせ元親はまたノックもせずに扉を開けたのだろうし。
 同期にBASARAタワーに入ってきたためか元親の性格のためか、この二人は中々どうして遠慮のない間柄である。
「Ah,また用もなく珈琲飲みに来たってわけだ」
 元親がつんだ書類の山を整理すべく、政宗は最初の山に手を伸ばした。
 しかし床に這いつくばった銀髪の大男は、右目をぱちくりと瞬かせる。
「何言ってんだ、俺はアンタに用があってきたんだぜ?…伊達博士」
 改まった呼び方に政宗は茶色がかった黒髪の下、眉根にクッと皺を寄せた。
「Yeah,伺いましょうか、Dr.長曾我部」
 元親は椅子にかけて苦笑する。元就はその様子にスイと一瞥をくれたが、何も口を挟まなかった。
「嫌そうな顔すんなよ。――例の件、断り続けてんだって?」
 トントン、と机で書類の端を揃え、政宗はため息をついて肩を落とす。
「Yes ofcourse.」
 きっぱりと言い切るハスキーヴォイスに元親はバリバリと銀髪を掻いた。
「俺ァお前さえやるって言えば、また協力するんだがな」
「我にも上層部から打診があった」
 静かな声に目を向けると、元就がCPUのメールボックスを開いて見せる。
 BASARAタワー統括機関の印、そして。
「5A式再構築プロジェクト――つまり、貴様の作った5A式を試作品と見た、本格的なヒューマノイドの開発か」
「タワーの上層部がなぁ、俺からも説得してくれってよ」
 二足歩行機構の脚は長曾我部元親。
 眼球は毛利元就。
 呼吸器は前田夫妻、消化器は織田家。
 五指の仕組みは北条一族。
 人工知能は真田源二郎幸村。
――けれど、それらを統合して繋ぎ合わせ、ただの操り人形でもマネキンでもなく、見紛うほどに“ヒト”に近い存在として緻密に作り上 げたのは、伊達政宗の頭脳と両手なのだ。
 BASARA-eの生成と供給を支えるエネルギー機関、そこに循環器を組み合わせた人工心臓――それ自体がサスケを制作する際に政宗がまず 開発した技術である。
 さらに人の骨格をCPUに計算させて削りだし、調整して二足歩行機能を組み込む。呼吸器と消化器だけでなく、肝臓や膵臓の機能を持つ内 蔵器をセッティングして、培養した軟骨・真皮・表皮でもって人間の形を作り上げる。BASARA-eを全身に循環させ、細胞や各器官と連動して 免疫を生む体液の成分、その濃度にpHの調整。眼球に始まる全ての神経系を信号機器を介してAIに繋ぎ、実験を重ねて狂いのないように。
 瞬き一つ、自然な動きにするためにどれだけの試みを繰り返しただろう。
 マサムネ・T・ダテ博士の指揮とセンスがなければ、ヒューマノイドの製作は望めない。それがBASARAタワーに所属するドクター達の意見 であり、上層部の見解である。
 チッと舌打ちすると咎めるような元就の視線とかち合った。
「あんだよ元就。上層部の勝手な意見に付き合ってられるか」
 眼球一対をとっても政宗がこうして無料奉仕をしていることからも分かるとおり、サスケの開発費用は全て政宗の懐から出ている。
 開発を申請した当時、すでに博士号を持っていたとはいえ政宗が十五歳の少年であったこと、ヒューマノイドの開発は他の博士を中心に プロジェクトを組む予定があったことなどから予算が下りることはなかった。
 納得できないことではないが、今更と思いたくもなる。
 子どもの身体は大人よりも循環器や神経系を短く出来るため、狂いが少ない。あらゆる素材の量も少なくて済む。
――サスケが子どもなのは、政宗の全財産をもってしても大人の身体を作るには足りなかったからだ。 人手も、材料も。
 それを今更、『機関の費用で成人のヒューマノイドを作れ』と言われたところで。
 俺のサスケに何の文句があるのだと言いたくなるではないか。
「ああ、つまりお前の不満はソコか」
「Shit!上層部の奴ら、サスケを見るなり『これはいささか…』なんて口濁しやがって!Orangeの髪の何処が悪いってんだ!俺の趣味にケ チつけやがってあんのMotherfucker!!」
 ダン!と机に拳を打ち付ける政宗の前から元親が珈琲カップを遠ざける。
「そりゃあ…本気で人間に紛れ込めるレベルのもんが作れるって形で発表したいんだろ。あとスラングは控えろ良い子はマネをするなよ! 」
 う〜っとなおも唸る政宗に、珈琲を飲み干した元就がCPUの前で呆れたようにため息をついた。
「それでも成人型の模型は残っているのであろう?」
 政宗の唸り声がピタリと止む。
「あん?模型?」
 元親が太陽光を背負った元就に目を向けた。
 人形めいた白磁の顔が軽く頷く。
「我の元に持ち来た頭部の粘土模型――あれは成人男性の顔だった筈。それを三次元スキャナーでCPUに取り込み、年齢による誤差を修正し て頭蓋骨を削り出した…」
 違うか?と問う声。
 政宗は、左目を床に据えたまま、Yesと呟いた。
「第一この草案を見る限り、貴様の5A式の回路をそのまま成人の体にすげ替えるだけのプロジェクトではないか」
「つまり、中身はそのままで大人も作れるかって話か。別にお前のサスケが否定されたワケでもねえと思うがなあ」
 それでも嫌なのか?覗き込む元親に、チラリと目を向けてすぐに引き離す。
「嫌だし…駄目だ」
 きゅっと唇を噛んで、彷徨った視線は、もの静かに座る白衣の方へ。
 元就は呆れるでもなく怒るでもなく、興味もなさ気にメールボックスを閉じた。
「…我には関りないこと。眼球の大きさは子どもも大人も変わりはない。いずれにせよ断った話だ」
「まあ別に俺だって、プロジェクトが頓挫して困るわけでもねぇしな」
 隣に座る元親も、この話は終わりだとばかりに笑って見せる。
「そんな益体の無い話より書類の整理を終わらせよ」
「へいへい」
「Yes,Doctor」
 こりゃあ今夜は泊まりだなあ、とボヤく元親に、政宗も苦笑してシートの束を手に取った。



 明け方。居住区の屋敷に帰り着いた政宗は、冷たい空気で深呼吸するとドアを開けた。
 暗い玄関に、淡く苦く笑う。
『おかえりまさむね!おなか空いてない?モウリさんに無理難題ふっかけられなかった?ほら入って!冷えちゃうよ!』
 駆け寄ってくる少年のいない家。
 僅かな時間が寂しいのは、自分なのだと政宗はうつむいた。
「…ただいま」
 小さく言って靴を脱ぐ。
 明かりもつけずに寝室へ行って、誰ももぐりこんでいないベッドに着替えもしないままに横たわる。
(きっと今日も――
 夢を見るのだろう。
 赤い鉢巻の男。髪を高く結い上げた男前。紫の眼帯。涼しげな白い細面。
 それから。
(橙色の髪)
 左目を閉じる。
――六歳で右目を失った。
 それからというもの、夢を見るのだ。
 見知った顔が多かったから、それはただの夢なのだと彼はずっと思っていた。
 見知った顔――幸村はもちろん、元親や元就はBASARAタワーに来たばかりのころだ。
 けれど一番よく夢で会う男の姿は、政宗には覚えのないもので。
 触れる指の先の髪の柔らかさまで目覚めても消えないのに、何処を探しても会えなくて。
――ヒューマノイドに挑戦しようと思ったのは十四の時。
 モデルにその橙髪を選んだのは最初は大した意味がなかった。
 張りぼての頭蓋骨に粘土を重ねていくうち、思い出したのは夢の中で触れた顔で。
 あれは夢だから。夢の中の男だからと、何度も白い土を撫ぜた。
――夢の中の、会えていなかった一人に会ってしまったのが、十七。
 前田慶次を見た時、それが時折夢に現われる一人だと、すぐに分かった。
 顔も体格も年の頃も合致した。
 驚くと同時に、自分が間違ったことをしているのではないかと不安になった。
 探せばいるのかもしれない。
 待っていれば生まれてくるのかもしれない。
 けれど、もう止まれなくて。
――サスケがその体で目を覚ましたのは、政宗が十八になろうという頃。

――生まれて来い、と。そう思った。

 何度も撫でて確認した、薄い色の繊細な睫をまとった目蓋にそっと指を滑らせる。
『政宗殿、スイッチを…入れますぞ』
 幸村に頷いて見せる。
 AIを移植した小さな体に、身をかがめる。
 ウィン、と、聞き逃しそうなほど軽い音がして、オレンジ色の髪が揺れた。
『サスケ…聞こえるか?』
 人形は動かない。
 目蓋を、そっとなぞった。
 目に刺激が少ないよう、光を落とした室内。
 うっすらと開かれた目蓋の下の、鳶色に――それでも光が浮かんだ。
 幸村のCPUに繋がれたAIだったころから画像で認識していた筈の顔に、不思議そうに焦点をあわせる。
 口が戸惑うように開かれて。
『…あ』
 声帯を震わせた、少年の声。
『ア?』
 促すように唇を指で撫ぜて、聞き取ろうと顔を近づける。
『あ…さ…』
『morning?』
 クスッと笑って問いかける。
 その唇に、鳶色がじっと視線を注いで。
 キュッと唇を閉じる。
『ま、』
 Mの発音。自分の唇を見て覚えたのだと、政宗が気づいたのは後になってからだった。

『まさむね』

――鼓動が。
 壊れて止まるのではないかというほど、強く、震えた。

 小さな体を抱きしめて、キスの雨を降らせて。幸村に止められるまでずっと。
 笑った目じりに涙が浮かぶのを感じた。
 ただただ嬉しくて。
 でも。
 けれど、と政宗は考える。
 ひょっとして、自分は。
(夢の中の男)
(生まれて来いと願った…)
 その魂の場所を奪ったのかもしれない。
 サスケが笑うたびに。嬉しそうに食事をする毎に。我侭を言う姿に。
 まさむね、と呼ぶ声に。

……あの男はこんな、曇り一つない感情を見せてはくれなかった……

 誰かが政宗の中で囁く。
 責めるように、――どこか羨むように。
 そして胸が心臓を素手でつかまれたみたいに痛むのだ。
(Ha,…魂なんざ、門外だと思ってたぜ…)
 輪廻を頭から信じているわけではない。自分がサスケを作ったためにその席が一つ減っただなんて、お伽噺のような話だ。
 妙にリアルな夜の幻のせい。
 そう言い聞かせてみても。
――それでも、その姿とまるで同じ体を甦らせる事を、政宗は躊躇っていた。
 閉じた目の裏に光が滲み始める。
 朝の光だろう。
 ブラインドを下ろしていなかった。
 一眠りしたらサスケを迎えに行かなきゃな、とうつらうつらと揺れる意識が呟く。
 夢なんて関係ない、あれが誰であろうと、政宗が今一番大切に思うのは、サスケだ。
(そうだ…第一、俺は)

 橙色の髪。月明かりに透ける色は金色がかって見えるが、本当は多分、もっと赤い。
 いつでも闇の中で、ろくに見えない顔の形を覚えているのは両手の平と指。
 そうして、サスケのそれとは違う男の声が。

――竜の旦那…。

 そう、政宗を呼ぶ、声。

 けれどそれに、何と呼び返したらいいのだろう。





(だって、俺は……)





 この男の、名前さえ知らないのに。















 一台のタクシーが第三緑地居住区“奥”、マサムネ・T・ダテ博士の屋敷の前に止まったのは、太陽が中天に差しかかろうというころだっ た。
 降りてきたのはオレンジに近い赤毛の少年。
 飛び降りて、玄関に駆け寄って。思い出したように振り返り、空色のタクシーの方へ細い腕をブンブンと振る。
 車の窓から身を乗り出して、ユキムラ・G・サナダ博士が手を振り返していた。
 小さな影がドアの中に消えるのを見送って、空色の車は第三中央駅に向かう。
「ただいまー!まさむね?」
 屋敷の玄関口で靴を脱ぎ、つま先で適当に揃えて少年は廊下をトタトタと進む。
 まさむねー?と呼びながら、明かりの点いていない洗面所を覗き込み、リビング、ダイニング、研究室…サナダ博士が午前中に送ったフ ァックスがそのまま受信機の前に積みあがっていた。
 細かな数値の羅列は、一言で言えば『異常無し』ということだ。
「まさむね…」
 フィルムシートの束を手にしたまま、声を潜めて寝室に入る。
 屋敷の一番奥、中庭に面した風の通る部屋。
 白いシーツにうつ伏せて倒れた細身を起こさないように、少年はそろそろと忍び足で近づいた。
 服も着替えず毛布もかけず、少年の創り主は眠っている。
――脈拍正常、酒気検出0.01以下。
「まさむね、マサムネ博士…マスター」
 呼びながら軽く揺さぶると、ベッドの上の青年は「ん…、」と鼻を鳴らして仰向けに寝返った。
 毛布をかけようとして手の中のフィルムシートに目を留め、少年はファックスの束をサイドテーブルに置く。
 数字の羅列の先頭に書かれているのが、彼の名前だ。

 甲斐原理統合5A式

 誰もが少年を『5A式』と呼ぶ。
 彼を常に人のような名で呼ぶのは彼の創り主だけ。

 5A Style-Unified Kai's Elements

 5ASUKE.と走り書きされた文字を“SASUKE”と読み間違えたのは、そもそもはユキムラ・G・サナダ博士だったのだが――彼は相変わらず 少年を5A式と呼ぶのだ。
 サスケ、と囁くハスキーヴォイス。その声が少年の世界の頂点に存在する。
 ファックスの文字から目をそむけて、ベッドの足元に畳まれたままの毛布をふわりと広げた。
 柔らかい布を肩まで引き上げると、触れれば切れるような左目をいとけなく閉じた人が、何か言いたげに唇を放す。
――誰かを呼ぼうとしているのだろうか。
――でも、誰を?
 顔の横に投げ出されていた右手が、ゆるりと指を閉じてまた開いた。
 サスケはその手を取って、自分の頬に押し当てる。
 青年が時折寝ぼけて触れてくるから。
 指が頬や鼻筋を辿るのが心地好い。
 引き寄せられるままにベッドの隣、毛布の中に潜り込んで、サスケは政宗の腕に納まった。
――サナダの旦那の家でオレンジママレードのサンドイッチを作ったから、匂いが残っているだろうか。
 すると政宗は、ママレードジャムの夢を見たりするのかもしれない。
 サスケのAIは夢を見たことが無いけれど――それとも見たことを、覚えていないだけなのか。
 けれど多分、自分が見るとしたらこの人の夢だけだから、夢を見る政宗の夢を見るなら。
 メモリーには残っていなくてもきっと、政宗と同じ夢を見ているはずだ。
 サスケはそう考えて、橙色の髪を黒い服の胸元にすり寄せた。
「おやすみ、政宗」
 唇を唇に重ねると、んん、とあどけなく掠れた声が零れる。
 端正な白い顔が、ふわりと笑んだように見えた。
 その表情に。
 サスケは眉尻を下げて、困ったように、へらりと笑った。

……こんな無防備な顔、見せてくれた事なかったくせに。竜のだん……

「な…?」
 鳶色の目をぱちくりと瞬かせる。
――何、今の、ノイズ。
 せっかくサナダの旦那に異常なしと言ってもらって来たというのに。
 起き上がろうとしたが、ぎゅむっと抱きしめる政宗の腕に引き止められた。
 大人しくもう一度ベッドに横になる。
 何しろ『まさむねの安眠』が今のサスケの第一優先課題であった。
――後で報告しよう。政宗が目覚めたら。
 もう昼を過ぎようとしているし、彼の眠りも浅くなっているのかもしれないけれど、あと少しの間だけ。


 甘いほの苦いオレンジ色の、優しい夢を、二人で見られますように。






















     了















=閃国BASARA=top≪