「神に祈ったか?」
「いや?…ただ俺様は、こう思いました」

――神様あんた、どんだけSなんだ。

 翌日の、放課後。
 丸一日人型の灰のような様子で過ごした佐助を、幸村と慶次は心配したのか好奇心からか、屋上に連れ出してくれた。
「何でだよ、運命の人だったんだじゃないのかい?」
――今日もまた高く結い上げた髪を揺らして佐助を覗き込む、慶次の頭に鳥の羽を突き刺したい。いろんな意味で。
「違った」
「名前が?」
「名前もだし、…顔見たら、分かるから」
 その言葉に慶次の顔がパアアッと輝く。
「見れば分かるか!好いねソレっ」
 運命じゃん!とまた明るく言われて佐助の口からはため息とエクトプラズマしか出てこない。
 少しは、似ていた。
――むしろ性別を除けば、今まで会ったどの人物よりも、近かったかもしれない。
 茶色がかった黒髪も、細くしなやかで強さを秘めた体つきも、英語混じりの掠れ気味な声も。
 別に元親のように、眼帯まで装備しろと言う気も無い。
(だけど、似てるだけじゃ、駄目なんだ)
「ふうむ、某にもまだよく分からぬな…昔どこかで会った事があるということか?」
「ああ、そう。当にそんな感じ」
 ははは、旦那冴えてるー。
 無理に笑う佐助を眉をひそめた顔で見て、真田はむむむと口元を押さえた。
「ならば某も知っていておかしくないはずだが…」
――本当にね。
 佐助も眉を寄せて、果敢なく笑った。
「なるほど?小さい時にたまたま出会って一目惚れ、とかそういう話か」
 得たりとそう、頷く男も。
――どうして、あんたたちは覚えてないのさ。
 理不尽な思いだろうか。
 けれど、あの竜の印象がこの二人にとってそんなに薄かったとは思えない。
「俺は会った事が無いのだな?」
 笑うしかない。
――ねえ、何であんたが覚えていなくて、俺だけが、覚えてるんだろうね?
 あの雷を従えた鮮烈な青の影。
 刃を交わした時のギラついた一つ目。
 性悪な笑みの口元の牙。
 異国語混じりの歌うようなハスキーヴォイス。
 闇の中の独りきりでいた、きれいで寂しい輪郭。
(どうして俺は、忘れられないんだろうね…)
「恋だね」
「違うよ」
 さらりと、否定が口をつく。
 あまりにもはっきりと言ってしまったからか、きょとんと目を開く精悍な目が二組。
「大丈夫だから、そろそろ帰ろうぜ?」
 鞄取りに行かなきゃ、と笑顔を取り繕えば、それがそのまま本心隠す壁になる。
――恋なんて、そんな甘い物ではない。
 きっとこれは、罪悪感なのだろうと、佐助は思っていた。
――あれが寂しい人だと知って中途半端に優しくした。
――いつだって僅かに触れては、手を引いた。
――そして最後は敵に回って、真田の旦那と二人、早々に戦国から消えてしまった。
 だから。
(どうしてあの時もっと別の言葉をかけられなかったのか)
(どうしてあの時触れてしまったのか)
(どうしてあの時)
 例えば、幸村の暇が合わずに、じゃあ俺様が手合わせしようかなどと言ってみて――一笑に付されるかと思いきや、木刀を六本手にとって子どもみたいにはしゃがれたり。
 いい具合に紅葉した椛を見つけたからと戯れるように取った手を、悪戯に笑って握り返されたり。
 夜中に訪ねていくのが当然で、遅い酒が冷めたお前熱湯持ってこい、なんて我がままを言われたり。
 そんな風に些細な事で喜ぶなら、いくらでもしてあげれば良かった。
 戦場で一つ目をギラギラ光らせ、血が沸き立つように高揚した竜とのダンスに、最後までつきあってあげれば良かった。
 最初会った時は何て嫌な男だと思ったし、苛める様なことも――今にして思えば酷く傷つける様なことも、言った。
 慣れたら慣れたで踏み込むのがどこか怖くて、野良猫にするように、少し撫ぜては手を引いた。
――だから、もう一度、会えたら。
「ただ、今度会えたら……意地悪しないで、怯えないで、少しでも優しくしてあげたいなあ…って」
 伊達さん、と呼ばれた女の子。
 彼女が振り向く刹那、――どれだけの期待が佐助の胸を占めていたか。
――あの人が女だったらなんて、考えたことも無いけれど。
 もしかしたらそんな事があるのかもしれないと、思ってしまうほどに、その可能性に期待させられて。
――期待させて期待させて脳を沸騰させて氷水を浴びせるのが、神様の趣味らしい。
「優しく、か」
「佐助は誰にでも優しいじゃん」
 呟く幸村と、ケロリとそう口にする慶次。
 それに、苦笑して。
――ただ一線を引いてるだけだろう。
 少なくとも佐助はそのつもりだ。
(でも、今度あの人に会えたら…)
 具体的に何をしてあげたいかなんて、考えてみても思いつかない。
――とにかく、もうちょっとだけでも。
 今度は。
「でも、見つからなきゃさー…」
 ぽつり、呟いた言葉に返って来たのは。
 トン、と右の肩に置かれた拳。
――若い身空で、何言ってんだよ」
 人生はこれからだろ?
 慶次の顔が斜め上にあって。
 トン、と左の肩にも拳が打たれる。
「見つかるに決まっておろう」
 幸村の顔が隣にあった。
 佐助が独眼竜を表立って探し始めたのが今年に入ってからで、幸村さえ未だに彼の名前しか知らない。
 何も思い出した様子はなくて、何度その肩を揺らしたくなったことか。
(独眼竜の旦那だよ?覚えてないの?旦那、……)
 きっと真田幸村は。前田慶次は。他の誰もが。
――後悔するような未練が残るような生き方を、しなかったのだろう。
 けれど、何よりもその変わらない目が。
 記憶がなくても決して変わらないのだと、教えてくれることが、何よりも佐助の支えだった。
「そうかな」
「そうだ」
「当たり前だろ?」
 根拠など何も無いくせに。
『死にに行くなよ、諦めるな、頼むから』
 そう泣きそうに顔を歪めたのは、最後に見た前田慶次の姿。
『猿飛佐助に不可能は無い。違うか?』
 そう笑ったのは、戦場の真田幸村だ。
「そうかもねー…」
 へらりと笑うのは、今の佐助だ。
(うん、そうだ)
――やっぱり、この人達がいて、あの独眼竜がいない世界なんて、考えられない。
 きっとあの伊達家を調べれば何か出てくるかもしれない――ひょっとしたら一族の中にいて、俺たちより年上だったり幼かったりするかもしれないし――年齢も分からないなら。
(これは変かな、でも)
 ひょっとしたらあの人は、これから生まれてくるのかもしれない。
 あの伊達家の、政道とかいう少女の弟か、ひょっとしたら昨日のあの娘の弟とか、下手したら息子とか。
(それならそれで、待ってみてもいいんだろうか)
――もう一度会えれば、それだけでいいから。
「あ」
「む?」
 ふと、佐助は立ち止まった。
「なら昨日のあの娘、コナかけとくんだった…」
 ぷーっと慶次が噴出した。
 幸村も立ち止まった。
「………佐助よ、貴様はその政宗殿とやらに懸想しているのではなかったか?」
 何やら怒りのバサラゲージがそこはかとなく蓄積されているような、そんな視線だ。
「いいじゃん、恋はいっぱいしておくもんだよ」
 ケラケラと笑いながら慶次が幸村の肩を叩く。
「いやあの旦那、そういうんじゃなくてね」
「そういう事でなければどういうことなのだ。説明しろ」
――ああ、学校で破廉恥とか叫ばれたくない。
「ええとねえーとね、そうだ、旦那帰りにモス寄ってかな――
 言葉は途中で途切れた。
 高速のスピンがかかった金色の旋風。
「え、は!?」
 喉元を狙った拳を、間一髪で避けきった。
「お」
「…かすが殿」
 慶次が目を輝かせ、幸村がその名を呟く。
 昨日の女子と同じ、隣の女子高のやけに布のいいシルエットの美しい、上品な紺の制服を着こなして――佐助の急所に一発入れようとした金の影は、紛う事なきかすが嬢であった。
「よう、かすが久しぶりじゃん」
「最近ずいぶんと派手に動いているようだな」
 冷たい金の髪と対照的な熱い目で――慶次の好きな意味ではない、これは完全に怒りによるものだと佐助も経験上知っている、鋭い視線を挨拶代わりに、かすがは切り出した。
「いやあ、派手って程でも…男子校にそのセーラー服で乗り込んでくるかすがちゃんの方がよっぽど、」
 ギロリ。と有無を言わさぬ双眸。
 ハイスミマセン、と両手を上げる佐助の襟首がグイとつかまれる。
「まあいい、とにかく入れ」
「入れってここ俺たちの学校で俺たちの教室…アダダダダ」
 グイグイと引かれるままに教室に入れば、ここにも意外な顔があった。
「生徒カイチョー、…何かありました?」
 ブレザーにきっちりとネクタイまで締めた毛利元就が、秀麗な顔に『不機嫌』の三文字を刻んでそこにいた。
「それはこちらの台詞だ。1-Bの猿飛佐助」
 貴様、何をした。
「いえ何かしたと言えば…」
 まあ裏で色々やってますが。
「お、佐助ー!」
 声のした方に目を向ければ、人だかりの向こうの銀髪ライオン。
――今度はなんだ。
「いや凄えニュース!事件!」
(え?俺なんかヘマした?)
 本気で心配になりだした佐助がとりあえずその窓際の人垣に近寄れば。
「ほらお嬢ちゃん、来たぜ」
 最初に、足が見えた。
 ローファーを履いた細い白い脚。
 かすがに負けない美脚というものを久しぶりに見た――と言っても、今の彼女は育ち盛りの弱冠15歳なわけで、比較対象は戦国のくノ一だったりする。
 その白い脚の膝が隠れるほどに紺のプリーツスカートのラインがあって、なるほどかすがが同じ学校の娘を連れてきたのだろうと知れた。
 すっくと立った頭の、茶色がかった黒髪が見えて。
 その時、佐助は――ああ何だ昨日の娘か、とは、思わなかった。何故か。
 灰色の男どもが道を開ける。
「Ah-,Sarutobi Sasuke?」
 How do you do.
 思ってみない声の、思ってもみない発音。
 流暢過ぎて一瞬聞き取れなかった。
――もしくは、呆気に取られすぎて聞き取れなかった。
 するりと抜け出してきた紺色の影。
 紺碧のシルエット。
 ショートカットの前髪だけ長く、隠れた右目にガーゼの眼帯をして、ぱちくりと猫のような左目を瞬かせる。
「Sorry,…っと、あっち暮らしが長くて、悪い」
 佐助の顔を英語の発音に戸惑ったと解釈したのか、頬をかいて日本語に切り替えた。
「昨日はうちのナルが世話になったな」
――硬直した忍びの耳に届いたのは。
「あいつの従姉で、かすがのクラスメイトの」
 初めて聞くのに懐かしくてたまらない、ハスキーヴォイス。
「伊達政宗だ」
 よろしく。
 ニイと笑った唇に、牙のような八重歯がこぼれた。
(あ、れ?えと、)
 そこでやっと、佐助は見開いた鳶色の双眸の奥を回転させはじめた。
(何だっけ、何だっけ、何て言えば、)
――今度会ったら、決して冷たくせずに。
 とにかく少しでも優しくして、今度は。
 指の細い少女の手が差し出されている。
(竜の旦那が…)
(女の子…)
(女の子)
 佐助はその手を、両手でそっと握った。
 女の手など何度も触れたことがあるはずなのに。
――柔らかすぎて、眩暈がする。



「結婚してください」



 竜の一つ目が、瞬いて。

 衝撃が佐助を襲った。
 五月の青空が、目いっぱいに広がった。












――Do you believe Destiny? ≫4