何が起こったかと言えば。
 かすがの回し蹴りと、恐らくは生徒会長の壮絶な拳が、佐助の胴体に命中して。
 佐助は教室の、二階の窓を突き破って、校庭の隅に落ちたのだった。
――かすがの反応はまあ分かる。ああいう奴だ。
 自分の女友達がよりにもよって佐助なんぞ(かすが視点)に口説かれたら、許しがたいものを感じるのだろう。
 中学時代の微妙な女遍歴もよろしく無いらしい。
――生徒会長の方には、意外な理由があって。
「ナルって変わった名前だよな。日本人か?」
 問うたのは元親で、あの時初対面だったくせにすっかり打ち解けた様子でいる。
「ナルミってんだ。伊達成実。父方の従妹」
 『しげさね』と言ってくれれば自分にだって覚えがあったのに、などという佐助の不満を聞いてくれる者はいない。
「えーと…お前さん、元就のイトコじゃなかったっけ?」
「だからあいつは母方の従兄で……面白いな、あんた」
 破顔した政宗の後ろで生徒会長は冷たい目を銀髪に向けた。
「政宗。頭が悪いものを面白いなどと言うものではない」
「悪くねーよ!わざとだよ。ど忘れだよ!!」
 だいたいお前、こんな親戚がいるなんてどうして黙ってたんだ!
「貴様に教える義理がどこにある」
 ずるいじゃねえかと喚く生徒会長の幼馴染に、(それだけは同感)と佐助も心中ため息をつく。
「かすが殿は政宗殿のことをずっとご存知だったのか?」
「…先月の末に、少し送れて転校してきたばかりだ」
「俺ずっとAmerica育ちで――あっちで養女になっててな」
 日本に戻るなんざ、少し前まで考えても無かったよ。
 幸村が「ほう」と驚く顔から、かすがの方を覗き込んで。
「でも、俺はすぐ仲良くなったつもりだったけど?」
 ニイと笑う政宗嬢に、かすがが赤い顔でプイと横を向く。
 それがただの照れ隠しである事を、佐助はよく知っていた。
――何だその目は。…貴様の探している『伊達政宗』は男だと、」
「なー?俺も吃驚だよ」
 馴れ馴れしく話しかける慶次をかすがは不審な目で見て、丸椅子を政宗の側に少し寄せる。
 政宗はきょとんと左目を見開いて。
「あ、いやそれはイイ。もうイイからっ」
 佐助は慌てて手を振り、それから呆れたように、ため息をついてみせる。
「それはともかく、あんたら、他人の病室で騒ぎすぎ」
 まったくもう…と肩を落とす佐助に、それぞれが言葉を詰まらせ。
「安心しろ、防音設備もなされた部屋だ」
 元就だけが冷たい顔を崩さない。
「そりゃ何よりですね」
 佐助は乾いた笑みを浮かべた。
 右腕にギプス。左足にもギプス。
 漫画かドラマで見られそうな典型的な怪我人の格好で、白い寝台の上。
 診断は全治二ヶ月。
――ああなのに、この人不祥事もみ消す気満々だ。
 佐助は見えない涙を左手で押さえた。
 学校の二階の窓を突き破っても、忍びのように無傷で着地したい所ではあったが――残念な事に現代の猿飛佐助は忍びの修行に明け暮れてはいなかったので。
 まず窓を破った瞬間木の幹に脚がぶち当たり、枝を折りながら落下して受身だけは取ったものの、右腕の骨にはひびが入った。
(情けない…)
 暗いため息をどう受け取ったか、賑やかな見舞い客は一様に静かになる。
「、佐助…、」
 冷たいような金髪の下、かすががあの時代でも見せた事の無いような、弱気な顔をして頭を下げた。
「私もやりすぎたと思っている。悪かった」
――多分、『今』のかすがは、人にこんな怪我をさせたことなんてほとんど無いのだ。
「猿飛」
 毛利元就は能面のような表情を崩さすに。
「不幸な事故だったな」
――事故じゃないだろ、おい。
 とは喉元まで出かかったものの、佐助はへらりと笑って見せた。
「ああ、はいはい。本当に不幸な事故でしたよ」
 ちょっとツッコミが厳しすぎて、俺がボーッとしすぎてた、それだけだ。
「だからかすがも、あんま気にすんなよ?」
 ね?と笑ってやれば、顔を上げたかすがはそれでも、「すまなかった」と小さく言った。
 政宗嬢が金の髪を慰めるように、さらりと撫でるのを、佐助は不思議なものを見る気分で、見つめた。



 寂しい人だと思っていた。
 紺碧の背中が過ぎる。
――本当は優しい人なのだとは、あまり想像していなかった。
 紺碧の細身が目蓋に蘇る。
 全員が一まとめに姿を消した静かな病院の個室。
 佐助が一つ息をつくのとノックの音がするのは、同時だった。
「どーぞー」
 それが誰かなんて分かっていた。
 想いの強さではなくて、忍びの習性で気配を感じ取って。
(こんなの、何の役にも立たないのに)
 引き戸が開いて、制服の紺色がそうっと入ってくる。
「Ah-,邪魔する」
 育ちは良いくせに野良猫に似た動きをする辺り、変わらない。
 後ろ手に扉を閉めて。
「…あの、な。俺からも謝りたくて」
 それは先刻のかすがの表情に似ていた。
「?何が?」
 へらっと笑って見せると、きゅっと口をつぐんでベッドに近づく。
 西日が左目に当たって金色にとろり、光るところまで、変わらずにいるのに。
「For give me.…ごめん」
――弱い人だとは考えもしなかった。
「元就もかすがも、俺のこと心配してくれてんだ」
 だからこんなことになっちまって、と言う『こんな事』がこの惨状の事か傷害罪を訴えられない事か分からないが、問いたださずに佐助は笑って手を振った。
「イイって、かすがとは付き合い長いしね」
「本当は、」
 言いかけてキュッと唇を噛む。
 桃色で柔らかそうで、今にも皮肉を言いそうな薄い唇とは似ても似つかないはずなのに。
「…あいつらがやってなかったら、俺が投げ飛ばしてたかもしんねえし」
 吃驚して。
――…ああ、そうかもねえ」
――伊達政宗だ。
 赤くなって目じりを吊り上げた顔に覚えがあって、何だか嬉しくなる。
「吃驚させて、こっちこそごめん。忘れて良いよ」
「いや、謝るな。困る」
――座らない?」
 左手で椅子を差すが、首を振られた。
「Sorry,すぐ戻るって言っちまったから」
(まあ、そうだろうなあ)
 かすがか元就か知らないが、人を二階から落としてくれた騎士ぶりだ。
「そりゃ残念」
 眉尻を下げてへなりと苦笑してみせると、申し訳なさそうな表情になって。
「また見舞いに来る。…来ていいか?」
「あったりまえじゃない」
 嬉しい、と人の良さそうな笑顔を見せればホッと柔らかい微笑み。
(ああどうしよう、独眼竜のくせに、何でこんな)
――お友達からってことでも、良い?」
 戸惑いながらもきっちりと。
「Yeah,…よろしく」
――弱みに付け込んだ自覚はある。
 けれど夕日のせいではなくて朱のさした肌が見て取れたから。
(うわあ…)
 かえって佐助の方が、焦りすら覚えた。
「じゃあ、また」
「政宗さん」
「?」
 細められた左目に金色を乗せて。
「ありがとう」
 弾くように見開いたのを、昔、見た気がした。
「Thank you,こっちこそ」
 何のことと思ったのか、少女はニイと笑って手を振る。
 紺色のスカートが翻る。
 扉が閉まる。
「…ありがと」
(同い年で、ちゃんと)
――この世界にいてくれた。
 それだけで。
(それだけで?)
――ああ、自分は嘘つきだ。
 もう一度会えればそれだけで良いなんて無欲な事。
 少しでも優しくしてあげたいなんて、まるで相手のためみたいな事。
――遊んだり、喋ったり、一緒に食事してみたり、近くで眠ってみたり、普通に肩を叩いて笑いあえたらどんなに良いだろう。
 あれが女の子じゃなかったとしても。
 温かくしてあげたい。
 飢えとか寒さとか心配の無い時代だけど、どうせ喧嘩とかも強いんだろうけど、守ってあげたい。
 喧嘩なら俺が相手してあげるから、他の誰にも傷つけられないで。
 孤独なんて感じることもないくらいかまってあげて、生涯最後まで。
――だから。
『結婚してください』
 あれは。
「気の迷いとか、勢いだけじゃないみたい…」
 蒼い陣羽織の隻眼の、薄い唇が紅い虎の子の名を紡ぐのを、思い出して。
――ごめんね。
 真赤な顔で、忍びは小さく呟いた。

 多分これは、運命ではないけれど。












――Do you believe Destiny?


――No,I don't believe Destiny,never.































※正確には"believe in destiny"になります。英語力ないので素で間違えました。
10/06/04 改稿