万策はまだ尽きていないと、佐助は信じた。
――武田の大将の手は借りられないけれど、本気で調べようと思えばきっと大人になれば使える手もある。今しか出来ない方法もある。
 だから佐助は高校に入ってからというもの、学生の揉め事に首を突っ込んでは顔を広めている。 
「えっとね、茶色がかったパサパサの髪で…」
 そうして恩を売った相手が信用できそうだった時は。
「いつの時代のヤンキーかってかんじに目つき悪くて一匹狼風で、気がつくと英単語口走ってるようなお人でさ」
 思いつく限り、その人の特徴を並べ立てた。
「そんななんだけど細身で、肌が奇麗で整った顔立ちの」
 幸村も信玄公もかすがも小太郎も、成長期のころはともかく、身体的な特徴や顔は記憶の中と変わり無い。
 名前だって、よくも今の時代に付けたものだと感心してしまうほどにそのままで。
――運命と呼ぶより、これは宿命なのだと感じた。
(けど、それだけじゃ)
 神様なんて信じられない。
 運命なんかが引き合わせてくれるとは思えない。
 きっとどこかにはいる筈で、それは宿命なのだと信じていられるけれど。
 佐助の元にその人を呼んでくれる運命なんて存在しないだろうと、これもすでに確信があった。
「そういう人あんたの学校とかにいないかな。名前?ああ、名前は…」
 自分で探すしかないのだ。
 猿飛佐助という男が『伊達政宗』を探していると――噂が広まったとすれば、あるいは片倉小十郎か伊達家が乗り出してくるかもしれない。
 来なければ佐助は自力で探し続けることができる。
――だが、出てきてくれればそれが一番良い。
 それは、彼が今この時代に、世界に、存在するという証明になる。
 佐助は苦く笑った。
――宿命、と呼んだものすら、本当は信じられていないのだから。
 信じているのではなく、信じたいだけで。
 信じられなければそこまでだ。
 記憶の中のあの人に、二度と会うことは出来ない。
(なんでそんなにまでして探すのかって、だって変じゃない?)
(あの頃いた武将が皆揃ってる。武将じゃなかった奴らまで揃ってる)
(一揆衆のお嬢ちゃんも宗教の人も、草のものも乱波の奴も)
 あの人がただ一人、どうしてか抜け落ちている。
 どうして。
――どうして?
 いないのが不思議だから探すのではなくて、探しても見つからないからなお追い求めてしまうのか。
「、違うな…」
 彼を探す理由を考えると、佐助の思考は纏まらなくなる。
 恋に恋する風来坊こと前田慶次に言わせれば、この現代であったことも無い――事情を知らない彼にしてみれば、正しく会った事も無い人間を捜し求めるのは。
『それが運命の人ってやつなんだろ?』
 という事になるようだが。
――運命なんて信じられない。
 少なくとも、自分とあの人の間にそれはなかった。



――竜の話をしよう。
 独眼竜と、烏の話だ。
 蒼い竜は紅い虎の若子を、宿命の好敵手と認めていた。
 固執していたと言っても過言ではない。
 烏は、紅い虎に仕えていた。
 竜と虎が戦場に合見えれば、烏も必ずその場にいた。
 烏は竜の巣の中にも忍びこみ、竜はそんな烏を容易く見つけては――虎の子の話をせがんだ。
「Hey,甲斐の烏…真田幸村の調子はどうだ?」
「あのさあ、どこの国に諜報に来て自国の情報ばらす忍びがいるわけ?」
 烏は呆れて首を振り、一つ目に見逃されては国へ帰った。
「そんなにあの人と闘りたいの」
「Yes ofcource.…ったり前だ」
「明日の戦で生き残れるかも分からないくせに?」
「Ha-n?この独眼竜が地に落ちるわけねえだろ」
 何度も、何度でも。
 一つ目の竜は、巣にいるときと戦場にいるときとは違う。
 本当は虎の子も同じで、戦中の、打ち合わす刃さえ熔けるような熱量を、平素まで持つ者などいないのだった。
「お前もな」
「…俺?」
 思わず聞き返す。
 竜の牙の奥から、烏に対する言葉は稀にしか出てこない。
「ああ。戦場でも普段と同じ顔ですってな態度で――でも本当は、今も」
 今この瞬間も、忍烏にとっては戦場なのだと。
 一瞬、目を細めた。
「Ah-ha,忍びみてえな顔、するじゃねえか」
 竜は牙を見せ嬉しそうに、笑った。
 烏はへらりと、軽く笑んだ。
「あんたの首を狙ってきたわけじゃ、ないよ?」
 いつだって。
「隙あらばって顔だったがな…まあ良い。どちらにせよお前にゃ帰ってもらわねえとな」
――嫌な人。
 烏はため息をついた、が。
「…また来いよ?」
 月の隠れる寸前。
 雲がひいたように掠れた果敢ない声。
「俺で良いならね」
 月の隠れた瞬間。
 雲のように柔い声で、答えずにいられなかった。
――独眼竜は。
 忠臣とともに双竜とさえ呼ばれた。
 けれど、国を背負って立つ姿は、支えがあってもまるで細い若木のようで。
 普段はどこまでも倣岸に不遜に雷までも従えて、威圧感は虎にも劣らない――劣らないように、見せていたのだと。
(あの時、気づいた)
 後ろを向いたままかけられた言葉。
 紺碧の後姿が、葉を落としたようにくっきりとした輪郭で、闇の中。
 独りきりで闇の中。
――それから、通うたびに、烏自身に向けられる言葉は増えていった。
(本当は、烏が竜自身に向ける言葉が増えたからかも、しれないけれど)



 それで。
――それで?
 烏と竜のお話は、これだけだ。
 語れることはこれだけだ。
――自分の記憶を掘り返して、主観たっぷりに語れば、そりゃあいくらでも捻り出せるだろうけど。
 もう少し付け足すとすれば。
――烏の爪は、竜の鱗に、少しだけ触れた。
(本当に少しだけ)
 痕跡すらつけられないほど、かすかに。
 竜が目蓋を伏せる一瞬、時折、その目が諦めと哀しみを含んで見えることに気づくほどには。
 それから甲斐と奥州が休戦協定を結んだり同盟を組んだり――甲斐の国が滅びるまで、真田幸村が大阪城に入るまで、そんなに悪くは無い関係でいられた。殺し合いは忘れていられたのだから、良い方だと佐助は思う。
――それだけ。
 なのに、佐助は独眼竜を捜し求めている。
(だって…どこかに居るはずじゃない)
 こんなにも全ての駒が揃っていて。
――誰よりも何よりも、真田の旦那がここにいるのに。
(早く姿を現しなよ。旦那は剣道で全国を争ってる)
(あんたはいつだって、真田の旦那の話ばかりしてたじゃない)
(剣道じゃなくても良い何だっていい、だけどあんたの宿命はここにいるのに)

――どうしてあんたは何処にもいないの。竜の旦那。

 カツン。
 スニーカーが小石を蹴っていた。
 日は暮れ始めて、駅に近い路地裏は褪せたような色に染まっている。
 初夏の、日毎に伸びる夕刻の明るい色。
 学校からの帰り。
 幸村は道場。慶次はバイト。元親は生徒会の力仕事に駆り出されていただろうか。
 独りきりで歩く方が気楽な時が多い。佐助が忍びだった時の、あの戦国の記憶を白昼に見てしまうからだ。
 それでも佐助の耳は――その喧騒を、察知した。
「…!やめ……」
「……駄目、……さん!」
 女の子の声と、何かがぶつかる音と。
 騒がしい表通りの裏でどれだけの人間が気づいたか、忍びの耳は音から瞬き一つ、一対三の構図を脳裏に描く。
 揉め事には首を突っ込むもの。
――嗚呼、昔の自分が見たら眼を剥くだろう。
(それもこれもあんたのせいだ)
 目つきが悪くて八重歯なんか牙にしか見えない、異国語混じりの口は悪くて、隠した孤独の色は底知れず深い、そんな人。
――宿命の相手は自分の上司で、自分はそのオマケか良くても暇つぶしだったのか。
 運命にも期待できない間柄。
(でも俺はあんたにもう一度会わなくちゃ)
(もう一度、会えれば、それだけで)
――それは、慕うような気持ちからではなく。
 足音も小さく駆け込んだ路地、気配の薄い佐助に気がついた者は無い。
 女の子が、紺色のセーラー服の肩を寄せ合って二人。
 隣の女子高の――かすがも通っている、仏教系のお嬢さま校の制服の後姿だ。
 それがもう一人。
――驚いた事に、男三人を相手取っている。
 動きは柔道の有段者か何かか。
 佐助たちの男子校とは違う他校の制服の、一人すでに投げ飛ばされて地面を舐めている。
 だとしても放っておける事態では無い。
 佐助は地面を蹴った。
 と、耳に飛び込んだ少女の声。

「危ないよ、伊達さん!」

(…ダテサン?)
 口汚く叫ぶ男の顎を爪先で蹴り上げた、佐助の目の横を、茶色がかった髪がよぎる。
 パサついた黒髪。
 もう一人の鳩尾に膝を入れて、最後の一人の鼻先に。
「あー…あんたは良いや」
 これ、持って返って?
 地面に倒れた三人を示す。
 ガクガクと頷いた少年の顔など振り向けばすぐに忘れた。
「伊達さん…大丈夫?」
「ごめんね、ごめんなさい、怪我は無い?」
 細い身で背筋を伸ばして立つ後姿。
 他の二人とは、存在感が違う。
 茶色がかった短い黒髪を手で整えて。
「気にしないでいいって」
 ハスキーな声で答えた。
 じっと見ていると、「あ…」と一人がたじろいで、ようやくその――彼女は、振り返った。
 『彼女』だ。
 まさか。竜の旦那が。いやでも。
――ちょっと待って心の準備が出来てない。
「Ah-,助けてくれたんだ?」
 どこか粗雑な言葉遣いで、ニカッと笑う。
「何処の誰か知らないけど、Thanks,」

――神様。

 佐助は心の中で呟いた。












――Do you believe Destiny? ≫3