ずっと探している人がいる。

「えっとね、茶色がかったパサパサの髪で、いつの時代のヤンキーかってかんじに目つき悪くて一匹狼風で、気がつくと英単語口走ってるようなお人でさ」

 何処かにいる筈だと信じている。

「そんななんだけど細身で肌が奇麗で整った顔立ちの――え?違う違う!男だよ、男」

 運命なんかが引き合わせてくれるとは思えなくて、けれど必ず探し出してやろうと。
――そう決めている。

「そういう人あんたの学校とかにいないかな。名前?ああ、名前は…『伊達』」

 『伊達政宗』



 見つけたら下記のメールアドレスまでご連絡ください。


    猿飛佐助




     Do you believe Destiny ?




「…尋ね人どころか迷い猫扱いじゃねえか、それ」
 紙パックの口を開けてその中身をゴキュゴキュと豪快に飲み干し、プハッと息を吐く大柄な制服姿。
 夏めいた日差しを受けて輝く銀髪は鬱陶しいほどに眩しい。
 その髪の下の右目が呆れ眼を向けてくる。
 左目は紫に染めた革眼帯に隠され、肩に制服の上着をなびかせて、半そでの開襟シャツから覗く腕はたくましいくせに白かった。
 そしてその手に持つ紙パックはいちご牛乳だ。
「うむ。そこまで固執するならばいっそ手段を選ばずに張り紙でも張るがよいのではないか?」
 食べ終わった弁当の蓋を閉じ、菓子パンの袋を破る手はにこんがりと焼けている。
 こちらも制服のグレーのズボンの上に半そでの開襟シャツ。いくら晴れた五月の屋上とは言え、これはいささか涼しいのではないか。
 そんな思いを煽るように風が吹きぬけていく。
 一房だけ伸ばされた、長い尾のような茶色い髪が、揺れた。
「しっかしあんたがねえ…運命とか信じるタイプだとは思わなかったよ」
 快活に笑うと白い歯がこぼれて、赤い塗りの箸がまあ良く似合う。
 手の中には重箱の三段目。
 育ち盛りのブレザーの背に、こちらも茶色い尾のようで、重たげなポニーテイルが揺らめいて。
 三者三様の学校仲間をそれぞれに見やって、佐助は重苦しい息をついた。
 とっくに食べ終わった焼きそばパンが胃にのしかかる。
「生憎猫の子じゃないんでね。訊く相手は選んでるよ」
 ペットボトルの緑茶を一口煽った。
 ヘアバンドで後ろに流したオレンジ色の髪を、風が梳いていく。
「そんなことより前田の旦那、職員室から呼び出し喰らってなかった?」
 何気ないような声に、何の心当たりがあるのかポニーテイルが跳ね上がる。
「あ、俺も放送聞いた」
 まだ行ってねえのかよ、と紫の眼帯の、反対の目も呆れたように細まった。
「え!誰?誰先生!?」
「んー…濃さんだったかな」
「怒らせると怖いでござるな」
「うう…」
 かかかっと残りのご飯を掻っ込んだかと思うと、重箱の蓋を閉め「ごちそうさま!」と宣言する。
「行ってくるよ、悪いけど弁当箱よろしく」
 机に置いといてくれっ、と豆台風のごとくに茶色いポニーテールは去っていった。
 はいはい行ってらっしゃーい、と笑って手を振ったオレンジ頭は、オカンと呼ばれてクラスでも有名な軽い笑顔。
「……」
 その顔を銀の扉に向けたまま、手を静かに下ろして。
 菓子パンを取り合う喧騒を背に、青い空を見上げる。
 オレンジの髪を、風が揺らした。
「…運命なんて、信じますかってーの」
 呟いた、その顔は。



『忍びみてえな顔、するじゃねえか』
――そう、あの人は言った。
 いつの時代の事かは分からない。
 分かっていると言ってしまっても、間違いではないのかもしれない。けれど。
 戦国時代。
 日本の歴史の、中世の頃。
 だが佐助の脳裏に描かれる、嫌でも描かれ続ける血みどろの時代が、今この現代と一続きの時間の中にあるとはまるで思えない。
 そこには織田信長がいて、豊臣秀吉がいて、徳川家康がいて。
 武将がいて、農民がいて、戦があって、――忍びが在った。
 教科書で語られる戦国時代となんら変わり無い。
 だがそう思うにはあまりに。
(何ていうか、超常的な現象が多かった気が、うん…)
 それは、血と死と腐臭が作る暗闇の影が濃いほどに強くなる、光のような一面だったのかもしれない。
――ともあれ、そんな世界の中で、あの人は武将として、そこにいた。
(確かに、いた)
 奥州筆頭。独眼竜、伊達政宗。
 そして佐助は、猿飛佐助は。
 奥州に隣する甲斐の国の、忍びだった。
 まるで今の自分と変わらなくて、ヘラヘラと笑って仕事をこなす、忍びらしくない忍び。
(否、ちょっと違う)
 確かに記憶の中で佐助は忍びにしては派手で飄々とした男だったが、その男が『今の佐助』とまるで同じ、なのではなくて。
 『今の佐助』が、あの猿飛佐助だった頃からまるで、変わっていないのだ。
――きっとこの記憶は、物心がつく前から自分の中にあった。
 年毎に濃さを増していく戦場の記憶も、闇夜の仕事の記憶も、上司に振り回された日常の記憶も。
(竜の旦那と過ごした時も)
 今周りを見回せば、佐助の記憶に色濃い人物も近くに多い。
 一緒に育った幼馴染の真田幸村や世話になっている道場の師範は、戦場の上司だった二人。
 小学校の時から街のボランティア活動で腐れ縁になっている、こちらももはや幼馴染のかすがと小太郎は、忍び仲間で命を狙われた事もあった。
 そのボランティアの主催者が、あの時代かすがの上司だった上杉謙信で、道場師範の武田の大将とは今でも(――そう、今でも)囲碁や飲み比べの好敵手だったりする。
 小太郎の家の爺様はどうやら北条氏政だ。今川とは仲がいいらしく、二、三度姿を見て白粉の無い顔に驚かされた。
 徳川と織田の一族は親戚の浅井も含め、有名な土地持ちだから集めなくても噂は耳に入る。豊臣も二、三年前に会社を興した辺りから、佐助の情報網にかかっていた。
 森蘭丸はいつき嬢とともに小学校時代の後輩で、明智光秀は何の暇つぶしか中学校時代の図書館司書。織田の嫁がこの高校で古典の教師などしているから、その影響もあるのだろうか。
 南のはずれの教会には胡散臭い新興宗教の一派が入ってるし、西のほうには金メッキの眩しい寺がある。
 島津義弘は武田と肩を並べる道場の一派で、真田の大会ごとに顔を見られた。
 宮本武蔵も大会では常に上位に食い込んでくるため、中学時代には居所を突き止められた。
 今の高校の生徒会長は毛利元就。策略なしでも推薦されて当選したそうだ。
 留年したらしい長曾我部元親に一緒に入学した前田慶次は(前田夫妻に世話になっているというのだからこの縁もよくよくだ)言うまでも無い、先刻一緒に昼を囲んでいたお仲間で。
 同じくらいの学年の人間の名前など、理由をつけて学校に問い合わせればすぐ分かるものだ。実際は高校に入学する前から知っていた。
――何とも、縁が深いのか、よくもまあ揃いも揃って自分の目の届く所にいてくれたものだと思う。
(なのに、ねえ…)
 ねえ、あんたらの情報調べるために俺様は苦労したんじゃないのよ、と愚痴も言いたくなる。
――肝心のたった一人が、いったいどこにいるものか。
 片倉小十郎、という人物は存在する。
 だがそれが分かった後が難関で、何しろこの奥州の忠臣だったはずの人物が、現代では松永久秀の会社の中枢にいると分かった時には――ちなみにそう知れたのはそこにバイトで出入りしていた小太郎のおかげである――頭がこんがらがったものだ。
 分かったのが去年の夏で、佐助は受験もそっちのけで調査に走った。
――中学三年生のやることも情報量次第、侮ってもらいたくは無い――何しろ忍びの頃のノウハウさえ知っているのだから、後をつけたり忍び込んだり資料を拝借して戻したりはお手の物だ。
 そうして非合法な難関を掻い潜って調べた結果。
 片倉小十郎が、伊達晴宗という人物が取り締まる役所の組織の人間であると分かった時には。
――神様。
 と、佐助は柄にもなく心で呼んだ。
 伊達晴宗を調べれば、間違いなく息子の輝宗の名前があったのだ。
 そしてその輝宗の子どもは一人。
 『政道』という、名前を見て佐助は首を傾げた。
 こっそりと――やたらとガードの固い伊達の大きな家にひっそりと忍び寄って、その人を見た。
 茶色がかった黒髪の。
 覚えの無い、深窓の令嬢がそこにいた。
――神様、このヤロウ。
 佐助は一日部屋に篭って、お経を書き付ける代わりに数学の問題を問いた。
 夕方部屋を出ると、幸村が規定量以上の菓子を食べた形跡を残したまま、庭で素振りをしていた。
『目が赤いぞ、佐助』
 しっかりしなきゃ、と思った。
――あの世界の記憶は、幸村にはまるで無い。
 信玄公やかすがや、小太郎にも確認した。上杉謙信も優雅に首を傾げるばかりで、『えにしとはふしぎなものですね』とあの頃と変わり無い声で、涼やかに言って微笑んだ。
 元親にも、慶次にもあの記憶があるとは思えない。
 もしもあったとしたら、まず独眼竜の――史実の人としてではない伊達政宗の名に、反応があったはずだ。
 唯一、佐助が面識を持った中で、あの時代を、生まれる前を覚えていたのは、一人だけ。
『やはり貴方は…黄泉の国に近い存在だったのでしょうね…ふふ』
――話したいと思ったことはまるで無い、あの頃なら仕事でなければ鉢合わせても全力で逃げただろう。
 魔王軍の死神が、眼鏡をかけて、本を抱えて暗く笑った。
『地獄の砂を掴んだまま、また生まれてしまったのでしょう?』
 妄執を捨てきれない…私と貴方はお仲間というわけです。
 日暮れた司書室で、佐助は苦笑するしか出来なかった。
『それでも貴方にはまだ、政宗公を探す楽しみがある…最高の暇つぶしになりますよ…クク、ク』
『あんたは、ずっと一緒だったんでしょう?』
『ええ』
 死神が、鎌を奪われ魔王と引き離された姿は――あの時なら思いもしなかっただろう。
 寂しい姿だなんて。
『貴方が時折うらやましい』
『…どうかな』
『うらやましい』
 夕焼けが血の色に、真赤に染まる。
 昔見た気がした。
 戦国の世ではなく、地獄の河原で。
『卒業おめでとう、猿飛君』
 鬼も虎も竜もいない。
 いるのは烏と死神だけだ。












――Do you believe Destiny? ≫2