――まあちょっと、落ち着いてみようか。
 ツッコミどころ満載な事態に直面した人間がそうするように、猿飛佐助は菩薩の顔で肩の高さに両手掲げて見せた。
 菩薩?Han,狐面の間違いだろ。
 そんな声が飛んできたがひとまず横に置く。
――状況を整理しよう。
 佐助の前には笑顔の男。ポニーテイルに長い手足、大きな手で頬杖をつき、笑う口も大きくて、全体的に大柄にも見える。存在感だとか周りにふりまく桜色の空気(そもそもシャツの色が桜色だ)も含めて、占有体積が大きい。そんな風情で向かいのソファに座っている。
 押しの一手が得意技、前田の風来坊こと慶次さんである。
 ったく何食ったらこんなにでかく――Ah,前田の鴛鴦夫婦の家の飯か。
 今この場に関係のない感想を右から左へ聞き流し、佐助は「それで」と慶次に向き直った。
「何が問題になってるって?」
「いや問題って、まだ何もなっちゃいないよ!」
 カラリと笑って慶次はスマフォに指をすべらせる。
「ただ、もう話は決まってるわけだし、いつごろにしたらいいかなってさ」
――話は決まっている。
 確かに決まっている。
 だがそれは単に『猿飛佐助がこのたびめでたく身を固めます』と、そういう話であって――友人知人を招いて盛大に宴っちゃうよ☆という話ではない。
――ない、はず、なの、だが。
 頭を押さえる手に後ろに流したオレンジ赤毛がはらりと垂れて、佐助の視界にのん気に揺れた。
 慶次がほらほらと見せてくれたスマフォの画面。グループラインの楽しげな吹き出しは。

   ***

 あんたら俺をのけ者にして楽しそうじゃねえか。
 と、クールに笑っているようでその実すねている声が気になったが、今は脇に置く。
 上司の真田幸村いわく『風船のごとく風にふわふわと地に足のつかぬ生き方をしている佐助』――あんたと同じ武田商事で立派に働いているのにそりゃないんじゃないの、とは思うがつまり、仕事以外の生活が割とどうでもいい感じで仕事を取り上げられたら何もない、そんな猿飛佐助さんの私生活にイレギュラーが生じたのは去年の夏だ。
 その人と予定を合わせるために有給をとった九月。
 その人のただの友だちに、部下に、果ては己の上司に盛大に焼き餅を焼いた十月。
 その人を驚かせようと悩み抜いてクリスマスプレゼントを買った十二月。
 その人と喧嘩をして仲直りをしてみんなに笑われたのも十二月。
 その人からのバレンタインチョコレートを独占するために駆けずり回った二月。
 その人に結婚指輪を贈ろうとしたら、驚かれしばき倒されて逃げられた六月。
――考えてみればあの日、指輪を選ぶにいい店を教えてくれたのも目の前の風来坊だ。
『プロポーズ?いいねえ、政宗ってサプライズとか好きそうだし、やっぱ指輪とか〜いやいや、そこは一緒に選びたい子とか多いらしいな。とにかく俺は応援してるよ!』
 サプライズにしたつもりはないのに、その人の驚愕ぶりはまったく想定外だった。結局ほとぼりが冷めるのを待って、二度目のプロポーズは彼の誕生日まで持ち越されたわけだが。
 事あるごとに相談し、逃亡を幇助され、あるいは追跡を助けられ――そりゃあ、皆さまにはご迷惑をおかけしました。
 礼をしたい気持ちはある。もちろんある。ひとりひとりを招いて誠意を尽くすにやぶさかではない。
――だがしかし、だがしかし、だ。
 佐助は恐る恐る、隣を見る。
 その動きに気づいた金の眼が、猫の目のように佐助を捉えた。金茶の艶をもつ黒髪が右目の眼帯を隠し、刃のような形の目は左しかさらされていない。左目に両目ぶんの力が宿って、不必要なまでのオーラと鋭さと色気が垂れ流しだ。雅に整った鼻梁に、皮肉気な笑みの似合う薄い唇。
「Hey,――なんて顔してんだよ」
 貿易会社OED代表取締役、人呼んで独眼竜、伊達政宗。
 これが武田商事営業二課主任、軽口を叩きながらも仕事人間まっしぐらだった猿飛佐助の人生に現れたイレギュラーだ。
 男である。
 よその会社の社長である。
 スーツにネクタイはもちろん、休日のラフなVネックも細い身体によく似合う。
――落ち着いて考えよう。
 結婚式なんか挙げられますか?挙げられますか!?
「挙げりゃいいんじゃねえか、別に」
「嘘だろおおお!?」
 叫ぶ佐助を後目に、政宗は慶次のスマフォに指を滑らせる。
「これだけ身内ばっかりなんだ、今更隠す相手もいやしないだろ……安心しろ、マスコミは呼ばねえから」
「怖いこと言わないでください!」
「晴れ姿も見せねえで小十郎が納得するかよ」
「だから怖いこと言わないでください!」
「あんた、ちょっと落ち着け」
 青ざめる佐助と冷静過ぎる政宗を、慶次はにこにこしながら眺めている。
 人の恋路が大好きな男なのだ。
「そんな訳で、おふたりさん」
 式の日取りは、いつにする?









『S*D Bridal F』2015/05/03発行