Eの不在


 ワインの試飲に興味はあるか?
 そう聞かれたのは二度目だった。
 一度目は先々月、貿易会社OEDが主催する試飲会へ、上司の御指名で。
 そしてこんどは、そのOEDからの御指名で。
――社長直々の御指名で。
 わー、何ていうか、何だろうな。
 営業が成功したと素直に喜べばいいような、複雑なような。
 少なくとも真田幸村が『あの独眼竜殿とよしみを結ぶとは、さすがだな佐助!』などと普通の上司なら背中を叩きそうな笑顔で拳を頬にめり込ませようとした件は、素直に喜べない。
 真田は佐助が働く武田商事営業二課の若きエースである。端的にいえば課長である。ちなみに彼の拳は純粋に親愛の証だった。武田会長の秘蔵っ子だというのだからまったくもってしょうがない。
 ともあれ、佐助は営業という部署の人間だった。
 営業の仕事とは煎じ詰めれば顧客と会社を繋げることである。二課は一課の裏方とされていた。取引相手と繋がる一歩手前、その水面下の駆け引きと情報収集、作戦立案を担当する。具体的な方策を練り実際に動くのは一課の花形の仕事だった。
 つまり取引相手になりそうな会社の社長とお酒を飲んだりするのは一課の仕事であって、地毛のオレンジ赤毛を染めもせずにしばしばくくる長さまで伸ばしてピアスの穴を隠している、猿飛佐助さまの担当ではないのである。
 カコー…ゥン……。
 水辺に涼しげな音が鳴った。
――あれ、何てったっけ。ししおどし?
 料亭の、緑の楓も涼しげな庭園に面した一間だ。
 塗の膳の上には創作和食とでも呼びそうな皿と、小さなグラス。
 ワインの試飲と言われたからにはこちらがメインだろう。
「国内に向けてWineを勧めるのに、今更Frenchもないからな」
 OEDと言えば食料品の輸入を手広く扱っているはずだ。
 しかし佐助には「はあ……」と歯切れ悪く答えるしかない。










『airの不在』2014/08/15発行