目が覚めたらどこかのホテルで記憶もないのに隣に裸のオンナノコ、などというベタな失敗はTVの中のネタだと思っていました。
 誰にともなく丁寧語になる脳内の声に、佐助はズキズキと痛む頭を抱えた。普段は額の後ろに流しているオレンジ赤毛が、指の間からこぼれて揺れる。
 頭が痛むのは二日酔いのせいだろう。学生時代に一度だけなったことがある。そう酒に弱いわけでもなく、自分をセーブするのは得意とするところだ。少なくとも自分ではそう思っていた猿飛佐助である。
――しかし、この状況は、どう考えても。
 初夏の日ざしが燦々と振り込む大きなガラス戸。この香港の夜景も眼下にまぶしい、眺めのいいスイートルームだ。
――しかも、何やらやけに見覚えのある。
 一泊お幾らですかと下世話な質問をした佐助に、部屋の主は「毎度Card払いで数字は見ねえ」と誤魔化すでもなく恐ろしい回答を口にしたものである。己の右目と呼ばわる例の秘書のチェックに任せているのだろう。右腕でなく右目と呼ぶのは、その右の眼を幼い頃に失ったからだと聞く。
 OED代表取締役、伊達政宗。
 武田商事営業二課の猿飛佐助より四歳ほど年下の、よその社長さんだ。
 佐助は頭を抱えた手のひらの隙間から、ちらりと隣を盗み見る。
 白い肌、黒い髪、するどさをまぶたに隠して薄く唇を開いた稚い寝顔。
――なんで。
 オンナノコならまだしも、この人が同じベッドで裸で寝てるんでしょうか。
(やばい、頭痛い)
 そしてやっぱり、昨夜の記憶は、ない。



『自分で会社起こしちまえば誰でも社長だろ』
 そんなインタビュー記事の見出しとともに写った、小生意気そうな伊達政宗(十九)の写真を雑誌で見たのが何年前だったか。記事の詳しい内容は覚えていないが、俺様ならこいつの下で働くとか絶対嫌だわー、と佐助は苦笑いしたものである。親の遺産の前渡しを株で増やしたんだとか、だが株には飽きたのだとか、今後の事業の展開だとか、昇り竜のごとき回答の中身はさておいて――とにかく端々に漂う自信の程とプライドの高さが癇に障ったと言うか、何と言うか。
 信者もアンチも作るタイプだなー、と己の嫌悪感を客観視しつつ、雑誌は資源ゴミに分別した。
――そもそもこんな目つき悪くてまともに社会を渡っていけるんだろうか。
 最後に表紙を眺めた印象がそれだ。
 目つきが悪くて態度がでかい若造がトップに立っている小さな貿易会社。
 老舗の武田商事と関わりになる機会もなさそうな社名は、その後もチラチラと目の端に入っていたが、特に廃れたともやらかしたとも耳にしないまま数年が経つ。
――だから、正直、そんなにはっきりと顔を覚えていたわけではなかった。
 出張で香港に来た二日目の朝。
「っと」
「Excuse,」
「あ、すみません」
 ぶつかりかけたのは右肩。見上げるように振り返った顔の、眼帯で、右側の視界が利かないのがすぐ分かる。
 左目が見開かれたのは、佐助が日本語を口にしたからだろう。
「悪いな」
 ニッと笑った顔が人懐っこく見えて、その場ではその人と気づかなかった。
 大丈夫と答える代わりにへらりと笑って手を振って。雑踏に消えた仕立てのいいスーツと眼帯を、『伊達政宗』と関連づけるのに三秒かかったものだ。











Oの不在










『Oの不在』2013/07/28発行