「Hey,佐助。祭にいくぞ」
 ハスキーな声に振り向けば、武田屋敷の居候が、可愛らしい金魚の浴衣で立っていた。
 当然のような顔で立っていた。
「祭?」
「Yes,マツリ」
 佐助は泡立ったスポンジと皿を手にしたまま、要するに皿洗いの途中のまま、このお屋敷の居候をじっと見つめた。
 先日十五歳になったばかりの少女の、華奢な――はっきり言えば胸がない身体に、浴衣はよくにあう。涼しげな白の、織り模様の中に染められた朱色の金魚、淡い藍の水影。きりりと濃い藍の帯。
 簪をさす余地のなさそうなショートカットの黒髪の、左側の前髪をピンで留め上げて、右側はいつものように右目の眼帯を覆っている。髪留めから下がる硝子ビーズも、水滴のような淡い色だ。
「似合うか」
「はいはい大変よくお似合いですよ伊達ちゃん。あー、いや、政宗さん」
「そうか!」
 満足げにニイと笑う顔。切れ長の目と牙とあいまって子猫めいて見えるその顔は、かわいい系というよりは――そりゃもう三年後が楽しみなキレイ系である。あくまで三年後の話だが。
 と、弱冠二十三歳の猿飛佐助は心中うなずく。
 違和感があるとすれば、ひとつだけ。
「お似合いなんだけどさ、お祭りって今日の夕方からだよね?」
 まさか隣町の縁日に行く気じゃあるまいし。
 時刻は午後二時、佐助お兄さんは未だ昼食のあとかたづけの真っ最中だったりする。
「そう急がなくても縁日は逃げやしないよ」
「あんたは逃げるだろ」
 今のうちにプレッシャーかけてやろうと思っただけだ。
 堂々と鼠を狩る手の内をさらして、そのくせ「その皿拭くか」などとクルクルたすきをかける様子にはまるで悪気がない。
「いいよ。汚さないように部屋でおとなしくしてな」
「じゃあここで大人しくしていることにする」
「いや、あのね」
「昼、美味かったか?」
 皿の泡をすすぎながら振り向けば、ちょこんとキッチンの小さな椅子に座って、佐助を見上げる真剣な顔。
 武田道場も盆休みの本日のお昼ご飯は政宗の当番だった。ザルいっぱいの素麺の他に、鰻の白焼きとキュウリの細切りと錦糸卵を、ミョウガに胡麻に三杯酢で和えたものがボウルにいっぱい。とにかく大量だったのは育ち盛りの男子がひとり混ざっていたからだろうか。
「美味しいって言ったと思ったけど」
 キュウリとミョウガは政宗の実家の、片倉小十郎なる男の畑のものだそうだ。あの人野菜作りなんかするんだなあ、と佐助は頬に大きな傷を走らせたヤクザまがいの顔を思い出す。普通にしていれば髪を後ろに流して固めた美男子なのだが、政宗のことになると表情までヤクザまがいになる怖い人である。
「あんた幸村がうまいうまい言うのに相槌うってただけだろ」
「そうだっけ、まあ心配しないでも伊達ちゃんは料理上手いよ」
「……」
 へらりと笑って言ってみても、返ってくるのは頑固な沈黙だ。
――お昼美味しかったよ、政宗さん。ご馳走様」
 美味かったのは事実なのだからそう言っても良いはずなのに、口にしてからシマッタと思う。
――また甘やかしてしまった。
「Ha,まあ当然だけどな」
 偉そうに腕組んで胸を張る姿が――まあ子どもっぽいのは、胸がないのと金魚柄のせいだけじゃないよなあ。と佐助は苦笑する。
 幸村と同じ保育園の、同じすずめ組だった、「だてまさむねくん」の延長線に立っている女の子。
――だから武田の大将も、居候など許しているのだろう。
 なお、居候の目的は『花嫁修業』であると本人は言っている。










『桃栗三年 柿八年 夏の金魚はあと一年』2012/08/10発行