はじめてのはじまり。


 独眼竜と呼ばれる男と猿飛佐助がはじめて対峙したのは、いつかのどこかの戦場だった。
 佐助の主たる若武者の、その好敵手。若武者の影である佐助も、竜を目にしただけなら一度や二度ではない。
―― けれど、ああもまっすぐに面と向き合ったのは、それがはじめてのことだった。
 戦塵曇る天の下に、空の青さをただひとりまとって。三日月がかぶる兜の陰、金の独眼を狂気に見開く。
 ぱちり。
 爆ぜた音は、雷か。
「Get out―― どきな、武田の忍び。あんたに用はねえ」
 佐助は鉢金の陰で、その目を細めた。
―― なんだろう、このザワザワする感じは。
 苛立ち、否、焦燥。焦げつくような。
 真田幸村はどこだ。と、忍びの主の名を呼んだ唇は、竜の牙を見せてつりあがる。

―― その言葉に自分がどう答えたのか、そんなことは忘れてしまった。



(ただ、なんとなく、苦手だなあと)
 思いながら、ぼやきながら、避けようにも無視できなかった、その竜が。
 奥州筆頭、伊達政宗が今、猿飛佐助のとなりで。

 白無垢姿で紅い杯に口づけている。

 突然この現実を突きつけられて順応できるほどぶっ飛んだ人間になった覚えは佐助にはないが、むろんこれに至るまでには三段階くらいの非常識な飛躍があって、その結果として、佐助はこれを非常識なりに現実として受け入れている。
―― 受け入れている場合か?
 という自問自答は後を絶たない。
 しかし交わす杯もはや三杯目。穏便に逃げ出す機はとっくに失せた。
―― 受け入れている場合なのか?
 これは隣に座す竜への問い。
 だがこの状況をつくりだしたのは確かに彼だ。
―― 否、『伊達』だと言うべきか。
 幾重にも重ねた真白い絹、その目深にかぶった打掛の縫い取りと艶に包まれて、表情さえ見えない。
 佐助の目に映るのは。
 奥州青葉城の広間を占める、伊達の家臣団と(特に馴染み深い片倉の旦那の馴染まない涙目)、来賓席の上司ふたり(突然の現実に順応しきって鷹揚にうなずいてる武田の大将と感涙してる真田の旦那)、伊達家の奥の女人たちを隠す御簾(たぶん、あの中に竜の旦那の母君が)、庭先まで押しかけている伊達の兵たち(見覚えのある気合の入った兄ちゃん方と旗印と)みょうちきりんな格好の祭司(サンデー毛利とか名乗ったけどこの黒尽くめ、まさか)―― 嗚呼。
(なんの冗談だろう、これ)
 佐助の知る『祝言』とは似て非なる光景だ。
―― いやまあ、祝言の場で婿の視点にいたことないんだけどさ。ははは。
 忍びの鉢金もはずされて、赤い髪に似合わぬ紋付は上司ふたりが届けてくれた。あまりの準備のよさと六文銭の紋に、まさかこれ真田の旦那用に作ってあったやつじゃないだろうなといろんな意味で戦慄が走る。
 九度目の杯。
 清酒と一緒に色んな感情を飲み下した。









≪目次≫

はじめてのはじまり。__ p2
はじめての願いごと。__ p7
はじめてのお月見。__ p13
はじめての紅葉狩り。__ p22
はじめての柚子湯の日。__ p35
はじめての大晦日。__ p41
はじめてのお正月。__ p45
はじめてのお菓子の日。__ p49
はじめてのお花見。__ p53
はじめての――__ p64
はじめてでもない、痴話喧嘩。__ p76
後書__ p89
ある男の日誌より。__ p90










『結婚してます。』2012/08/10発行