ススキに雪がかぶっていた。
 まだ秋がすその後ろを残しているのに、冬の白い白い指先がふれた、霜月の草も凍る道。佐助は忍び装束でない旅装に徒歩で進んでいた。とは言え、道らしい道ではない。知るものにしか分からない、標しだけが導く忍びの里への道。
 丈高い草にのる滴は凍らずに氷より冷たく、旅装の袖にじわりと染みて。
──酷く寒い季節がやって来そうだと、佐助は淡く笑う。
「いい季節だよ、まったく」
 一人ごちる。と、その額めがけて飛んできた──何か。
 僅かに身を傾げて避ければ笠をかすめ背後の樫に突き刺さる、苦内ほどの大きさの。
(て言うかクナイなんだよね、これ)
 風変わりな形、鮮やかな色を身に流した鉄の刃物は、顔見知り──よりはもう少しは縁のある、同郷のくの一の持ちものだ。
 確か何色かあって、るあとか何とかいう呼び名をいつか聞いた気がした。
「かすがの…武器だった筈なんだけど」
 刃そのものの鋭さと放った手の鋭さとで綺麗に樫をうがった、鮮烈な色。空色より深い明るい青を、手甲もなく晒したままの指で引き抜く。
「何でお前が持ってるの」
 佐助が目を向けた先、そう遠くない場所に立つ、葉を落とした山桜の天辺。
──蒼が、空から切り落とされるように姿を現して、笑った。
「Why?」
 佐助の視線に答える異国の舌使い。
「何でだって聞くなら、何であんたにそんなこと聞かれるのかそっちを聞きたいね」
 蒼い影は、黒い腕と脚を伸ばして、人の頭でニイと唇をつり上げた。
 忍びだけが知る道に現れた、忍びの気配をした若者。佐助はああもう、と肩を落とす。
「餓鬼みたいなこと言わないの。困るんだよ上杉に内通してるとか思われるでしょ?」
 甲斐、武田軍に遣える戦忍として『猿飛佐助』の名は、赤揃えの上司二人の名とともに陰にも陽にも知れ渡っている。
 この若者の本当の名を知る者は陰と陽とに数えても、片手に収まる程だろう。
 ただ、これが佐助の──部下か何か、その元にいる草であることは、佐助の育った里の者や一部の人間には知れ渡っていた。
 佐助が普段身につけている、気配さえ消せば木の葉と同化できる緑斑と同じように、青年の纏う色は青空にも蒼い陰にも溶け込んでみせる。
 忍びという存在の中に入れて見たならば、どちらも悪目立ちする姿には違いない。
 上杉のくノ一が知らぬ筈もなかった。
「あいつが里にいた頃からの顔見知りだ、固いこと言うなよ」
「余計悪いっての…あの女は抜け忍なんだから」
 聞こえよがしなため息に、蒼い草は鋭い光をはらんだ左の眼を静かに細めて枝から飛び降りた。トン、と獣の足使いに似た軽い気配。
 背を伸ばし顔を上げれば、左目は佐助の顎の高さにぎらりと光った。眼帯と前髪に隠された右目の分まで、ありありと意志を示す光。
「その抜け忍にへらへら話しかけてる中身の軽そうな橙頭がいるってなぁ」
「ぎくり」
 これも悪目立ちの一因と、自覚もあって黒い染料で隠した佐助の髪が、笠の下であからさまに揺れた。
「そうか…フザケてんのかテメエは」
 目は金色に底光りしているのに、牙を覗かせるように吊り上がった口元は笑みの形。
――正直、怖い。どんな敵を相手にした時よりも背筋が寒い。
 佐助はへらり、刀の切先を受け流すように笑う。
「いやいやええっとね。そうだ久しぶりに帰って来たからお土産があるんだ〜」
 稚児の目にも明らかに意図して話を流そうと背に負う包みを示して見せれば、黒い手は存外素直に締めあげる襟元を放した。
「…みやげ?」
「城下町の茶屋の団子」
「……」
「あとお饅頭」
 薄い唇が何か言おうと開きかけて、きゅ、と閉じた。
 白い肌と右目を隠す茶色がかった黒髪は、日に透けると琥珀に似て見える。
 年のころは二十歳を過ぎないほどか、正確なところは佐助にも分からない。
 佐助が拾った時、彼は四つか五つほどに見えたから、多分今は十八か九かという齢だろう。そんな推測だ。
「佐助」
 トンと肩を軽く拳で叩く彼は、若い。
「……今回も無事で、何よりだ」
 けれどもう、幼くはない。
「ただいま。政宗」
 陰にも知る者は少ない、蒼の名を、佐助はできるだけ温かい乾いた声で呼んだ。










『すすき すすぎ』2009/05/03発行