Dress code!



「帰れ」
 と、彼は言った。
(何ですと?)
 開口一番、そっけなく言い放った人をしばし眺めて、猿飛佐助は己の後ろを振り返る。
――誰もいない。
 広がるのは曇り空の、薄灰色に光る雲ばかり。
 当然だ。ここは雪の積もった屋根瓦の上で、そんな場所から登場する無礼者はそうそういない。
 その流れで行けば自分こそが無礼者ということになる理屈はさておいて、佐助は屋根の下を見下ろした。
 真白く雪の積もった庭は、池と樹木の影だけ穴の開いた綿の板に似ている。
 そこにその庭の主であり、佐助が腰下ろした屋根の――この奥州城の主である青年が、濃紺の羽織を肩に仁王立ちしていた。
 奥州筆頭、伊達政宗。
 茶色がかった黒髪と眼帯に右目を隠した、鷲のそれのように鋭い隻眼。
――否。この人は鷲などではない。
「竜の旦那?」
 何をいきなり、と言おうとした忍びを一睨み。
 唇から煙管を離して、竜の異名を持つ青年は掠れた声を響かせた。
「お前だ忍び。Go home.」
 佐助が呆気に取られて薄く開いた唇を、動かすより早く、濃紺はくるりと翻って屋根の下に入ってしまった。
 ひゅー…と、冷たい風だけが後に残った。








 どれす・こーど?



「似合うね」
 と、彼は言った。
(嫌がらせか?)
 政宗は眉をひそめた。
「え、何その顔」
 俺様褒めたつもりだったんだけど。
 と泥化粧の下を掻く忍びに、政宗は眉間の皺を消そうとはしなかった。
 何しろ先日この橙頭の忍び装束のことで、散々振り回してやったばかりなのだ。
「Ah,…初めて見せたんだったか?」
 バリバリと黒髪を掻いて、政宗はそっぽを向いた。
「ん?んー、二回目かな」
 いつもの三日月兜はつけていない。
 好んで纏う鮮やかな青の陣羽織の、色は僅かに明るくて、裾には金糸の刺繍をあしらってあった。
 袖を肘までまくって防具もつけず、身軽な格好だ。気に入っている。
 しばし考えたが、何がこの――自分の装束にも忍びの目しか持たない男の琴線に触れたのか。
(さっぱり分からねぇ)
「……」
 目は口ほどにものを言う、と言っても政宗の殺気混じりの一つ目の視線から、殺気以上のものを汲み取れる人間は数少ない。
「何となくだけど、顔が隠れないし」
 そして猿飛佐助という男は、その数少ない人間の一人だった。いつの間にか。
「首元も綺麗に見えるし」
「…ああ?」
「それに――ああ、」
 鳶色の目を細めて、にこりと笑う。
「あんたは青が似合うね」
 政宗は愛馬に飛び乗って、その場から離脱した。










『Dress code!』2008/10/19発行