「あーもう分かった!本家に行って来る!!んで小十郎に一筆貰ってきてやらァ!!」
 争論の末叫ばれた結論に佐助は一瞬言葉を失った。
 それがいけなかった。一瞬の字の通り、瞬き一つの間に少女の細く伸びやかな脚は膝にプリーツスカートを翻して、玄関に駆けて行ってしまったのだ。
「ちょっ待って伊達ちゃん!」
「Ah?」
 ドスの利いたハスキーヴォイスを牙の間から洩らし、眼光鋭く睨みあげる凄烈な表情。
 女の子がそんな声でガン飛ばすんじゃありません!と青年には言えなかった。敵は何を逆手にとって攻撃してくるか分からないA級危険人物だ。今うかつに話を逸らせば話は縺れ込んだ毛糸玉のようになって。目の前の子猫にコロコロと良いように転がされるに違いない。
 スニーカーを履く制服姿の少女の横に膝つけば、まなじり切れた左目の大きな瞳がじいっと佐助を見つめてくる。
 幼い柔らかさを残した白い肌の頬と、拗ねたように尖らせた桜色の唇、茶色がかってパサついた短めの黒髪がその性格を現すように時折跳ね返ってみせていた。
 いつ見ても右目の医療用の眼帯も鼻の上を走る紐すら気にならない見事な美少女ぶりだがしかし、誤魔化されるわけにはいかないと佐助は気を引き締めた。
「いやスミマセン政宗さん?一筆って何。片倉さんに何書かせる気」
 ニイと吊り上げた口の端から白い牙がのぞく。
「保護者の了承がいるんだろ?I had understood」
 コケティッシュな笑顔に佐助は顔を曇らせた。
 なんだか嫌な予感がする。
 今ここでこの少女が納得する解決法というのは必ず佐助を困らせる事態を引き起こすに違いないのだ。
 きっとあの強面の世話係を脅し口説き落として、『政宗様が見聞を広めるための一人暮らしを認めます』とか『政宗様の自立精神を認めてウンタラカンタラ』とか書かせるに違いない。
 他人の不幸はどうでも良いがそれで粉を被るのは佐助だ。
 止めなければ。
 しかし舌先三寸が一寸も動くか否かのうちに、少女に傅く橙赤毛の上に爆弾が落とされた。


「武田で花嫁修業するってことにしとく」


 あれ今この娘、石化魔法か何か使った?
「…伊達ちゃん」
「政宗」
「政宗さん誰のお嫁さんになるつもり」
 確かに佐助はこの少女が嫁に来るに相応しいであろう少年を知っている。
 が、しかし。
 びしり、と細い指の桜貝のような爪が青年の鼻先を指差した。
 鼻の形には自信があるが鼻だけと結婚するなど有り得ない話なので、彼女はその鼻の持ち主と杯を交わす気でいるらしい。
 え?本気で?
 家出の言い訳に使われるのは心外だ。と大人気なく反論しかけた鼻をツン、と突いたついでに、少女の唇が突いた場所に触れた。
 突発的な事故に弱いだろう、と言われた事がある。その時の佐助にはその言葉は否定できなかった。そして今も否定できないことがこうして証明されたわけである。
 固まっているうちに少女は立ち上がって――玄関先に座っている佐助には危うくスカートの中が見えそうだ――トントンと爪先を地面に打ち付けた。
「今日もこっちに帰って来るからな。絶対帰って来るからなっ。I'll be back!!」
 夕飯はハンバーグカレーが良い!
 何処かの殺戮系未来ロボットのような捨て台詞に子どもみたいなリクエストを重ねて、少女はあっという間にドアの向こうへ姿を消した。
 開いた扉から七月のまだ明るい夕日が見えて、夏の匂いを残して閉ざされた。
 若さとは一つの強さである。
 弱冠二十二歳の青年は十四歳の少女を見送って、ため息をついた。
 鼻先には、突き放す指先とはまた異質な柔らかさが、未だ残っている。










『桃栗三年 柿八年』2008/03/16発行