透き通って、形のない、交わらない。
 無色と紺碧に分かれる液体を閉じ込めた、丸い硝子の小壜。気泡を含んだ器の表面はとろりとした柔らかさを思わせる。
 ひんやりと冷たいそれを夏の日に透かし光ごと手の中に閉じ込めて振れば、金具で口をふさがれた瓶の中で無色と碧色が混ざり合った。
 涼しげに透ける碧を海に見たてるように、切り絵紙の小さな船さえ浮かべられている。
 嵐に泡だった海の上でふらふらと揺れる。
 染料で染められた青の海か、色ない空か、どちらかが油でもう一方は水であるはずだ。
 振り混ぜれば互いに玉となって互いに深く食い込む。
 そこには紙一重の隙間さえ無い。
 けれど溶け合うこともなくて。
 水と油。
 見た目だけなら似ているようにも思える。透明で無色の、つかみようもなく手から零れるもの。
 しかし油は酒のようには水と溶け合えない。一つになることはない。
 柔らかさゆえに砕けて混ざり合ってみても、時間を置けばまた涼しい顔で分かれていく。
 その姿が。
――誰かと誰かに似ている。
 と、思うと、彼の眉はふと寄った。
 不快というほどではない。領内の調書に目を滑らせながらわきでは領外の情勢を考える、その思考の隙間にするりと入り込む様はそれこそ水か油に似て。
 晴れた日の差し込む、奥州城の一間。
 降るような蝉の鳴き声と染みるような暑さが満ちる中。
 夏になって下がる水量の調べを繰っていた手が、また小壜に吸い寄せられて握りこむ。



「あんたは蒼天に昇る竜だってね」
 いつか。
 男がそう言って笑ったのは、いつだったか。
 最初に武田に攻め込まれてから、戦と、季節と、繰り返し経て、月明かりに同盟の盃を交わして。
――けれどあれは、真昼のことだった。
 甲斐の空は青く、またその青に溶けそうな態で、あの男は。
 顔を、ゆがめるのではなく笑うものだから、政宗はつい苦いものでも舌に乗せたように、眉間にしわを刻んだ。
「それは――真田幸村がそう言ったのか」
 何となく、この男は主の言葉を反復するのではないかという予測がたって、その名を口にする。
「あんたのところの民も兵も臣も――敵も味方もみんな言ってる。気に障った?」
 言葉にではない、その笑う顔に面食らったのだとは、口にしなかった。
 代わりに、一つ首を振り。
「生憎、竜はまだ地を這う時期なんでね」
 あんたの方が、まだ天に近い。
 そう言ってやれば、鳶の羽に似た色の目は瞬いて。
「そう?でもきっと、あんたが思ってる地は雲の上だよ」
 俺が飛んでるとこなんて天の底だ。色の無い風の吹く、天の底。
 呟いて、瞬かせた目を、細めて。
「それでも少しは、近づけた気がしたんだ、けど、ね」
 甲斐の草が奥州王に。
 忍びが武将に。
 烏が竜に。
「…何が言いたい?」
「別に――言葉のままだよ、竜の旦那」
 焦がれた青い天は遠い。
 戯れる言葉はどこまで行っても平行線だ。
――気が合わないと、そう言ったのは誰だった?










『蒼天、溶ける。』2008/03/16発行