※オフ本『蒼天、明ける。』のおまけとして配布していました。






蒼天、明けたのち。




「何のつもりだこれは」
「何って、」
「快気祝いにございまする!」
 佐助が差しだし真田が目を輝かせた饅頭の包みを、独眼竜はじろりと睨みつける。
 それから、「…Ha,」と毒気を抜かれたように、笑った。
「元から大した怪我じゃなかったんだ。気持ちだけ有りがたくもらっとくぜ、真田幸村」
「甘味はお嫌いでござったか」
「No.そういう問題じゃ、あー…」
 忍びの手からひょいとその包みをとって。
「Thanks,茶でも点ててやるから上がってけよ」
「かたじけない!」
「……、」
――こっちは無視ですか、おい。
 不満が張りつけた笑顔に出ていたのか、竜は佐助に目を向けニヤリと笑った。
「そいつと約束もあるしな」
 約束。
 ドキリとして、けれどとっさにどれのことだか分からない。
「何だっけかな」
 困ったように眉寄せて笑う佐助を見て、真田は急にはっしと槍をにぎった。
「昼間から破廉恥な真似は……」
「ちょ、旦那近い!焦げる!目が怖い!!」
「心配するな、そういう約束じゃねえよ」
 パタパタと手を振る独眼竜に、真田はきょとんと目を開き、佐助は――少しがっかりしている自分に気づいた。



 独眼竜の快気祝い、と言っても、城の人間は竜に深い問題があったことさえ知らされていない。
 ただ数日前、筆頭が少しおかしな様子でどこからか戻って来た日があったこと。
 翌日から甲斐武田の忍びが逗留していたこと。
 三日ほど後、その主である真田幸村が訪ねてきて、政務がたまって忙しい政宗の代わりに片倉小十郎がもてなし、なし崩しに顔見知りの足軽が集まってどんちゃん騒ぎになったこと。
「その裏で佐助と政宗殿が前田夫婦のように頬の米粒をとりあったりしていたことなど、それがしと片倉殿以外は知りますまい…!」
 破廉恥な想像に拳を握り苦悶の表情を浮かべる真田を眺めて、佐助は「参ったなあスゴいね旦那の洞察力」と平坦につぶやく。
 あらかじめ政宗が黒脛巾まで含め人払いをしていたことは分かっていたが、主にまでそのように気を使われていたとは思わなかった。
「ああ、悪かったな真田幸村」
 竜の苦笑は柔らかく優しい。
 真田の旦那ばかりずるい、とつい佐助が思うのは今更だ。
「いえ。ただ、政宗殿のお立場ゆえ致し方ないこととは言え――
 ご記憶を失われた大事の時、もっと早くに我らを頼っていただけなかったのが、不甲斐ない。
 ぎゅ、と膝に拳をにぎる幸村に、竜はまぶしいものでも見るように目を細めた。
――それでも、この先同じことがまたあっても、奥州は武田や真田を簡単には頼らぬだろう。
 木陰の揺らめいて落ちる畳に、政宗が薄茶の茶碗をすいと差し出す。
「結構なお手前で!」
「旦那、そこで拳は握らなくていいんだよ」
 風は先日より、またわずかに涼しくなった。
「して、佐助との約束とは」
 しゃかしゃかと響いていた茶筅の音が、止む。
「……俺が隠しておいたとっときの酒がな」
 佐助はまさか、と目を見開いた。
「竜の旦那、もしかして記憶がなかったときのこと――
 逆に忘れてしまったのか、と問おうとしたところ、「違う」ときっぱり返事が返る。
「何を思ってあれの封を切ったかも覚えてるさ、ただ」
 佐助の分の茶碗が、すっと前に出された。
「八つ当たりするって言ったろ?」
「えええええ」
 涼しい顔で腕を組む竜に、佐助は唖然として声をあげた。
「だから俺様言ったじゃん、後悔しても知らないって…!あの、上田の焼酎だろ?」
「上田の?」
 きょとんと首を傾げたのは上田城をまかされる虎の若子、真田幸村だ。
――きっとこの人と呑むのに用意したんだろう、とはあのときも思ったけれど。
 思いながら一緒に飲み干してしまったのだから確かに佐助も共犯だ。だがしかし。
「それはもしや、佐助の好きな銘柄でと仰っていたあれにござろうか」
「……は?」
「いつだったか、政宗殿に頼まれて用意させていただいた酒があったような――
 それでお前に聞いたら、『何かいいやつ呑みたい』と適当なことを言っていただろう。
「…そんなことありましたっけ」
「あった。佐助も言うほど何でも覚えているわけではござらぬな、政宗殿――?」
 黒い眼を竜に向けて、ぱちぱちと瞬かせた。
 独眼竜はそっぽを向いて顔を伏せている。
――顔を片手で覆っても、朱くなった耳は隠れていない。

「…あんたら、もう帰れ」
――そんな可愛い顔してなに馬鹿言ってんの」
「では、それがしは失礼いたしまする」

 破廉恥な雲行きにござるので。
 と、雲ひとつ無い蒼天を見上げるふりをして、真田は己の忍びと好敵手から目をそらした。












13/01/09 掲載
初出:12/09/15 『蒼天、明ける。』おまけペーパー