注意事項
※『ハチミツとクローバー(羽海野チカ)』とのWパロ
※Gのつく害虫のエピソード
※戦国

















 暑い暑い、夏の日のこと。

 晴れ渡った空の下、川中島では今日も今日とて龍虎のにらみ合い。
――の、はずだった。
「……で、」
 かすがは眉間の皺を隠そうともせずに、虎の――赤揃えの二人を睨む。
「貴様らはいったいどうして喧嘩などしていたんだ」
 戦後のように泥まみれ埃まみれ、疲れ果てた大小の赤い武者は、ぷいと互いから顔をそらせた。
――珍しいことがあったものだ。
 かすががその身に燃え立つ敬愛を一心に献上する軍神、上杉謙信はかすがの背に守られた後ろ。己の生涯の好敵手である武田信玄と、その臣である若き真田幸村を興味深げに見守っている。
 互いに殴りあうのはいつもの事と、この甲斐の二人の生活習慣は知りたくもないが知っている。
 しかし今日は様子が違った。
 『幸村!』『お館様あ!!』の言葉の合間に流れる空気が剣呑だったのだ。
――それが珍しいと、分かりたくもなかったが。
「わたくしたちにりゆうをおきかせねがえますか、しんげん」
 と、かすがの後ろから、澄んだ清流のような声が届いた。
「む」
 大虎の赤い大きなもさもさが、もさりと頷いた。
「あれは、昨夜のことであった…」
 低く、威厳のある声が語りだす。



 夜更け。赤いもさもさこと信玄公は、躑躅ヶ先の居室で翌日の戦の絵図を推考していた。
「ってな感じで、明日の天候は移り変わりが激しいから――
 影に膝をつき、その神妙さとは裏腹な軽い口調で報告をするのは、忍隊の長、猿飛佐助である。
「攻めどころはこことここ、か。ご苦労であったな、佐助よ」 
 と、そこに近づく騒がしい気配。
「佐助えええ!!」
 大音量で呼ばれて橙頭が顔を上げる。
 すぱあん!と戸を開いて入り、ハッと無礼に気づいて膝を着いたのは、武田軍の若き赤武者。真田源次郎幸村である。
「お館さま!夜分に失礼いたしまする!!」
「うむ、何事じゃ幸村よ」
 雄雄しく腕を組み頷く信玄に、幸村はクッと悔しげに――我が身の不甲斐なさに、眉を寄せこぶしを握った。
「それが…出たのでござる」
「何が出たって?真田の旦那」
 佐助が促すと、幸村は真青な顔をして頭を上げた。
「あの冷や飯食いが出たのでござるよ…!」
「はあ?冷や飯食い?」
 前田さんのところの風来坊を脳裏に思い浮かべながら、佐助は首をかしげた。
 幸村はその首に掴み掛からんばかりだ。
「分かるであろう佐助!あの勝手に飯にたかる、油と水場と狭い所を好む、禍々しい黒い――
――それは。
 まさか。
 戦国の虎と謳われる武田信玄公と、武田軍が真田忍隊を任される猿飛佐助。ふたりは、幸村と同じように――青ざめた。
 冷える汗。悪寒。動悸。息切れ。
 風林火山、動かざること――と説く信玄が、ザザッと立ち上がり、叫んだ。
「幸村よ!それはまさか、兜に二本の銅線状の触角を持ち滑るように動く、あれではあるまいな!?」
「旦那、あれが出たの!?あの『ゴ』のつくあれが出たの!?」
 口にするも文面にするも恐ろしい、例の虫。
 とは言え所詮虫は虫、ただの害虫にかの武人真田源次郎幸村が怯えるとは聞き手であるかすがを始め、信じがたいことだろう。
 が、しかし。
「出たと言ったであろうが!」
 佐助!退治しに来てくれ!!
 だらだらと脂汗をかきながら、幸村は部下の忍びの肩をつかんだ。
「ちょ、やだよ俺様は!自分で何とかしてよね!」
「そのような事を申すと減給の上、忍びが使う部屋にも天井にも大量の冷や飯食いを送り込むぞ!?」
「何言い出すのアンタァ!あと前田の風来坊に謝んなさい!!」
「なぜ某が慶次殿に謝罪せねばならんのだ!」
「とにかく俺様はやりません!ってか無理無理無理!!」
「何とかしろ!有給をやるぞ!!」
 散々叫び倒した上、六文銭をつかんだ幸村の目はぐるぐると回っている。
「欲しい!欲しいけどあれを潰すのは嫌だああ!!」
 橙赤毛の頭を抱えて忍びが絶叫するのに、ぐるんと大将に振り返って。
「お館さま!」
「幸村よ…!この試練を乗り越えてこそ真の武人と思え!!」
「某ヤマタノオロチの首はとれてもあれの胴体は潰せませぬ!!」
「想像してしまったではないか幸村ぁあ!!」
「お館さまあああ!!!」
「幸むるぁあ!!!」
「お館さばぁあああ!!!!」



「…と言う訳であったのだ、謙信よ」
「ほほう、それはたいへんなできごとでしたね」
 労わるように睫を伏せる謙信公の後ろで鬼の角を生やしていたかすがは、そのどす黒い気を何とか収めるにいたった。
――しかし結局、猿飛辺りが片付けたんだろう?」
 大将と忠臣が喧嘩をするほどのことか、馬鹿馬鹿しい。と首を振る。
 しかしその名を聞いた信玄公と幸村は、ピクリと反応を見せた。
 空気が冷えて淀む。
「佐助か…」
「佐助、あやつはな……」



 ジリリリリン。
 主従で醜く争っていた中に、黒電話の音が響いた。
「はいもしもし、こちら躑躅ヶ崎」
 受話器を取ったのは一番立場の低い佐助である。
「あれ、伊達さん?」
 電話をかけてきたのはどうやら北の覇者、伊達政宗のようだ。
 どうしたのこんな夜中に、と忍びは何事もなかったような声。
 かすがを始め知っている者には余談であり、知らぬ者には説明が必要な点であるが、この忍びは。
 奥州筆頭であり自分の主の好敵手であり列記とした男である独眼竜に、懸想しているのである。
「え?ほう酸団子と虫取り糯と泡で固めるやつ?ああ、最近魔王の旦那が取り寄せたっていうあれかー。なになに、明日できればで良いって…」
 何言ってんのっ。
 佐助は篭手をつけたままの手で、黒い受話器をぎゅっと握った。
「あれが出たんでしょ?」
 “あれ”とはこちらで大騒ぎしている“あれ”と同じ生き物だろう。
「今すぐ行って退治してあげるよ、ちょっと待ってな」
 受話器に向けられた声は低く、相手の役に立てる喜びで満ちている。
 頼もしい。非常に、とても、頼もしい声だ。
――なぜそれが己の仕える主人のために発揮されない。
「じゃ、そういう訳で俺様、奥州行ってきまーす☆」
 あとは自分達で何とかしてよねっ。
 呆然と見守っていた大小の赤い主人にひらりと手を振り、佐助はどろんっと姿を消した。
「さ、佐助!?」
「佐助えええ!!!」



「そうして奴は、さっさと凧に乗って奥州に行ってしまったのでござる」
「佐助め、あやつも怖がっていたくせに…」
 なるほど、とかすがはため息をついた。
 その後この二人はこの戦場に来てまで、どちらが例のアレを退治するかで揉め続けたのだろう。
――少しは謙信様を見習って、美しさを磨けば良いのだ。
 謙信様の美しさときたら、輝かんばかりだ。そう、影の虫も近寄れないほど――ああ、謙信様…!!
「ごめんごめん、お待たせーっ」
 と、かすがの思考を邪魔する形で、軽々しい声が降って沸いた。
「いやあ今青葉城に片倉さんいないらしくってさー、頼られちゃった」
 件の猿飛佐助がどこから現れたのか、照れ照れと鬱陶しく笑んでいる。
――殺るか。
 と、暗雲を背負ったのは光属性の敵方のくノ一が一人。炎属性の味方が二人。
「お、かすが元気ー?って怖い顔しちゃって…あれ?旦那方もどうした…の…」



 暑い夏の日、川中島でのことだった。



















10/06/13 掲載
初出:memo(08/10/11)