年に一度しか逢えぬという、その日の天に雨降れば『彼』は川を渡れない。
 『彼女』が零す涙こそ、その夜地に降る雨なのだと――

 政宗が口にしたうろ覚えの御話に、ずぶ濡れた『鳥』は首を振った。

――違いますよ伊達の旦那。川を渡れない奴さんのために、鳥が橋を架けるんです。

 鳥は白鷺だったか、カササギだったか、なんだったっけなア。
 かしげた首の赤毛から、ポタリポタリと雫が落ちる。

――Ah,とにかくカラスじゃねえわけだ。

 皮肉めかして鼻で笑う、つり上がった唇に覗く竜の牙。
 それに触れる男がいれば、その上の一つ目は――こんなにも寂しげな色に透き通って見えはしない。
 だから。
 『鳥』は。
 へらり、と忍びの鉢金の下で、笑って見せた。

――ところがところが、カラスでも橋を渡せちゃうんだな、これが。

――……。

 『彼女』の目がサア、と見開かれた。
 Really?と呟く声の果敢なさと真剣さを、叶えてあげられる喜びで(そして、出来ることなら裏切ってやりたい衝動も、 ほんの少し混ぜて)、『鳥』は笑んだまま、頷く。

――もうすぐ来ますよ。

 『彼』が。

――俺と同じくらい、ズブ濡れでね。

 『彼女』に逢いに。

 政宗はスッと立ち上がって踵を返した。
 烏に声の一つもかけず、きっと声をかけてもその耳には届かない。
 うつむけば額から目を伝い、鼻先に落ちる冷たい雫。
 拭うのも意味が無いような濡れきった木の葉斑のすそを、烏は顔に当てた。

 パサリ、と、優しい乾いた音が、頭の上。

 顔を上げれば目にかかる白い白い布の向こう、すでに遠く部屋の口で。
 蒼衣の織姫が振り向いた。

――Thanks,Crow.

 その手には、もう一枚の白い布。
 紅の、彦星の(…真田の旦那はもう着くだろうね。あの人、脚も人外だから)。

――どういたしまして。

 布の下から答えると、政宗は微笑した。
 烏はそれでやっと、己がまた笑っていることに気がついた。

 『鳥』は笑んでいる。

 『彼女』と『彼』が逢える喜びで、笑んでいる。

 


(大丈夫、だいじょうぶ、……白鷺でもカササギでも無いけど俺はちゃんと『鳥』でいられる。アンタ達の烏でいられる)

 


 天には星の河あふれ、鳥が橋架け。

 地には誰かの涙あふれ、黒い烏が橋架ける。

 けれど、『彼女』が『彼』に逢えたなら――


(これは一体、誰の涙なんだろう?)


 答えを知る筈の星々は黒い雲の向こう。降り注ぐ雨の向こう。

 濡れた烏は乾いた目をして、一人地上で、首をかしげた。


 






07/09/12 掲載
初出:memo(07/08/08)