焼酎の美味しい呑み方








 花の下にて酒を煽る、世は泰平の下にあれば――
 ひらりと舞い降りた花びらが、赤い杯の中で淡く色づく。
 朱塗りの杯を映したか、それとも酒に酔うたのか。
 白の薄衣の端だけを紅に染めて、桜の花びらは水面に輪を描いた。
「粋だねえ…。Hey, 見なよ爺さん」
「んん?いけんした、政宗」
「ったく飲んでばかりいねえで…桜を見ろってんだよ」
 九州は最南端、薩摩に開いた桜の下で、北の青竜が穏やかに笑う。
 その隣で瓶から芋焼酎を煽るのは、戦乱の世を一刀両断で収めた――天下人、島津義弘。
「おう、見とるたい」
 にいっと笑う赤ら顔が見ているのは、けれど、桜のように頬を染めた伊達政宗その人である。
 無邪気に笑いかけられた奥州の桜はさらに首筋をほの赤くして、杯の中身を花びらごと煽った。
「やっぱり強いな、米の焼酎なら慣れてんだが…」
 顔が火照るのを慣れない酒と薩摩の暖かさのせいにして、炊いておいた湯で割ろうと瓶を引き寄せる。
「爺さん、よく瓶から直で…!」
 そうして置いて焼酎を注ごうとした右手を、はっしと大きな手がつかんだ。
「待ちんしゃい」
「え…」
 焼酎の瓶を置かせて、空の杯を政宗の両手で支えさせる。
 そこに慎重な手つきで湯を注ぎ、不思議そうな顔をする若い竜にまた笑いかけた。
「酒ば割る時にゃあ、こげんせなやっせんね」
 湯が張られた杯にとろりと落ちる、力強い水。
「…!」
 途端にふうわりと立ち上った薫りに、政宗は左目を軽く見開く。
 そして、赤い杯により艶やかな赤い唇で触れて、一口。
「Oh my…香りの立ち方が、まるで違う」
 尊敬の染みた素直な目で見上げれば、島津は嬉しげに呵々と笑った。
 今が満開の桜の枝を、天下の屋根に。

   *

「お熱いねえ、お二人さん」
 黄衣の男が満足げに目を細めた。
 楽しげな二人の武将の姿は、泰平の世をそこに縮めて描いたかのようである。
 が、しかし。
「政宗殿ォ〜…」
「ちっきしょう、あと一押しだったんだがなあ…爺さんとの決戦の前に政宗が俺の船も木騎も叩き割りやがって…」
「何をしておる。注げ、武田の」
「ヤケ酒は体に毒なんじゃないの?毛利の旦那」
 泣きながら顔より大きな陶器の杯を煽る赤。銀色の髪をかき回して歯噛みする紫。涼しい顔で樽を空ける緑。
 橙色は心ここにあらずといった風情で天下人と副将軍を眺めている。
 同じ桜林の中の僅かに十数歩の距離が、新婚生活と通夜の座敷を分けていた。
 黄色だけが満面の笑みだ。
「そう言うあんたは何本目だい。しけた顔してねえで、政宗の恋を祝ってやろうぜ!」
「「「「黙れ恋馬鹿」」」」
 暗くよどんだ空気に翻る炎、波飛沫、冷たい光に闇より暗い影。
 それに怯んだ様子も無い黄衣の男も合わせて、いずれも若く実力のある――約一名、草の者も交じっているが ――武将達。
 その五人全員がかの奥州の青い竜に懸想していたにも関わらず、竜と呼ばれた青年は老雷の隣に立ち、 その選択が天下をも決したのだ。
 青竜は北の奥州から飛び立ち、前田領に小田原、甲斐の国以北を翼下に入れた。それと時を同じくして、 南からの火山の轟きが中国と京都の魔王を飲み、竜と対峙するに至ったのである。
 決戦は、魔王が敗れた後の京の都だったという。
 北と南の雷勝負のいきさつを知る者は、前田の風来坊ただ一人。
 しかし誰が説明を求めても「いやあ、恋の花咲く瞬間だったよ」と益体も無い答えを返すのだから、 各地でバサラ技が発動するのも無理は無かった。
 その恋の花は戦っているうちに咲いたのか戦い終わってから咲いたのか。
 とにかく確かなことは、京都の戦の後に島津軍は四国に攻め入り、その後島津の大将が三河の最強の武人を倒して 天下を決した、その二つの戦いに伊達軍が島津側で参戦していたという事実だけである。
「せめて、天下を取ったのが政宗殿であれば…」
 それならば『皆の政宗』で済んだのに。
 赤の言葉に紫がうんうんと頷く。
「だよなあ。天下人になった政宗に命令される方が良い。むしろイイ」
「そうでござるなあ」
 頷きあう二色の背に、緑色と橙色の冷たい視線が突き刺さった。
――このマゾめ。
 そんな外来語を政宗に教えてもらった遠い日の思い出も甘苦い、そう思うだけの可愛げがあるのは 橙色の方のようだ。
 重苦しいため息が三つ、桜の舞い散る中に響く。
「何をうっとうしい息をついているのだ。注げ」
「あんだよ、お前だって悔しいくせによお」
 付き合いが長いからといって容赦する緑色ではないというのに、紫は酔った勢いで口答えした挙句 頬を膨らませて見せた。
「酔うのは勝手だが姫若子に先祖がえりでもしてみよ、そこの樽に詰め込んで桜の根元に埋めてやろうぞ。  前田のがな」
「え?俺!?」
「しかし元就殿、」
 涙と鼻水の跡もありありと残したまま、赤色がきりりと顔を引き締めて緑色を見つめる。
「元就殿は政宗殿が他の方のものになろうとも、平気だとおっしゃるか」
「フン…」
 緑色は鼻を鳴らし、こくりと焼酎を飲み干した。
 静まった水面のように読めないその表情を、四人の若者はじっと見つめる。
 青い竜に焦がれる気持ちだけは、お互い同じところにあったのだから。
――全く仕様も無い連中よ」
「元就、お前」


「人妻の良さも分からぬとは」


「「えええええ!!?」」
「な、なんと…!」
「言うねえ、毛利さん」
 紫と橙色がそろって奇声を上げ、赤色が顔も赤く染め、黄色がピューと口笛を吹いた。
「ちょっと待てちょっと待て元就イィ!お前何狙ってんだ!何画策してるんだ!!?」
「未亡人もしかり」
「いや毛利の旦那、相手は最強の武人を破った大将だよ!?」
「我が策の糧となれ」
「「糧となるのは俺たちですか!!」」
 どうするよコレ!どうすりゃいいんだコイツ!!
「旦那も何とか言ってくれよ!命がやばいよ!」
 橙色が助けを求めると、赤色もハッと我に返って鼻水ならぬ鼻血をぬぐう。
「元就殿、我らがそのような理由で反乱を起こしては…この泰平の世が失せてしまうのではありませぬか」
 これには黄色も橙色と紫にそろって頷いた。
 緑色は表情を乱さずに酒を注ぐ。
「そのような失策をおかす我ではないわ。独眼竜だけ奪って見せよう…まあ場合によっては天下もだ」
「天下もかよ!」
「では、政宗殿の…今の幸せは」
 他の三人はハッとして赤色を見た。
 あんなに穏やかに笑う青い竜の、この時間を――
 緑色もフム、と考えるように呟いて、天下人の桜に目を向けた。
「奥州はまだ白い雪化粧だってえのに、見事なもんじゃねえか」
 低く掠れた声が艶やかに響く。
「わいが帰る頃にゃあ春が来とるじゃろう」
「…もう帰りの話かよ」
 唇を尖らす様は子どもが拗ねた様だ。
 それに呵々と笑って、大きな手は子どもの茶色い髪を力強くかき回す。
「桜の咲くのと一緒に北上するもよか!わいが奥州に春を告げもんそ!」
 そして、にいと上機嫌に笑った。
「そんときにゃあおいも京まで登っど」
「Really…?」
「はっは!南蛮語は分がらん!」
「本当かって聞いてんだよ!」
「ほんのこつ話じゃ。嬉しかね?」
 その言葉に、青い戦装束を着込んだ竜の顔が、ほころんだ。
「……嬉しい、ぜ」
 幸せそうな光景に、紫は鼻がツンとするのを感じた。
 二十二の歳まで将来の夢は“素敵なお嫁さん”だった紫色である。
 ああ、世の中、壊しちゃいけねえもんがある。そう考えた、その時。
――カシャ、ガシャン。
「あれ?今なにか壊れ…?」
 見れば武田の赤色の手にあった焼き物の杯が、粉々になって地面に散らばっている。
「…な、な、な!?」
「あー…旦那、力込めすぎ」
 駄目だよもう、びしょびしょじゃない。
 そう言って手ぬぐいで赤色の酒まみれの手をぬぐう橙色のその手にも、陶器の瓶があったはずだ。さっきまで。
 あれ?さっきの陶器が割れる音、そう言えば二つ重なってた?
 思い出して真っ青になる紫の視線の先には、武田の純朴な赤い武将と、良心的というより 事なかれ主義的な筈の橙色の忍。
「うむ、すまぬ。…――分かっておろうな、佐助」
「分かってますって、旦那」
 そっくりなどす黒い空気を放っている。
 紫は、当てにはならないが確かに「政宗の恋をいわおうぜ」とのたまっていた黄色を振り返った。
 しかし。
「ああ、それもまた恋の形だよな…」
 黄色は何を思い出したのか遠い目をして、桜の向こうの青空など眺めている。
「全ては我が策のうちよ」
 緑色の策士がしたり顔で頷いた。
 紫色の鬼は涙を呑んだ。こうなったら、自分が政宗を手に入れるしかない。がんばれ俺!負けるな俺!! 鬼が島に鬼てぇのはこの俺よ!!

 桜の花びら、ひらひらと。
 舞い落ちる、泰平の世に、ひらく花。
「Haha!向こうも盛り上がってるみたいだぜ、爺さん」
「若えモンは良かとね」
 その花の、熱い湯に落ち立ち上る――

「恋の薫りってのは良いもんだねえ」

 黄色い風来坊が、明るく笑った。