秋刀魚が食べたいと言ったのは政宗だった。
 スーパーのカゴを持っていたのは佐助だった。
「秋刀魚が一本99円で大根が1/2本124円ってどういうわけだろね」
「そっちは解凍秋刀魚だ、こっちにしろ」
「一本248円…?」
「二本で400円」
「まあいいや、レジ並んでくるから待ってて」
「I see」
 踵を返しかけた政宗を「あ、ちょっと」と佐助は呼び止める。
「お金」
「……あんたな、いい加減にしとけよ」
 舌打ちする政宗の尻ポケットに手を伸ばして、佐助は「ごめんね」と笑った。


 佐助と一緒に暮らし始めた理由を問われ、政宗はしばし考えた。飲み会の席で、ほろ酔いの頭は上手く回らない。
「合理的な節約」
 当然のように右隣に陣取っていた佐助が、「ええ〜」と情けなく眉を下げた。
「ずっと一緒にいたいからとか言おうよ」
 長い腕を政宗の肩に絡ませて、抱き寄せるフリ。馬鹿言ってんじゃねえよ、とその手を叩いて政宗はグラスをあおる。
 へらへらと笑うオレンジ赤毛の男は酔った様子もない。
「だいたい猿飛は金銭感覚が狂ってやがるんだ」
「うわあ、伊達さんに言われたくねーわ」
 黒髪で右目を隠し、切れ長の左目でギロリと右を睨む政宗。痩せた肩をゆるくすくめる佐助。
 気が合いそうにない二人だと、酒の席にいる誰もが思う。
「ケチるのは不得手でな。家賃とネット接続なんか誰かと住んでりゃ分かりやすく削れるだろ?」
「俺様は伊達のお坊ちゃんと違って庶民ですから、無駄な買い物しないし」
「Ah,代わりに釣銭ぜんぶ募金箱につっこみやがる」
「しまうの面倒くさいんだって」
 互いを叩きはじめればキリなく埃を出しそうな二人に、幹事がそろそろお開きだと告げた。
 フワフワした頭を抱えて政宗は佐助を見る。
「はいはい、まとめて出しとくね」
 へらりと笑って佐助が席を立った。政宗は眠気を味わうように目を閉じる。酒に温められた体は心地いいようで、少し火照っているようだ。外の空気が、秋の風が恋しい。
 誰かが政宗を呼んだ。佐助がお前のコートから勝手に金を出してるぞ!笑いが響く方に、気にするなとばかりに政宗は手を振る。
「ほら、早く着て」
「ん」
 佐助と暮らすようになって、帰り道の心配がいらなくなって、政宗は少し酔いやすくなった。それは間違いない。


「コーヒー飲みたい」
 耳元で佐助が囁いた。
「Ah?」
 ジャケットのポケットに手をつっこんだまま、佐助は政宗に顔を近づけている。
「コンビニの買って帰ろ?伊達さんも飲むでしょ」
「……だな」
 夜道をとくとくと歩いていく。まだ日付も変わっていない通りは、それなりに人影があった。
――そうでなければ、手ぐらいつないできたかもしれない。
 顔を寄せ合ってしゃべるのも十分近しい雰囲気だが、まだ決定的ではないだろう。
 佐助と暮らす理由。
『ずっと一緒にいたいから』
 というのもあながち酒の席の冗談ではない。
 しかし結局のところ政宗を動かしたのは『合理的な節約』だ。赤の他人とルームシェアする言い訳のようだが、実際そこからはじまったのである。
 つまり、佐助と夜通し、壁の薄さを気にしながら。という関係に至って、『もう少しましな部屋に住みたい』という欲求が生まれ、『高い家賃を払うならホテルに行けばいいのでは』という反対意見が浮上し、『でも俺様と折半なら?むしろ安上がりじゃない?』という提案が最終的に政宗を籠絡したのだった。
 理由は間違いなく『節約』である。
――けれど、『節約』の根をたどれば、これもまた間違いなく。
 袖を小さく引かれた。政宗は逆らわずに佐助についていく。入店を知らせる聞き慣れた電子音と眩しさで、コンビニに着いたことに気づいた。
「ほらちゃんと目開けてついてきてー」
「言われなくてもついてきてんだろ」
「目は開いてないぜ?」
「うるせ」
「甘いもの買っちゃお」
「勝手にしろ」
「すみません、コレと、コーヒーふたつ」
 近くのコンビニで淹れたてのコーヒーを買えるようになって、インスタントばかりだった佐助はすっかり味をしめたようである。
 会計を済ませ、紙コップを受け取って。
「あ、伊達さん、お金」
 思い出したように、政宗のコートのポケットに無造作に手を入れた。
 手を入れて、小銭をおさめた。
「あんたなあ……」
「んー?」
「俺のコートは小銭入れじゃねえし、尻ポケットは札入れじゃねえ」
 と、何度言ってみても、佐助は政宗のポケットに自分の金を納めようとする。
 すべて佐助の金だ。政宗の金は財布に入ったまま、今日はコートの内ポケットから一度も出ていない。
 何故か佐助が稼いだ佐助の金ばかりが、政宗のポケットを行ったり来たりしているのだった。
「財布を持ち歩け、財布を」
 ため息をこぼす政宗に、佐助は「政宗が」と言いかけて。
「……伊達さんが管理してくれる方が安心だから」
「ありがちな言い方で誤魔化すな」
「昔コートをクリーニングに出そうとしたらポケットに千円札がごそっと入っててさあ」
「もういい」
 コーヒーのカップに蓋がされたのを見計らって、政宗は先にコンビニを出る。
――この先の帰り道、ずっと手をつないでやれば。
 そんな風に四六時中、人の目を気にせず触れることを許してやれば、佐助が政宗の服を財布代わりにすることは――触れる言い訳を作ることは、なくなるのかもしれない。
(まあ、そのうち、な)
 まだ少しだけ残った酔いの火照りを、秋の夜風がさらっていく。
 別の熱が染み出してくる。
(……そのうち)
 自動ドアが開いて、電子音が鳴った。
「佐助」
 左手を差し出す。佐助が気づいたように笑って、コーヒーを渡してくる。
 受け取って、右手を差し出した。
「ん」
「ん?」
 口は笑ったまま目を軽く見開いて、佐助はぱちくりと瞬きした。『猿飛』ではなく『佐助』と呼んだことに気づいたかどうか。
「……手、いいの?」
「嫌なのか」
「嫌なわけないけど」
 それから、視線をススス、とそらして。
「今さっき苺味のローション買っちゃった店の前で手つないでたら多分そのー、フガッ」
 最後まで言わせずに頬をはたいて政宗は足早に歩き出した。
「あ、ちょっと、政宗さん!」
「うるせえついてくんな一文無し!!」
「ある意味事実だけどグサッとくるね!?あと帰るとこ一緒だし!」


IIIII


 節約節約と、一緒に住む部屋を探すようになってから政宗が口にしていたのが言い訳なのか照れ隠しなのか、あるいはただのノリとマイブームだったのか、それは佐助にも分からなかった。
 ただコンビニで受け取った釣銭を、いつものように募金箱に片づけようとして――ふと思い立ち、冗談のつもりで政宗のジャケットのポケットに入れてみたのだ。
 政宗は「あんたはどこまで面倒くさがりなんだ……」と深い諦念を包んだ声で(自分だって面倒くさがりの浪費家のくせに)、部屋に帰ってから適当な箱に『さすけの』と書いて、ポケットの小銭をジャラジャラとすべて落としていた。
――何がツボだったのかと聞かれても困るが、その声と後ろ姿とにキュンとしたと言うか何というか。
 どこか人を寄せ付けない一匹狼の雰囲気のある政宗が、佐助にまるで壁を作っていないように見えて、それが嬉しくもあった。
 あくまでも佐助が政宗のポケットを使わせてもらっているのであり、政宗は佐助に「お金出させて」と言われても出して渡しはしない。受け取って仕舞うこともしない。
 億劫なのか、一応は佐助のものと気を使っているのか――おそらくは前者の理由だろう。佐助に声をかけられれば、またかとばかり、大儀そうに立ち止まっていてくれる。部屋に帰ったときだけ、ポケットをさらって『さすけの』箱に入れているようだ。
 それが何やら楽しくて、佐助は政宗と出かける時に財布を出すのを止めた。それでなくてもファスナーが咬みやすくなっているのだ。
「ずっと一緒にいたいから」
 と言えば、「馬鹿」と返される。男同士、他人には言えない関係で、いつでもそばにいる言い訳ばかり作りながら。
「あんたが言うと嘘くさいんだよ」
「酷いな、政宗だってヒトのこと言える?」
「Ha!言えねえな」
「ほら」
「だから、言わねえんだろ」
 コーヒーを一口。日毎に冷たくなる夜気の中、熱さが唇に、喉に染みる。
「……嘘になるなら言いたくないってコトね」
「Shut up」
 まだ本格的な寒さではない。
 風にさらされた肌は冷やされても、包まれれば暖かい。繋がった手は温かい。
――ずっと一緒に。
 四六時中の『ずっと』もいいが、明日も明後日もの『ずっと』であればいい。
(ああ、だから節約なのかな)
 俺様いい嫁もらったかも。
 政宗に知られればはたかれそうなことを考えながら、佐助はにぎった手を大切に、包み直した。




IIIII














14/03/04 掲載
初出:memo(13/10/22)