戦国☆悩み事相談室part2








「……」
「……」
「……ハア…」
 青い空、白い雲、日のさす庭を前に広げた縁側に座って、猿飛佐助はため息をついた。
「……」
「………はああ…」
「ため息をつくと幸せが逃げますよ――武田の烏さん」
 右隣から聞こえる静かな声に更なるため息を抑えつつ、しかしそちらには目も向けずに佐助は手の中の湯飲みを回して弄んだ。
――よくそんな格言知ってますねえ正直似合いませんよ明智サン」
 見ずとも分かる長い白髪、青白い顔、そしてその手には空の皿があるのだろう。
 奥州青葉城が城主の居室の前に今、甲斐の迷彩染めと魔王軍の白紫は並んで座し――青い竜と彼の作る緑の菓子を、待っている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「食べないのならそれください」
「嫌です。お断りです。これは俺のです」
「餅が固くなってしまいますよ…ああ、せっかくの独眼竜手製のずんだ餅が」
(なんでこの人と和やかっぽく話してるんだろう、俺)
 じわりと浮き出そうになる涙を堪えつつ、緑豆の菓子の乗った皿を自分の左側に移す。
 佐助はまたしてもため息をついた。
「幸せが逃げますよ。もっとも貴方にはそれ以上は必要ないかもしれませんがね…クク」
 佐助の右で、白い気配がゆらゆらと揺れた。
「…どういう意味です?」
 湯飲みを持ち上げて口をつけ、忍びの目は整えられた庭だけを映す。
「それだけ深く深く染み付いていれば十分でしょう……血の匂い」
 チラリ、とそこでようやく右に目をやれば、白髪の男も庭だけを眺めているようだ。
「アンタの言う幸せってそれか」
 棘のある声で問えばゆるりと振り向いて、意外そうに眉を上げる。
「おやいけませんか」
「うん。かなり」
 佐助の苛立ちは積もっていった。温厚な顔ばかりはしていられない。
 それを理解できないという顔をされればますます沸騰するのが怒りというものだ。
「縁あってこうして並んで座っているというのに…つまらないお人だ」
「つまらなくて良いですよ。…だいたいね、

 人が遠路はるばる奥州まで好きな人に会いに来ただけだってのにその手下に追い掛け回されて半日無駄にさせられて真田の旦那の文を預 かってきても門前払い忍んで来れば罠の嵐でちくしょうアレ仕掛けた奴絶対呪うそれでもやっとの思いで部屋に辿り着いたら
 何で明智光秀が先に着いてるんだよ!俺アンタを追い越して来たんだよ!!?

「竜の右目は快く通してくださいましたよ」
「それがムカつくんだよあんの小舅オォ!!」
 叫んだ声に庭の木が揺れ、枝から小鳥が飛び立ってく。
「……」
 ゼイゼイと息を切らす忍びに、明智は小首を傾げて見せた。
「お茶の御代わりは自由だそうですが」
「……明智さんのも注ぎます?」
「お願いします」
 自分の分だけ勝手に注ぐ――などという選択肢は無い、妙な面倒見が身に染み付いた真田忍軍の長であった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…旦那、まだかなあ」
「暇ならお相手いたしましょうか」
「嫌です。鎌持ち出さないでください。あああ、何でこの人は門素通りで俺は駄目なの…!」
 佐助は両腕で頭を抱え込むようにして理不尽な扱いを嘆いた。
「私はお気に入りの竜を血池に屠ろうとは思っていませんからね。今のところ」
 熱い茶にふーふーと息を吹きかける青白い顔の青年を、恨めしげな顔で見上げる。
「俺だって思ってませんよ」
「そうですか?……ククク……」
 喉奥に含むような笑いはどういう意味か。追求はせずに橙色の頭はうつむいて緑の水面に目を落とす。
「そりゃ俺は忍びですけどね。暗殺命令なんて下ってねえし――…かすがと小太郎は普通に通されてるしなあ…なんでだろ……」
 ぶつぶつと呟く声が佐助の頭上に黒雲と化す様が見えるかのように、光秀は興味深げな視線を向けていた。
(動機が邪だとか…でも真田の旦那も物凄く睨まれてたけどあっさり通してくれたし、やっぱり武将だから?ああでも、この前俺が出張中 に急の使いでここに来た忍隊の部下はちゃんとした待遇だったらしいよな。城主に目通りもかなったって言ってたし。そう言えばその報告 してきた奴途中から青ざめてたけど何?俺そんな怒った顔してた?まっさかあ)
「……」
「……」
 やがてその沈黙にも飽いたのか、ふいと視線を庭木に向けて。
 次いで呟かれた言葉は、忍びの目を円くさせた。
「貴方、独眼竜を奪えるでしょう」
――は?」
「だから嫌われるんですよ」
 それが事実とばかりに言い切って、蛟のような白髪は熱そうな緑を啜る。
 背筋を伸ばして湯飲みを傾ける、その手つきは文人のように静かなもので、忍びの反論を一瞬遅れさせた。
「…、だから、それは――敵国の武将なら当てはまる事で」
「そう考えるが畜生の読みの浅さ」
「だれが畜生ですか」
「ものの例えです」
 どんな例えだ何故畜生だ。
 佐助の心の叫びは聞こえていないか無視されたか、白髪がゆるりと人の物で無いように揺れ、「仮に」と先を話し始める。
「あの蒼い竜を私が殺そうとしても簡単には殺されてはくれませんよ。大体この城でそんな愉しい事を始めてもあの右目が飛んできて邪魔 なさるに違いない…それはつまらない…だから心配されないんでしょうね」
「そりゃあ…そうでしょうけど」
 佐助は首をかしげた。
 この死神めいた男はかの魔王の一の配下であり、歩く地獄の一丁目とでも言うべき存在だ。
 しかしここは奥州の深部で彼は単身、仮に二人きりになったとて、独眼竜のその首を一払いでは裂けるまい。二振り目の刃が降りる頃に は、駆けつけるのは片倉か成実か。
 いずれにせよ政宗の実力を――そしてあの一筋縄では噛み砕けない性格を考えれば、明智光秀の一人や二人(いや二人は嫌だな)、平 気で城内に入れるよう指示するだろう。政宗の命に片倉が逆らう事は無い。
 そして政宗自身が佐助の出入りを禁じた事は、これも無い筈である。

 なにしろ絶賛両思い中だ。

「要するにそういうことじゃありませんか」
「でも別にそれはって今何を読んだんですかあんたアァ!?
 総毛立てて叫ぶ忍びから顔を俯け、光秀は口に手を当てクククと笑う。
 佐助は滲む視界に指を当てた。
「奪うって何ですか、奪うって。片倉さんから?そーんな子離れできてない親みたいな…」
 それでもなお――他に話しかける相手もいないため――問えば、白蛟はその切れ長の目で軽い驚きなど表して見せる。
「おや、お分かりにならない」
――じゃあ、伊達軍から?」
「“奥州”から、とでも申しましょうか」
 佐助はぱちくりと瞬いた。
 “奥州の地”でも“奥州の民”でもない、その両方をも含む、言葉の響は単純明快で、そのくせ広く深い。
「あの一つ目の竜はこの奥州の地をこよなく想っていらっしゃる。たとえ他の国の誰か――そう例えば貴方の主の赤い方が甲斐に攫って いったとしても、海の向こうへ連れ去ったとしてもその心は揺らがない。天下を取ろうと死そうともそれは変わらない。竜の目は必ず竜の 来し方に帰るでしょう……そして私はそこから竜を攫ったり等しません」
 言葉を失った忍びに目を向けもせずに、声は淡々と降り積もる。
「竜を殺す事はあったとしても彼を奥州から連れ去る事は無い。あの竜が行く末になら着いて行くのも愉しいでしょうが、こちらに呼ぶ気 は無いのですよ。ただ…貴方は、ねえ」
 ククク、と愉快げな笑い声に肩を震わせる、それを見る佐助の目はいつしか冷えて。
「俺が“奥州”から、あの人を奪える、と」
「どうも貴方は竜の鱗の柔らかい部分を知っているように見えますからね」
 何処を押せば気持ちが揺らぐか、何で絡め取ればその翼は飛べなくなるか、その身を跡形も無く溶かすのに必要な闇の濃さはどれほどな のか――
「そうして奥州の竜を自分だけのものに出来るはず」
 貴方なら。ねえ?
「それは、」
 佐助は一瞬言葉を呑んだ。
――どうかな」
 困ったようなゆるい笑みを浮かべ首を傾げる忍びに、光秀は、にやり、と笑った。
 その顔が『言いたい事は言い終わった』とばかりにふっと前に戻り、それから。
 そうそう、と気のない声を湯飲みに落とす。
「もう一つ、私がここにすんなりと通されたのには理由がありましてね」
「はあ…?」
 緩んだ空気に緩んだ声を返すが、白い顔は庭の白椿かなにかに目を捕らわれたまま。
「『武田の猿が来たら追い払ってくれ』と言われました」
「……なるほど」
 あんの小舅。
 と、本日二度目の呪詛を吐いて、佐助は顔だけは笑顔を貼り付けたままうなずいた。
「あ〜でもその手は俺には使えませんね」
「ククク…餅が固くなりますよ」
 脈絡がない、などと今更佐助も気にせずに、ずんだ餅の乗った黒い皿を手に取った。
 指でつまんで一口齧れば、慣れた甘みが口に優しい。
 一つ二つとゆっくり食べるのが好きなのだ。いつもなら、食べてる間だけ隣には政宗がいる。
 そんなことを思い出してついつい寛いでしまう忍びの者と、並んで日向に座る魔王軍の死神。
 そんな光景をうっかり目にして頭を悩ませる常識人は、幸いな事に、ここには来ない。
 来るとすればただ一人。
 およそ常識の二文字からはかけ離れた常人ならざるその人の纏うは、雪つもる晴れ空のような涼やかな空気。
 その気配に、人並みはずれた二人が振り返ったのは同時だった。

――Hey, 待たせたな」

 そう言って噂の竜が苦笑するのは、十数歩は歩かねば辿り着けない縁側から部屋の一番奥の襖を開けた瞬間、声もかけぬのに二頭がこち らを向いたからで。
 褪藍の袖をたすきでまとめ髪を一つに結って、ある意味戦闘体勢で作り上げたのであろう、両腕で持った大きな塗りの盆の上の、春のご とき緑の山。
「また、たっくさん作りましたねえ…」
 うひゃー、と歓声とも嘆息ともつかぬ声を上げて、佐助が素早くその盆を受け取りに行く。
「まあな。光秀の奴があれで凄え食うから」
「おや、失敬な」
 作り甲斐を感じたものか犬歯を見せて笑う政宗に、光秀は穏やかな声で抗議を述べた。
「独眼竜が仰ったんですよ。『好きなだけずんだ食わせてやるから猿を引き止めろ』と」
 あんたは御伽噺の雉か何かですか。
 そんな言葉を呑み込んで、御伽噺の猿は身を屈め、桃色に染まった顔の見開かれた左目を覗き込む。
――そんな可愛い事言ったの?」
「ッッッ光秀エェ!!」
 弾かれたように褪藍が縁側に駆けて行った。
 こんの魔王馬鹿!serpent!spoon無し男!!などと罵っているのか何だか分からない声が響き、襟首をつかまれてガクガクと揺さぶられ ている男は「ああ…イイ…!」などと呟いている。
 この光景を微笑ましいとか思ったら多分自分はもう駄目だ。武田軍が忍びの長猿飛佐助は冷静にそう考えたが、「はいはい止めましょう ね〜竜の旦那〜」とかける声がすでに真田を呼ぶときと同じ母のそれだ。
 ずんだ餅の大盆を持って二人の方へ歩いていけば、白蛟は首元をつかまれたままだらりと反り返り。
 白い白い無邪気な狂気でもって、事実をその手に差し出した。
「だから嫌われていると言ったでしょう?」
 これが証拠とばかりに哂う。
「ひでえ話…」
 対する烏は橙色の、木の葉の色の、理性しか許されぬ刃陰の心で呟いて、薄苦く哂い。

「そんな事、分かってるから我慢して通ってるんじゃない」

(奥州から掻っ攫ったりなどせずに、ねえ?)
 きょとんとしたのは渦中の竜で、締め上げている最中の男の薄笑いと盆を畳に置く男の、すでに影を隠した微笑を見比べる。
――誰が誰を嫌うって?」
 可愛いなあと思ったから、それは隠さずへらりと笑った。
「うん、少なくともあんたが俺を大好きなのはよく分かった」
 ボトリ、と。竜の爪から雉が落ちる。
「H E L L D  R  A 」

――猿も啼かずば撃たれまい。





「なんかもう本当に、攫っちゃおうかな…」
「何処へなりとご自由に。私は勝手に着いて行きますから」
「それは勘弁してください」
 内容の割りに和やかな声。政宗はずんだを頬張ったまま眉をひそめる。
「お前ら何時からそんなに仲良くなった」
「は?」
 目を見開いて、そろいの黒焦げに塗れた二人がそれを作った本人に顔を向けて。

 仲良くなんてありませんよ。

 声をそろえて、そう言った。

















『あいつらまるっきりOppositeのくせに!Ha!?だれも妬いてなんかねーよ!
 もうFriendsなんかいらねーよ!!』

           ――奥州・伊達軍・“もう天下取るしかない”さんからのお便りでした。












余談ですが正直、黒幸村とか本気になった策謀家元就とか 鬼畜メーター振り切った人たちなら
奥羽の竜の目を抉って羽をもぎ取るくらい出来そうだなと思います。


2007/02/17