「おい、忍び」
 声が響く。真昼の庭で影が動いた。
 政宗は口元をにやりと曲げて、畳んだ書状をひらひらと振る。
「届け物だぜ。Come on,crow」
 歌うように異国語を操れば、木陰に隠れる緑まだらの装束の、かと思えばこちらはどうやって隠れていたのかもわからない橙赤毛が風とともに、戸の内側に姿を現した。
――風に舞い込む木の葉に目を奪われた一瞬のうちに、そこに“居た”というのがより正しい。
 そうしていれば中々に草のものらしい男は、けれどすぐに眉よせて、情けない表情で鉢金の中の顔を崩す。
「……俺様はね、お届け屋さんじゃないんですよ。竜の旦那」
 声も情けない。
 やってらんねー、とばかりに肩をすくめて見せる男の顔を、政宗はしばらく眺めて。
「ほとんどそんな感じじゃねえか、届け屋忍び」
「ひどい!」
「Then,これが信玄公への書状だ」
 ほれ、と白い包みを気安く差し出した。
 わずかに居住まいを正した気配があって、甲斐の国の影は政宗がそれを文盆に置くのを待ったようだった。
「ん」
 政宗がさらに腕を伸ばすと、また眉じりを下げて、烏のように黒くとがった爪もつ手をあお向ける。
――お預かりします」
 ぐい。
 端をつかんで離さない政宗の指に、忍びは「はて?」という顔をした。
「あの、」
 ぐいぐい。
「ちょっと、竜の旦那?」
 ぐいぐいぐい。
 政宗はにいと笑って、武田信玄への書状を引き寄せると。
「実はもう一通ある」
 その戸惑った顔の鼻先に、細い糸で封じた、藍色の紙を突きつけた。
「届けてくれよ」
「…はあ?」
 戸惑った顔が面食らった顔になりながら、藍色を受け取った。
 裏返し、表返しても宛名はない。
「武田の大将に?」
「No」
「そんじゃ、真田の旦那?」
「No」
 政宗は首を振る。
「どちら様に届けろってんですか」
 忍びはこんどは困惑顔。
――百面相の八割を間抜け面で埋められそうな男だ。
 と、相手が聞いたら怒り顔を見せるに違いないことを考えながら、政宗は置いておいた文箱を引き寄せた。
 黒塗のふたを開ける。



 最初は、真冬の梅の、紅い花びら。
 半紙につつんで、政宗の寝所の内の、戸の影に置かれていた。
 奥州ではまだ、花の咲かないころだった。
 その次は沈丁花。香りもそのまま、手にこぼれる。
 次には桃。
 白い山桜。
 やまぶき、岩つつじ、薄紫の藤。
 むしった花びらをはらはらと散らして畳んだ紙は、その時々で手習い用の半紙であったり、少し上等な紙であったりと、まちまちだ。
 文も名も、何のしるしも書かれていない。



「…それ、手紙って言わなくない?」
「手紙だろ」
 花を届けたいのなら、枝ごと折ってくればいい。
――花びらは文字の代わりだろう。
 とは、政宗の直感だ。だから白紙の『手紙』に挟んだまま、押し花のようにしてとっておいてある。
――開くと、文字が花びらになって紙から剥がれ落ちたようで、面白い。
「んで、これは、つまり?」
 忍びはつまらなさそうな顔で、藍色の紙を振る。
「返事だ」
 香を含ませた紙に、花にとまる鳥の絵を描いて、花押を入れた。
「お手紙好きだよねー、竜の旦那」
 へらり、と忍びは苦笑した。
――同じ言葉を同じ口から、前にも言われたことがある。
 あれは、冬に入る頃だった。
「……それで、これを、誰に届けろって?」
「この手紙の差出人」
 つまり。
「奥州より南から花をむしってこれて、城の守りをかいくぐった上この俺の寝所のうちに手紙をおいて気づかれない、まあだいたい甲斐の忍びが文使いに来る前後にあらわれる――
 ちらり、と独眼竜の目で見ても、忍びは動じた様子はない。
 なんとなく、唇を尖らせて、藍色の紙を取り上げた。
「あ、」
 間抜けなつぶやきは聞かぬふり。
 文机の筆をとって、表書きをつけくわえる。

“さすけ へ”

「返事で悪けりゃただのLoveLetterだ」
 忍びの方を見ないまま、もういちど、ずいと腕を伸ばして差し出す。
「やぶれたー?」
 怪訝そうな声が聞こえた。
「…やぶるか」
 引き戻そうとして、止められる。
 ぐい。
 つかまれているのは手紙ではなく手の方だ。
 ぐいぐい。
「竜の旦那」
 ぐいぐいぐい。
「ちゃんと届けますから」
 見れば忍びはへらり、と困ったような――照れたような顔で、笑っていた。
「…ん」
 力を緩める。
 文を奪われる。
――返事ももらってこい」
「了解」
 届け屋忍びはそう言って、藍色の手紙に口づけるまねをした。












11/08/27 掲載・プチ改稿
初出:10/05/28〜メルフォお礼頁