――なぜ、ただの警官と見えた男の両手に、銀の鎌があるのか。
 なぜ、その切っ先は幸村を狙ったのか。
 なぜ、この紅赤毛の男はそれを止めたのか。
(なんなんだ、こいつらは)
 家康の脳裏を疑問が過ぎる。同時に雷光に似て浮かび上がるのは、右目眼帯の女性の姿。
(こたえは――
(そういうことだな、独眼竜)
――自分はかすり傷、警官姿の鎌男の狙いは真田幸村、紅赤毛の狙いは不明、けれど。
「幸村…っ」
 声を押し殺せば交わる刃の下、紅い鉢巻きが我に返ったように跳ねた。
「ワシは足をやられた。おいて逃げろ、とにかくねらいはお前だ!」
「家康どの、それは――!」
 見開かれた黒い眼が、ハッと家康より上を向く。
「お前が逃げれば竹千代は助かるんだよ、赤いのっ」
 バチ、と最初の音が響いて、降ってきた爆竹が他の音をかき消した。煙の中、同じ声がまた何か叫ぶ。
「お前はこっち!」
 腕を引きちぎるかというほどに引かれ、煙の中から物陰に引きずり込まれた。
「ら、」
 シッと制止されて口をつぐむ。
 煙がひいた後――
 西日がさす路地裏には、幸村も、警官も、紅赤毛もいなかった。
 家康は頭をおさえつける影を見上げた。
「蘭丸殿、幸村は――
「赤いのは行った。あの変な二本差しのやつはハーレー、しかも大排気量のファットボーイだ。見つかったら逃げきれるかは分からないな」
「そうか、まずはありがとう。で、幸村はどっちに、」
 そんなことより!と蘭丸は家康を捕まえたまま睨みつける。
「どういうことだよ、あのお巡りの格好したやつっ」
 家康は眉を寄せた。
「ワシらにも分からん。ただ、たぶんやつは幸村の命をねらって――
「そんなこと聞いてるんじゃない!いや、そうだとしたらよけい…わけが分からない…」
 家康の肩をつかむ力が、声とともにゆるんだ。
「どうして、なんで、」
 あいつが、ここにいるんだ。



 ミニバイクはすぐ見つかった。
 蘭丸に投げ渡されたキーの、真っ赤なオフロード車だ。
 幸村も乗り方は心得ているが――遠目に見た紅赤毛のバイクと比べれば、それこそ大人と子どもほどの差に見える。
(だが、迷っているヒマはない)
 エンジンをかけ人気のない細い道を選んで走り出した。
 背負った荷が後ろにひかれ、吹き付ける風が汗を冷やす。
 まぶしい西日と薄暗い影を通り抜けた。ただ先刻のふたりを引き離すことだけ考えてスピードをあげつづける。
――片方はバイク、もう片方は。
 警官の制服を着ていた。
 まさか本物ではあるまいが、パトカーのサイレンで追いかけてこられたら――
 小学生でノーヘル無免許オフロードバイクでの公道走行。
(緊急事態なのでござりまする、お館さまあああ!!)
 心の中で許しを乞うたのは、法にではなく魂の師にだ。
 路地の先に光が見える。
 大通り――では、ないはずだ。
 駅で見たおおまかな地図では。
(川、)
 越えれば郊外に出る。
 サッとだいだい色が顔を照らした。
 水量の少ない夏の川もオレンジを波立たせている、その川辺の草地に飛びこんだ。
(ひきはなしたか?)
 水の匂いに一瞬息を吐いた、その時。
 ほんの数十メートル後ろで、金網を引きちぎる音が響いた。
――!?」
 運動公園があったはずの方向。
 ふりむかずにスピードをあげる。
――バイクか、パトカーか。
 ミラーに映ったのは、そのどちらでもなかった。
(なんと…!)
 幸村の目を見開かせたのは――大型のトラックだ。
 ミニバイクめがけて突進してくる、そこに乗っている影は警官か、紅赤毛か。確かめる暇もなく追い立てられる。
――狭い路地に戻り振りきるべきか。
 人気のない辺りから、と見回す一瞬の間にも、大きな鉄の獣は距離をつめてきている。
 まさに、瞬きひとつの間に。
 トラックは、ミニバイクをはね飛ばした。
 宙に浮いた幸村の目は、橋から飛び出す影を見た。
 大きな黒いバイクがスピードを落とさずに空を駆ける。
 その背からのびた腕が、銀の四枚羽をトラックに振り落とし、幸村の胴をつかまえる。
 幸村が目を見開く先で、銀の羽はトラックの首を切り裂いた。
 バイクのタイヤが草地に跳ねた衝撃で――音が、追いついた気がした。
 トラックが左右に首を振りながら橋の支柱に激突する轟音。
――乗っていた者は無事では済むまい。
 幸村は、数瞬忘れていた呼吸で、心臓が痛むのに気づいた。
(…落ち着け、落ち着くのだ)
 そうして、自分を捕まえたままの影を見上げる。
 黒いバイクの主。
――幅広のゴーグルの、紅赤毛。
 昔政宗を襲ったという、ロボット兵器の特徴そのままの。
 だが、彼は無言のまま、幸村を自分の前に座らせて走り出す。
 幸村は、路地裏で最初にこの紅赤毛を見たとき。
 その口が、わずかに動いたのを思い出した。
(見まちがいか…?あれは、)
『ニゲロ』
 と、言っていたように、見えた。



 連れ戻された白い部屋で、右目を眼帯につつんだ女は、ぼんやりと写真の散らばる机の上を眺めている。
 そのするどい左目も今はうつろで、松永はそれを惜しいことだと感じた。
「どうなんだ、伊達政宗。見覚えは」
 問いかけにもぴくりとも反応しない。
 二人組の刑事、その年輩の方が噛んで含めるように言葉をつなげる。
――あるんじゃないですか、見たこと。あなたが証言した赤毛にゴーグルの男だ。それにこっちの駅で騒ぎになったのは」
 まだ十ほどの少年がふたり、監視カメラの映像をプリントアウトした中に映し出されている。
「あなたの実子と聞いていますが」
 松永も興味を覚えてのぞき込む。
 赤い鉢巻きか、黄色いフードか。
――どちらかが、真田幸村。
 男たちが捜査しているのは、バイクの盗難である。
 と、この部屋ではまずそう説明したが実のところ――重視されているのは、近くで起きた警官殺しのほうだ。
 大ぶりの刃物による傷跡と、11年前の通り魔事件の目撃に酷似した男。
「この駅の近くでも男は目撃されている。――心配じゃないんですか」
 あるいは、彼女が権力に牙をむけばおもしろい。とも、松永は思っている。
 11年前の事件で最初に病院に現れた、刑事を名乗る男が――織田の手のものであったこと、伊達政宗はすでに感づいているだろう。
 実際、この刑事ふたりなどは、織田とは何ら関係ないはずだ。だが彼女は織田と通じ自分を捕らえた警察という機関を、二度と信用しないに違いない。
 松永は窓辺に立ち、わざと伊達政宗から視線を外した。
 だが、女が動く気配はない。
 松永はささやかな退屈にぬるく失望した。
 先生、と彼を呼ぶ声に振り返る。
「彼女はずっとこんな状態で?」
 伊達政宗はぴくりとも動かず、拘束された両の拳を机に置いた最初の姿のままだ。
 松永は首をふった。
「説明申し上げたはずだが、ちょうど鎮静剤を打った後でね」
 明日になればまた暴れる元気も出るだろう。とつけ加えて口元で笑む。
 刑事たちは困惑と諦めの目でそれぞれ、伊達政宗を見る。
 右目をガーゼの眼帯で隠し、髪も整えていない。病院で用意された白い寝間着の下は、狭い病室でも日々トレーニングを怠らない、引き締まった細身だ。
 それでいて、造作の整った顔が夢見るように表情を無くしている様は――作りかけの人形めいている。
(人形、か)
 彼女が再三人形だと主張した、紅赤毛が再び現れたことは、松永にとって歓迎すべき事態だ。
 11年前は、取り逃がした。
――奴はここへ、来るだろうか?
 刑事ふたりは諦めたように、机の上の写真や書類をかき集め始めた。
 乱雑に茶封筒に戻された紙をまとめていた、いくつかのクリップもそのまま袋に落とされる。
 その数を数えようとする者も、伊達政宗が握り込んだ手の内側に気を払う者も、いなかった。



 日はすでに暮れている。
 あの橋からどれほど離れたのか、走り続けるバイクの上でぐるぐると目を回していた幸村は、ふいに両手を上げた。
「止まれ!止まってくだされ!」
 もう限界だとばかりに叫んだ少年に逆らうことなく、黒い車体は道路のわきに寄っていく。
 ホームセンターが駐車場を挟んで明かりを投げかける歩道に、飛び降りて、幸村はその男を見つめた。
「貴殿は、……何者なのだ」
 紅赤毛はそのゴーグルの下から、幸村に視線を向けている。
 そのままバイクを降りて立てば、その背丈は――例えば政宗どのと比べても、頭ひとつ高いようだ。
「……」
 無言のまま、男は幸村を見下ろす。その口元も、左腕も、人間のもののように見える。ただ右腕は、鎧でも着けているようだった。
 あるいは、やはり、これは。
 人間のように見えていっさい動かぬ口に、幸村はざわりと背筋を泡立たせ――だとすれば、と考える。
「そなた、しゃべれぬのか」
「……」
 こくり、と紅赤毛はうなずいた。
 幸村は背負ったままだったリュックを下ろし、なかからメモ帖とボールペンを取り出す。巻物と筆じゃないだけ進歩的だ、とからかうでもなく笑ったのは家康だった。
――家康どのは、無事だろうか。
「もういちど問う。貴殿は何者だ」
「……」
 書くものを差し出し、――書けるのだろうか?といぶかる幸村の前で、紅赤毛はペンを滑らせる。
 持ち方も、書く所作も、どこか違和感があったが、帰ってきたのは紛れもなく、幸村にも分かる言語だった。

『skynet製
 潜入工作用有機被覆式自律アンドロイド
 風魔型』

――アンドロイド。
 目眩がした。
「……未来から、来た……」
 声が震えた。
 スカイネット。天の網。
――それが、未来に君臨する人工知能の名か。
「それがしの命が、目的か」
 落ちた声に、紅赤毛は――風魔は、首を振る。
『指令
 最優先事項
 真田幸村の守護』
 その答えに、幸村は眉間にしわを寄せ目をまばたかせた。
「どういうことだ…?」
 ひとりごとのようにつぶやいた問いに、だが風魔は答える気配がない。
 幸村は、先刻の出来事を思いだしながら、問いの形を変えた。
「そなたでなければ、それがしは、さっきの警官のかっこうの男に、ねらわれているのだな」
 風魔は、うなずいた。
「あれは、何者なのだ」



 大破したトラックの下から、ずるり、とその影は這いだす。
 折れ曲がった腕や脚からは血の一筋もなく、ただ水銀のような色を見せ溶けるように傷を消した。
 ねじ曲がった顔は、唇の薄い、白い顔の男に変わる。



 武田道場の緊急用の電話番号は切断されていた。
 公衆電話の受話器に耳を押し当てたまま、家康はくっと眉を寄せる。
「どういうことだよ、竹千代」
「あちらでも何かあったことは間違いない。だがこの番号が切断されるのは信玄公が撤退した合図だ。ひとまず、ご無事だとおもう」
「何か、ってことは、…武田の虎もあいつにやられたんだな」
 蘭丸は声を押し殺した。
「蘭丸……ワシも確かに、やつを見た。ぼうしの影だったが、似て見えたのはみとめる。でもまさか」
「死んだはずだ!」
 弾けるように、蘭丸は叫ぶ。
「死んだって、濃姫様に聞いた。あいつは……」
 光秀は。



『skynet製
 形態模写ナノマシン式アンドロイド
《skynet of ocean》』
「けいたいもしゃ……では、あの警官のすがたも、顔も」
『平時の顔
 制作者の模倣』
「制作者とは?」
『織田コーポレーション研究員
 明智光秀』
「ふむ…政宗どのならご存じだろうか…。やつは、すかいねっと・おぶ・おーしゃんというのでござるな」
 いつしか並んでメモ帳をのぞきこんでいた幸村に、風魔はひとつうなずいた。

『抵抗軍での呼称

   ≪天海≫  』
















≫04




コタミネーターtop≪


13/08/23
初出:memo