考えてみれば過去にやってきてからというもの、風魔の四枚刃による直接攻撃は受けていない。慶次が斬られた際に確かにわずかな隙ができていたのは佐助も気づいていた。
(遺伝子情報の解析か)
 佐助は、真田昌幸を――真田幸村の父親としては第一候補の人間を、風魔に接触させずにすんだことに、安堵の息をついた。
 矛盾した話だ。
――ひょっとしたら、あの人は父親ではないかもしれないのに。政宗さんを奪ったのは俺なのに。あの人が。
(昌幸さん、とか何気なく呼ぶだけで、苛立ってたのは俺なのに)
 機械だけあって、風魔の方がよほど筋の通った行動をとっている。
 真田幸村の存在のみを消すために、その親だけを、親たる遺伝子を持つものだけを抹消すること。
『…なら、風魔に気づかれないように遺伝子バンクに卵子と精子預けときゃALL OKじゃねえか?』
 などと政宗が言ったから彼女の守り役がさめざめと泣き出したものである。
 これに関しては佐助もお小言を言いたいところだが、今までの自分の発言を振り返って自粛した。
――絶対に殴られる。
 そして、政宗様の明け透けな物言いが佐助のせいだとばれて、守り役に殺される。
 ただ、『あんたが怪我のひとつでもしたら何にもOKじゃないよ』とだけは言っておいた。
――なにしろ本音だから、説得力も抜群だ。



 時間を超えるために用意されたという迷彩緑の装束と、四肢の鎧、鉢金をつけると、佐助はなるほど未来人――と言うか、もはや異世界の人間に見えた。
「ちょっと重いんだけどね」
 と、いつもなら生身の左腕を軽く振る。まったく重そうな様子はない。
 竹中半兵衛がその迷彩緑の布をつまんで、興味深げに首を傾げた。
「信じがたいな。この装束があれば、僕らの高次元転移装置のエネルギー渦に耐えられるって?」
「ああ。気休め程度だがな」
 と、竹中にはそう言って、――一度はこれでそのエネルギー渦を渡ったのだから、とは心の中だけで納得する。
 松永とやらの捕獲計画を半ば利用して、風魔を転移装置の指定の場所まで追い立てるのは小十郎の腕にまかせられた。
 おびき出す餌は政宗で、怪しまれぬようその盾になるのは佐助である。エネルギー弾が撃たれた瞬間に想定されるあらゆる危険からも、佐助が守ると言って譲らなかった。
「それで、万一のときはあんたを抱えて逃げ出すよ」
 決してひとりで残ったりはしないと、約束した。
 松永の計画で風魔が研究所内を追われている間に、竹中半兵衛がエネルギー砲をセットアップし、充填する。
 その間の警護は――前田慶次がかって出た。
「oh,無事な姿を見られて嬉しいが……動けるのか?あんた」
「動けないんだよ」
 即答したのは竹中だ。
「島津殿に歩行補助ギプスをつけてもらっただけだろう。足手まといはいらないんだ」
 紫縁のめがねの向こう、秀麗な眉を寄せた忌々しげな表情は政宗の目には珍しい。
 否。人を下に見て余裕ばかりの顔が基本に見えるが、この男の苛々顔も十分覚えがあった。それも半分は前田慶次に向けられたものだ。
――それだけ、腐れ縁も飽きるほどといったところか。
「歩行どころか走行可能だよ、すごいなあの島津っておっさん。最低限使えるから安心しな、半兵衛」
 お前だって猫の手も借りたいんだろ?
 慶次もまた、いつになく真剣な目をして――織田本社の手を借りられない竹中の、痛いところをついた。
「そういうわけで、旅は道連れ世は情けってね」
 政宗にはいつもの気安い笑顔だ。ポニーテイルをくるりとまわし、確かに怪我など感じさせない動きでふりかえって、顔を寄せる。
「まつ姉ちゃんに聞いたよ。手を尽くしてあいつを捜し当てたんだろ?進展あった?」
「well,――あったと思うなら気をつけろよ。あいつ意外と餓鬼っぽいぞ」
「それは、っ!」
 爛々と輝く目が離れた。
 両手を上げやましいところなどないと示す慶次の、馬のしっぽを、未来人が鉄の指でつかんでいる。じとりと伏せた半目の中の、明るい鳶茶色が、鉢金の影で一層不穏に見えた。
 しかし慶次はにこにこと笑っている。
「知ってる。割と前からこんな感じだったよ、佐助って」
「なに?俺はあんたがあそこの黒い人に撃たれる前に助けてあげただけだけど?」
「政宗様から離れてくれたおかげでまとめて撃ちやすくなったな。礼は言っといてやる」
 ジャキン、と銃を構えて小十郎が無駄に凄んだ。
――やっぱり、不安要素はあるわけだが。
(Ah,まあ、悪くない)
 不安であるということは、すべてがこれからだということだ。
――未来が不確定だというだけの、話だ。
(未来が、……)
 けれど、その時ざわりと走った悪寒は、何だったのか。
――何かを。
 見落としている気が、した。
『未来から過去への干渉があった場合、』
 よみがえったのは、何故か。
 真田幸村の父だと目された、男の声。
『あるいは』
(あるいは、……?)



 そう言って、あの人は、言葉をにごした。
 それが何か最悪の可能性を示唆するようで、佐助はその先を問うことができなかった。
 半兵衛!と叫ぶ慶次の声を振り切って、竹中がエネルギー弾を射出する。
 轟、と音でなく、音さえ追いつかぬ気配が、風魔の兜を掠めていった。
――掠めただけ。
 実験機から身を起こした竹中は、プラチナブロンドをゆるりと払い、彼の――豊臣の高次元転移装置に、確かにエネルギー渦が込められたのを確認したようだった。
「…これでいい」
「半兵衛、お前…!」
「いいんだよ。あの装置はエネルギー渦が渦巻いている間、外からの衝撃をそのまま吸収する」
 はじめからこうしておくべきだったんだ、と、目的を果たした男はつぶやいた。
「それで装置は、無事ってわけか…、」
 ハッと笑って佐助は、飛んできた巨大な四方手裏剣を三方で跳ね返す。
 刃が宙にある一瞬、佐助の後ろから政宗が風魔に向け引き金を引いた。
「shit,やられたな」
 だが、これで遠慮せずに弾が撃てるわけか。
 政宗がつぶやいたのを合図にしたように、ギィン!と音が響く。風魔の右腕が地に落ちた。
 政宗が撃って動きを止めた間接を、撃ち抜いたのは片倉小十郎のライフルだ。
 しかし風魔は佐助から――佐助の後ろに守られた政宗から、視線をそらさない。
 左手に戻った刃を構え、獣が獲物に飛びかかるように一瞬、身を屈める。次の瞬間には佐助の目の前を血の深紅がよぎる。
(させるか、)
 その首に手裏剣の鎖をかけて、引き吊り倒した。
「ぐぁ、――!!」
 わき腹と右肩を焼けるような激痛が襲う。
「佐助!」
 叫ぶ声は遠く、政宗は回避したのだと見て佐助は口の端をつりあげた。
「つかまえた…」
――今だ、撃ってくれ、片倉の旦那。
 風魔はまだ鎖をちぎっていない。動きを止め、佐助を見ている。
 佐助の右肩に刺した刃を。
「……?」
 暗色のゴーグルの上に光が走って模様を描く。
 その下の、作り物の唇がうっすらと開くのを、佐助は初めて目にした。
「……ディーェヌエィタイプショウゴウ」
 その、決して人の声ではない音を、初めて聞いた。
「ケッカ――イッチ」
 一致。
――この化け物が、笑うのを、初めて見た。
 一致。一致。一致。
 ビシャ、と熱い血が佐助の目にかかる。
「ッ!」
 ままならない視界の中で、風魔が引き抜いた刃を、高くかかげたように感じた。
 自分を捕らえたままの、佐助の頭に狙いを定めて。
「…biological fathar…」
「何、言って…」

 真田幸村の、父親。

 ミィツケタ。

――笑ったのも、その声も、ただの幻覚だったのかもしれないが。
「伏せてろ、佐助!」
 声とともに、また空気を裂いて銃弾が風魔を撃ち抜く。
 佐助は我に返った。
 政宗の声の方から、ライフルの薬莢の落ちる音が響く。
――未来を変えようと言った、政宗。
『あるいは、』
 あるいは、もしも。
 未来から過去に干渉されるのが、既定のことだとしたら。
 真田幸村の父親が未来から来ることが決まっていたのだとしたら。
 すべてが。
――すべてが神の手のひらの上、定められた予定調和でしかないのだとしたら。
 風魔が狙いを定める。
 動けない佐助の首から、邪魔をする政宗の方へ。
 ずるり、と足を踏み出し、捕まえようと手を伸ばす。
(すべてが神の、)
 それが最悪の可能性であるかのように、真田昌幸は口にさえしなかった。
――けれど。
(もしも、)
 政宗が死すべき定めなら、それを決めた神を殺そう。
 彼女が死なずにすむなら、神とやらの足にキスしたっていい。
――同じことだ。
 願いは、変わらない。
 焼け付くような右肩から左手に鎖を巻いて、佐助は笑った。笑った。
 そして。
 懇親の力で身を起こした。
 風魔の首めがけて、にぎった巨大な手裏剣をつきたてた。
――!」
 確かな手応えが、けれどそのまま、沈み込んでいく。
 血に染まった佐助の目に、タイムホールのエネルギー渦のまばゆすぎる光が、映った。



 高圧のエネルギーが渦巻くタイムホールに、風魔を叩き込むようにして。
 佐助が一緒に落ちていくのを、慶次は駆け寄りながら――信じられないまま、見た。
 佐助がそれを最後の手段として、風魔と差し違えたのか。それとも見えていなかったのか。
 遠目には判断もつかず、ついたところで。
「佐助!」
 畜生、と歯を噛みしめ、銀色の光をにらむ。
 政宗君!と、半兵衛が叫んだ。
 ハッとして目をやれば、政宗も――信じられないような、いぶかしげな顔をして、ふらりとタイムホールに歩み寄る。
「政宗様!」
「政宗っ」
 一瞬早く、慶次がその腕をつかんだ。
 政宗は、立ち止まり、ひどくゆっくりと、瞬きをした。
「佐助、――?」
「政宗、だめだ、佐助は」
――あいつは。
 消えた。
 何処とも知れない、違う次元へ。
――半兵衛の説明を信じるならば。
 ならば。
 追うことはできない。
 追わせることは、できない。
「…さすけ、」
 ゆっくりと、まばたく政宗のひとつ目から、ぼろりと大粒の滴が落ちた。言葉が、落ちた。
「信じらんねえ、お前、」
 ひとつだって、約束、守らなかったじゃねえか。
















『あの迷彩の装束は、おそらくエネルギー渦から身を守るものじゃない。その身の――物質の“情報”を保つものだったんだ。彼が元いた時代のタイムホールで、彼の体を構成する物質の全てはエネルギーに変換された。けれど彼の体を構成していた物質の“情報”は高次元を通り抜け、この時代に現れた時に彼を再構成したんだろう。多分――この仮定では、彼の遺伝子が過去に来て書き換えられるなんてことは、あり得ないがね』
 竹中半兵衛はそう言った。
『こいはおまはんに、念のため』
 あの日、島津医師がテーブルの端に乗せたのは、小さな錠剤のシートだった。
『裏方で診療所なんぞ開いとると、色んな患者が緊急で飛び込んできよる』
 だから、こういう薬の用意もあるのだと、医者は握り飯を噛みながら眉ひとつ動かさなかった。
『でれかしーのない爺と思うか知らんが、医者としてな』
 delicacyな、Dr.一応礼は言っとく。
 そう言って、政宗は、それを使わなかった。
――使っていたら、何かが変わったのだろうか?
 変わることを望むべきだったのだろうか。


――あれから、十年がすぎた。


「準備はいいか?」
「むろん!ぱーふぇくとでござる!」
 政宗の問いに、大きな声で返事をする、毬栗のような茶色い頭。小さな頭。
 例え親が同じでも、生まれてくる命は常に違う。
 だから、両親の遺伝子がどうだと言われても、政宗には――この子どもが本当にそうなのか、わかりはしない。
(っつーか、正直、おれにもあいつにもまるで似てねぇんだけど)
 どういうわけだ。
 と、子どもの大きな目の、まっすぐな視線を見返して、政宗はしゃがみ込む。
「いよいよ戦いにまいるのでござるな、政宗どの!」
「ああ、そうだ」
 きらきらと期待に満ちあふれた顔は、政宗が微笑み返せば一層輝いた。


「だから幸村、お前は真田の家で後方支援な」

「なんと!」


――それでも、他に、思いつく名などなかったのだ。
 それがしも政宗どのといっしょがいいでござる!と叫ぶ子どもを脇に抱えて、政宗は駄目だと笑った。
 くしゃくしゃとかき回した茶色い頭は、太陽のように温かくて。

――やっぱり、誰にも似ていなかった。















コタミネーター 終幕










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11/08/26