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「……一つ、約束して」 「ああ?」 「もしも風魔と遭遇したら」 猿飛は薄い肩をおろして、軽くため息をつく。 「誰を盾にしてでも、あんただけは逃げて生き延びること」 政宗は一呼吸、その言葉を反芻した。 「盾に、はいただけねえな。だが死ぬ気はないからいくらでも逃げてやる」 I promise. 右の小指を差し出すと、未来人は怪訝そうな顔をする。 「…え。何?」 「指切り。そっちも約束しろよ」 「何を」 「その時はお前も逃げろ。案内がいなくなったらにっちもさっちもいかなくなるだろ」 理解の追いつかない様子のまま立てられた右手の小指を絡めとれば、冷たい鉄の感触がした。 「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーら……………とびっきりキッツい仕置きしてやるから覚悟しとけ」 「何それ怖!」 「ゆーびきーったっ」 一方的に結んだ指を解く。 引きずられて前のめりになった男の橙赤毛が、政宗の額近くで揺れる。 この男は、この世界のどこにも未だ存在しない。光の速度を超えた時間平原の数歩先から投げかけられた、影法師。 政宗は蜃気楼でも見るかのような心地に目を細めると、朝日でオレンジ色に透ける赤毛に手を伸ばした。 わしゃ。 指を通してつかむと、猿飛は抵抗はしないまま実に嫌そうな顔をした。 思いながらも指はそのまま、赤みの強いオレンジ色をわしゃわしゃとかき回した。 「…ねえ、俺あんたの犬じゃないんだけど」 「I know」 (変な感覚だ、な) 苦笑して、sorry,と付け加える。 「いいから早く移動しようぜ」 答える代わりに鳶色の目が、逃げるようにそっけなくそらされた。 この娘が行くと言えば何処へなりとも、自分の方が犬のようにつき従うしかないだろう、と。 それは真田の命令のためではなく、彼女の目に呑まれたあの朝から。 「風魔は、機械で、人の心はもっていない 携帯電話の通話を切ってつぶやいた、政宗の声は静かなものだった。 焼け付くような夏の日差しに照らされて、新聞を握りしめる手の白さは行き場の見つからない感情のはけ口に見える。 「その割に、こっちの弱みはよく知ってるな」 「人間の習性には詳しいぜ?どれだけ効率よく片づけられるか常に計算してる連中だ 言葉を結ぶ前にインクの匂いが顔を掠めた。 「お前、こうなるって分かってたのか」 伊達政道という少年が襲われた。 傷害・器物破損・銃刀法違反で二日前から指名手配されている紅毛の男が目撃されている。と、紙面が伝えるのはそれだけだ。 少年は、政宗の弟は、一命を取り留めた。 いつでも息の根を止められる、猫の足の下の鼠が目に浮かんだ。 「…一応言っとくけど、病院には行けないよ」 みすみす殺されに出てくようなもんだ。 携帯電話が飛んできたのを、受け止めた左手がじんと痛む。 「分かってたのか」 政宗の左目は佐助を射殺すばかりにギラギラと光って見えた。 「……あっちに俺と同じ程度の情報しかないなら、真田姓しか確定してない父親より母親を消す方が確実だ。同居してた子は警察病院で厳重保護下だし、あんたの部屋を調べて親戚の一人もいれば人質に狙う可能性は高い。とは、考えたよ」 政宗の顔がすっと白くなった。 怒りのエネルギーを全て体の内に飲み込んだように、張りつめる。 「そう聞いて、俺が弟の側にいても何もできなかったろうな」 それが、ふっと凪いだ。 「これからは隠すな。先に言え」 掠れたハスキーボイスに、ドキリとさせられる。 我知らず握りしめた携帯電話。 疑問が浮かんだ。 「…、分かった」 一瞬うつむいて、静かに揺れた髪の向こうの左目が、まっすぐに佐助を見る。 「あと一発殴らせろ」 弟の事は頼んだ、と小十郎に伝えて通話を切る。 守りに入れば伊達家は鉄壁だ。 「なあ。どうにも分からねぇんだが」 並んで歩く男の顔を見上げて、橙頭の向こうの積乱雲にふと雨が心配になった。 「はい?」 「は」が「ふぁ」に聞こえる間抜けな返事。 コンビニで買った氷とビニール袋の即席の氷嚢を当てて、腫れのひかない頬が痛むのか猿飛は顔をしかめた。 「風魔は、一応俺以外の人間を手当たり次第殺したりはしてない。よな?」 バイクを奪った相手。病院で政宗たちを守ろうとした刑事。政宗の弟も一命を取り留めている。 政宗と間違われかけたかすがでさえ、餌にされたとも見えるが命をとろうとはしなかった。 「そだね」 「やっぱり未来への影響を考えたりしてんのか?例えばその、大本の人工知能の作り主が死んだりしたら困るわけだよな」 もしそうなら、相手の弱点が掴めるのではないか 「うーん、そういう事もあるかもね」 「かもってお前、」 何だその答えは!とばかりに振り仰いで見るが、鳶色の目は前を向いたまま。 「正直、その…タイムトラベルっての?これが初めてでさ」 「What?」 「俺らの時代とこの時代を結ぶタイムホール、あいつらが作ったんだけど 山道に、ミンミン蝉の声が雨のように降り注いだ。 柔らかなため息が喉を過ぎる。 「…Okay-Dokay,あんたの話があっちこっちあやふやな訳が分かったよ」 「道理で着ても何も起こらねえわけだ」 「え?着たの?着たの?」 「その 疑いの目を向ければ、猿飛は少し迷う様子で頷いた。 「武田信玄公の部下の真田、なら間違いないと思うよ」 「良いとこに住んでるなあ」 雲の上じゃねえか、とそろそろ疲れてきた腰を伸ばしながら山の上を仰ぐ。 「…既婚者らしいぜ?」 「うーん」 横目で見れば、そこそこ整ってはいる顔がへらりとゆるい笑顔を浮かべる。 「がんばってね」 「痣ふやされたいか男前」 わあ怖い、と棒読みの返事。 (胡散臭せー…) 門前払いにならなけりゃいいな、と思ったところで携帯が鳴った。 「Hello?…何だ、小十郎か」 こんな男と歩いてると知っただけで血管が切れそうな、心配性の守役の声だった。 少し話して、猿飛のことは言わずに切る。 「何だって?」 「別に。弟が意識もどったって」 で、誕生日おめでとう、だと。 「…は?」 「だから、意識が戻って警察も」 「その後。誕生日って…政宗さんが?」 変な呼び方だな、とふと笑って、頷く。 「ああ」 「いくつになったの」 「十九」 「へえ、まだ十九じゃなかったんだ…」 沈黙が降りた。 蝉の鳴き声を一瞬遠ざけるように、涼しい風が汗を冷やした。 「ちょっと持ってて」 氷嚢を額に押しつけられる。 もう半分も溶けたらしい水袋が、冷たく心地よくて、目を細めた。 猿飛は道の脇の斜面を上っていったようだ。 「おい、さ…?」 がさがさと張り出した枝が揺れて、すぐに顔が覗く。 「何やってんだ、あんた」 スーツのズボンとシャツに草や葉がついてしまっている。 「はい」 差し出されたのは、手折られたばかりの白い、白い、沙羅の花。 「誕生日おめでとう」 細い枝を受け取って、雨が心配になる。 夏の椿は、優しい明るい緑の葉と、柔らかげな花びらをしていた。 「Thank,…ありがとう」 降りそうだから急ごうぜ。 氷嚢を押しつけて返すと、「そうだね」と平坦な返事が返った。 ≫04
09/10/29
初出:memo(09/08/04〜コタミネーター(アクション無し)) |