その人は言う。その目は乾いている。その声は低く柔い。

 けれど言葉が欠片も浮かばぬ。口を開けば目玉が沁みる。

 涙を見せればあなたはそれを、醜い面を罵るでしょう。

 一つきりの目の玉が、滲んでゆがめばあなたが曇る。

 嗚呼それならば、この目を空にすればいい。

 開いたまま。開いたまま。洞のように右目のように。

 すると世界は明るく開けた。

 嘘のように胸が軽い。





――母上。





 あなたの目がわたしを見ました。

 その悲しみの深さに大きさに、わたしは初めて気がついたのです。





――もうしわけございませぬ、母上。





 するとあなたは唇噛んで。

























 綾を翻す。 

















 悲しみは目を曇らせると、梵天丸が知ったのは母を失ったとき。
 怒りは見えるものを覆いつくすと、藤次郎が知ったのは父を失ったとき。
 慈しみが見るべきものを惑わすと、政宗が知ったのは弟を失ったとき。
 捨てたわけではない。
 今でも政宗は笑い憤り壊さぬように触れることを知っている。
 ただその目を奪われないように、心を空にするように、時折は目を空にする。
 右目が無いから左目だけでいい。

 そうすれば、よく見える。

 だから。



























 政宗は夜の闇を深く吸い込んだ。
 喉の奥まで冷やすように、冷たい、優しい。
 そっと左目を閉ざす。

 閉ざして、開く。

 そうして、初めて気づくのだ。
 夜しか居れぬ。愛せもせぬ。
 目の前の男は悲しんでいる。
 深く深く、底知れぬ空井戸のようにぽっかりと空いた穴のように。





――悪かった。





 唇を開いた。





――お前ももう来なくていい。





 心は凪いだように静かだった。





――夜が明けたら巣に帰れ。













 左目を閉ざされる。烏のような黒い爪。目玉をえぐるかに近い。





――ねえ。あんたのここには、




























 その男は言う。その目は乾いている。その声は低く柔い。








 あなたの目がわたしを見ました。

 その悲しみの深さに大きさに、わたしは初めて気がついたのです。

 あなたが悲しかったのは。

 わたしがそれを閉ざしたから。










――だって、見えないだろう。開けば、奔流に似た心のせいで、見えなくなってしまうだろう。



――俺はもう間違えたくはないのに。






 不意に、頭を引き寄せられる。
 左目に押し付けられる闇の匂い。
 何も見えない。




















































 闇に溢れる。









――お前は涙まで。朱いのか。





――なに言ってるの。ないているのは、

























































――明けたのか?





――いいや。明けてない。明けてないよ。





 なく声止むまで、朝は来ない。


























09/10/17 (掲載:10/04/04)