![]() その人は言う。その目は乾いている。その声は低く柔い。 けれど言葉が欠片も浮かばぬ。口を開けば目玉が沁みる。 涙を見せればあなたはそれを、醜い面を罵るでしょう。 一つきりの目の玉が、滲んでゆがめばあなたが曇る。 嗚呼それならば、この目を空にすればいい。 開いたまま。開いたまま。洞のように右目のように。 すると世界は明るく開けた。 嘘のように胸が軽い。 あなたの目がわたしを見ました。 その悲しみの深さに大きさに、わたしは初めて気がついたのです。 するとあなたは唇噛んで。 ![]() 綾を翻す。 悲しみは目を曇らせると、梵天丸が知ったのは母を失ったとき。 怒りは見えるものを覆いつくすと、藤次郎が知ったのは父を失ったとき。 慈しみが見るべきものを惑わすと、政宗が知ったのは弟を失ったとき。 捨てたわけではない。 今でも政宗は笑い憤り壊さぬように触れることを知っている。 ただその目を奪われないように、心を空にするように、時折は目を空にする。 右目が無いから左目だけでいい。 そうすれば、よく見える。 だから。 ![]() 政宗は夜の闇を深く吸い込んだ。 喉の奥まで冷やすように、冷たい、優しい。 そっと左目を閉ざす。 閉ざして、開く。 そうして、初めて気づくのだ。 夜しか居れぬ。愛せもせぬ。 目の前の男は悲しんでいる。 深く深く、底知れぬ空井戸のようにぽっかりと空いた穴のように。 唇を開いた。 心は凪いだように静かだった。 左目を閉ざされる。烏のような黒い爪。目玉をえぐるかに近い。 ![]() その男は言う。その目は乾いている。その声は低く柔い。 あなたの目がわたしを見ました。 その悲しみの深さに大きさに、わたしは初めて気がついたのです。 あなたが悲しかったのは。 わたしがそれを閉ざしたから。 不意に、頭を引き寄せられる。 左目に押し付けられる闇の匂い。 何も見えない。 ![]() ![]() 闇に溢れる。 ![]() なく声止むまで、朝は来ない。
09/10/17 (掲載:10/04/04)
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