七夕である。

 奥州城のあらゆる場所に、笹と、切り紙折り紙布飾り、色とりどりの紐がさわさわと風になびいている。
 星が出る時刻になっても、回廊の松明の光がわずかに届き、朱や水色や卵色が、ひらひらと闇に見えた。
――そこから少し離れた場所。
 奥州筆頭、独眼竜の寝所のそばに。
 何の飾りもない、笹が、ひと竿立っている。
 笹にはただ一枚、短冊がくくりつけられて。
 白い紙には。

『顔見せろ』

 と、書かれている。
 夜着の竜が、それを眺めて、冷酒をあおる。
 右目を鍔眼帯で隠した、左だけの独眼を、つまらなさそうに細めて。眠たげな仕草は、酔っているのか、待ちくたびれたか。
 ふわりと温い風がふいた。
 油皿の炎が揺れる。
 伏せた目を上げれば、笹の葉に、短冊が増えていた。

『声が聞きたい』

 目にした覚えのない字が、書かれていた。
「…Ha,」
 声に出して笑い、文箱を手元に引き寄せる。
 短冊に筆を滑らせ、笹に足す。

『酒の相手になれ』

 次の一枚はどこからともなく、闇からあらわれ笹を飾った。

『独眼竜の酒癖がよくなりますように』

 負けじと竜も短冊を手にする。

『武田の猿の小言癖をなおせ』

『独眼竜が素直になりますように』

『猿 仕事減らせ』

『独眼竜がもっとかわいくなりますように』

『or 上田に行く回数を増やしたい』

『竜の旦那がこれ以上色っぽくなりませんように』

『そろそろ酒の肴になれ』

『食っちまいたい』

 最後の一枚が笹にくくられる瞬間、闇が形をとったような、黒い指が見えた。
 竜はそこに白い指を伸ばし――。
 と、見せかけて、指を握りぶんと横に振った。
 ガツン!となにかにぶち当たる感触。
「痛!」
 小さな叫び声にそのままとびかかる。
「I get it!!」
「あーはいはい!つかまりました!!」
 竜が馬乗りになった迷彩斑の忍び装束の、両の手が持ち上がって、床の上で降参の意を示す。
 夜着の背を曲げて顔を近づけて、竜は忍びの鉢金を外すと、部屋の陰に放り投げた。
 橙色の髪を床に広げて、頬と鼻に泥化粧を刷いた忍びは、情けない顔でへらりと笑う。
「…酔ってる?」
「Shut up.よってねえ」
「俺様の願いごとすでにふたつみっつ無視されてるね」
 ばぁか、と、竜は笑った。




 今宵は曇、星すら見えず





「天の川のバカップルなんざあてにならねーよ、願いは自分で叶えるもんだ」
「そう、じゃ早速」
 いただきます。と忍びは竜に食らいつく。

 短冊ばかりはどこよりもにぎやかな、笹の葉が、風に揺れた。









       ☆












11/08/03 掲載
初出:memo(2011/07/07)