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この喉が、云うことを聞かない。 体は動かない。 目も開かない。 耳と鼻は勝手に気配を拾う。 梢から落ちる雨雫。 草を踏む音。 血の匂い。 「死んだか?」 …独眼竜。 呟いたつもりだった。 「 低い声がほろりと降る。 「…酷ぃ…な……誰の、せい、だと」 「あんたが間抜けなだけだろう?」 声が近づく。 (あんたがあんまり……) 呼吸の仕方さえ、忘れてしまった。 「馬鹿だな。忍」 囁く震えを唇に感じられるほど、その声は近くに。 「…………じゃねぇか」 笑う口が無邪気につり上がったのが、見える気がした。 目を開けるとそこは躑躅ヶ崎の見慣れた小部屋で、涼しい空気と明るい空と蝉の鳴き声があって、佐助は己が横たわっていることに気づいた。 動かない体と、からっぽになったような喉の奥。 心の臓がなくなってしまったような、奇妙に静かな心地だった。 これは夢か、あるいは。 ばかだな、しのび。 この喉はとっくの昔に己のいうことなど聞かなくなって、忍びの守る息づかいなど埒外で、あの青い肩にかかる黒髪の、奥の白い肌の、薫りを思い出すだけで。 息ができなくなるのは、自分の方だった。 蝉の鳴き声が草に降りそそぐ。 風が吹き込んだ。涼しくてわずかに暖かい。 日差しが明るすぎて、眩しいから、佐助は目を閉じた。 もう息をする必要さえ、ない気がした。 鼓動も聞こえない。 ただ。 ドタドタドタ。 「佐助ぇえええ!!」 足音と聞きなれた声と戸を壊す勢いで滑らせる気配。 佐助はヒッと喉をひきつらせてとび起きた。 激痛が走った。 「な、な、な、………げほっ」 「おお、目覚めたか、佐助!」 目も覚めるような真っ赤な陣羽織に鉢巻。 「…真田の旦那」 そこは躑躅ヶ崎の見慣れた小部屋で、涼しい空気と明るい空と蝉の鳴き声があった。 痛みとともに、ドクドクと打つ鼓動が全身に響く。 「政宗殿に、助けていただいたのだぞ」 紅い鉢巻と茶色い尾がひるがえって、まっすぐな視線が振り返る先。 蒼い陣羽織のまま戸口によりかかるその人が、にやり、と。 『息、してるじゃねぇか』 無邪気な竜のように、唇をつり上げて、笑った。
10/05/28 掲載
初出:memo(2010/05/13) |