甲斐原理統合5A式ヒューマノイド、ダテ博士が呼ぶところの『サスケ』は。
 笑うのか?と問われれば、≪YES≫。
 泣くのか?と問われれば、機能の有無としては、≪YES≫。
 事実泣いたことがあるのか、と問われれば≪NO≫。
 夢を見るか?と問われれば。
――覚えてはいないけど、見たかもしれない。
 そう、サスケは思っている。
 タケダ博士は――お館様はこう言っていた。
「夢とは、脳の情報が整理される際に見える残照であるとも言われている。お前が覚えておらずとも、お前のAIは絶えず活動しているのだから、夢を見ることもあるであろう」
 そうなのだろうか。
――だとすれば、なぜ覚えていないのだろうか。
「案ずるでない。涙を流すのが人間である、夢を見るものこそ人間である、などと言う口もあろうが――それを証明できた者は今もっておらぬのだからな」
 5A式の不安を見通しているかのように、タケダ博士はその大きな手でオレンジ赤毛の頭をクシャクシャとかき回した。
 サスケは何も、人間になりたいわけではない。
 だが、政宗にとって、マサムネ・T・ダテ博士にとって、有益な存在でありたい、とは思っている。
 そしてきっと、人間を模した人形である自分は、人間に近ければ近いほど、ダテ博士にとって有益なのだろう、とも思っている。
 そればかりを考えて日々動いているわけではないのだが、サスケにとっては重要な課題なのだ。
――なにより。
(夢を、見た、気がした)
 それは夢ではなかったのかもしれない。
 けれどまるで、本で読んだ『夢』の世界のように、自分の中に存在するなにか。
 最初は頭をよぎるノイズににて、次は白昼夢に似て。
――あれが、夢というものだったかもしれないのに。
 眠りの世界でなく起きたまま感じ取ったそれを、最初は夢だなどと思わずに――なんだか人間っぽくないからと、政宗にも黙っていたら、いつの間にか形を潜められてしまったようだ。
 だから。
「だからさ、最近思うんだよね。夢を見たら覚えてますようにって」
「……」
 暗い部屋の中、隣の布団に話しかけても返ってくるのは沈黙ばかりである。
「特に今はお正月じゃん、初夢ってやつをおれさまはねらってます」
「……」
『初夢は昨日の夜だ』
「え!手遅れ!?」
 ってゆーかかすが、起きてたんだ。
 覆いをかけられた光に声をかければ、『お前がうるさいからだ!』と少女の声が返る。
「えー、なにそれ。だったら昨日の夢、思い出さなきゃ」
 記憶はゴミ箱に捨てるようにそう簡単に消せるものではない、と真田は言っていた。
――だからと言って、簡単に思い出せないことも、多い。
 せめてヒントが欲しいものだ。
「……」
「だよね、きっと政宗の夢だよね。小太郎あったまいいっ」
 サスケはぎゅっと目を閉じた。
 いつかのノイズは沈黙している。
――まるで、あちらがわから扉を閉ざしているように。



「しっかし、広いよなあここんち」
「お館様の門弟が寝泊りしておりますゆえ」
「Hum,その門弟とやらに、あいつらくらいの年のやつもいるのかい?」
 隣の部屋のふすまを親指でさして、政宗は首を傾けた。隣の部屋ではサスケと小太郎が、用意されていた寝巻きで布団に入っているはずだ。
「いたこともあるやも知れませぬ。それがしがあの年の頃はタワーに居住区をお持ちだったが」
「そもそもあのユカタ新品だったよね」
 沈黙が降りる。
「…政宗殿。今年はもう少し頻繁に5A式を連れて泊まりに参りましょう」
「いや、来てもいいけどな」
 どうせかすがの件で川中島に通うのだから、と答えるダテ博士に、サナダ博士は清酒の徳利を傾けた。
 広間の明かりもほとんど落として、若い三人だけが残っている。
「しかし慶次殿は顔が広い。上杉謙信公と御昵懇とは聞いていたが、お館様とも初対面ではなかったのでござるな」
「ああ、謙信んちで二、三回ね」
「あんたは本当に一度会ったらオトモダチだなあ…」
「いやいやそれほどでもあるけどさっ」
 はははと陽気に笑って手を振る慶次は酔っているのかいないのか。
 政宗はそろそろと忍び寄る眠気に心中舌打ちした。
――酒に弱いつもりはない。
 だが何しろ囲む二人が強いのだ。ウエスギ教授ほどの化け物はそういないが、慶次は呑み慣れて自分のペースを持っているし、幸村は何だかんだでザルである。
「眠くなってまいりましたな」
 そのくせ、政宗の先手をとってそんなことを言う。
「え、俺は眠くない」
 恋バナしたい。と空気を読まない慶次の発言はこれはこれで可愛げもあるが、いずれ敵わぬ夢だ。
「なるほど。では――政宗殿のために5A式と風魔の部屋にもう一組ふとんが敷かれているはずなので、慶次殿がそちらで休まれるがよろしいかと」
「遠まわしにハブられてない?」
「起きてさえいれば5A式かかすが殿が適任の話題にござろう」
「寝てるじゃん!」
「Happy Guy,諦めろ。幸村のやつ寝つきがいい上に寝ぎたないからな」
「じゃあ幸村がこっちで寝れば――
 と、慶次が指さしたふすまがすらりと開いた。
 立っていたのは緑の縞の浴衣を着た、小さなオレンジ赤毛だ。
 まぶたをふにゃりと半ば下ろして、起きているのかいないのか。
「サスケ、聞いてくれよ幸村が政宗とふたりで寝たいって俺を除け者にするんだぜ?」
「いやいや、慶次殿が政宗殿と破廉恥な話がしたいと言って聞かぬのだ」
 埒もない軽口を叩き合うふたりを放置して、政宗は胡坐をかいたままサスケに向き直る。
「Ah,うるさかったか?」
「んー」
 ぺたぺたと近づいたサスケは慶次と幸村の言葉も聞こえていないのか、そのままへたりと政宗の膝に崩れ落ちた。
「おい、」
「だめじゃん…まさむねったらー…」
 かぜひいちゃうでしょー、とムニャムニャ消えていく声。
「っつーか、お前が風邪ひくだろ」
 この5A式がただの風邪をひくのかどうか、政宗にも分からないが、結構な高熱を出して苦しんだのは去年の今ごろだ。
「ほれ、起きろ起きろ」
「むー…」
 ぺちぺちと叩いた頬は温かい。けれど元々あまり体温が高い方ではないから、すぐにも指先から冷えてしまうだろう、と政宗はサスケを立たせるようにしながら自分も立ち上がった。
――ココアでもいれるか、それとも。
「Kitchen借りてから寝る」
「分かり申した」
「はいはい、了解」
 あっさりとサスケを優先した政宗に、幸村は当然のようにうなずき慶次は苦笑してコップをかかげた。



 考えてみれば朝から慶次が押しかけてきて、雪合戦に車での移動、かすがや大人たちを相手にぴーちくぱーちくと騒いでいたのだ。
――起きていられるはずもない。
 勝手所に入りダイニングテーブルの前に座って、椅子はひんやりと冷たいだろうに、それでもオレンジ赤毛はうつらうつらと揺れていた。
「ちょっと待ってろ、温かいもん飲んだら寝るからな」
「うん…」
 生クリームと牛乳と、と政宗は勝手知ったるシンクに並べていく。
(ココア、どこだっけか)
 最後にこの屋敷でココアをいれさせてもらったのは何年前だったか、と首をひねれば、「まさむねー」と背後から響く声。
 ふりかえれば、テーブルにぺたりと頬をつけたサスケが。
「おやかたさま」
 すぐ目の前の一番おおきな卵をゆびさして、へにゃりと笑っている。
――まあ、確かに信玄公はIntellectualなEggheadだがな」
 昔政宗も似たようなことを言って小十郎にたしなめられ、ついでにエッグヘッドなる言葉の意味も教えてもらった記憶があった。
 あれはまだ小十郎が――AIではない、片倉小十郎景綱が、キッチンに立ってココアをいれてくれていたころだ。自分も今のサスケの見た目より、かなり幼かったはずのころ。
「えっぐへっど?」
「知識人。Ah,揶揄する意味で、理屈屋のHumpty-Dumpty」
 ふうん、りくつやさんかあ。とサスケは分かったような分からぬような返事をして、隣の卵をゆびさした。
「……カタクラの旦那」
「小十郎は禿げてねえ」
 反射的に言ってから、政宗はしまったとばかりに口を押さえる。
「いや、信玄公も髪は剃ってるだけなんだがな」
「今日は赤いモサモサなかったね。おれさま、あれ、好き」
 ここにいるぞーって感じがするじゃない?
 とふにゃふにゃと笑うサスケは、やはり寝ぼけて見えた。
「Eggnogにするか」
 サスケがゆびさしてない辺りの卵をふたつ手にとって、テーブルにコンと打ちつける。
「まさむねがサナダの旦那の頭を割った…」
「……食い物に名前をつけるな」
「泣いちゃうから?」
 誰が泣くか、と反射的に出てきた答えを呑みこんで、政宗はニヤリと笑った。
「Yes,そうだな」
「じゃあしない」
 素直にこくんとうなずくサスケのオレンジ赤毛が揺れて、手がふさがっていなかったら撫でていただろう。卵を割って鍋に落とす。
 ミルクと生クリーム、スパイス、蜂蜜。自分も飲んでおこうと思ったから甘さはひかえた。
 黒と白のカップを借りて、黒い方にラムをひとたらし。
「まさむね」
「ああ」
「おれね、初夢をみたよ」
 トプ、と手元で壜が揺れた。
「たぶん」
「……たぶん、か」
「思い出せないけど、見たよ。きっと」
「そうか。――思い出したら、教えろ」
 動揺してしまったのを隠すように、政宗は答えて、鍋を火から下ろす。淡い卵色を、カップに注ぐ。
――5A式が夢を見たなどと言い出したことは、今まで一度も、なかった。
 そもそも睡眠中の脳が見せる夢の世界というものは、未だすっかりとは解明されていない領域であって、すべての人間が夜夢を見るかと言えばそうとも限らないのだ。ヒューマノイドであるところのサスケがそれを見てもおかしくはないし、また見れずとも問題ない。
 けれど。
 政宗にとって、夜見る夢は――
 ラム酒の壜を棚に戻す背中に、「まさむねは、」と小さな声が投げかけられた。
「昨日、夢見た?」
「……見た気がするが、覚えてねえ」
 ただ、確かに感触が残っている。
――冷たい雪と、唇に触れた杯。
 隣にいた、誰か。この身体ではなく、この身の。
――魂が覚えている、いつかの。
「覚えてないの」
「ああ」
「ナスとか、鷹とか、ちょっとくらいでてきた?」
「お前はそういう無駄なことばっかり、よく知ってるなあ……、っ」
 棚を閉じてふりかえり、政宗はぎょっとした。
 まだシンクに置いてあったはずのエッグノッグのカップをサスケが抱えている。
 黒い方を。
「お前それ、」
「あ。ごめん。いただきます」
「じゃねえよっ」
「…いただいてます?」
「いいから、STOP.よこせ」
 奪いとればすでに中身は半分だ。
 40度のホワイトラム。大して量は入れていないが、と考えてから、途中で手元が狂ったことを思い出して瞑目する。
「とにかくお前はこっちだ」
「ありゃ」
 白い方を進めればサスケはごめんね、と笑って受け取った。パッチテストではそう弱くもなさそうだったし、眠たげな目は元からだ。政宗はやれやれと肩を落とす。
「これも半分こする?」
「全部飲め。具合悪くなったらすぐ言えよ」
――あ、さっきのお酒入ってたんだ」
 なんかもう鼻マヒしちゃった。とへらり、笑う顔に赤毛がかかった。
「お正月って、みんなあんなにお酒呑むもの?」
「みんなってのが謙信あたりのことならNoだが――酒はいろいろ、清めるもんだからな」
 ふうん。と首をかしげて、サスケはこくんこくんとエッグノッグを飲み乾した。
 トン、と白いカップをテーブルにおく。
「でも、だったら、俺が呑んだっていいじゃない」
 ばぁか。と政宗は笑って頬杖をついた。
「十年早い」
 だがサスケは、その透明な鳶茶色の目を、細めて。

――だって、あんたの方がよっぽどきれいなのに」

 へなりと眉寄せて、笑った。
――どこかで見たような、顔で。
「……さ、」
 そしてそのまま、こてんとテーブルにつっぷした。
――!?」
 椅子を蹴るように政宗は立ち上がり、そして。
 オレンジ赤毛の下からこぼれる、健やかな寝息に、ズルズルと座りなおした。
 急性アルコール中毒だの胃洗浄だのといった単語を頭から追い払う。
――驚かせやがって。驚かせやがって!!
 舌打ち、ため息、それから赤毛を睨みつけた。
――なにかまたマセたことを言われた気がしたが、寝息に上下する肩と頭はただ小さい。
 スヤスヤと眠るサスケは卵の列にお辞儀する形だ。
 眺めていれば怒りよりも可笑しさが勝った。
――安心しきった、姿。
 だが政宗が離れれば目を覚ましてしまうかもしれない。頼みもしないのにいつもいつも、政宗の抱き枕であろうとするサスケだ。
――自分よりも俺を気にかける、サスケだ。
 政宗は尻ポケットから携帯端末を取り出すと、子どもを起こさぬよう声を潜めた。
「……慶次、ああ、俺だ。寝てたとこ悪いが」
 Kitchenまでカメラ持ってきてくれ。
 通話をオフにして、黒いカップに口をつける。じわりと熱さが唇に染みた。
 物音ひとつない外は、雪がハラハラと後から後から、降り積もっているだろう。
――こいつが夢を見るならば。
 ニンマリと猫のように笑んで、政宗は、オレンジ色の髪をなぜた。


――そう、きっと、冷たい雪の白ではなくて。
 ふわふわと温かい、ほの甘い、卵色の夢であればいい。















 冷たい空気が甘かった。
 夜の中で、雪明かりにその人の白い顔が浮かび上がる。
 朱色の小さな杯が近づいて唇をほの紅く染めるかに見えた。
 細められた目が(いつもの、金色の左目が)彼の方を向く。
 杯を差し出す。
 彼はその朱色の杯を支えた、白い手をとった。
 朱色は雪に落ちてサクリとかすかな音をたてる。
 唇に押し当てた細い指は、雪のようだった。
『…冷たい』
 つぶやけば、その人は喉で笑った。
 両手に収めた手のひらは健やかな骨をしている。細かな傷跡のある肌が雪を思い起こさせるのは、白さだけではなくて――さらりときめ細かで甘いためだろう。
 女の手の優美さなどないのに、きれいだと、感じてしまう手。
 黒に包まれた両手が触れるには、どこか後ろめたさがあった。
 けれど、直に触れるのはもっと勇気がいることだ。
――俺はあんたの一番になんて死んでもなれないし、あんたを守ってはあげられないし、あんたの誇りをかける価値もないだろうに。
 つかんでいるのは彼の方なのに、力ずくで引き寄せたのは白い手の方だった。
――どうして、これが許されるのは俺なんだろう。
 唇もまるで雪のように。
『冷たい』
『Indeed,お前もだ』
――どうして、許されるのがこんなにも嬉しいんだろう。
 じわりと閉じたまぶたから、溶けだす熱。
『…馬鹿だな。夜明けなんて待ってねえで、今すぐ――
 あんたの主の元に帰りゃいいのに。
 押し殺すように囁いて、けれどその手が離れていかないことに、どこか安堵したような吐息が。


(なんでそんな、)

(まるで、このまま、俺がそばにいちゃおかしいみたいに、)

(この人は…)

(誰だ)

(どうして、)

(どうして、こんなに…)


 俺はいま、幸せなんだろう?

――いっそ融けてしまえばいい。

 強く強く願ったのは、確かに自分だったのに。
 それをサスケは、思い出せない。






















     了















=閃国BASARA=top≪


12/08/04 掲載
初出:一〜三
memo(2011/01/07)
memo(2012/01/11)
memo(2012/04/21)
memo(2012/04/28)
memo(2012/06/22)