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『大特価!卵1パック98円お一人様2パックまで〜』 あれ?イースターってこういう日だっけ? その日スーパーに出勤した試食販売担当、猿飛佐助は、今月の一日特価安売り品のチラシと 「なんかさぁ、店長に『今日は復活祭ですから』とか何とか言われて渡されたんだけどコレ」 まあ良いやチカちゃんつけてよ。 と、エプロンに髪留めの帽子をつけた試食販売員に、布製の物体Xを差し出されて、長曾我部元親は捻り鉢巻を結わえる手を止めた。 「いや、そりゃお前がつけるように渡されたんだろ?」 「やっだなー何言ってるのさ長曾我部さん」 大の男がうさちゃん耳なんて、しょっぱすぎるじゃん。 「…だったら尚更俺に押し付けようとしてるんじゃねぇよ…!」 笑顔でぐいぐいと銀髪頭にウサギ耳のカチューシャを入れようとする佐助と、引きつった顔で阻止しようとする元親のその横を、てほってほっと奇妙な足音が通り過ぎた。 「あ。おはよー小太郎」 「よう風魔、この阿呆止めてくれねぇか!」 灰色ぶちのウサギの着ぐるみが振り向いた。 「……」 てほっ。 そしてカレンダーを指差した。 Sunday.で、ある。つまり。 「あー、あー、そうだ。今日は伊達の坊ちゃんは来ないだろ」 試食販売員がお気に入りの、あるいは大ファンの、もしくはいっそ片恋の買い物客である青年の名前を出して、刺身職人は得たりとうなずいた。 「竜の旦那?」 すわった目をしていた佐助の手が一瞬ゆるんで、押し返される。 「そうだよ!いっつも水曜日しか来ねぇんだ、今日ちょっとくらい変な頭してても見られやしねぇよ」 な?と押し切られたときには灰色ぶちの着ぐるみウサギは消えていて、試食販売員の頭には灰色ぶちのウサギの耳が乗っかっていた。 だいたいあの店長はこういうグッズをどこで仕入れてくるのだろう。 (まさか特注じゃないでしょうね) 肩を落として本日の試食品を切り分ける頭の上で、良くできたウサギ耳がみょんみょんと揺れる。 せめて女の子がやれば可愛くも見えるだろうに、と遠く果物コーナーに目をやれば、きらきらとした金髪のスレンダーなスーツ姿が苺のケース数を記録しているのが見えた。青果担当のかすが嬢である。 先刻売り場に入ってごく普通に挨拶をしてみたところ精神的に通常の1.5倍ほど遠のかれてしまったようで、決してこちらを見ようとしない。 まあ普段から大してこちらを見てくれないのだし、佐助だって元親がこんな頭をしていたらできるだけ目を合わせないようにするだろう。 (じゃあ、竜の旦那なら?) はたと佐助は考えた。 まだ二十歳前後とはいえ大の大人で、男で、けれど酷く整った顔立ちの細身。白い肌と右目を隠す茶色がかった黒髪のコントラストが色っぽくスーツを着れば大人びて見えるが、切れ長の目元を赤く染めたり八重歯を見せて笑っていたりすると幼くて、可愛らしいと ウサギ耳。 一体何を考えているのやら。 (馬鹿!俺様のばかっ!!) 「猫耳のほうが似合うに決まってるじゃん!?」 「お前がそれを言うためだけにここまで走ってきたってぇなら、俺も否定できねぇわ」 馬鹿にも程があるぜ。 という刺身職人の本音は長い耳の右から左、ウサギ男は試食販売コーナーに早足で戻る。 もうすぐ開店時刻になろうというのに仕事をサボりたいわけではない。 磨かれたガラスを通して燦々と日の光が差し込む、午前八時五十分。 自動ドアの前では灰色ぶちの腹の膨らんだウサギがスタンバイしている。 平和な光景だ。 せめてあれくらい全身隠れる仮装だったら、と軽く息をつく。 (しょうがない。猫耳の竜の旦那を想像して気を紛らわせよう) 本日の特選品の並びを綺麗に正しながら現実には有り得ないであろう光景を思い描く、試食販売員の顔だけは涼しいまでに爽やかだ。 今の佐助の脳内を見ることができたなら、青果コーナーのかすが嬢は五百メートル後退った上で殺傷能力抜群の視線を毒矢のように浴びせるだろう。仕事熱心な着ぐるみウサギは吹雪のような沈黙を返すだろう。 見られなければいいのだ。要するに。 と、思った瞬間、ざわりと肌があわ立った。 (どこから?) 目だけを動かして、止まったのは出入り口の方向。 いるのは灰色ぶちの体にピンクのエプロンのウサギだけだ。 が、その綿の入った大きな手に、小さな四角い 「あのー…小太郎さん?」 何撮ろうとしてんの、お前。 呼びかけにも答えずウサギはじりじりと間合いを詰めてくる。 「ちょっ近!近い!こたろー!?」 どん。と、背中が何かとぶつかった。 「あ、すみませ…ん…」 カートに積まれた卵のパックが崩れかけたのを、両手で押さえて、こちらを 紅赤毛の下に隠れた目から確かに殺気を感じる。 卵を運んでいたのは真面目で無口で怒らせると実は怖いだろう店員ベスト3に数えられる、風魔小太郎であった。 「うっわごめん!」 慌てて卵を積みなおし、ひびが入っていないか確認し、何事も無かったかのように去っていく赤毛の後頭部を見送って いつだったかのフェアでは確かに小太郎がウサギの着ぐるみで風船を配っていたし、無口な彼には接客業より適任なその役回りが定着したかと思っていたのだが。 (…こいつ、誰よ) 佐助はホラー映画で三番目くらいに襲われる被害者のように、震える首をギリギリと回して振り向いた。 灰色ぶちの、黒い目のウサギが、自分の首に手を添える。 ごとり、とウサギの首が外れる。 きゃあああ…っ!! 悲鳴が店内に迸った。 後に、遠くからその模様を眺めていたバイトの家康君が語るには、ウサギ男がウサギに怯えている様はまるっきりコントにしか見えなかったという事だが ウサギの首が抜けた場所から、ばらりと落ちる白い長い、髪。 「…………何してんですか、あんた」 見慣れていても恐怖を煽る白い顔。 「クク、フフフフフフ」 それが、さも可笑しくて堪らないといった様子で着ぐるみの丸い肩を揺らしている。 笑う姿も恐ろしい。 こんな人が着ぐるみの中に入っていると子どもが知ったら泣き喚くに違いない。 佐助は青い顔で、あはは、と自分を誤魔化すように笑った。 「もー何の冗談です、店長」 ぴたり、と笑いが止まる。 ゆらりと顔を上げる白蛇のような男。 明智光秀はこの店の店長である。 「仕事ですよ…」 「はい?」 着ぐるみの手には小さなカメラを構えて、店長はつぶやくように言った。 「イースターフェアの様子を記録するのです……さ、笑ってください」 笑えねーよ。 と思いつつも、佐助は口だけを笑むように引きつらせた。 「あのー…店長?」 「はい」 「それって、どの辺まで出回る写真なんです?」 今更説得や懇願に応じる明智店長ではない。撮られたであろう数枚は諦めて、佐助はそこだけを確認しにかかった。 ふむ、と店長は常の癖で口元に指を当てて考えている。 いつもなら骨が入っていないかのように細い指がある場所に、今は着ぐるみの太い指が当たっているのが 「…主に社内ですね。それも今回のフェアに関わった方が見たがればの話です」 まあ、どうせご町内の皆さんと全店員には知れ渡るところですが。 「オーナーは?」 「あの方はこういう催しには興味が無いでしょう…」 ククク、と傾けた頭から白い髪が零れ落ちる。 「ありがとうございます」 佐助はにっこりと気取られないように笑んで、床に置かれたウサギの頭を拾い上げた。 「そろそろ開店時間ですから、被った方が良いですよ」 「これはどうも…」 きちんと白髪を納めてウサギの首をかぶせ、よし、と佐助は頷いた。 (セーフだ) 竜の旦那が、あの写真を見ることは無い。 確か先日ちらりと耳にしたところでは、かの青年の実家は欧州からの食品輸入を基礎とした商社であるらしい。目下このスーパーとの関係は薄い。今日並べられた品は国内のものばかりである。 彼が今日ここに来る事も無い。 よしんば後でこんな格好をさせられていたのだと知られても、見られなければ傷は浅いと佐助は考えた。 竜の旦那 万が一気まぐれで立ち寄られたら、その場で耳をかなぐり捨てれば良いのである。 (だから、今日一日) 一日我慢しよう、俺。 みょん、と頷く頭でウサギ耳が揺れた。 午前九時。 音楽が鳴り始め、『準備中』の立て札が除けられる。 佐助は試食販売のコーナーに入って、爪楊枝のケースを開けた。 本日取り揃えられたのは卵を模した菓子である。 食通、と言うより食いしん坊の店長が何処からともなく仕入れてきた特選品は、ご町内では密かに定評のある品揃えだ。 実は佐助はこうした菓子や惣菜の味に対して興味が薄く、その分自分と同じように味に興味の薄い人間に売りつけるのが得意とするところだったりする。 が、今日は一つ、気になる和菓子があった。 白餡をビターチョコレートでコーティングした鶏の卵と同じ形のその菓子が、八つ切りにされてトレイに並んでいる。 (独眼竜、で三日月の飾りねぇ…) 明らかに例のお客と同姓同名 「いや、でも、流石に…」 無いだろう。出来すぎだ。 (今回のフェアに竜の旦那の家が関わっているなんて展開は、無い、よ、ね…) そんな希望が儚く裏切られる、次の水曜まで僅かに三日。
試食販売員のSt.
E
aster-Day
クク、とウサギの着ぐるみの中に響いた笑い声を、聞いた者はいなかった。 アンケート第一位【試食販売員のSt.V-Day】でイースターやってみました。投票ありがとうございました。 |