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ジングル・ベルのメロディがどこからともなく流れてくる。 回遊魚のように人の流れる煉瓦敷きの通り。街灯や店先を彩る金色の飾りつけは、きらきらと目に温かい。 「……寒い、寒い、寒い、Shit!」 マフラーにうずめた口元でつぶやき、政宗は足早に人々の流れを追い越していく。 学校指定の白いピーコートの下、セーラー服の紺のスカートがパタパタと揺れて、風をさえぎってくれる気配さえない。脚はかろうじてタイツが許されているが 右目にガーゼの眼帯があてられているのを差し引いても、その子猫めいた容姿とお嬢様校の制服に目を奪われている通りすがりの男どもなら、ジャージ案にはおおいに異議を唱えるだろう。彼女がきれいに忘れている校則も悲鳴を上げるに違いない。だが夏生まれの政宗は寒さに弱かった。 いつものショートカットは少しだけ伸ばして、マフラーをとれば首筋にゆるくはねるていどに まだ空は明るいというのに、冬の日ざしはすでに傾き、通りには陽だまりのひとすじもなかった。 水の中のような薄明るい光。軒を連ねるショーウィンドウのライトが華やかに映る。 ヒイラギの葉に真紅の実。モミノキの深緑に金の林檎とまつぼっくり。紺色の箱に銀のリボン。 だからこうして25日にそなえ、守役の小十郎へのプレゼントなぞ探して暖房の効いたデパートから街にさ迷い出ているわけだ。 嫌いじゃない、などと胸のうちでつぶやく政宗だが、実際のところクリスマスはむしろ大好きだ。華やかでキラキラしていてクールである。去年まではアメリカの養父の家で、小十郎とグランパと政宗の三人、十一月末から年明けまで延々クリスマスの飾りつけの部屋で過ごしたものだ。大晦日には掃除をしたい小十郎だけは、27日あたりから落ち着かない様子になるのが恒例だった。 寒さを跳ね除けるようにひたすら歩いていた政宗だったが、もうどこでもいいから飛びこもうと斜め左のカフェに足を向けた。 けれど自動ドアが開く前に、その柱にはられた鏡を見て その小さな影に考えるより早くきびすを返した。 暖炉の炎のような、朱色がかったオレンジ。 地毛だと聞いたときは驚いて、驚きついでに触らせてもらった政宗である。 『思ったより近くて…』 その距離に、照れてしまったのだと、口にはせずとも丸分かりな顔をしたものだ。 政宗も今なら、その感覚が分かる気がした。 だから。 カーキのダウンジャケットの、フードをふちどるファーが両肩から背中にのっている。その後姿まで歩いてきてから、逡巡してしまった。 政宗より頭ひとつ高い、ひょろりと痩せた男の、オレンジの頭にはヘッドホン。名を呼んでも耳に届くかどうか。 元親や慶次なら、歩いてきた勢いのまま膝の辺りを蹴飛ばしただろうし。 幸村やかすがなら、いきなり前に回りこんで驚かせてやるのもいい。 けれどこの男にはどれもこれも名案ではない気がして、政宗は唇を結んだ。 ジャケットの端をつかむ。 「…Hey,佐助」 アルトの声は不機嫌に低く、小さく響く。 どこかの誰かの新曲が流れ続ける店内。 なのに、瞬間、ぱっとオレンジ頭はふりむいた。 たった今目を覚ましたような顔の、鳶茶色の眼がまるく、政宗を見た。 「政宗さん」 ヘッドホンを外し名を呼べば、おう、とぶっきらぼうに答える声。 「驚かせたか」 「あ、うん、ちょっとびっくりした」 あははと誤魔化すように笑って、佐助は心臓の辺りに手をあてる。 小さくジャケットの背中を引かれたのと、ヘッドホン越しにその声を聞き取ったのはほぼ同時。 彼女だとすぐにわかって、思わぬタイミングに驚いたのも事実ではあった。 けれどふりむけば目に飛び込んできた、白いコートに映える瑠璃紺タータンチェックのマフラー。何よりその柔らかそうなカシミアに口元をうずめ、佐助のジャケットをちんまりとつかんで、上目づかいに見上げる目。 ベタなシチュエーションも嫌いじゃない己を再発見しつつ、佐助は左右を確認する。 「ひとり?」 「ああ。かすがは寺の手伝いだとかで 「うん、今日はね。真田の旦那は部活、チカちゃんは船仲間と集まってて、慶次はもう例のぶらり旅に出たみたい。小太郎はボランティアの日だし」 彼女と共通の友人 がっかりさせたかと懸念したのもつかの間。 「そっか」 政宗はニイ、と小さく牙を見せてご機嫌な顔だ。 自分とふたりきりなのが嬉しいのだなどと、そんな都合のいい解釈をしてはならない。勘違いは後が辛い。 オレンジ赤毛の下、佐助の理性は一足早い除夜の鐘のごとく、ゴーンゴーンと警鐘を鳴らし続けた。 「どんなもん聞いてるんだ?」 そんな佐助の内なる葛藤など知るはずもなく、少女は猫のようにするりと隣に立つ。 「どんなって言うか タッチパネルを覗きこむ形のいい頭の、そのつむじがすぐそばにあるのを眺めていたせいか、答えは曖昧にむにゃむにゃと消えていった。 「何だよ、はっきりしねえなあ。Song titleわかんねえのか?」 「ええと…とにかく、クリスマスの歌」 だと思う。 自信無げにそうつけたせば、眦の涼やかな目がちらり、と佐助を見上げる。 「誰が歌ったどんな歌だよ、歌詞とか」 「よく分かんないだよね。多分英語で聞いたんじゃなかったかな、と」 「…英語で、Christmas songか…誰でも歌ってるからな…」 真剣に考えてくれているらしく、ゆるゆると低くなるハスキーヴォイスに これはこちらも真面目に思い出さねばと、佐助は隣の、茶色がかってつやつやした黒髪のつむじをじっと見つめる。 「えっとね、誰かのオリジナルソングとかそういうのじゃないと思うんだ。昔っからあって、この時期になるとその辺でよくかかってる気がするし、讃美歌とかそういうたぐいのもんかも 「昔から?」 「うん、たぶん、中世くらいにはあった歌」 その答えが奇妙に聞こえたか、政宗は佐助の顔を見上げてぱちぱちと瞬きし 「……あんたが言ってるのはひょっとして、ただのChristmas carolのことじゃねえか?」 「クリスマス・キャロル?」 佐助の脳裏にまず浮かんだのは、英国の文豪が書いた小説の背表紙である。読んだことはない。 「だからChristmasの……Ah,祝歌っつったらいいのか?"The first noel"とかそういうやつ」 不思議そうに瞬いた佐助にそう説明する政宗も、改めて聞かれると正確なところはよく分からない、という風情だ。 言葉で言うより、とばかりに佐助の手からヘッドホンを取って、検索パネルにパタパタと曲名を入力する。 黒いクッションに両耳をすっぽりとおさめ音を聞く姿に 「聞いてみな」 「え、あ、うん」 渡されたヘッドホンをつければ、耳元はなにやらさっきより温かい。 テノールの声がノエルを歌う、その響きに耳を傾けて どうだ?とじっと見つめてくる左眼は雄弁だ。 「そうだなあ…」 これだったかもしれない、と思いながら、けれど佐助は答えを濁した。 何しろあれは、五百年も前に聞いた、歌声なのだから。 今ひとつピンとこない、という顔の佐助を、政宗はほとんど睨みつけるような目で見つめた。 何も知らない人間なら逃げ出してもおかしくない眼光。 けれど政宗は怒っているのでも苛ついているのでもなく、ただ、知りたいのだ。 (なのに、こいつのことは未だによく分からねえ) 猿飛佐助は、政宗と同じ高校二年生で、武田信玄という名士の屋敷で真田幸村ともに養育されている(と聞くと大げさだ。実際は豪放磊落なおっさんと、弟みたいに手のかかる同い年の世話を焼いて、古い広い家でワイワイ楽しそうに暮らしている いつもへらへらと緩い笑みで、面倒事は避けるのが癖のようであり、そのくせ細かいところに目が利いて、幸村が腹を鳴らすそばからカレーパンが出てきたりする。アンパンでないのは佐助が辛いものが好きだからで、要はそれあんたのおやつじゃねえのか、と政宗が口を開くより早く「旦那には内緒で」とばかりに苦笑を含んで目配せされたこともあった。 人の表情に聡い。押し付けがましくはない。聞くところによれば、そんな風に世話を焼く相手は一部の人間に限られているのだそうだ。そして、政宗はどうやら、その一部の人間の方だった。 ジョークではないらしいから恐れ入る。 しかし、猿飛佐助という男を知れば知るほど 「Ah,Christmas carolっつっても色々あるからな」 「へえ」 唇を撫でて考える政宗に、佐助は目をぱちくりと瞬かせた。 「政宗さん詳しいの?」 「詳しかねえけど、小さいころは歌いまくってた……うー、」 しかし、歌の名前まで覚えていたのは今の一曲だけだ。 政宗はもどかしく唸った。 アメリカにいたころに耳で聞いて覚えたものがほとんどで、歌詞すらおぼろげなものもある。 眉間にしわを寄せて、思い出すのはグランパの家。暖炉の柵の向こうのストーブと、クリスマス・カード。毛足の長い絨毯にぺたりとすわって、色紙をちぎりながら歌っていたはずだ。 集中しようとする政宗の耳に、誰かの歌声が流れ込む。 「……、佐助」 「はい」 「出るぞ」 「はい?」 その腕をつかんで歩き出せば、ひょろりと痩せた体は引かれるがままについてきた。 CDショップを出た瞬間、寒さに後悔したがもう遅い。 「どこか、静かなとこねえか」 ふりむけば佐助は冷気などまるで感じていないような顔で、「公園でいい?」と斜め後ろを指さす。 風の通る広場を思い描き政宗は首筋をふるわせたが、贅沢は言っていられなかった。 店という店には何かしら音楽がかかっているし、カラオケというのはどうやら大音量で他の部屋の音を打ち消す場所であるらしい 政宗がうなずくと、佐助は腕をつかむ手をとってさっさと歩き出す。 足取りは速くはない。 薄手の手袋ごしのせいか、佐助の体温が低いのか、握られた手に伝わる熱はなく 通り過ぎるジングル・ベルを頭から排除して、政宗は冷たい空気をのどに吸いこむ。 「Hark, the glad sound.The Savior comes,the Savior promised long…」 小さく舌にのせた歌。 きゅ、と手を握る力が強くなった。 「それ知ってる気がする」 「Ah,当たりか?」 「んー、もう少し…」 聞いてみたいな、とオレンジ色が揺れる。 その耳に近づくように、足を速めて隣に追いついた。 「Angels we have heard on high.Sweetly singing o’er the plains 連なるように思い出したのは、夜の静けさを思わせる調べだ。 幼いころ声が続かなかったコーラスを伸ばしていけば、寒さに縮こまるのどが、滑らかになる気がした。 どうだ、とばかりに見上げれば、佐助は目を細めて。 指の長い骨ばった手を、にぎりかえす自分の手が、ほわりと温かくなった気がした。 「ここでどうかな」 陽だまりの暖かげな、広すぎない公園だった。 大通りを一本向こうに眺める位置で、枝振りのいいケヤキが門のように葉の落ちた枝を広げている。 脚を休める人の影はちらほらとあるが 「Good!」 気にいった!と笑えば、佐助も微笑む。 (ああ、畜生。またそんな) と、内心すこしくやしい政宗の心中は気づけないものか、ベンチに座れば追討ちをかけるように肩にジャケットをかけられた。 「おい、」 「ちょっと自販機行ってくる」 ふりむけばひらひらと手を振って、すでに三歩先。 見慣れた灰色のブレザーに深緑のマフラーだけの背中は、見るだに寒そうだ。 追いかけそこねて政宗は、唇をとがらせる。 佐助が息をするように世話を焼く幸村と、何かにつけて張り合いギャンギャンと騒いでいるのだから、同レベルだと思われても仕方ないのかもしれないが。 ぬくぬくと否応なしに温められた肩をいからせ、抗議してやろうと待ち構えているところに、オレンジ頭がのん気な顔でペットボトルを抱えてきた。 「ウーロン茶とミルクティどっちがいい?」 「佐助、お前、それ寒いだろ」 「じゃあミルクティね」 「聞けよ!」 思わず声が大きくなるが、佐助は気にした風もない。 「いや、俺様寒いの平気だし、これ下ヒートテックだし」 優しい色のつまった小さなボトルが、政宗の手に落とされる。 「あんた夏には暑いの平気とか言ってたよな」 「うん」 便利でしょ?と、そのまま灰色の冬のブレザー姿は政宗の隣に腰かけた。 「おれだってそこまで寒がりじゃねえよ」 「ん?ああ、違う違う」 あはは、と佐助は笑ってオレンジ色のキャップをひねる。 「そのジャケットはただの虫除けです」 「…What?」 思わぬ言葉に一瞬口をつぐんで、政宗はフカフカと柔らかいダウンジャケットに触れた。 「……この冬場にどんな虫がいるってんだ」 じとり、と下から睨みつけても佐助は動揺する気配もなく、わずかにため息をつく。 「いるんだよ、ちょうど今ごろ、クリスマス前になるとうっとうしいのがいっぱい」 特に繁華街近いとね。 あまりにもっともらしい声で言うものだから、政宗は口をつぐんだ。 ム、と口を閉ざしたのを見計らったように、「それより、他の歌思い出せた?」とニコニコしながら佐助は言う。なんとなく誤魔化された気もしつつ、そもそもそのために外に飛びだしたのは政宗の方だ。本題に頭を切り替えざるを得ない。 「…Petiet papa noel… 両手の中にミルクティをおさめて、歌いだしで止める。 外国語なら何でもいいよ、などと緩く笑んだまま、佐助は膝に頬杖をついて政宗の唇を見つめている。 「Hark, the herald angels sing,……」 ハスキーな、少しかすれた声が、音をつむぐ。 彼女の歌声を聞くのは初めてだった。それでも佐助の耳に懐かしく響いたのは、それが昔からこの時期どこかで流れている曲だから 例えば、小学生のころの冬休みを思い出すように。 幸村に苺を譲った五つの歳のクリスマスを覚えているように。 そこからほんの少しさかのぼるだけで、佐助には、今とは別の“猿飛佐助”だった記憶が、ある。 佐助の中でそれは、幼いころの記憶から一歩下がっただけの場所に当たり前のように存在して 高校生の猿飛佐助にとって今から十七年と少し前のその思い出は、およそ五百年前の時代に合致する。 この足元に続く土が、合戦の血を吸っていた時代。 その時代の“猿飛佐助”は、忍びだった。 佐助は隣に座る少女をじっと見つめる。 つやつやした革靴と黒いタイツに包まれた華奢な脚。痩せぎすな佐助のジャケットが大きく見える肩。細い、簡単に手折ってしまえそうな首。 こんな、柔らかい、細い、たおやかな。 強い目だ。背中に色んなものを背負って、そのくせ半ば無謀に斬りこんでいくべきときを知っている。 (よく考えると、すっげえ変な人だった) よく考えなくてもあの頃の猿飛佐助は、伊達政宗をおかしな男だと思っていただろう。 ただ、それは、他国の忍びである佐助を、易々と懐に入れようとするからであって 今、佐助が「あれ?」と思うのは、妙ちきりんな旗印であるとか、五百年前とも思えぬ軍隊の出で立ちであるとか 今隣に座る少女は帰国子女だと聞いている。 (あの人は…) 五百年前の男はよく、船乗りをつかまえて英語など聞きかじっていた。 『……何してんだか、この殿様は』 忍びの佐助は呆れたため息をついたものである。 あの尊大な態度はどこへやら、今は 赤毛に碧眼の船乗りたちが、荷箱に腰掛けて手を叩き、歌っているのは異国の歌。 そこに混じる若者は、佐助も見慣れた蒼い陣羽織だ。三日月前たての兜は隣に置き、たまに異人がその小さな頭をかき回そうとして、後ろに立つ片倉小十郎に睨まれている。 船乗りだからだろうか、異国の連中はそろって体格がいい。 囲まれた殿様は、元よりそう丈高くはない。まるで大人に混じった子どものようにも 積荷の様子だけ忍びの記憶にとどめ、他に報告すべきこともなさそうだと眺めるさきで、彼の唇が開く。 その少しかすれた声は、異国の声に混じって、けれど忍びの耳には。 たった一本の金の糸をより分けたように、響いた。 雪でも降り出しそうな銀の雲。 潮の匂い。 異国の匂い。 異国の歌。 それを、誰も知らない閨の闇で、歌ってくれと忍びは乞うてみたのだろうか。 (多分、言わなかったんだろうなあ) きっとそれきり忘れてしまった。 確かめられるものなら訊いてみたい。けれど、隣に座る伊達政宗には、遠い昔の記憶はないのだろう。 影のものでしかない猿飛佐助を 元より人の記憶の曖昧さだ。佐助とてすべてを覚えているわけではない。 それでも今になってあの歌を、あのとき彼が何かを歌っていたというそのことを、思い出したのにはわけがある。 季節のずれ 「Ah,聞き覚えあったか?」 「え?」 はたと目覚めたように隣を見れば、ジャケットの中で肩をすくめた子猫と目があって、とがらせた唇に佐助の目は抗いようもなく吸い寄せられる。 「なんだ、眠そうだな」 「うん、でも聞いてたよ。やっぱりその辺の歌みたい」 なんか夜っぽいよね。と思ったまま口にすれば、そうだな、と彼女もうなずいた。 「夜が長い頃のもんだからか ちょうど冬至を過ぎた辺り。 あの時代の記憶は あのとき彼が歌っていたのが、船乗りの海の歌ではなく、クリスマスに異人が歌う歌だったのではないかと佐助が気づいたのも、隣にいる少女がゆえだ。 彼女の誕生日、八月三日を、旧暦の八月ごろにずらしたまま記憶していた。 「そう言えば」 それを言うなら、ひと月どころか一年ほど勘違いしていた人もいた。 「ん?」 ペットボトルに口をつけたまま、政宗の目がちらりと佐助を見る。 「政宗さん、俺らのこと三年と思ってたって?」 「 小さなボトルをあおったままの姿でぎしりと固まり、三つほど数えたところで彼女はゆっくりと佐助から顔を背けた。 ごくん、と口にあったミルクティを飲み干す気配があって。 「……元親か」 ぼそり、と地獄の底から這い出るような低音が響く。 怒りを向けられてるのが自分ではないのをいいことに、照れちゃってカワイイなあ、と佐助はのん気に考えた。 「うん、チカちゃんから」 チカちゃん、元親、長曾我部元親。 政宗と佐助の共通の友人である彼は そしてこの男は政宗の、ひとつ年上の従兄である、毛利元就の幼馴染でもあった。 「…………元就の手紙じゃ、同級生だったんだ」 「生徒会長がチカちゃんのこと話してたってのが俺様には意外だけどね」 「上に“たわけた”がつく幼馴染の話題だけどな」 「あ、納得」 「お前ら、学年ピンねーし」 「自由な校風なもんで」 「受験関係なさそうなやつばっかだし…」 だんだん声が小さくなって、髪に覗く耳が赤くなっていく。 「政宗さんも、年上相手でもしゃべり方変わんないしね」 まさか二年にわたってそんな勘違いをされていようとは、佐助も思っていなかった。 佐助の幼馴染であるかすががとっくに説明してくれていても良さそうなものだったが、こちらは佐助の話をしたがらないらしい。 『今年のChristmasは元就たちもさすがに受験勉強があるんだろうな』 『そうだな。……毛利元就、たち?』 『ああ。佐助とか、真田とか。あ、佐助は就職か?元親もすぐ進学はしねえのかも』 『やつらは今から勉強するほど殊勝でもないだろう』 『Ah,さすがに三年の二学期が終わるんだぜ?』 『三年?』 『おう』 『……佐助はともかく、長曾我部は三年だったのか』 『だろ。Ah?佐助は?』 『佐助は二年のはずだ』 『いつの間に留年したんだ!』 『さあな』 とまあ、このような会話があって、元親に確認の電話が行ったようだ。 「にしても、真田の旦那もいっこ上に見えた?」 「真田はともかく、慶次なんか背も高えだろ」 「俺は?」 一番聞きたかったことを口にすれば、そっぽを向いたままの政宗の肩が、ぎこちなく正面を向く。 「お前が……一番、」 一番、分からない。 普通の男のような顔をして、けれど一緒にいる時間が積み重なるほどに。 時折、ひどく懐かしいものを見るように政宗を、政宗といる真田や元親を眺めている。あるいは、幼いものを見るように。遠いものを見るように。 さっきだってそんな目で、政宗はそれをつい、大人びていると感じてしまう。 だから彼女はからかうように、のぞきこむ鳶茶色の目を、しとりと見返した。 「一番、保護者面してんじゃねえか」 明るい茶色が丸くなる。 冬の空気がすっと透明になったような、奇妙な感覚があって、政宗にはなぜか 何かを言いかけて開いた唇に、白く吐息が煙らないのは、それとも男の体温が低いせいだろうか。 「……それに……」 政宗は戸惑いを見せないように、佐助の目に呑まれないように、ふわりと白い息を吐いて、つづけるべき言葉を探した。他愛もない言葉を。 「あんた、来年から武田の屋敷出るって、部屋探すって言ってたから。あれも、卒業するからだって思ってた」 「あ、うん」 我に返ったように男は瞬きをした。 「卒業即就職だから、その時にゴタゴタしたくなくてさ」 へらりと笑う顔。政宗はペットボトルを持つ手を緩くさする。 ほう、と吐いた息は白い。 「 「ん。いや、……お前がいなくなったら、今みたいに武田んとこに集まるってわけにもいかなくなるな」 広くて古い武田の屋敷。夏の花火も去年のクリスマスもどやどやと大人数で集まったものだ。 面倒を見る役に回ることの多い佐助は、けれど何のこだわりもない様子で肩をすくめる。 「なに言ってるの、真田の旦那もいるんだしお館様も大歓迎してくれるよ?それに今年はチカちゃんが冬の漁だとか慶次がひとり旅だとかでいないけど……あのふたり俺様の部屋探すの手伝うとか言って、自分たちが押しかけても平気そうなとこばっかり薦めてくるからね」 たまり場がひとつ増えると思っていいよ。 苦笑する佐助を見上げて、そんなものか、と政宗はうなずいた。 「Then,そしたら来年のChristmasは佐助の部屋だな」 「いいよ、政宗さんがまた歌ってくれるなら」 さらりと言われて唇をとがらせる。 「お前、結局どの歌か思い出せたのか」 「うーん」 「うーんじゃねえだろ。もう日が暮れちまうぜ?」 当初の目的忘れてんじゃねえよ。 と小突けば、佐助は薄闇がかった影の中、ゆらりと橙赤毛を揺らした。 「でも、政宗さんの歌声が聞けたし」 「……」 ベコッと、政宗の手の中で、ペットボトルがつぶれる。 何気なくしたことが、いまになって気恥ずかしい。照れくさい。そんなに優しく言われたら。 「Okay-dokay,お前へのGiftはChristmas carolのCDつめあわせで決定だ」 「えー」 もう歌ってやらねえ、とばかりに立ち上がれば不満げな声。 そこに目がけて羽織らされていたダウンジャケットを投げつけた。 十二月の寒さの中で政宗だけ。夜の中キラキラと光る、クリスマスの飾りつけのように浮かび上がる。 佐助に気づかれぬよう、尖らせた唇で。 政宗はちいさく「Shit,」とつぶやいた。 ※歌詞引用 『牧人羊を』 『もろびとこぞりて』 『荒野の果てに』 『天には栄え』 |