このお話は、M原敬之の歌『彼女の恋人』とのダブルパロとなっております。
イメージ元どころか内容そのままのストーリーです。
歌詞自体は引用しておりません。


novel頁にも書きましたが、政宗は女の子設定です。















  

雨上がり、夜空。








「あれ?伊達ちゃん今帰り?」
 夜も遅いし送っていこうか?
 佐助が車のキーを見せてそう言うから、政宗は「悪いな」とぶっきらぼうに答えてけれど嬉しそうに微笑んで、 赤毛の男について行った。
 政宗の抱える資料の山を佐助は「半分」と言いながらほとんど取り上げて、大学の構内を抜けていく。
 すごい資料だねなんの課題?
 ヴァニタス。メメント=モリ。他の図書館からもかき集めたから。
 明智さんの授業かそりゃ大変だ。
 前を歩く痩躯が軽くゆれて、笑った横顔が見える。佐助はとても柔らかい笑い方をするので、 政宗もつられて左目を細めた。右目は、白いメッシュの眼帯と長い前髪で覆われている。けれど佐助は 政宗を見るときに眼帯を気にしないので、政宗も気にせずにいられる。
 他愛のない話をしながら駐車場について、佐助は車のドアを開けた。
 だから政宗は何の疑いもなく助手席に座ったのだ。が。
「…何だよその顔」
 運転席に着いた佐助は何とも言いようのない苦笑いで、政宗を包んでいた空気は一気に温度を下げた。
「いや、あのね?…男の車にあっさり乗るもんじゃないよって、言った方が良いのかなって」
 女の子がさ。
「Ah!?」
 思わず声を荒げて、政宗は眉を顰めた。
 確かに、政宗は男の名前で喋り方も佐助より乱暴で、それでも女ではある。
 背は高い方だが腕も脚もたおやかに細い。胸や腰の丸みは強調されてはいないが、うなじとあごの線に まろみがある。
 美しい、女性なのだと、最初に言ったのは。
「…じゃあ、いい。悪かったな」
「あ!ちょっ」
 降りようとした政宗の肩をつかんで、振り向いた綺麗な顔に、佐助は眉尻を下げる。
――ごめんね?変なこと言って。俺とかね、元親の旦那なら問題ないんだ」
 送らせてよ。暗いし、危ないから。
「……」
 Shit,
 心の中で呟いて、政宗はシートベルトを引き寄せた。

   *

 政宗は十二まで男として育てられ、その後NYに留学していた。だから喋り方も何もかも男仕様のままで、 日本に帰ってきてすぐ大学で出会った佐助や幸村と、最近では元就や元親なんかも加えて、男同士の仲間のように 付き合ってきたのだ。
 けれど。
「ゆっきーも早く免許取れると良いね」
 幼馴染の名前を子どもっぽく略して、にこにこしながら佐助はアクセルを踏む。
「無理じゃねえの?まずペーパーテストで」
「それはそうかも」
 あはは、と笑い声が上がって、やっと政宗も表情を緩めた。
「て言うか真田の運転する車なんて考えただけで危なっかしいじゃねえか」
「うんちょっと想像したくない。でもまず俺が助手席座らされるんだろーなー…」
 情けない声でため息をつく横顔に、政宗はケラケラと笑う。
「元就もどうかね。この前免許合宿のチラシ見てたけど」
「ああ、元親の旦那が必死こいて止めてた」
「へー…まあ元就のやつ頭良いけど天然箱入りでちょい鈍いしなあ…平気でブレーキとアクセル踏み間違えそう」
「車ぶつけても気にしなさそうだし」
「そんで助手席には元親が座らされるな」
「チカの旦那が左にいたらもう左から来る車は気にしなくて良いとか思ってそうだよね」
「Ah…そういう奴だ」
 『我が盾となれ!』   『無理言ってんじゃねええ!!』
 同じ光景を思い浮かべて二人は笑った。
 毎日なにかしらで五人の誰かと一緒にいるのに、佐助とこうして二人でいるのは久しぶりだった。
 それは、多分。
「でもゆっきーは今がんばってるよ、免許」
「そうらしいな」
「まあ俺も練習に付き合ってあげてるからさ、ちゃんと運転できるようになったら乗ってあげてよ」
「…ああ」
 政宗が真田幸村に告白されて、押し切られるように恋人と呼ばれるの関係になったのが、三週間前。
 だからと言って何が変わったわけでもないが、なんとなく幸村と政宗で二人きりになることが多くなった。
 あるいは二人きりにされている、というのが正しいのか。
 幸村は、真直ぐな目をした青年で――否、まだ少年といった方が似合う男である。体だけは大きいが、 その純粋な心根も真面目さと無邪気さが同居した性格も、政宗の目には小さな男の子か仔犬のように映る。
『政宗殿は強く、優しい方だな』
 時代がかった喋り方で、はっきりとした声で、そんな事を臆面もなく彼女に言える。褒めたいとすら考えていない、 ただ心からの言葉で。心からの、好意ばかりが現れた声で。
 幼いころに右目を失い、母親に疎まれて育った政宗にとって、それは目がくらむほどに眩しい。

   *

政宗が男のように育てられたのは、彼女の母親の命によるものだ。
 母の義姫は山形の旧家、最上の生まれで、その家の因習に囚われて育ち、同じく旧家の伊達家に嫁いだ。
 家督は男子が継ぐべし、女はいらぬもの――その考えに義姫が取り付かれていたのは、彼女の兄によるもので、 遡れば最上家の父、祖父、代々の家の当主が連綿と受け継いできたものである。
 ただ、古くからの因習が薄れてきている時代の中で、義姫の兄が殊更に彼女にその考えを強要したのだと、 政宗は聞き及んでいる。
 第一子として娘が生まれたとき、義姫は彼女に『政宗』という男名をつけ、家の者たちにも政宗を男として 育てるよう強いた。
 義姫が伊達家の中でその考えを押し通し、家中を仕切ることの出来るほどの女性だったこと、伊達家の当主が 折り悪く家を空けることの多い時期だったことも災いして、政宗は対外的にも男子として育てられることとなる。
 政宗が四歳の時、弟が生まれた。
 五歳で、右目を失った。
 十二の歳に、父であり伊達家の当主である輝宗が、彼女を逃がすかのようにNYへ留学させた。
――それまでの間、自分は母にとって、娘でも跡取りの息子でもなく、片目を失った 唯の子どもだったのではないかと、政宗は思う。
 片目を失った、『醜い子』。
 だから、幸村に好きだと言われたときに、政宗は純粋に嬉しく思った。
 男みたいなままで、顔に傷があって。
『そんなことはありませぬよ。政宗殿は、とてもお美しい女子ではありませんか』
 太陽のように明るく、幸村は笑った。
――きれいだね」
「…あ?」
 ぼうっとしていた政宗の耳を、佐助の軽い声が撫ぜた。
「ほら、昨日まで雨続きだったじゃない?星がすごいよーこれ」
 言われて政宗も窓に顔を寄せる。
 満天の、とは言いがたいが、この都会では珍しいほどの綺羅星が夜空を覆っている。
「本当だ…」
 左目を瞬かせて、見惚れる。
「信州ならもっと見えるけどね。伊達ちゃんとこの田舎は?」
「Oh…そうだな、もっと見えた気がする。…でも十分だ」
 仙台には長い間帰っていない。大学に入る前、一度荷物をとりに行ったきりだ。
 NYから帰って、そのまま大学の近くのマンションを借りた。
 アメリカのハイスクールと雰囲気の違う日本の大学で、凛とした雰囲気をまとった政宗に気安く近づける者は 最初は誰もいなかった。
 佐助と幸村に出会うまでの一月ほど、彼女は一人きりだったのだ。
「……きれいだな」
 呟く政宗に、佐助は微笑む。
「もしも、さ」
「?」
「もしも今この車が空を飛べたら、あの星空に行けるのにね」
 政宗は一瞬きょとんとして、ついで破願した。
「Ah-han?お前にしちゃ可愛い夢だな」
「えー、駄目?」
「いや…悪かねえなあ」
 肩を揺らして、政宗は笑う。
「きれいだもんな?」
 『醜い』と、母が言うのを何度聞いたか。
 政宗の見えない場所であるいは目の前で言外に滲ませて。けれど政宗は母に寄り添いたくて。
 近づこうとしてすり込まれる毒のような言葉は彼女の心を知らず硬くした。
 育つほどに政宗は母に似てきて、義姫は娘に自分自身の醜さを見るように憎悪を向け、けれど時折、それは 情愛と裏表にも見えた。
 だから何度でも、その言葉を甘んじて受け入れた。
 そんな話は政宗はNYの友人にも、元親にも元就にも――幸村にも話したことがない。
 話す理由がなかっただけだ。
 けれど、佐助には話した。
 ただ、話の流れでそうなっただけだったように政宗は思う。
 大学を囲む雑木林の日当たりの良い空き地に、一人でいた政宗を見つけたのが、佐助と幸村だった。
 それ以来なにかにつけて声をかけられるようになり、気がつけば三人で過ごしていた。
 幸村と佐助と、三人でいるときは、暴走しがちな幸村に面白がって政宗が付き合い、佐助が保護者のように 付いて回っていたものだ。
 ただ政宗と佐助の二人きりになると、ただただ他愛のない話をして、あるいは話もせずにいることが多かった。
 陽だまりのできる講義室で、机に突っ伏して眠っていた政宗が目を覚ますと、佐助がただそこにいる。
そんなことが何度もあった。
『…起こせよ』
『えー、よく寝てたのに』
 家で眠れてないの?大丈夫?
 …別に。とにかく、寝顔とか見られたくねえ。
 え。やだ。見たい。
 見て気分の良いもんじゃねえだろ。
 ああ、恥ずかしい?
 恥ずかしいってか…だって、
『醜いし』
『……は?』
 うっかり漏らした言葉を、説明しようとして、説明できなくて。佐助が時々助け舟のように出す問いかけに答えて、 気がつけば生い立ちの全てを話していた。
 傾きかけた日の差す、二人きりの講義室。
 佐助は、ひどくゆっくりと瞬きをして、明るい色の瞳でじっと政宗を見つめた。
『伊達ちゃん。俺はね、伊達ちゃんみたいにきれいな女の子、見たことないよ』
 本当に、本当。
「きれいだよね」
「……星、な」
「きれい」
「……うん…」
 車の振動と佐助の声が、政宗をゆっくりと眠りに引き込む。
 だから、運転席にいる男が、泣きそうな顔で笑ったのを。
――彼女は、知らない。




























(あの言葉は同情なんかじゃなかった。ただの、親愛の情からでもなかったのに、ね)